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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第八九話【来訪者Ⅰ】

 蓮依琳れんいーりんは、熾輝の師の一人、【兵器体系ウェポンシステム】若しくは伝説の暗殺者【死神】の異名を持つ蓮白影の孫娘である。


ある者が彼女の事を語るとき、まるで太陽のような少女、又は取扱説明書の存在しない兵器という感想を抱くという。


そして、もう一人、雷劉邦れいりゅうほうは、熾輝と同じ師を持つ言わば弟弟子。本人は好敵手ライバルだと言い張っているが、実力に差があり過ぎて、誰もそうだとは思っていない。


彼の性格を一言でいうのであれば、女好きである。女性には絶対に手を上げず、性別が女であれば、老若問わず優しくするという誇り高き女好フェミニストき。


そんな二人が何の前触れもなく夏休みを利用して日本にやって来た。心の中では二人を歓迎している熾輝だが、不思議と嵐の予感を感じさせてくれる。



林間学校を終えた翌日、1学期の終業式が執り行われた。生徒達は、これから始まる長期休みに胸を躍らせつつ、例年通りの宿題の量に頭を抱えたりと一喜一憂している。


そして、熾輝にとって初めての夏休みは億劫おっくうな気持ちでスタートする。原因は先日の林間学校での出来事、燕からの告白に始まり咲耶・可憐との関係にヒビが入り、突如敵からの予期せぬ攻撃によって晒されてしまった自身の過去。


あれから彼女達とは一言も口を聞いておらず、咲耶と可憐は同じクラスであるにも関わらず目も合わせていない。


結局この日、関係を修復するどころか、お互いを避けて下校の時を迎えてしまったのである。



◇  ◇  ◇



自宅マンションに辿り着いた熾輝は、部屋の前で足を止めていた。


「イ、依琳殿、いけません!そのような物を鍋に入れては~!」

「いいじゃない!隠し味よ!もしかしたら美味しくなるかもしれないでしょ!」

「バカ、やめろ!あ、あ、ああああ!」

『ウウウウウウウウウ♪』


次の瞬間、部屋の火災報知器が待っていましたと言わんばかりに音を響かせた。




「・・・それで、一体何をやったら、こんな事になるの?」


仁王立ちをする熾輝の目の前には、正座をさせられている3人の姿があった。


キッチンへと目を向ければ、何やら焦げた物体Xと油の入った鍋、そしてなぜかプッ○ンプリンの空容器やらゼリーの空容器が転がっている。


「ももも、申し訳ありません熾輝様!お二人が熾輝様の昼食を作りたいと言い出したので、手伝っていたのですが・・・。」

「ちょっと、依琳が暴走して、目を離した隙に油の鍋にプリンやゼリーを入れたんだ。」


依琳に目を向ければ、そっぽを向いている。彼女は怒られそうになると、こうして目を合せようとしない癖を持っている。そして、頭ごなしに叱ると、逆上して暴れまわったりするのであるが、こうした時の対応は、中国に居た時に既に心得ている。


熾輝はヤレヤレと小さく溜息を吐くと、正座している依琳の前に座るとおもむろに手を取った。


「依琳、火傷しなかった?」

「・・・うん。」

「そっか。」


それだけ言った熾輝が立ち上がろうとした時、袖を掴まれて引っ張られる方へと視線を向けると、上目使いをした依琳が申し訳なさそうな顔をしていた。


「シキ・・・ごめんなさい。」


基本、依琳は注意を受けると、どうしても反発してしまう性質たちであるが、彼女自身、悪い事をしたという認識があり、尚且つ反省だってしているため、咎めたりせずに対応してあげれば、素直に謝る事だってしてくるのだ。


そんな彼女の謝罪を受けて小さく笑うと、散らかった台所を4人で片づけた。


綺麗になった台所を見渡して一息つくと、時計の針が既にお昼を回っており、今から昼食の準備をしても時間が掛かり過ぎてしまうと判断したため、結局この日の昼食は外で取る事になった。


マンションを出た3人は、駅前に建ち並ぶ飲食街へと繰り出した。ちなみに双刃は実体化を解いて、今は見えない状態であるが、熾輝の直ぐ傍に控えている。


飲食街に入って直ぐに、依琳が少しお洒落な洋食店を見つけたため、昼食はその店で取る事になった。熾輝としては、せっかく日本に来たのだから日本食を食べて欲しかったが、こういう時は食べたい物を食べた方が良いと言う劉邦の助言に従う事にした。


