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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第八一話【炎の運動会Ⅶ】

芽衣は走った。


今日のためにクラス一丸となって練習し、自分でも信じられない程に走りが上達した。


しかし、最後の最後に転倒してしまい、結局最下位になり、どうしていいのか判らなくなったとき、クラスメイトからの応援によって、再び走り出す勇気をもらった。


転倒した時に膝を擦り剥き、今もズキズキと痛むが、今はそれどころではない。


『信じろ!』――少年のその言葉が彼女の頭の中で木霊している。


そして、目の前には自分を待つ少年、彼はバトンの受け渡しゾーンギリギリで待っている。


そして、ついに―――


『青組、アンカーへとバトンを繋いだああああ!』(天野川)


少女は彼にバトンを渡した。


「ごめんっ!」


渡す直前、そんな言葉しか出てこなかった。


しかし、少年は嫌な顔一つせず、彼女だけに聞こえる声で答える。


「任せて。」


バトンを握りしめた少年は、地面を蹴った。



バトンを受け渡される際、熾輝は全身の筋肉を限りなく脱力させ、体重を地へと落とすと同時に落下するエネルギーを全身のバネを使って、力のベクトルを前方へと向ける。


瞬間、熾輝の速度は一気にトップギアへと切り替わり、一瞬にしてトップスピードへと到達する。


バトンを受け取った位置の地面には、陥没したように彼の足跡がくっきりと残されていた。


『は、速い!バトンを受け取った青組が一気にスピードに乗ったああああ!』


現在、熾輝のクラスは最下位、1位のクラスとの差はおよそ80メートル、アンカーはトラックを3周するため、450メートルの間で何とか抜かさなければならない。


そして、バトンを受け取ってから僅かな間に最初のコーナーへ差し掛かった熾輝は、5位の選手を一気に抜き去った。


「いっけー!八神!」

「八神くーん!」

「熾輝くーん!」


怒涛の追い上げをみせる熾輝にクラスメイト達からの声援が届く。


「フ、愚かだね。」


応援によって盛り上がりを見せる中、他のクラスである生徒がボソリとそんな事を言った。


「なんだと!?」


それを聞いたクラスメイトが食って掛かる。

見れば、隣のクラスの男子が眼鏡をクイッと上げながら熾輝の走りを分析している。


「確かに彼の走りは早い。だけどアンカーが最初から全速疾走すれば、直ぐにバテるに決まっている。」

「そ、それは・・・」


言われてみて気が付いたのか、クラスメイト達も熾輝が猛烈に追い上げている姿をみて盛り上がっていたが、なるほど、その通りである。


しかし―――


「でも、熾輝くんなら何とかしてくれるよ!」

「そうです!私達が信じないで、どうするんですか!」

「根性で、どうにかなるほどアンカーは甘くは『あああっとーー‼』」


眼鏡少年の言葉を遮ったのは、実況を続ける天野川であった。


校庭を見れば、物凄い勢いで走る熾輝、しかし、何かがおかしい。


『どうしたのでしょう、青組の選手の走り方がおかしいぞー!?』


言われてみると、熾輝の右手右足、左手左足が交互に一緒に出されている。


「なんだ、あいつ緊張しているのか?」

「本当だ、あはははは。」

「し、熾輝くん・・・」


確かに熾輝の走り方はおかしいように見える。まるで低学年の子供が時々やらかす行進の様だ。


それを見た他のクラスの者達から笑いが起きる。


しかし―――


『あ、あれはまさか‼』

『せ、先生!どうしたんですか!?』(天野川)


実況席で補助を行っていた教師が、突然実況に割り込みを掛けて来た。


『あの走り、間違いない!いにしえの技法、難波走なんばばしりだあああ!』


【難波走り】・・・江戸時代に飛脚が長距離を走る際に用いた技法で、伝承では一日に100キロ以上の道のりを苦も無く走破したとされ、疲れ知らずの技法と言われている。右手右足を一緒に出す、ただそれだけの様に見えるが、その実、重心が定まらず、むしろ遅い走りだと言われている。しかし、その技法は既に失われ、現代スポーツ科学の間では、幻の技法とされている。


『―――私も見るのは初めてだ。』(先生)

『な、なるほど、つまり難波走りをする事によって、疲れにくく速い走りが可能な訳ですね。』(天野川)

『ああ、そう言う事になるな。』

『解説有難うございます。…細川さんはどう思いますか?』


教師の解説を聞く中で、同じ実況の任についていた燕が先程から大人しくしていたかと思えば、


「きゃーーー!熾輝くん、ステキーー!ぶち抜けえええ!」


マイクをほっぽりだして、応援に勤しんでいた。しかも、自分のクラスをそっちのけにだ。


―――(僕だけは頑張ろう。)


そうこうしている内にアンカーのトップが2周目へと差し掛かる。


そして、熾輝が再びコーナーへと差し掛かったところで、4位の生徒を外側から抜き去った。


残るは3人!


