第九〇話【来訪者Ⅱ】
深夜、静まり返った住宅街の一角にある公園に小学生が5人たむろしていた。時間的に子供が出歩いてはいけないのだが、彼等にはそういった事情よりも優先しなければならないことがあった。
「始めまして、俺の名前は雷劉邦、気軽に劉邦って呼んでくれると嬉しいな。」
「始めまして、乃木坂可憐です。」
「よ、よろしく。結城咲耶です。」
熾輝が突然連れて来た見知らぬ2人、劉邦と名乗った少年がキラリと決め顔を作って咲耶と可憐に自己紹介をしている。
―――(燕は・・・来てないか。)
集まった者の顔ぶれを見た熾輝は、燕が居ない事に安堵していた。
しかし、何の前触れもなく連れて来た2人に困惑している咲耶に対して、流石は人気子役というだけあって、可憐は自然な笑みであいさつを返しているように見えるが、昨日の事を引きずっているのか、何故か笑顔がぎこちない。
「お二人は熾輝君の友達なんですか?」
「いいや、俺はコイツの好敵手さ。」
「ラ、ライバル?」
「そう、俺達はお互いの力を認め合ったライバグホオオっ!」
ライバルと聞いてキョトンとしていると、熾輝との関係について語っていた劉邦の腹部に本日2度目の腹パンが炸裂した。
ギョッとしている二人を他所に崩れ落ちる劉邦、そして彼を沈めた少女がズイッと歩み寄る。
「蓮依琳よ。」
二人からかなり近い距離で止まると、睨むような視線を放って名乗る。
攻撃的な彼女の態度にオドオドする咲耶はすぐに視線を逸らしてしまう。あれはもう条件反射だと言っていたのは誰だっただろう。熾輝も彼女との初対面で殴られた覚えがあり、そんな彼女の性格上、問答無用で手を上げたりしないか冷や冷やしていた熾輝は、心の中で胸を撫で下ろして二人に近づく。
「二人は僕が上海に居た時にお世話になったんだ。依琳は僕の師匠のお孫さんで、劉邦は弟弟子みたいなものだ。だから魔術や能力についても理解しているから隠す必要もない。本当は連れてくるつもりは無かったんだけど、どうしてもって言われて・・・。」
「そうだったんですね。私が言えた義理ではありませんが、宜しいのではないでしょうか。」
そう言って、可憐がアリアに視線を向ければ、仕方ないと了承してくれた。咲耶に視線を向ければ、一瞬目が合うも直ぐに逸らされてしまい、俯いてしまった。
普段通りに会話をするように努めている可憐は流石といったところだ。
「・・・そういう訳だから2人も同行するけど、やる事は普段と変わらない。一度異相空間に侵入後、敵を補足して戦況次第で離脱しよう。」
熾輝は、まともに顔を見てくれない咲耶の事が気がかりではあったが、やるべきことに対して私情を持ち込めば、取り返しのつかないミスにつながってしまう恐れがあると分かっているから、気持ちを切り替えて目の前の事に集中する事にした。
「ここが異相空間か。空間制御系の魔術なんて初めて見たぜ。」
セピア色の空間を見回す劉邦は、普段体験できない経験に胸を躍らせている様子だ。そんな彼を他所に熾輝は探知能力を発動させて魔導書の気配を探る。
「・・・見つけた。」
探知を開始した直後、間もなくして魔導書の気配を感じ取った熾輝は、先頭を歩いて件の魔導書の所在地へ向かった。
「あれが今回の魔導書か・・・アリア。」
茂みに隠れて覗う熾輝達は、砂場の上に浮遊する黒い球体に目を向けている。黒い球体の回りには細かい粒が舞っており、その粒は一定の間隔を保ちながら微動だにしていない。
浮遊物体を見ただけではその魔導書の内容は判らない。故に、魔導書の知識を有するアリアに視認してもらう事によって、魔導書の正体を見極め、対策を練る事が最も安全確実な封印手段なのである。