洋食店の中に入った3人は、それぞれ好きな物を注文して品物が来るまでの間、歓談する事になったのだが、自然と話す内容が魔導書絡みへと変わっていった。


「―――じゃあ、今はその女の子達と一緒に封印をしているのか。」

「うん、収集率も9割くらいで、終わるのも時間の問題かな。」

「成程な、しかし、あの乃木坂可憐も一緒になって魔導書を集めているなんて、羨ましいヤツめ!」

「劉邦は、乃木坂さんを知っているの?」

「当たり前だろ、中国でも日本のドラマは普通に放送されているんだ。子役とはいえ、多分俺達の年代で知らない奴なんて、よっぽどの潜りだけだ。」

「あ~うん、そうだね。」


実のところ、熾輝は日本に来てから彼女の存在を知った。幼いころから修行に明け暮れていた彼にとって、そういった俗世の知識はかなり乏しい。


以前、飛行機の中で知り合った少女にチェスの勝負を挑まれた時も知識はあるけど実践した事が無かったのは、俗世と切り離された生活をおくっていた弊害なのだろう。


そんな会話をしている内にウェイトレスが品物を運んできた事から少し遅めの昼食に箸をつけつつ、3人の時間は過ぎて行った。


食事中、熾輝と一緒に魔導書事件を解決している咲耶達の話になったが、林間学校の一件以降、どうにも彼女達のことばかり気にしてしまい、その都度、彼の心の中のモヤモヤが一層濃くなっていった。


昼食を終えた3人は、そのまま自宅マンションには戻らず、街中を見て回りたいという要望から、腹ごなしついてに街中の案内をしたが、昼食を終えてから依琳の様子が大人し過ぎる気がしたが、昼間の一件をまだ気にしているのだろうと思い至り、あえてその件に触れるのは止めようと考え、気にしていない振りをして街の案内を続けた。


しかし、熾輝のその考えが後に大変な事になるとは、この時の彼には想像する事が出来なかった。



日もだいぶ傾き始めたころ、一通り街の案内も終わり、マンションへと戻って来た3人は、部屋に入ると同時に電話の着信音が鳴ったことから、熾輝は受話器を上げて電話口に出た。


「はい、八神です。」

『少年、私だ、コマだ。』


電話の相手は法隆神社の神使コマだった。彼の声を聴いた瞬間、ドキリと鼓動が僅かに高くなったが、直ぐに心を落ち着かせ、こちらの様子を見ていた依琳と劉邦に「ゴメン待ってて」とジェスチャーをすると、コマとの会話を続けた。