前方の選手は、怒涛の勢いで追い上げてくる熾輝を意識したのか、おのずとペースが上がっている。


しかし、トップを走る選手は、流石陸上部のエース。一切ペースを乱すことなく順調に走っている。


2位と3位がペースを上げた事により、先程まで一気に縮めていた距離に、僅かに遅れが出て来た。


2周目に突入した時点で、1位の生徒との差は50メートル程に縮まり、丁度中間辺りに2位と3位の選手が位置している。


そして、ここへ来て熾輝のペースが更に上がった。


―――(いつもの修行に比べたら3周なんて、短すぎる!)


日頃の鍛練によって培われた肉体が、まるで、まだ早く走れると言わんばかりに熾輝に応えているかの様に、地を蹴る足に力を伝える。


眼前には2位と3位を走る生徒の背中が既に手を伸ばせば届く距離にまで迫っていた。


ここまでで2周の最後のコーナーへ差し掛かったとき、それは起きた。


ペースを上げた事により、既に限界を迎えていた2人の選手は縺れ合うようにしてコーナーへと差し掛かり、熾輝の目の前で転倒してしまった。


「「「あああっ!」」」


会場中から聞こえる声と同時に、熾輝も前方の転倒に巻き込まれた。しかし、転倒する熾輝の思考は、不思議なくらい冷静だった。


眼前に迫る固い地面、バランスを崩し、踏ん張る事は出来ない。


転倒に巻き込まれた拍子に両の足は既に地面から離れてしまっている。


視界の隅には、口元を覆う咲耶と可憐、膝を擦り剥いて血を流している芽衣の焦った顔。


転倒を回避する事は、どうあっても不可能だった。―――ならば!


―――(勢いを殺さずに受け流す!)


瞬時に地面へと向かう顔面の前に両腕を割り込ませ、衝撃のベクトルを変更しながら体を丸める。


そして、衝突の衝撃をそのまま利用して身体を一回転させると、何事も無かったかのように疾走を続けた。


『回転受け身だとおおおお‼』


マイク越しに教師の驚愕の声が響き渡るが、今の熾輝の耳には入って来ない。


何故なら目の前には既に1位の生徒を捉えているからだ。


その差は僅か20メートル!


しかし、先に3周目に突入した1位の選手に変化が起きた。


『1位の選手がラストスパートをかけたあああ!』


なんと、今までの走りは余力を残すためのものだった。決して手を抜いていた訳ではない。しかし、それでも相手は短距離走さながらの全力疾走を開始した。


だが、それでも熾輝の走りは、それすらも凌駕する・・・・ハズだった。


『あああっと!青組、差が縮まらない!』


縮まっていない訳ではない。1位との差は縮まっているのだ。だが、それでも先程までの目まぐるしい程の追い上げには見えていないだけだ。


そして、全力疾走を続ける熾輝の肉体にも限界が訪れていた。


普段の修行の際、熾輝は全力で長距離を走る。しかし、人間の心臓や肉体が全力の状態を長時間維持できるハズも無い。故に重要器官である心臓や肺などを魔術による強化によって壊れないように葵が常に補強していた。


そのため、長時間全力で稼働しても壊れる事は無く、内臓器官を修行により強化してきた。


しかし、現在熾輝の肉体には、そういった補助はされておらず、筋肉と心臓は悲鳴を上げている。


だが・・・・


―――(この程度の痛みなんて、毎日経験している!)


幼き日より過酷な修行を行ってきた熾輝の心臓はもちろん、各種内蔵器官は限界を主張するが、この程度で壊れる程やわではない!


1位の選手は既に3周目へと突入して、第1コーナーへと差し掛かろうとしていた。


この時、ようやく3周目に突入した熾輝と1位の選手との差は18メートル。


体力、そして肉体的にも既に限界、しかし、ここで負ける事は許されない。


クラスの皆が全力で繋げたバトンを握りしめ、荒くなった息を一瞬だけ止めて、一気に酸素を口の中から肺へと送り込み、そして・・・


「ーーーーーーーーッ‼」

『吠えたあああ!青組のアンカー、まるで己を奮起させるかのように吠えました!』


次の瞬間、トップスピードで走り続けていた熾輝の動きにも変化が起きた。


限界のその先へ――――スタート時、ローギア・セカンド・トリプルを飛び越えてトップスピード、トップギアからの走りを更に凌駕したハイスピード、フルスロットルへと至る。


