第10話 マサシ 八の字を描く
ババンバンバンバンバン (水面を叩く音です)
ババンバンバンバンバン (水面を叩く音です)
「いい湯だな~」
バンババ バンバンバン (水面を叩く音です)
バンババ バンバンバン (水面を叩く音です)
「いい湯だな~」
風呂の温度は41.3℃。ほどよい湯加減に極楽気分で思わず口ずさんでしまう。
39℃以下の湯は血圧が高くなりにくいので高血圧の人に最適だ。42℃以上の湯は「交感神経」が高ぶるので眠れない夜に向いている。どちらも特殊な例だろう。一般的には39℃から42℃での入浴が好まれているようだ。
湯面に縮れた毛が漂う。
自分で沸かしたのだからこれは俺のものなのだろう。
俺も立派になったものだ。
俺はそれを見つめながら、これまでのことを考えていた。
偉大な人は言いました。
正しいことをしたかったら偉くなれ。
……
違うこれじゃない。
雑念が入った。
考えなければいけないことは、この世界についてのことだ。
俺はゆっくりと奇異な体験を整理する。
『セクスィ』はこの世界で人を測る指標の一つになっている。セクシーな衣装を着ることが『セクスィ』であることに直結している。『セクスィ』の授業は極めて難しい。
『結合系』は尻を強調する。『混合系』は尻を叩いて良い。
『ハラッセオ』は教師やTVの喜び具合から、「おめでとう」「素晴らしい」などの意味の可能性がある。
併せて、『セクハラ値』が高いことはこの世界では喜ばしいことと思われる。
『18万6千』の測定結果が出たその日の夕方のTVでの『セクハラランキング』の放送から、『18万6千』は世界7位の数字である可能性が高い。
俺の『セクハラ値』は世界7位である。測定前に、斎藤が「お前のようにセクスィでありたい」と言い、母さんが「お前はセクスィに頼りすぎている」と言っていたことから、測定前から『セクハラ値』がある程度高かったことが推測される。
『漆黒のヴォルフガング』は俺の電話番号を知っていることから知古である可能性がある。『漆黒のヴォルフガング』は女である。元世界7位である。
『混沌のマサシ』を含めて『七英雄』という存在がいる。『漆黒のヴォルフガング』を含めると厨二的な名前の人間は少なくとも8人存在している。
……こんなところだろうか。
要約すると、明日から『七英雄』としてキャッキャウフフな学園生活が待っているということだな。
妄想が捗る。
――若干のぼせてしまったようだ。少し頭がぼーっとする。
俺は隆起した息子を伴い、風呂場を後にする。
片引戸式の風呂場の扉をスライドする。
「キャアアアアアァァァァ!」
いきなりの女性の悲鳴に、俺は身構えた。
……しかし、脱衣所には誰もいない。
もう一度風呂場に戻った。
深く……深く呼吸を一つする。
そして、勢い良く脱衣所の扉を開いた。
「キャアアアアアァァァァ。嫌ぁぁぁぁ」
悲鳴が聞こえるが、あたりを見回せどやはり誰もいない。
……もしかしたら、自動ドアならぬ手動開閉自動悲鳴ドアなのかもしれない。そう思った俺は風呂場に戻ることにした。
今度はケツを向けて扉を開く。
「……」
反応がなかったので、尻の割れ目を両手で広げてフリフリしてみた。
「……ひぃやぁぁぁぁぁあ」
反応あり。どういう構造になっているのだろうか……謎が謎を呼ぶ。
豊富な悲鳴のバージョンに探究心を燻られた俺は、色々試してみることにした。
まずは小手調べのデンプシーロール。
フンフンフンフン
息子がインフィニティの軌道を描く。
「んにゃぁぁぁっぁぁぁぁぁぁああああ」
ブリッジ。
「んきゃぁあああああ」
V字開脚
「きゅぃぃぃぃいいいいいい」
……しばらく繰り返していたら反応がなくなってしまった。
バッテリーが切れたのだろうか。
俺は湯冷めした身体を拭いて、脱衣所を後にした。
* * *
午後八時。
「飯だ。30秒以内に来い!」
軍人の呼びかけに応え、急ぎダイニングへと向かう。
脇を締め、小走りに駆ける。
ダイニングへの扉をくぐると別世界だった。
そこには父、軍人に加え、1人の可憐な女性が席に座っていたからだ。
まゆたんの少女漫画のように、バックに花々が咲き乱れる。
くたびれた瞳、額の皺は苦労してきた人生を思わせる。たるんだ頬と豊齢線から不惑を越えているのではないだろうか……間違えたこれは父の容貌だ。
メガネをかけた黒のロングヘア。細身の体つきは文学少女という響きが似合いそうな華奢な見た目。何故か軍服を着ている。母の関係者だろうか。
彼女はそっぽを向いていた。
僅かに頬が紅く染まっているのは夜の冷気のせいだろうか。
「はじめまして。マサシです」
俺は笑顔で声をかけると、彼女は視線だけこちらに向けて、わずかに目を細めた。口元は小刻みにヒクヒクと震えている。
しまった。知り合いの可能性もあるのか。
俺は自分の失言に気づいた。
しかし、事態はすでに動いてしまったようだ。
「言えば良いんだろう。言えば! …………ガングだ。」
「え?」
「き……貴様……」
消えゆるような声に、本気で聞き取れなかっただけだった。
しかし、彼女は俺の反応を挑発と受け取ったようだった。
彼女は俺を睨みつけると、大きく息を吸い込んだ。
そして叩きつけるように肺から空気を吐き出す。
「漆黒のヴォルフガングだ!」
告げた彼女の目元には、わずかに涙が浮かんでいた。
「え?」




