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第45話「スマホがあれば道に迷わないなんて、誰が言ったのかしら?」

 怪談にでも出てきそうな路地の真ん中に立ち尽くして、小田切(おだぎり)(あい)(なつめ)沙智(さち)はふたりそろってため息をついた。


「こんなはずじゃなかったのになあ」

「スマホがあれば道に迷わないなんて、誰が言ったのかしら?」

「それは愛さんの方じゃなかった?」

「そうだったかしら? 記憶にないけれど」


 愛のすっとぼけた態度にあきれながら、沙智は役立たずの烙印を押されたスマホの画面を見つめる。額をつき合わせるような距離で、愛も画面をのぞき込んできた。


「愛さん、近い」

「そう?」


 無邪気で無防備な彼女は、自覚なく距離を縮めてくる。だいぶ慣れてきたとはいえ、沙智はまだ時折どぎまぎさせられてしまう。

 沙智は一歩だけ距離をとりながら、あらためてスマホを見る。


 地図はたしかに周辺の街路を表示してくれているはずなのだが、いま自分たちがいるのは、この地図によると壁の中だ。データが古いのか、GPSがうまく位置をつかめていないのか、とにかく当てになりそうもなかった。

 左右に回転させたり、振り回したりしてみるが、もちろんそれで魔法みたいにおかしな表示が直ったりもしない。せいぜい、画面の中で地図がぐるぐる動き回る程度だ。


「うちの母みたいだわ。キッチンタイマーとか、それでたまに直るけれど」


 どうでもいいことを口にする愛を、沙智は半眼でにらむ。単純な機械なら、配線のちょっとした狂いが衝撃で直ったりもするのだろうが、精密機器はそんなに単純でもない。


「ねえ、目印とかないの? 看板が立ってたり」

「隠れ家だから」


 そのひとことで全部説明した気になったみたいに、愛は肩をすくめた。


 学校から電車で二駅の、この下町を訪れたのは、そもそも愛の提案だった。古い住宅街の片隅に、古民家を改造したカフェがあるのだという。古い民芸品や骨董を扱っていて、知る人ぞ知る隠れた有名店で、他の県からも密かに訪れる客があるほどらしい。

 とにもかくにも、ずいぶん秘密主義なお店だ、というのが沙智の感想だ。ネットにもろくに情報が出ておらず、口コミで評判が広まっているらしい。

 愛自身は、母の親戚の友人、という遠い伝手から噂を聞いたという。


「ほんとうに実在するの、それ?」

「間違いないわ」


 3日前から10回ほど繰り返した沙智の問いに、愛は自信満々で同じ答えを返す。


「あるんだから、探せば見つかるはずよ。そう思わない?」

「なんだか遭難する前の探検隊みたいね」

「最終的に秘宝を見つければハッピーエンドだわ」

「全滅して終わりにならなきゃいいけど」


 ともかくも、このままではお店を見つけるどころか、駅まで戻ることもままならない。

 沙智は額ににじみ始めた汗を拭く。朝はまだ涼しかったのだが、日が高くなっていっぺんに気温が上がってきている。パーカーを脱いで、大きく両腕を上に伸ばすと、開放感で頭まで多少すっきりした。


「立ち止まっててもしょうがないわ。すこし歩きましょう」

「迷ったときは動かない方がいいのでは?」


 愛は半可な知識を主張するが、それはたぶん登山や探検の領分だ。千鳥あたりから聞きかじったのだろう。


「じっとしてても誰か探しに来るわけじゃなし、こんな人里なら帰り道を見つける方が早いわよ」

「それもそうかしら」

「お店だって見つかるかもしれないし。とりあえず、ね」


 言いながら、すでに沙智は当てずっぽうに歩き出している。駅の方に立っている潰れたボーリング場の看板が見えているから、迷ったらそちらに戻ればいい。

 いまは迷子を心配するより、歩くことだ。

 沙智の後ろを、愛が追いかけてくる。頼もしげな先行者を慕うように、愛は沙智のそばにくっついて、その手を握りしめようとした。


 思わず振り返った沙智の目に飛び込んできたのは、どこか楽しげな、愛の微笑だった。


 仕方ないな、と、沙智は、愛にさせるがままにする。愛は、くるくるした髪をうれしそうに揺らして、沙智の左手を両手で握った。彼女の手はあたたかいな、と沙智は思う。


 しばらく、入り組んだ路地を歩き回った。地図も頼りにせず、足の向くままに動いていると、時間感覚も方向感覚もあっという間に見失う。

 塀の隙間へ斜めに切り込んでいく狭い道を進み、突然の行き止まりにため息をつき、民家の裏庭らしき場所を猫と一緒にいそいそと駆け抜けたり。


 一時間ほどして、結局、ふたりが手にしたものは、自動販売機で買ったジュースだけ。

 沙智はくいっと缶をあおり、オレンジの味を体にしみこませる。その隣で、愛はしっとり湿ったアルミ缶の表面を指でなぞっていた。


「どうする、もうちょっと探す?」


 沙智が訊ねると、愛は首をひねる。


「私はどっちでもいい。今日のぶんは、もうすっかり楽しんだから。あとは沙智さんが決めて」

「そう」


 三日前から楽しみにしていたわりに、意外とあきらめが早かった。歩き回ったせいで、頭の回路にずれが生じたのだろうか、などと沙智は失礼なことを思う。

 でも、満足した、という思いは、沙智の方もいっしょだった。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「でも、その前におなかすかない?」


 言われてみれば、とっくに昼下がりだ。昼食どころか、おやつでもいいような時間。


「駅のほう行けば、何かあると思うよ。さびれた定食屋とか、ファーストフードとか」

「あ、そういうのもいいわね。私、食べたことがなくて」

「……お嬢様ねえ」


 沙智はあきれて肩をすくめる。


「隠れ家カフェから定食屋じゃ、だいぶイメージ変わっちゃうね」

「未知の体験という意味では、どちらでもいっしょだわ」

「……愛さんが楽しいなら、それでいいけどさ」


 苦笑して、沙智は、左手を愛の方にのばす。

 ためらわず握りしめてくるあたたかな感触に、今日一日で、だいぶ慣れた。沙智にとっては、それで充分だ。

愛と沙智がいっしょに出てくるのは11話以来かな。なかなか書けなかったけれど、仲のいいふたり。

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