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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第九一話【来訪者Ⅲ】

「何よそれ。」


丘のふもとへと降りた咲耶は3人に事情を説明し、熾輝の指示通りにシールドを張りつつ撤退の準備を整えようとした矢先、彼が連れて来た客人、蓮依琳レンイーリンからの言葉に思わず息を飲んだ。


「えっと、だから撤退の準備をする間、熾輝君が敵を引き付けるから―――」

「そんな事は判っているわよ、私は何で貴女がそんな指示に従っているのかって聞いているの!」

「何でって・・・。」


咲耶から話を聞いた依琳は、彼女を睨み付けながら掴みかかろうとしている。もちろん、本当に掴みかかったりはしていない。・・・というのも共に来ていた少年、雷劉邦が彼女を抑えているからである。


「おい、よせ!止めろって依琳!」

「貴女、恥ずかしくないの!熾輝と協力して魔導書を封印しているって聞いていたから、どんな奴かと思えば、熾輝の言う事にただ従って丸投げするだけの金魚の糞じゃない!」

「そ、そんな、私は・・・」

「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ!貴女、今までもそうやってきての?ただ守られて自分じゃ何もしないで、一度でも熾輝の背中を守ったことがあるなら言い返してみさい!」

「それは・・・」


咲耶は、依琳に言われて初めて気が付いた。これまで、熾輝と共に魔導書を封印してきた事は何度もあった。しかし、一緒にいた時、彼は一度でも自分を前に出していただろうか。考えるまでもなくそれは否だ。常に前に出て危険なことをしていたのは彼で、自分はただ戸惑っていただけ。


『熾輝君は本当は優しい。』『いつも私達に気を配って、危ない目に遭わないように―――』以前、彼女が双刃に言った言葉が思い返される。それは、自分がただ甘えていただけではないのか?もしかして、彼は本当に自分を足手まとい程度にしか思っていないのでは・・・そんな疑問が彼女の心の中で渦を巻く。


「こんな事なら、無理を言ってでも私が熾輝に付いて行くべきだった。」


劉邦に抑えられながら尚も咲耶に掴みかかろうとしていた力が突然抜けた。しかし、次の瞬間、咲耶の背筋に悪寒が走る。


「~~っ!」


まるで仇を見るかのような依琳の敵意がこもった威圧に、咲耶は息を飲みビクリと肩を震わせる。そんな彼女を見下すようにフンッと鼻を鳴らすと踵を返して、そのまま劉邦の拘束を解き、歩き去ってしまった。


そして、咲耶はそれ以上声を出す事が出来なかった。


「たくっ、アイツ言いたい事だけ言って、行っちまいやがった。」


彼女が歩き去った後、残された劉邦は小さく舌打ちをする。

そして、良いように言われて俯く少女に視線を向けると、彼女の身体が小刻みに震え、今にも泣きそうな事に気が付いた。


隣にいた可憐も流石に何と声を掛ければいいのか悩んでいる様子である。


劉邦は深い溜息を吐いて、頭を掻き揚げる。


「え~っと、咲耶ちゃんだっけ?アイツの言う事は真に受けない方が良いよ。昔から勢いだけで自分が何言っているのかなんて分かってないんだから。」

「・・・。」


劉邦が泣きそうな咲耶にフォローを入れようとするが、今の彼女には届いていないらしく、まったく反応が帰って来ない。そして、彼も彼であのまま依琳を一人で行かせる訳にもいかず、僅かな間、どうするべきか迷った挙句、隣にいた可憐に任せて立ち去ってしまった依琳を追う事に決めた。


残された咲耶は、ただ俯いて涙を堪えることしか出来なかった。そんな彼女の手を可憐は優しく包み込んで寄り添う。


「咲耶ちゃん・・・。」

「判らない、・・・わたし、熾輝君の事が分からないよぉ。」

『・・・。』


熾輝に、そして、彼の足手まといだったのではという疑問が彼女の心を埋め尽くす。気が付けば咲耶の頬を伝って、ポロポロと涙が流れていた。そんな咲耶にアリアは何も言わずに黙って見ていた。



◇  ◇  ◇



ネジや鉄屑、果てはアスレチック等のありとあらゆる鉄が磁力によって宙を舞い、一人の少年に飛来してくるが、少年は一定の距離を保ちながら元凶の回りを移動し、飛来物を躱していく。


―――(妖魔の有効範囲は、およそ10メートル。それ以上の距離を取ると物体を投擲してくる。)


熾輝は、妖魔との相対のさなか、敵の分析に徹している。先程、一見した情報だけで奇襲を仕掛けたが、こちらの攻撃が当たる手前で対応され、あっさりと防がれてしまった。


相手の情報が少なすぎる現状では、こうした分析に手を緩める気はない。


―――(撤退するにしろ、カラクリだけは知っておきたい。)


