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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワタシの世界

作者: Nemlyc


「痛っ……!?」


 拳を握った右手が柔らかいものを捉える。短い悲鳴が聞こえ、ひぐっと嗚咽をこらえる声も続いた。


 だが、ヒロは止めない。


 やめないことで何かが変わるわけでもなかった。

 だからといって、いじめ続けることでこの想いが伝わるとも到底思えなかった。


 気付けばヒロは、自分が興味を寄せた女の子をいじめていた。していたことといえば、中学生の考えるソレだったけれど、彼女の精神を蝕んでいたことは想像に難くない。


 意味もなくちょっかいをだしたり、罵声をあびせたりと、不器用にも興味を引くこともなくむしろ嫌われるようなものだ。ヒロが行っていることは何も生み出さなかった。


 そして、いつの間にかいじめの流れは少しずつ広がっていった。ヒロ一人だけの手には負えなくなり、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。


 募るいらだちをのせて、ヒロは少女を殴る。そのたびに愛らしい悲鳴が聞こえ、快感を覚える。

 少女の身体は今、ヒロの手中にあるのだ。自分の身体を守るように抱いて縮こまる彼女を、蹴った。


「はは……おいフミカ、泣いてんじゃねぇ」

「痛い……痛いもの」


 か細い声が空気を震わせる。フミカはすんと泣いて赤くなった鼻をすすると立ち上がる。長い髪は乱れ、顔全体を覆うように流れる。フミカはそれを右手で耳にかけた。


「ねぇ……もういい? かえりたいよ……」


 たどたどしい足取りで帰ろうとするフミカを見て、ヒロは声をかける。


「待てよ。まだ終わってねぇ」


 何が終わっていないのだろう。とっくに彼女とのつながりは破たんしている。


「なんか……イライラすんだよ。どうすりゃいいのかわからなくって。収拾つかなくなって。お前はなんにも言わなくって。それでもしっかり思いを伝えようとしてるんだ」


 ヒロは走り、フミカの肩を力任せに殴った。彼女の華奢な身体は廊下を転がり、動かなくなる。


 少しして、頭をゆっくりと持ち上げたフミカは恨めしそうな目でヒロの方を向いた。


「痛い。……痛いんだから、仕方ないっ、じゃん……うぅ」


 あまりの痛ましい光景に、ヒロは少しだけひるんだ。


「痛い痛い……って、お前はそれしか言わないのかよ! 俺より頭いいくせして、それ以外なんにも言えないのか? ばぁーか」

「……う、うるさい」


 フミカは壁を頼りに立ち上がると、ヒロから逃げるように壁伝いに走って行った。


 追いつくことは可能だった。だが、


「……やーめた。今日はこのくらいにしといてやるよ」


 ヒロは追いかけるのをやめた。

 夕日が照らす校舎の中を、フミカが学校を出るまでさまよい歩いた。


 *


「はあ!? 俺がフミカのことを好き? 誰が言ったんだよそんなこと!」


 突如として流れ始めた噂に、ヒロは戸惑いを隠しきれなかった。


「さあな、誰にもわかんねぇよ。俺だって他のやつから聞いたんだ。誰かがお前たちが二人で放課後何かしてるのを見たってな」

「な、なんにもしてねぇし、放課後はすぐ帰ってるっての!」

「嘘つけ、お前はふらっとどこかに行ったと思ったら帰ってこねぇじゃんか。噂だと、フミカは疲れ切ってフラフラだったって言ってたし、……ヒロ、お前も隅に置けないな」


 ヒュー、と周りの男子がはやし立てる。