我流・限界突破リミットブレイク獅子奮迅ライオンハート】特定の条件を満たし、大声を出す事により脳内麻薬エンドルフィンを分泌させて発動する熾輝のオリジナル技。


先程まで重くなっていた身体が嘘のように軽くなり、更に加速する熾輝は、ぐんぐんと1位との差を縮めていく。


間近に迫る足音に驚いたのか、思わず1位の選手が振り返った。


場を盛り上げる実況、校庭は絶頂、声援の中、熾輝は駆け抜ける。


そして遂に―――


『最終コーナー突入ゥ!そして青組が・・・・並んだアアアアァァ!』


先程まで独走状態だった1位の選手の表情は、驚愕に染まり、歯を食いしばって全力で駆け抜けるが、それを、最終コーナーの内側を走っていた1位、否、もはや2位の選手を外側から一気に追い抜いた。


『逆転ンンン‼青組、ビリッケツからまさかの大逆転!』


もはや、熾輝に追いつける選手は存在しない。


コーナーを抜け、最後の直線、2位の選手を大きく引き離し、そして目の前に用意された白いテープを独走状態のまま駆け抜けて、ハイスピードのまま勢いよくぶった切った!


『ゴオオオオル!クラス代表リレー、5年生の部を制したのは青組だアアア!未だに信じられません、かつて、このような熱いリレーを見たことが有るでしょうか⁉ビリッケツからの逆転劇、アンカーを務めた八神選手、男を見せてくれました!』


ゴールにたどり着いた熾輝は、激しく息を乱し、運営委員に案内されながら、よたよたと歩いていた。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」


後ろでは、次々に選手達がゴールするなか、拍手が巻き起こっていたが、周りを見る余裕など無く、俯きながら呼吸を整えようとしているとき、不意に声が掛けられた。


「や、八神くん!」


自分を呼ぶ声の方へ顔を上げて見れば、9番走者を務めた芽衣と、その後ろにはクラスメイト達が目の前に立っていた。


そして、芽衣の手には1位を示す旗が握られている。


彼女の顔は、涙を流しながらクシャクシャになっていたが、その表情が笑顔なのだと直ぐに判った。


「ぁ・・・ありがどおお!」


感極まった彼女は、泣きながらお礼を言って、1位の旗を差し出してきたが、それが妙に可笑しくて、思わず口元が吊り上がってしまう。


彼女から旗を受け取った熾輝は、視線の先、父兄の席で親指を突き立ててグッジョブ!と合図している葵の姿を見つけた。


そんな葵に応えるように、熾輝は1位の旗を高らかに突き上げて、再び吠えた。



◇  ◇  ◇



運動会は終わった。

最終的に学年別、5年生の部で熾輝達のクラスは優勝を治め、総合成績では、青組は惜しくも優勝を逃した。


しかし、クラスメイト達は、皆、今日まで頑張って来た練習の成果を出し切ることが出来て、晴れやかな気分で下校していった。


熾輝、咲耶、可憐、燕の面々に付け加え、今日は応援に来ていたアリアや4人の保護者達が一緒に帰っていた。


「いやぁ、まさか本当に1位になるなんて、思ってもみなかったわ。」

「私は信じていたよ、熾輝君なら絶対に大丈夫だって!」

「そうね、燕は実況そっちのけで、応援していたもんね。」

「ふふ、芽衣ちゃんの為に頑張った熾輝くんは、格好良かったって、みんな言っていましたよ。」

「うん!なんか熾輝くん、今までに無いくらい熱血してたよね!」

「そうそう!まさか吠えるとはねぇ(笑)」

「・・・それは言わないで欲しい。」


アリアからの突っ込みに何故か遠い目をする熾輝は、先程の行動を思い出してしまい、自己嫌悪に陥っていた。


限界突破を行使した際、熾輝の脳内には脳内麻薬エンドルフィンがドバドバと出ていた。このエンドルフィンは、疲労感や苦痛を快感に変え、さらには高揚感を感じさせるものであり、いわゆるハイテンションの状態になる。


そのため、テンションも限界突破した熾輝は、普段なら絶対にやらないであろう行動だって、平気でとってしまう。


「え~、でもあの時の熾輝くん、男らしくて、とっても素敵だったよ!」

「あははは、確かに普段静かにしている分、ギャップが凄かったね。」

「ギャップ萌えって、叫んでいる女子もいましたからね。」

「・・・もぅ、勘弁してくれ。」


等という他愛も無い会話をしている4人の後ろでは、保護者達も様々な会話を繰り広げており、その内容は主に今日の熾輝の事だ。転校してきてから、咲耶達の親達とはあった事が無い分、話題の種にされているらしい。


多少目立つ事を覚悟して全力で挑んだリレーだったが、こうして弄られる事に慣れていない熾輝の心に若干の後悔が芽生え始めている。


夏休み直前の運動会は、こうして幕を閉じた。


だが、5年生1学期のイベントは、運動会だけでは無かった。


「そういえば、来週には林間合宿がありますけど、準備の方は進んでいますか?」


子供たちの後ろでは、可憐ママが林間合宿の話しを始めていた。






次回の投稿は9月6日 午前8時予定です。

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