熾輝が警戒しているのは、完全な奇襲にも関わらず咲耶の攻撃に反応した妖魔の行動についてだ。


直前まで、熾輝達に気付いている気配は無かったが、防がれたなら何かしらの反応する要因があったに違いないと睨んでいる。


そして、熾輝は思い切って妖魔の領域テリトリーに踏み込んだ。


その瞬間、先程まで領域外に向けて投擲していた物体が、まるで生きているかのような軌道を描いて追尾しながら迫る。


先程までと性質の違う攻撃を予想していた熾輝は、領域外では着弾地点を先読みして躱していた動作から追尾する攻撃に対して紙一重で避ける動作へと瞬時に切り替える。


しかし、避けたはずの物体が一泊置いて再び迫る。それを躱しては次々に迫りくる脅威を凌ぎきる。


感覚を研ぎ澄ませ、感知能力をフルに回す。だが、増え続ける飛来物に対し、次第に対応が遅れ始める。


直撃こそ避けているが、身体のあちこちを掠め、徐々に熾輝の肌に傷が刻み付けられていく。


―――(流石に捌き切れなくなってきたな。・・・だけど、これでいい。僕が妖魔を引き付けている間に撤退の準備が進んで―――)


「シキから離れなさい!」


突如、熾輝の思考を停止させる声が響き渡った。


そして、次の瞬間には今にも迫りくる飛来物が炎を上げて爆発した。


至近距離で爆発した物体は、そのまま四散して、幾つかが熾輝の身体に当たりはしたものの、制御を失い質量が少なくなったため、大したダメージにもならずにバラバラと地面に落ちていく。


そして、熾輝はこの現象に心当たりがある。


「シキ、大丈夫!?」

「依琳、なんでここに・・・咲耶達の方はどうなっているの?」

「知らないわよ、あんな奴。」

「え?」


熾輝は、依琳の発言にキョトンとしてしまう。彼女は頬を膨らませて、なにやら怒っている様子だ。


この時点で、嫌な予感しかしない熾輝は、若干顔を引き攣らせていた。


しかし、今はそのような事に思考を割いている余裕はない。依琳の攻撃によって爆散した物体が再び浮遊を始め、今にも襲い掛かってこようとしている。


―――(参ったな、さっきの爆発で砕け散った破片も一緒になって、妖魔の武器が増えちゃったよ。)


「・・・依琳、今は目の前の妖魔から距離を取って。本体から10メートルの距離を保てば奴の攻撃手段は投擲の一辺倒になるから。」

「判ったわ、熾輝はどうするの?」

「僕は、何度かアプローチを掛けて攻略法を検証する。」

「了解、援護は任せて。」


本当は、依琳には咲耶達と待機して欲しかったのだが、おそらく言っても聞き入れてくれない。

その事を理解しているため、熾輝は敢えて彼女を自分の傍に置くことを決めた。


そして、再び妖魔へと接近を開始した熾輝に対し、飛来物が襲い掛かる。


―――(さっきの攻撃で破片が増えたけど、質量が減った分、僕の防御力でも十分対処可能になっている。それに・・・)


先程と同様、襲い掛かる飛来物を躱しながら妖魔に近づいていく熾輝は、ある事に気が付いた。


―――(動きの鈍い物体がある。・・・いったい何が原因だ?)


先程の妖魔の攻撃に比べ、明らかに物体が飛来する際の精度が落ちている物があった。


熾輝は、その原因を探るべく、つぶさに観察を開始する。


しかし、妖魔がこちらに気を使って攻撃の手を緩める事はない。質量が足りない物体は磁力の力で繋ぎ合わせて一塊にすると、今度は起動を読みずらくするためにウネウネと蛇のように空中から迫ってくる。


だが、今はもう先程の様に一人で戦っている訳ではない。


不意に不規則な軌道を描いて迫る物体に何かが張り付くと同時に、ドカンッと音を立てて爆発が起きる。


「シキには近づけさせないわよ!」


―――(相変わらず派手な魔法だな。)


妖魔の領域外から次々に投げ込まれるは、依琳の式札しきふだ。この式札には彼女の得意魔法である【爆炎】の魔法式が描かれており、対象に触れる事によって起動する。


爆炎の式札が飛来物に触れると同時に次々に爆炎が上がる。


そして、爆炎によって発生した土煙に身を隠した熾輝が妖魔へと接近する。


―――(この煙幕の中では、こちらの動きに対応は出来ないだろう。)


気配を殺した熾輝は、敵の位置を探知能力によって常に把握している。そして、妖魔との間合いを縮めた瞬間に拳へとオーラを集中させた。


―――(これでチェックメイトだ!)


