第01話 マサシ起きる
人生に疲れてきました。
明晰夢というものを知っているだろうか?
睡眠時に自分が夢の中にいることを自覚している夢のことだ。夢の中で自分の思うがままに世界を支配できることがあり、故意に見ることができないか研究されている。
なぜ、俺が明晰夢のことを語ったか……
一言でいうと、目の前の状況があまりに歪で明晰夢であることが明らかなためだ。
俺の前には2人の男が対峙していた。そして魔法の様なものを唱えているが何かがおかしい。……いや、控えめに表現してしまった。何もかもが間違っている。
「大海を制し海の王、七の大陸を呑み込む汝の怒りを解き放て……セクスィ!」
赤髪の堀の深い顔の中年が豊満な大胸筋を筋肉質な両腕に挟みこみ強調していた。面積の小さなビキニアーマーを身に着けている。髪の色とお揃いの赤い色のビキニアーマーだ。
赤髪の変態の胸が光ったと思ったら、変態の背後からの遥か彼方、地平線から水が押し寄せてきていた。……津波だろうか。この距離だと高さがどれだけあるかわからない。せめて、そのもじゃもじゃの胸毛は処理しておいて欲しかった。
「大地に堕とされし異形の獣よ、万の鎖に繋がれた荒ぶる心を解き放て……セクスィ!」
白髪で長髪の東洋人風の男が両足首を両手で掴み、赤髪の中年に尻を向けている。法被を着ている。法被の裾は腿の付け根の位置にある。下に何も身につけていないのか、何かがブラブラ見えている。お前はパンツを履け。話はそれからだ。
白髪の変態の尻が光ったと思ったら、大地が揺れだした。
どうやら、魔法合戦のようだ。
水魔法に対し、土魔法。……変態の勝ちかな。
水魔法は土魔法にバツグンのはずだ。ポケモソだとそうだった。
3分後ほど経っただろうか……津波がようやく押し寄せた。津波の高さはビル4階程度だろうか。詠唱のとおり、大地を呑み込むような津波が何もかもを薙ぎ倒していく。木々も山も川も巻き込み、白髪の変態を目指して進んでいく。
対して、地面からは数千もの巨大な岩の槍が突き出していた。津波の到着を待っているのだろうか。さっさと攻撃すれば良いのに。3分あったら殴り殺せる。
……なんで俺はこんな夢を見ているのだろう。現実のストレスからか? 現代社会は息苦しい。大学受験、就職、結婚……幸せのレールは決まっており、それから外れると「問題がある」と判断される。志望校はA判定だが、受験当日に失敗してはいけない重圧は存在する。
少なくとも、こんな変態的な欲求は俺の深層心理にないはずだ。……そう信じたい。
思考を巡らせていると、視界がぼやけてきた。目が覚めようとしているのか? 変態2人の魔法合戦はまだ続いており、大津波を大地の槍が弾いていた。おお、土魔法が水魔法に勝ったのか……
* * *
「……さ……し……ま……さし」
心地よい眠りから呼び起こす声がする。もう少し眠っていたい。寝かせてといてください。
「まさし! 次は竹中の数Ⅲだぞ。さっさと起きろ!」
竹中の授業で寝ているわけにはいかない。竹中はサングラスをかけ、竹刀を持っている今時珍しいヤンキー教師だからだ。因みに硬派な外見とは異なり、身長は158cmと小柄だ。本人はとても気にしているらしい。
起こしてくれてありがとう斎藤。そう思いながら顔を上げ、斎藤を見た時に俺は固まった。
「やっと起きたか」
呆れた顔をしている斎藤。斎藤は小中高と同じ学校に通っている親友だ。陽気な奴でいつも俺を笑わせようとしてくる。
その斎藤が今日も仕掛けてきた。しかも今日は本格的だ。なんと制服がメッシュ仕様になっている。下にシャツを着ていないのか、黒いB地区が透けて見える。
俺は深呼吸をする。
突っ込んでは駄目だ。斎藤は突っ込むと調子に乗る。
「……今日は、また随分とセクシーだな?」
努めて冷静な俺の言葉に、斎藤は目を大きく見開いた。
「ありがとな。……その……お前には遠く及ばないが、俺もセクスィでありたいと思っているんだ」
斎藤は意地でも突っ込みを待つことに決めたようだ。俺は改めて絶対に突っ込まないぞと誓う。
「俺ほど? お前はもう既に俺よりセクシーさ」
