第九二話【来訪者Ⅳ】
セピア色の世界に爆炎が巻き起こる。
砂鉄によって、体表を漆黒に包んだ妖魔を3方向から攻める少年等。
妖魔の領域外から魔術での攻撃を行う依琳、そして領域内から攻め立てる熾輝と劉邦。
劉邦が攻めると周囲の鉄屑を磁力によって操作して反撃に出る妖魔。しかし、死角を突き、手薄になった方向から熾輝が迫る。だが、接近した途端に砂鉄を巻き上げて絡め取ろうとしてくる。
既に一度、絡め取られただけあって、相手の攻撃のタイミングを掴んでおり、スルリと跳躍して躱す。すると、反対側の鉄屑が爆ぜると同時に爆炎に包まれる。
「依琳、手加減無しだな。」
先程、熾輝の援護のために放った術式とは桁違いに威力に差がある。これは、術式自体が変わっているのではなく、単に魔力の量の違いだ。
目一杯に力を振るう依琳は、「あははは!吹っ飛べ!」等とハイテンションになりながら魔術を連発している。しかし、鉄屑を引き寄せていた劉邦が爆炎に紛れて逃げ惑いながら叫び声を上げている。
―――(常人なら大怪我だろうなぁ。)
逃げ惑う劉邦は、オーラを最大限まで放出して身を守っている。数か月前、熾輝がまだ中国に居た頃、劉邦はオーラに目覚めていなかった。しかし、自分と離れた僅かな期間でオーラを使えるようになり、粗削りではあるが独自の才能で足りない部分を十分に補って余りあると言える。
そのため、依琳の爆炎の余波を受けても辛うじて凌いでいる状態だ。
しかし、オーラを扱い始めて日も浅い劉邦が、最大出力で放出を続けていて体力が持つはずもなく、案の定、肩で息をし始めている。
爆炎によって吹き飛ばされた鉄屑を見れば、どれも熱せられた事により動きが大分鈍くなっている事が覗える。
―――(もうひと押しだな。)
繰り返し行ってきた陽動と爆炎による攻撃によって、妖魔の武器にダメージが蓄積されている。
結果、鉄屑による攻撃は余裕で避けられるようにまで弱らせることに成功していた。
そして、タイミングを見計らったかのように、熾輝がパチンッ!と指を鳴らしたと同時に熾輝と劉邦が、妖魔の領域から弾かれるように脱出した。
そして―――
「喰らいなさい!熾輝直伝!【三方を結ぶ暴れ馬】!」
瞬間、依琳の魔術が発動。
妖魔の領域外に設置されていた式札が呼応するかのように光だし、三角形の線でつながれて内側で爆発を起こす。
爆発は三角形の内側へと収束され、その余波が外へと向かう事は無く、爆炎の柱が天へと昇る。
暫くして爆炎が収まった場所では、アスレチックだった物が粉々に破壊され、熱を持っているため赤く染まっていた。
そして、妖魔唯一の防御手段であった砂鉄は融解して、現在は妖魔自身を拘束する鉄の塊と化している有様だ。
依琳の魔法で、最強の攻撃力を誇るこの魔法は、拡散する力と熱量を三角形の中に収束させる事により威力を上げている。そのため先程まで拡散していた熱量を分散させる事なく見事に鉄に熱を通したことにより、磁力による妖魔の魔法を封じたのだ。
「今度こそチェックメイトだ。」
熾輝は、地面に落ちていた手ごろな石を手に取り、オーラを込めて破邪の波動を纏わせると身動きの取れなくなっていた妖魔に向けて投擲した。
石は寸分たがわぬコントロールで妖魔に直撃すると同時に、その身を浄化させていった。
いつもなら、咲耶が魔導書を封印するハズなのだが、彼女はここには居ない。そのため熾輝が取り出した式札に力を巡らせて魔導書を封印した。
ようやくこれで一件落着かと肩の力を抜いた熾輝の元へ依琳と劉邦が駆け寄ってきた。
「これで終わりか?なんだか大した事無かったな。」
「何言っているのよ、アンタはただ逃げ回っていただけでしょ。」
「えー、そういう評価?俺って地味に活躍したと思うんですけど。」
劉邦の言う通り、今回の敵に対して正直、熾輝一人では手に余る相手だった。攻守のバランスがとれた妖魔とあのまま対峙していたら、いずれ体力が尽きて負けていたのは自分の方だったのかもしれない。だからこそ、途中、駆けつけて来てくれた2人には感謝している。
魔術を使えない以上、己の身一つでは限界があり、今回は依琳の爆炎、そして魔術発動の時間を稼いだ劉邦の陽動がなければ、この連携は成立していなかった。
だからこそ、熾輝も劉邦の働きは称賛に値すると思っている。
「そうだね、劉邦が居なかったら正直、こうも簡単にはいかなかったと僕も思うよ。もちろん依琳の魔法があってこその成功だけどね。」
「ほら見ろ、俺のナイスアシストをシキだって判ってるじゃん!」
「フンッ!まぁ、シキが言うならそうなのね!だけど調子に乗っているアンタはムカつくわ!」
「酷い!」
何だかんだと口喧嘩を始める2人を見ていると、中国に居た頃を懐かしく思う熾輝であったが、妖魔を封印した以上、もうこの場に用はない。あと数刻もしない内に異相空間が崩壊して、強制的に元の空間に戻るだろう。
あと気になる事と言えば――――
「熾輝くん、良かった。ご無事でしたか。」
「・・・乃木坂さん。」
自分を呼ぶ声の方を見れば、可憐とその後ろから咲耶が手を引かれてこちらに向かって来ていた。
先程、戦闘中に劉邦から咲耶が泣いたと聞かされたときから気にはなっていたが、どうやら依琳と何かがあったのは確かなようだ。その証拠に咲耶の顔は目元が泣き腫らした様に赤くなっている。
「・・・。」
熾輝は、こういった場合、なんと声を掛けていいのか判らない。ただ、ずっとこの場で何もしなくても埒があかないので、一先ずは先程封印したばかりの魔法式の式札を咲耶に差し出した。
「無事に終わったよ。・・・後で魔導書の本体に封印しておいて。」
「・・・うん。」
差し出された式札を受け取った咲耶は、小さな返事を返してくれたが、いつもみたいに顔を合わせてはくれなかった。
今までの熾輝であれば、それだけの事で感傷に浸るようなことは無かったハズなのに、今は心に棘が刺さった様に痛みを感じている。彼にしては珍しく表情に出ていたのか、誰が見ても寂しさを感じているのだと判る顔をしていた。
 