しかし、オーラの篭った拳を突き出す瞬間、熾輝は自身の目に何かが入って来る様な僅かな違和感を感じた。だが、既に大手が掛かっているこのタイミングで攻撃の手を緩めるハズが無い。突き出し始めた拳で完全に妖魔を祓えると思った矢先、妖魔の気配に変化が起きた。


正確には妖魔が行使している魔法の性質が変わったのだ。


「なっ!?」


熾輝が突き出した拳は確実に妖魔に届くハズだった。しかし、実際は妖魔の一歩手前で巻き上げられた砂によって止められてしまい、熾輝の表情が僅かに驚愕に染まる。


「砂鉄・・・そうか!」


ここへ来て、熾輝は妖魔が先程の攻撃を防いだカラクリを理解した。だが、妖魔を目の前にして大きな隙を作ってしまった熾輝は、急いでこの場を離脱しようとしたが、自身の拳が砂鉄によって絡めとられ、引き抜く事が出来ない。


「っ、クソッ!」


磁力によって集められた砂鉄が熾輝の拳をガッシリ掴み取り離さない。そして、拳から侵食するように砂鉄が熾輝の身体へと迫る。


―――(このまま砂鉄で飲み込むつもりか!)


ジワジワと熾輝の身体を侵食していく砂鉄、このまま身体を飲み込まれてしまったら完全に動きを封じられ、圧殺されるか窒息死にされるかのどちらかだ。そんな事になる訳にもいかず、熾輝は逃れようと身体に力を込める。


だが、妖魔は磁力を砂鉄へと集中させているため、ビクともしない。


「舐めるなよ、天地波動流熾輝ノ型:たい――――」

「必殺!俺式、荒狂雷脚こうきょうらいきゃく!」


熾輝が技を発動させようとしたその時、後方から劉邦の声が響き渡った。


そして、熾輝を捉えている砂鉄に彼の蹴りが衝突した瞬間、土煙を上げて砂鉄が吹き飛ぶ。


「苦戦なんて、らしくねえな!」

「誰が苦戦しているって?」


砂鉄の拘束から解かれた熾輝の背後にスタッと着地を決めた劉邦が、熾輝の背にもたれ掛かり、お互いの死角をカバーし合う形で妖魔と相対する。


「強がりも相変わらずだな。それで?攻略法ってのは判ったのか?」

「・・・妖魔は、磁力を操作して細かい砂鉄を浮遊させている。だから外敵が砂鉄に触れた瞬間に察知する事が出来たんだ。そして、磁力は物質を熱することで無力化できる。」


熾輝は、分析した事柄を掻い摘んで説明する。


依琳の爆炎によって加熱された鉄屑の動きが鈍っている反応を見て、過去に呼んだ教材の事を思い出した。物体は熱する事により磁力が弱まる事を、更に攻撃直前に自身の目に入り込んできた違和感は、空中に浮遊する砂鉄によるもの。一見、ただ巻き上がった砂埃の様に見えていたそれは、妖魔が設置した極小の探知装置だったのだ。


「成程な、てことは奴の武器を熱々にしてやれば役立たずの鉄屑になるって寸法か。」

「そういうこと。だけど爆炎の様に拡散する熱量だと効果は薄いかも。精々が吹き散らす程度かな。・・・ところで咲耶達は?」


こういった場面でこそ彼女の出番なのだが、今この場には劉邦と依琳しかおらず、所在を聞かれた劉邦の目が泳いでいる。


彼の態度と先程の依琳の態度が脳裏を過った瞬間、まさかと嫌な汗が背中を流れた気がした熾輝は、依琳に視線を向けた。しかし、当の本人は妖魔の領域外で、じれったそうに熾輝の指示を待っている。


「いや、とりあえず暴力沙汰にはならなかったけど、・・・・咲耶ちゃんを泣かせた。」


劉邦からの報告を聞いた熾輝は、思わず片方の手で顔半分を覆った。先日の一件でモヤモヤした関係が更に複雑になってしまった事に頭を悩ませたのだ。


しかし、元を正せば自分が原因であり、その非を誰かに押し付けるのは筋違いである事は十分に理解している。理解はしているが、これ以上ややこしくしないで欲しいと願わずにはいられなかった。


「・・・わかった、取りあえず今回、咲耶は戦力にはなりそうに無いから、僕だけでどうにかするよ。」

「おいおい、そんな事、依琳アイツに言う気かよ?僕だけでなんて言ったら、爆撃されるぞ。」


劉邦に言われて、未だに指示を待っている依琳に視線を向ければ、鼻息を荒くしながら目を血走らせている彼女の姿があった。


既に暴走一歩手前である。


「・・・仕方がない、久しぶりに三人連携スリーマンセルと行きますか。」


咲耶の事はもちろん気になる。しかし、目の前の敵に集中する事を選んだ熾輝は、依琳と劉邦に指示を飛ばした。


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