 フミカが疲れ切っていたというのは本当だろう。ヒロの暴力で弱っていたのは事実だ。それが歪曲されて広まってしまっている。


 ――くそ、周りを気にして帰るように言わねぇと。


 ヒロはその日の放課後も、またフミカを呼び出すことにした。

 授業中もイライラは募る。放課後までの時間がもどかしく、どうにか時間を気にせずに過ごす方法はないか考えていた。


 午後になり、給食を食べて油断していたヒロを眠気が襲った。

 ちょうどいい、そう思ったヒロは、授業中ながら教科書を積み上げて寝やすい高さを作った。

 話す先生の声を子守歌に、ヒロは睡魔に身をゆだねる。

 眠りにつくまでにそう時間はかからなかった。


 視界が開けると、そこは見慣れた教室ではなかった。

 視界一面が黒くどろどろとしていた。何らかの模様が見えるが、それが何なのかはわからない。


 正面には銀色に輝く扉が見えた。扉には細かく模様が入っていて、荘厳な印象を受ける。

 扉に続く道は、六本の寂れた電灯に照らされていた。

 地面すらも黒で、道があるのかは定かではないが、ヒロは何かに引き寄せられるように扉へ向かって歩いた。

 取っ手に手を掛けると、扉はひとりでに開く。


 ズズズズ……、と重苦しい音が響き、ヒロは不快感に顔をゆがめた。

 扉が全開になると、そこには大きなホールがあった。壁は例によって黒で染まっているが、等間隔で電灯が並んでいて、かなり広いことがうかがえる。天井もしっかりと限界があり、いくつかの丸い照明が弱々しくホールを照らしていた。


 ヒロは真っすぐと前を見つめる。

 淡い白に光る何かがあった。

 ゆっくりと歩みを進める。

 淡い白は徐々に人型見せ始め、華奢な少女の身体を形作った。やがて、できた口から、地を這うように低い声が漏れる。


「よ……う……こそ。ワタシの世界へ。ヒロ……くん」


 自分の名前を呼ばれたヒロは一歩後ずさる。

 気味が悪い。


「逃げナいで……しっかり見テよ、ワタシを」


 焦点が合わず、目を細める。しばらくして定まった視界には、見知った少女の顔があった。


「ふふ、今度はちゃんとワタシが見えた? うれシいな。こうして、ヒロくんとちゃんと話す機会が欲しクて欲しくて」


 声はいつの間にかフミカのものになっていた。

 歯をガタガタいわせ、腰を抜かしたヒロはしゃがみ込む。黒い地面は、いつでもヒロを飲み込んでしまうようなイメージを与えた。


「あハは、逃げられナいねー。向コうにもうひとつ扉があるんだけど、その様子じゃ歩けないもンね」


 そう言って、フミカは自分の後ろを指さす。すると瞬く間に扉ができて、地べたに座り込んだヒロを冷たく見下ろした。


「ど、どこだよここ!」


 震える声で訴える。

 それでもフミカはまったく動じることなく、自分のペースで話し出した。


「だーかーらー、ワタシの世界なンだって。ヒロくんとお話しシたくって。……ねェ、単刀直入に訊くケドさ、ワタシのことが好きってホントなの?」


 どう答えたものかヒロは迷った。事実を伝えれば、この状況をどうにかできるという確証があるのならそうするべきなのかもしれないが、そうとは限らないのにあえて気持ちを伝えるというリスクを冒す必要があるのだろうか。


 しかし、いくらフミカの世界とはいえ、ここは自分の夢という可能性もあった。いや、直前に寝たという記憶があるのだから、その可能性は圧倒的に高い。

 だったら、リスクを冒しても外部に影響はないのではないか。


「……どうなってもしらねぇ。そうだよ、俺はお前のことが好きで、でもお前は俺に何の興味もなさそうでどうすりゃいいのかわからなかったんだ。いじめてたことを許してくれなんて言わないから……ここを、出してくれよぉ!」