俺は斎藤の肩に手を乗せ、笑顔で右手の親指を立てた。腕を突き出す形になったため、自分の右腕が視界に入った。制服の袖がメッシュだった。
俺は慌てて、自分自信の全身を確認する。制服がメッシュだった。陥没した茶色いB地区が透けて見えた。白のブリーフが透けて見えた。白のニーハイソックスが透けて見えた。
「俺までメーーーッシュ!」
俺は気づいたら大声で叫んでいた。
「何故にメッシュ! 何故にブリーフ! 何故にニーハイ! 何故にこんなにセクスィィィィィーーーーー!!」
大声で叫ばずにいられなかった。
斎藤はしばし口を開けて驚いていたが、親指を立てて笑顔を俺に向けた。
「今日もキレッキレだな」
お前か、お前の仕業か。お陰でクラスのみんなの注目をあつめ……
教室を見渡したところで、俺は再び固まった。
吉村も、田中も、近藤も……クラスの皆がメッシュ制服を着ていたからだ。男子も女子もメッシュを着ていた。
* * *
「えー。チャーチは数学の基礎となり得る完全な計算形式を考えていた。これをラムダ計算と言い……」
何かがおかしい。
初めは皆が俺を驚かそうとしていたのだと思った。しかし、あの可憐な千駄ヶ谷さんがそんな企画でメッシュ越しとはいえ、ピンクの下着を露わにするとは思えない。ごちそうさまです。そして今夜のオカズを提供いただきありがとうございます。
竹中がボンテージ姿で鞭と蝋燭を持って教室に入ったあたりで何か得体の知れないことが起きていると理解した。奴がそんな企画に参加するわけがない。
「ラムダ計算では係数は常に1つになる。2つ取る場合、1つはもう1つで表される関数として扱う。これをカリー化と言うのだが……」
更におかしなことに気づいた。それは時間割だ。
教室の掲示板に一週間の時間割が張り出されているのだが、『セクスィ』と書かれた時限が一週間のうち5時限もある。毎日1時限ある。
『セクスィ』とは何だろう? 美貌を高める授業だとしても、表記はセクシーではないのだろうか。
そして、時間割で気になるのはもう1つ。それは『セクスィ(実技)』だ。……これは期待しても良いのだろうか……
いや、まずは期待より、現状分析を優先すべきだ。間違えてはいけない。
俺は冷静に観察する。女子の下着を。
千駄ヶ谷さんはクラス一の美人。ピンクのフリルが付いた可愛らしい下着を身に着けている。イメージどおりです。ありがとうございます。
浜松さんは眼鏡をかけた知的美人。黒の下着だ。うーん。セクシー。
藤枝さんは背も胸も大きい天然系。無防備なため、その谷間を間近で見せて貰えることがある。白のシンプルな下着だ。あのサイズだと選択肢が少ないのかも知れない。
しかし、皆は見られることに慣れているのだろうか……恥じらいを浮かべることはなかった。これでは楽しみが半減ではないか。
キーンコーンカーンコーン
竹中の数Ⅲの授業の終わりを校内放送が告げる。俺が分析に勤しんでいたため、早く時間が過ぎ去ってしまったようだ。次の授業ではもう少し頑張ってこの光景を焼き付けよう。俺は次の目標を高らかと掲げた。
* * *
いくつか驚愕の事実が、地理と歴史の授業でわかった。
ここは日本ではない。『ジャパァァアン』らしい。『ジャパァァアン』は日本と似ているが、歴史が異なっていた。江戸時代には『武士』の代わりに『セクスィ』が存在していたようだ。
第二次世界大戦では『セクスィ』を駆使し、メリケン連合軍と戦ったことになっている。なお、アメリカはメリケン連合国という国名だった。
沖縄が日本に併合されていない。ニオ帝国という名前になっている。ニオ帝国とジャパァァアンは休戦状態にあるらしい。『セクスィ』協定を結んでいるらしい。
……『セクスィ』って何なんだろう。役職なのか、武器なのか。まるで刀と侍と偉人が同じ言葉で現されたかのように表現されている。
俺は昼食を食べながら、斎藤に聞いてみることにした。
「セクスィって何なんだろうな……」
向いに座っている斎藤は眉をひそめる。
「俺に聞くなよ。お前のほうが真理に近いだろ」
いや。絶対にお前の方がよく知ってるよ。俺には何のことだか検討がつかない。
「そうか……」
俺はため息をつきながら、呟いた。