儚花
月光に照らされた湖岸は、薄青に煌いていた。それら1つ1つはよく見ると月光に向け己を主張するように咲く花であった。時折吹く風に花弁を舞わせ、また、一瞬にして枯れはて淡く光る種を地に落とす。その情景は、この世のものとは思えない美しさであった。
「……また、生まれたのですか」
そんな夢の中にいるような情景を眺め、女性は悲しそうに声を上げた。この花園の管理人らしき彼女はその透き通った瞳を、伏せる。
彼女が佇む足元には、機械仕掛けの花が咲いていた。姿形は、周囲にある薄青の花と変わらないが、その茎から花弁に至るまでがカチカチと音を立て動く歯車で構成されている。
時計のように正確な金属音をさせるそれは、1本だけでなく、この花園にちらほらとその無機質な冷たさをさらしていた。
「……今日は、よく、人が死ぬのですね」
女性はまたも、呟く。その視線の先には、10や20の枯れ落ちた花が種を残していた。淡く光る種は地に落ちると、す、と地中へ飲み込まれていった。
§
この世の中には、儚花という花があるらしい。
――――――霧に隠れた森の奥にある”嘆きの泉”と呼ばれる場所があり、泉のそばには花園がある。そこには、人々の命と想いで出来た花が咲く。枯れた儚花の種子は儚花の元となった人の記憶と思い出が詰まっている。また、その花を摘まれると、各儚花に対応する人物は命を失うが、摘まれた花は永久に咲き続けることが出来る。
これは、この世界に生まれた子供なら誰でも知っている話だ。かく言う私も、幼いころからその話を聞いている。また、こんな事実も知っている。儚花は最も美しく咲く月夜に摘むと、不老不死の秘薬になる、と。
……お母さまは、また、庭園かしら
彼女の母親は、儚花を管理している。そんな母の姿を見て育った彼女は、必然的に花の守り人足らんという意識が根底に芽生えていた。彼女が物憂げに窓の外を見やると、柔らかな月光が差し込んでいた。
……今日は満月の晩、なのね
こんな日は、たいていこの庭園と町とを隔てている森に人が迷い込む。それを導き街へと返すのも彼女の重要な使命である。そんな彼女の姿はとても美しく、町では彼女のことを嘆き湖の番神と呼んでいた。
……さて、森の見回りに行きましょうか
いつものように、見回りに行こうと家を出る彼女。そんな彼女の瞳には、湖岸でもの悲しそうに花を管理する母の姿が映っていた。
―――彼女が、彼と出会うまであと数時間
ありがとうございました。