「あれは【磁力】ね、文字通り磁力を操る魔術よ。」
「マグネット・・・厄介だな。」
「何か問題があるんですか?」
魔術名とそれに伴う効果を聞いた熾輝が苦い顔をして呟くと、可憐が疑問符を浮かべて問いかけてくる。
「磁力は、鉄等の金属類に影響を及ぼす。そして、ここは公園・・・砂場やアスレチックがあって、妖魔にとっては武器の倉庫と言っていい。何より今、奴が空中に浮遊させてるのは恐らく砂鉄だ。あれだったら、好きな形に形状を変化させる事が出来るから不測の事態に対しても臨機応変に対応されかねない。」
「でしたら遠くからの攻撃で仕留める方が良いという事でしょうか?」
「そうだね・・・アリアはどう思う?」
「うん、戦術的には間違っていないと思うよ。昔、ローリーが行使したマグネットに対して遠距離攻撃で対応してきた連中がいたんだけど、その時ローリーがこの魔術について、自由度は高いけど、有効範囲が短くて攻撃が届かないってボヤいていたことがあって――――まぁ、結果的には勝ったんだけどね。」
当時の事を思い出したのか、アリアは笑って答える。
だが、これで作戦は決まった。過去の教訓でも攻撃が届かない範囲からの攻撃であれば有効的、しかも相手が気付いていない状況からの完全な奇襲となれば、一撃で終わらせる事が出来る。
作戦案がまとまったところで、熾輝達はその場をゆっくりと離れた。
この公園には魔導書がある砂場から離れた場所に小さな丘がある。そのため妖魔に感付かれないよに裏から回り込み、現在は丘のふもとに咲耶達を待機させ、アリアと共に丘の天辺で身を低くして砂場の妖魔を伺っている。
―――(微動だにしないか・・・むしろ好都合だ。)
「よし、戻って準備を―――」
「ねぇ、何かあったの?」
アリアの問いに表情が固まり、一瞬の間、熾輝の思考が停止する。
「・・・え?」
「なんか、林間学校から帰って来てから咲耶の様子がおかしいのよ。何があったのか聞いても答えてくれないし。・・・そしたら、さっきからあの子、熾輝の事を避けているじゃん。」
彼女の指摘は正しい。自分と可憐がいくら普通を装っても咲耶だけは、明らかに消沈しており、口数もめっきりと減っている。
原因は自分にあるのだが、しかし、彼女を悩ませているのは燕の一件よりむしろ己の過去に触れてしまった事が大半を占めているのかもしれないと熾輝は考えていた。
「・・・燕に告白された。」
「マジで?・・・それで、何で咲耶達が元気無いの?」
「原因は全部僕にあるけど、燕に酷い言い方をしてしまって―――」
熾輝は、事のあらましを掻い摘んでアリアに説明した。燕との件、襲撃者に攻撃された際、己の過去を咲耶達に知られてしまったこと。
しかし、過去について詳しくは語らず酷い光景を見られたとだけ説明をした。
「―――多分、燕の件もそうなんだろうけど、僕の過去を知って嫌われたのかもしれない。」
「・・・。」
話している内に先日の事が鮮明に思い出され、その時に彼女達が見せた表情が今も頭から離れない。熾輝の表情には影が差し、何処か悲し気な雰囲気を纏っている。
そんな話をアリアは黙って聞いていたが、軽い溜息をついて熾輝を見つめて来た。
「あの子は、そんな事で誰かを嫌いになったりしないわ。」
てっきり怒られてると思って身構えていた熾輝の予想を裏切り、彼女は自身に満ちた表情で語り掛けてくる。
「本当は臆病で、いつも一杯一杯だった咲耶が熾輝と一緒に魔導書を回収し始めてから、あまりビクビクしなくなった。心に余裕が出来たっていうのかな、それぐらい熾輝を頼りにしているし、信頼もしている。・・・まぁ、熾輝の過去に何があったのかは知らないけど、熾輝の歳で能力に目覚めている場合、多かれ少なかれ過酷な何かがあったという事だけは判る。」