 最後の方は半泣きになっていた。まるで立場が逆転したような気持ちだった。

 フミカはあははは、と不気味に笑うと、ヒロをしっかりと見つめて言った。


「やっぱりー? お母さんがね、言ってたの! ちょっかいをだしてくる男の子がいたら、それはあなたのことが気になるからよってね」


「そ、それは……。それより、早くここを出してくれ!」

「えぇー、もう少し一緒にいたいナぁ。ワタシも、ヒロくんのこと好きになっちゃうかも?」

「す、好きになんてならなくていい!」

「それはワタシがイヤだ。ワタシをこんなのにした責任……取ってもらうンだから」


 フミカは不気味に口角を吊り上げ、ひひひと笑う。


「や、やめろ……!」


 必死の訴えも届かず、フミカはうーん、と考える素振りを見せると、「そうだ!」と手を叩いた。


「ヒロくん、遠慮せず横にナってよ。つらいでしョ?」


 彼女に言われるがまま、ヒロは地面に横たわる。フミカは何か呟くと、頭上に電柱が出現した。のっぺりとした表面には広告ひとつなく、先の方には電灯がちょこんと飛び出している。

 フミカは指をしたに向ける。すると自由落下した電柱がヒロの身体を貫いた。


 ──痛っ……くない!?


 おそるおそる目を開け、頭を持ち上げて穿たれた身体を覗き込む。

 血が、出ていなかった。


「当たり前じゃナい。ここはあたしの世界。ヒロくんは精神体みたいなモノだよ。──さあ、両手を広げテよ。今すぐ固定してアゲるんだから」


 ヒロはまた、従順なまでに彼女の命令に従った。もう逆らう気力も起きなかった。すると瞬く間に電柱が出現し、降下する。

 痛がる間もなく両足にも電柱は突き刺さり、ヒロの身体を五本のコンクリが貫いていた。そのあまりに痛々しい光景に、フミカは怯えたのか、ヒロのもとに駆け寄ってくる。


 ヒロの枕元にしゃがみこむと、フミカの反対の顔がヒロのことを覗き覗き込んだ。

 しかし、目に宿っている感情は歓喜。


「あハァ……。なんて美しい光景。素晴らしいわ。ずっとこのままでいたいよぉ。でも、そろそろお別れの時間かナぁ。待ってて、帰る支度をしてアゲるね」


 フミカがパチンと指を鳴らすと、空中に無数の電柱やら街灯やらが並んだ。どうしてこう、道路にあるようなものばかりなのだろう。余裕がなくなって曖昧な意識の中、ヒロは自分でもわけのわからないことを考えていた。


「さァ、ワタシの痛みと恐怖を、受け止めて見せテよ!!!」


 ヒロの周りにコンクリや鉄の棒が殺到した。太もも、胸、喉、二の腕、身体中のありとあらゆるところに棒が突き刺さり、ヒロの意識は遠のいた。痛みこそ感じないものの、目に映る景色は本物だ。思考でさえも本物なのだから、ショック死くらいはするのではないか。


 響くフミカの高笑いはやむことはない。

 目玉を、斜めから降ってきた鉄の電灯が貫いたとき、ヒロの意識は消し飛んだ──。


 *


「──カハッ!?」


 ヒロはわけがわからずに、目を見開いた。

 あの惨劇は夢……だったのだろうか、そんな余韻が残っている。

 目の前に広がる景色は、黒のどろどろではなく、いつもの見慣れた教室だった。机の上に積んであった教科書を見て、自分はただ夢を見ていただけだったのだと安堵する。


「はぁ……ばかばかしい」


 夢が現実と間接的にリンクしていることなんてありふれたことだ、だから別段珍しいことではなかったはすだ、まだ焦りを見せる自分にそう言い聞かせる。


 ヒロがフミカをいじめていたという罪の意識が、そんな夢を見せたのだろう。


 すっかり落ち着きを取り戻したヒロは、窓から差し込む斜陽に目を向けた。


「まぶしっ……」


 瞬間、ヒロは息を飲む。


 ──夕焼けに照らされて不敵に微笑む少女が、ずっとヒロの方を見ていたのだ。

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