第八四話【林間学校Ⅲ】
夜のキャンプ場では夕食を終えた生徒たちが焚火を囲んで集まっていた。
パチパチと小気味よい音をたてて薪が燃え、皆、ユラユラとした炎を眺めている。
もう少しすれば、フォークダンスが始まると先生が連絡事項を告げ、わずかな間、丸太の上に座りながら休息をとっていた熾輝の横に一人の少女が歩いてきた。
「となり良い?」
「・・・うん。」
しっとりと濡れた長い髪からは、シャンプーの甘い香りがして、彼女がお風呂上がりである事が分かった。
「皆の所に行かないの?」
周りには中の良い者同士がグループを作って、それぞれ談笑していたが、熾輝はどのグループにも入らず一人で焚火の火を眺めていた。
「こういう雰囲気に慣れていないんだ。」
同年代の友人と寝泊りをして、何かをするのは初めての経験であり、しかも、普段より距離を縮めて話しをしてくる状況に戸惑いを覚えていた。
実際、運動会の時も皆で朝練などを行ったりしたが、いつも自分から線を引いて必要以上に近づかないようにしていたと自覚している。
「みんな熾輝君と話したいと思っているけど、中々近づく事が出来ないみたい。」
かくいう、燕もそんな熾輝の態度には気が付いていたみたいだ。
「・・・きっと、その方がいいよ。」
「それって、どういう―――」
『おーい、そろそろ始めるぞー。』
拡声器を使った教師の呼びかけが少女の言葉を遮る。
「熾輝くん、一緒に踊ろう。」
そう言って立ち上がった燕は、手を差し出してきた。
つられるように、その手を取り、二人はフォークダンスの輪に入って行った―――
マイムマイムの曲が流れるなか、生徒たちは二人一組でダンスを踊っている。
曲の変わり目毎にパートナーが変わっていき、しばらく踊ると、最初に踊っていた生徒と変わるように順番待ちをしていた生徒達と交代となる。
曲が終わり、ダンスの輪から外れた熾輝は遠巻きに楽しそうにする他の生徒達を一瞥して、元居た丸太の上に腰を掛けようとしたところで、再び燕に呼び止められた。
「また一人になっちゃうの?」
「・・・うん。」
「ねぇ、さっき言ってたのって、どういう意味?」
先程の会話の続きを話したいらしい彼女は、わざわざ一人で居る熾輝に近づいてきたのだ。
「別に、そのままの意味だよ。僕とは親しくならない方がいいってこと。」
「・・・なんで、そんなこと言うの?」
思いもよらなかった回答に少なからずショックを受けた彼女は、少しだけ悲しい表情を見せた。
「フォークダンス・・・いや、林間学校は楽しかった?」
「え?うん、楽しかったよ。」
唐突に投げかけられた質問に答えたが、熾輝が何を言いたいのだろうと思いつつも、依然、悲し気な表情が晴れる事は無い。
そして、次に出て来た言葉に何とも言えない気持ちが彼女を支配した。
「僕は違った。」
「楽しくなかったの?」
「そう、思えなかった。」
「どうして?」
彼女の質問に対し熾輝は笑い合う生徒を見ながら答える。
「分からないんだ・・・楽しい楽しくないじゃなくて理解が出来なかった。・・・何も感じなかったんだ。」
「・・・。」
「考えてみてよ、皆が楽しんでいる中、僕みたいに気持ちを共有できない奴がいたら、つまらないだろ?」
熾輝の言葉を黙って聞く事しか出来ない。本当は「そんな事ない。」と言いたかったが、離している彼の言葉の重みがそれを許してくれなかった。
そして、「別にそれだけが理由じゃないけど」と付け加えて話しを続ける。
「みんなと同じ気持ちになれない僕が、どうして仲良くなれるのかって思うんだ。きっと僕が居なくても何も変わらない―――」
「そんなこと、言わないで。」
絞り出すような声で訴えてきた彼女の方に視線を向ければ、今にも泣きだしそうな顔で自分を見つめていた事に気が付く。
「居なくても何も変わらないなんて事はない。だって、熾輝君が居たから私は真白様やコマさん、右京左京と一緒に居られるんだよ。」
あの日、彼のおかげで救われた。
自分の無力を嘆いた彼女は縋る事しか出来なかった。
無理な願いだという事は判っていた。きっと誰にもどうする事も出来なかった現実
を彼は覆した。
しかも、会ったばかりの自分のために無理を押して、それこそ彼が宣言した通り全身全霊を掛けてだ。
今でもその姿が彼女の心に焼き付いて消える事は無い。
「熾輝君は私にとって、ヒーローだよ。・・・冷たいように見えても、本当は優しくて誰かのために頑張ってる―――」
彼に関する思い出を一つ一つ思い出すように自分の胸に手を置いて語り掛ける。
初めて彼を見たのは、海外から男の子が転校してきたと知って、友達と一緒に隣のクラスを見に行ったとき―――
初めて話しをしたのは彼が転校してきて数日後の明け方、神社で倒れていた少年を見て、直ぐに転校生の八神君だとわかった。
話してみると淡白な感じで何を考えているのか、よく判らなかった。
神社で右京左京が彼と戦っている所を見て強い霊力を持った人だと真白様から聞かされた。
そして、自分と同じ霊視を持っていると聞かされ、最初は顔も結構格好いいし、優良文献だと思い、婿に来ないかなどと相当失礼な事を言ってしまった。
真白様の依頼を受けた彼に付いて行った異相空間なる場所では、悪霊から自分を守ってくれた彼に見惚れてしまった。
消滅しそうな真白様を命懸けで助けてくれて、その日から彼の事が頭から離れなくなった。
可憐のコンサートも一緒に行った。その時の彼は体調を崩して弱っていたが、やせ我慢をする彼を見て少しだけ萌えてしまった。
犬探しをお願いしたら快く手伝ってくれた。普段の彼からは想像も出来ない食付きを見て動物が好きなのかもと思った。でも、その時に起きていた事件に自分達を関わらせないように頑張ってくれていた。
運動会、転んでしまったクラスメイトの為に、大声を出して励ましていた。これも、普段の彼からは想像できない一面だった。
まだまだ自分が知らない・・・もしかしたら彼ですら知らない彼の一面がまだあるのだろう。
そんな彼を彼女は―――
「ゎ、わたしは・・・」
高鳴る鼓動、震える声、胸が苦しくなり顔が赤く燃えるように熱い。
もう、この気持ちを抑える事が出来ない。
「私は、熾輝君が好き。」
キャンプファイヤーの炎が二人を照らす中、彼女は初めての告白をした。
次回は9月20日午前8時投稿予定です。




