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揺れる馬車の中、視線を風景から止まらない女子トークを続ける2人に移す。
この2人は、というかマーティン公爵家は例の小説の中で真由の家族をイメージして作ったキャラクターだった。
明るく優しいが仕事人間の【父】、何でもこなす怒ると怖い【母】、優しく賢い【兄】、ヒステリックな【姉】。
【兄】は日本にいた時死んだわけではないが、早めに上京してしまった為出てこないキャラクター設定にしたのだ。
今思うと皆どことなく似ている気がする。
もちろん顔は純日本であり、現世で西洋風のイケメン、美女になった現家族とは似ても似つかないのだが、雰囲気がとても懐かしく感じていた。
これが既視感の正体であった。
日本ではとにかく【姉】のヒステリックがひどくその度に喧嘩をし、意味のわからない理由で我を通そうとして家族の中を乱す【姉】を心の底から消えればいいと思っていた。
小説の中で【姉】であるエリシアは周りに当たり散らし、自分のもの(婚約者)を横取りしようとする女と決めつけ様々な嘘を流し主人公をいじめ倒す。
周りはそんなエリシアに辟易し離れていった。
どんどんと孤立したエリシアは主人公とその周りによって学園から追い出され、終いには家族からも敬遠され遠くの地へ追い出されることで決着をつけた。
しかしエリシアが追い出される頃の日本では真由は大学で実家を飛び出し、【姉】と物理的な距離ができることでいがみ合うことは無くなり、結婚して丸くなった【姉】とたまに帰省した時には普通に会話できるくらいになっていた。
なのでエリシアの最後は都合を合わせるために書いたものだった。
ルーカスとしてもエリシアに対して【姉】のキャラだと気づいても嫌悪を感じることはなかった。
何よりルーカスから見る今のエリシアは、やや傲慢で強引なところはあるが普通の甘えたなただの少女である。
今のところ家族の愛を一身に受けているエリシアが、今後主人公に出会うアカデミー高等部で主人公に破滅させられる未来を想像できても家族に見放される最後を想像出来ない。
第一兄が死ぬという事件を回避した今、それにショックを受けた母が衰弱死することもなければ父が仕事に没頭し家に帰らないなんてことになることもそれによってエリシアが少なくとも家で孤立することもないからである。
最悪でもエリシアが婚約者から婚約破棄され醜聞にまみれて結婚出来なくなるくらいだ。
それなら結婚なんて別にどうでもいいルーカスとしては大した問題ではないし、どんなでも公爵家の長女であるエリシアがどうしても結婚したいのならば、あの過保護な両親がどこからかふさわしい人物を連れてくるだろう。
そうなってくるとルーカスは台風の目(主人公)に近づかなければ巻き込まれることはない安全圏なキャラクターであるだろうし、マーティン家も独身の女の一生を1人分抱えるくらい出来るだろう。
と、ここまで家族の話をして来たがどこか予想の範囲を超えないのは、ここ数日だけだが必死に思い出した自小説の中にルーカスという存在がいなかった為である。
マーティン家に次男なんていなかったし、長男のアルフレッドがアカデミアに通うこともなかった。
つまり自分は物語の中で異分子なのだと知った時、ルーカスは思った。
これ夢にまで見たチートなんじゃね?と。
自分は今後起こる事件の内容を知っている、都合が悪ければ書き換えることもできる。
そんな結末を知っている物語の中で申し分ない身分に生まれ、尚且つマーティン公爵家では自由のきく次男の為家に縛られることもなく、魔法もこの世の事も、この国の歴史も常識も自分で設定したのだから勉強の必要もないからである。
この分なら前世の夢だった一生ゴロゴロして他人とは関わらず、趣味に没頭する人生も夢ではないと歓喜したのが昨日のことである。
そんなことを思いながら2人をぼうっと見ていたルーカスに気づいたエマはニヤリと笑う。
「……ねぇエリー、あなたの誕生日なんだけどね」
騒がしかった女子トークがなりを潜め急に静かになった車内。
自分に向けられた邪な雰囲気を察知したルーカスはこそこそ話を始めた2人を胡散臭げに見る。
「なに、こそこそと」
「うん?あーあのさ、ルーカス」
「なに?」
「わたしもう直ぐ誕生日じゃない?」
「あーそうだね」
「お願いがあるの」
キラキラした顔のエリシアを見て目を細める。
「……やだ」
「なんで!」
「なんでも」
「お母様ールーカスがー」
「なんでそうやって」
「ルーカス、お母様からも、お願い」
「……それ、もうお願いじゃないじゃん」
「やった」
「……せこい」
「なにかいった?」
「なにも」
嬉しそうなエリシアと諦めて外を見だしたルーカス、2人を微笑ましく見ている母、和やかな空気が車内に流れる。
窓からは街が見え始めていた。
早く帰りたい。
ルーカスはそれだけを胸に目を閉じた。
再び賑やかになる車内。
今後のことを考えると、ここで問い詰め何が何でも断れば良かったと後悔することになるのだが、この時のルーカスはまだ知らない。
そんなこんなで馬車は街に入って行った。