アリアは熾輝の眼帯を見ながら、そっと手で触れる。
「きっと、戸惑っているだけなのよ。いくら大きな力を持っているとはいえ、まだまだ子供なの。だからもう少し待ってあげて。」
そう言ったアリアは優しく微笑んで麓へと降りて行った。
そんな彼女の背中を見つめていた熾輝の心には、形容しがたい感情がジワジワと溢れ出し、時たまチクリと胸をさしていた。
◇ ◇ ◇
「―――作戦は頭に入ったかな?」
「うん。」
現在、熾輝は咲耶と共に丘の上に居る。
アリアとの会話の後、直ぐに登って来た咲耶に作戦を説明したのだが、その返事にはやはり元気がない。とはいえ、それは熾輝も同じで平静を装ってはいるが普段通りにはいかない様子だ。
「・・・それじゃあ、始めよう。」
熾輝の掛け声と共に咲耶は杖と化したアリアを構え、妖魔へとその先端を向ける。
魔法式が展開されると同時に落ち着いた面持ちで狙いを定め、次の瞬間には遠距離攻撃術式を放つ。
攻撃は磁力によって巻き上げられていた砂鉄を吹き飛ばしながら一直線に妖魔へと伸びていく。しかし、命中すると誰もが思った矢先、魔法が着弾する手前で砂場の砂鉄が物凄い勢いで巻き上がり、攻撃の進路を塞いだ。
「っ!防がれた。」
「ど、どうして!?」
「分からない。・・・とりあえず一度体制を立て直そう。今の攻撃で妖魔がこちらに気が付いてしまった。」
完全な奇襲を防がれた事に動揺する咲耶、しかし、攻撃を防いだ妖魔は、そんな事はお構いなしに熾輝達の居場所に向かって移動を開始した。
―――(どうする、一度撤退した方がいいか。)
振り返って麓へと降りる熾輝の眼下には可憐達3人の姿がある。現状、この3人が居たまま行動をするとなると、どうしても動きに制限がかかる。しかし、3人の内2人は―――
「っ!咲耶、シールド!」
「は、はい!」
熾輝の指示に対し瞬時に反応した咲耶が魔導書の魔術を発動させた。
シールドを発動させた直後、何かが直撃する音が響くと、その物体は弾かれるように地面に落下した。
「・・・やはり、厄介だ。」
地面に落下した物体に視線を向ければ、公園のアスレチックがグシャグシャに丸められて一つの鉄塊となっている。
「こんなに大きなものをどうやって。」
「磁力で捻じ曲げてから投擲したんだ。公園内のアスレチックは殆ど磁力に反応する物質で出来ているから、妖魔にとっては武器の宝庫なんだよ。」
「そんな、アリアの話じゃ近づかなければ平気な筈だったのに。」
「要は使い方の問題だ。どんな魔法でも工夫一つでとんでもない威力を発揮できる。これが良い例だ。」
鉄塊と化したアスレチックを一瞥した熾輝は、今なお迫る妖魔への対応を思考しながら足を止めた咲耶に麓まで移動するよう促す。
―――(今の攻撃、威力は大したものだけど、咲耶のシールドなら問題なく防げるレベルだけど油断は出来ない。現状、3人をシールドで守りつつ僕が囮になって脱出までの時間を稼ぐか、時間を稼いでいる間に対応策を見つけるかの同時進行がベストだ。)
丘を降りる僅かの間、瞬時に判断を下した熾輝は立ち止まる。すると、その様子に気が付いた咲耶が振り返ると、熾輝は踵を返して再び丘を登り始めていた。
「し、熾輝くん!?」
「咲耶は3人をシールドで守りつつ念のため脱出の準備をして。その間に僕が時間を稼ぎながら対応策を考えるから。」
「ま、待って!だったら私も―――」
咲耶が言い終わるより先に、簡単な作戦を伝えた熾輝は、既に駆け出して敵へと向かってしまった。
「・・・どうして、一人で決めちゃうの。」
既に熾輝が立ち去った後、彼女は丘の麓へと降りて行った。しかし、その足取りは重い。