「なんか機嫌悪くね?」

「・・・別に、そんな事ないわよ。」


電話中の熾輝をよそに、暇を持て余してしまった依琳と劉邦であったが、依琳の様子がおかしい事に気が付いていたのは熾輝だけではなかったらしい。


「嘘つけ、じゃあ何でムスッとしているんだよ。」

「ムスッとなんて・・・ただ、熾輝の元気が無い気がして、気になっているだけよ。」

「あぁ、確かに昨日からちょっと様子がおかしいよな。・・・恋の悩みとか?グホオッ!」


いつもの調子でふざけた劉邦の腹部に拳がめり込む。


「お、おま、・・・・マジで容赦ねえな。」

「フン!アンタがつまらない事いうからよ。」

「・・・何しているの?」


電話を終えた熾輝が二人の元へやってきた際、膝を付いている劉邦を認め、小首を傾げる。


「何でもないわ!それより何の電話だったの?」

「あ、あぁ・・・ちょっと呼び出しがあって。」

「呼び出し?」


今も苦しそうに腹部を抱えている劉邦を他所に、依琳が訝しそうな表情をする。


「どうやら魔導書の一つが見つかったらしい。」


答えた熾輝のは、困った顔を浮かべていたが、依琳の眼には何処か苦しそうに答える少年の姿が映って見えた。



◇  ◇  ◇



街の一角に位置する住宅街、そこは周りの住宅地と違って少々趣きが違う。


現代の日本家屋と呼べるような家が全くなく、まるで洋風をコンセプトに置いているような古い洋館が立ち並んでいる。


戦後、この辺りにはアメリカ兵が多く滞在しており、当時、彼らの間では洋館に住むことが社会的ステータスになると考えられており、その流行の名残が今なお残っているのだ。


そんな住宅街の一角にその屋敷は存在していた。


屋敷の一室、薄暗い部屋の椅子に腰を深く掛けていた男、そして目の前には若い女が対面の椅子に腰を掛けて何やら話をしていた。


「まさか、神災に生き残りが居たとは・・・」


男は目の前の女から報告を受けて、少々驚いていた。


「私も最初は冗談かと思ったけど、ヒストリーソースを使って確認したから間違いないわ。」

「なるほど、それで他に判った事は?」

「魔術を使って判明したのは、神災の生き残りだった他に、半年を魔界で過ごした事と五月女家の縁者であるという事ね。もっと情報が欲しかったけど、どうにも星の巡りが悪かったみたい。」


そう言った女は、事前に用意していた資料の束を男に手渡す。


「・・・にわかには信じられない事ばかりだな。よわい4歳にも満たなかった子供が半年もの間、魔界で過ごして、し帰還するなんて余程の強運の持ち主なのか・・・。」


手渡された資料に目を通す男は、先に報告を受けていた事柄に対し目を見張っている。


「今まで、あの子の個人情報パーソナルデータを調べてきたけど、どの記録を辿っても、神災の被災地に住んでいたという履歴は疎か、血縁関係からも五月女の名は上がってこなかった。」

「つまり、何らかの事情でデータが完全に改ざんされているという事か・・・」

「そんな事が出来る人間なんて限られてくるわ。いかに五月女家ほどの名家でも国が管理している個人情報を改ざんできるハズがない。」


そこまで聞いた男の脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ。


「管理する側が敢えて改ざんしたとか・・・」

「あの子のバッグに国が付いているってこと?」

「あり得る話だ。現にあの子の保護者は五柱の一人、東雲葵だ。国が目立って動けない以上、フリーランスである彼女を頼るのは筋が通る。」

「・・・それって結構ヤバくない?今の段階で国に目を付けられる訳には行かないでしょ。場合によっては計画に支障をきたす恐れだってあり得るわよ。」

「そうだね・・・」


男は僅かの間、目を瞑り思考する素振りを見せるが、実際のところ既に答えは出ている。


「八神熾輝というイレギュラー要素はあったが、計画に変更は無い。多少の誤差は出たが許容の範囲内で収まっている。今のところ五柱である彼女が前に出てこない所を見ると、傍観の姿勢を取っていると見ていいだろう。しかし、今後は八神熾輝の情報を得るために、しかるべき機関に潜入する必要がありそうだな。」

「・・・へたに動いて大丈夫かしら?」

「問題ない。いざとなれば私が動く。」

「動くって・・・いや、そうならない様にこっちでどうにかするわ。」


男が動くと聞いた女の顔が若干引き攣り、頭を振って男を諫める。


「期待しているよ。まぁ、そんなに急ぐ必要もないし、おそらく名前も偽名を使っているだろうから、時間も掛かるだろう。」

「え?・・・いや、名前は偽名じゃないわよ。過去を見た時に確認しているから。」

「は?」


女の答えに対し、一瞬キョトンとした表情を浮かべる。


―――(これだけ完璧な情報操作をしておいて、何故名前を変えていない?)


「・・・八神か、考え過ぎじゃ無ければいいが。」

「なに?どうかした?」

「いや、とにかく慎重に動いてくれ。」

「りょーかい。」


そう言って、女が部屋から出て行こうとして扉の前まで来たところで立ち止まると、「そういえば」と資料に目を通していた男に語り掛ける。


「アイツからの伝言、良い素体が見つかったから暫くは帰って来ないってさ。」

「・・・わかった。」


男の答えを聞いて、女はそのまま部屋を後にした。

残された男は、机の引き出しに閉まっていた一冊の本を取り出す。

本の中身は、その殆どが白紙で、所々、幾何学模様や文字がビッシリ書き込まれているページが幾つかある。

その本に視線を落としていた男の口角が僅かに吊り上がる。


―――(さて、前座も飽きたし、そろそろ何か刺激が欲しくなってきたね。)


自身の欲求が満たされていく感覚に愉悦を感じている男は、暗い部屋の中でクツクツと笑みをこぼしていた。


次の投稿は10月14日 午前8時予定です。

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