第七九話【炎の運動会Ⅴ】
空は快晴、雲ひとつない青空が広がっている。本日は絶好の運動会日和である。
『宣誓、我々選手一同は――――』
生徒会長の選手宣誓が終わり、運動会の幕が切って降ろされた。
『さあ、いよいよ開始されました。司会進行は放送委員の中から全校生徒の人気投票で選ばれた私、白岡小学校の3大美女の一人、細川燕と―――』
『3大美女なんて初めて聞いたよ、女子生徒の憧れ、貴女の天野川響です。』
会場に来ている父兄からは、笑い声が聞こえており、掴みはOKなようだ。
さて、昨日、熾輝は体調不良の影響で、学校を休んだ。本来ならば運動会の前日は、全校生徒で準備を行わなければならなかったハズなのだが、そういった事情から、少しばかりクラスメイト達対し、後ろめたい思いを抱いていた。しかし、彼等は、熾輝の身を案じてくれていた。
体調管理もろくに出来ずに寝込んでしまった自分を快く受け入れてくれたクラスメイト達の為にも、今日は頑張ると心に誓ったのだった。
午前の部は、棒倒しや騎馬戦が熾輝の出場種目となっており、クラスメイトの為と誓っていた熾輝ではあるが、本日は、仕事をわざわざ休んで応援に駆けつけてくれた葵が父兄席から手を振っている姿を認め、カッコ悪い所は見せられないと思いつつ、それと同時に、あまり目立った行動をとるべきではないとも言われた事を思い出しつつ、適度な調整を図りながら種目をこなしていかなければと思っていた。
そんな葛藤があったが、午前の種目は基本、団体競技であったため、目立ち過ぎず、かといって目立たな過ぎずという丁度いい活躍具合で、午前の部を終えたのだった。
昼食の時に、葵の元で食事を取ろうとした際、咲耶・可憐・燕の親と同席という形で、思わぬ自己紹介をしたが、日頃、3人は熾輝の事を親達に話しているらしく、初めて会ったのにも関わらず、かなり褒めちぎられたが、親代わりである葵が誇らしそうにしている表情をみて、何処かホッとしていた。
そして、午後の部、プログラムに遅れが生じることなく、各種目が消化されて行き、いよいよクラス代表リレーが開始された。
『さあ!いよいよ、やって参りました!運動会の花形、クラス代表リレー!』
燕の明るい声がマイクを通してグラウンドに響き渡る。
『たかがリレーと侮ってはいけません!このクラス代表リレーには、それだけの価値がある!』
『なんと!このリレーでは、1位のチームが稼げるポイントは、通常の種目の5倍の勝ち点が貰えるのです!毎年、優勝目前に、リレーで逆転されて涙を呑むクラスを沢山見てきました!』
『6位のチームは、一気に首位へと躍り出るチャンス!』
『まだまだ勝負の行方は判らない!』
競技よりも先に、実況者達の方が盛り上がっている中、遂にリレーが開始された。
トラックの内側には1年生から6年生までの代表選手が控えている。熾輝の学年は5年生、つまりは、走るまでに大分時間があるという事。
自分の番がくるまで、身体を解すために柔軟を開始する熾輝の眼の前に1人の女の子がやって来た。
「お兄ちゃんも走るの?」
「・・・小春ちゃんだっけ?」
一瞬の間を置いた熾輝は、目の前の少女に見覚えがあったが、名前を思い出すのに僅かな時間を要した。
なにせ、以前に関わった時、「このお兄ちゃん、こわい!」と言われ、ずっと避けられていたから、最初に燕から名前を聞いて以降、まったく接点を持っていなかったので、仕方がないと言えばそれまでである。
「覚えててくれたの!?」
以前は、「こわい!」と言って、禄に話もしなかったのに、随分な変わりように、思わず驚いてしまう。
「うん、チロルはその後どう?」
「すっっっごく元気!お散歩する時、私より早いんだ!」
凄くの所に思いっきり溜めを作った小春は、名前の如く、春のような笑顔を向けてくる。
「そう…よかったね。」
無邪気な小春の笑顔に誘われたのか、いつもの苦笑ではなく、微笑みで返事を返す。
「っ!はうううぅ。」
「…どうかした?顔が赤いよ?」
年上の男の人から向けられた、慎ましい笑みに小春の胸は、ハキューン!となっていた。
『―――一年生は位置に着いて下さい。』
そんな折、いよいよリレーが開始されるのか、葵の声が響き渡る。
「小春ちゃん、出番だって。」
「は、はい!行ってきます!それと・・・この前は、こわいって言ってごめんなさい!チロルを助けてくれてありがとうございます!それと、えーっと、えーっと・・・」
矢継ぎ早に謝罪とお礼を言ってくる小春は、言いたいことがまとまっていないのか、アワアワしながら、熾輝の方を見つめてくる。
熾輝も、特に急かす事はせず、小春の言葉を待っていた。
「頑張ります!小春のこと、見ていて下さい!」
「・・・うん、見ているよ、頑張れ。」
再び微笑みを浮かべて返事を返すと、小春は顔を赤らめて、小走りで自分のクラスに戻っていった。
「熾輝君、罪作りですね。」
「え?」
いつの間に傍まで来ていたのか、可憐がボソリとそんな事を言ってきたが、彼女の言っている意味が判らず、思わず小首を傾げてしまう熾輝であった。
一年生のリレーの結果は、小春のクラスが2位と、中々に善処したものだった。
アンカーを務めていた小春も1位の生徒にあと一歩で追いつくところまで頑張ったが、最後は追いつけずに惜しくも2位になった。
しかし、それまでに2人の生徒を追い抜いた事は、例え1位になれなかったとはいえ、決して恥じるような内容では無い。
が、戻ってきた小春は、悔し涙を浮かべていた。
「小春ちゃん、泣かないで下さい。」
「そうだよ、あとちょっと走る距離があったら追い抜かせていたよ!」
「ふぇぇぇん、でも、悔しいよぉ。」
「小春ちゃん、すごかったよ!私なんか、追い抜かされちゃったのに、抜き返してくれたじゃない。」
可憐と咲耶、そして小春のクラスメイトが泣きじゃくる小春に声を掛けている。
不意に咲耶と視線が交わる。あからさまに「何か言ってあげて!」という意志が、ありありと伝わってきて、苦笑して答えると、小春の前までやってきた。
「ヒック、お兄ちゃん、ごめんなさい。頑張るって約束したのに、せっかく見ててくれたのに、小春、1位になれなかった。」
「…小春ちゃん、順位は2位だったかもしれないけど、君の頑張りで4位だった順位が2位だ。僕はちゃんと君の頑張っている姿を見ていたよ。だから誰が何と言おうと、僕にとっての1位は小春ちゃんだ。」
「………ほんとう?」
「うん、だから泣かないで。次は僕の頑張っている姿を見ていてくれると嬉しいな。」
微笑みを浮かべて語り掛ける熾輝に対し、小春は目元をゴシゴシと擦って涙を拭うと、いつもの春のような笑顔を浮かべてくれた。
「うん!」
「あ、ずるい!小春ちゃん、私の事も見ててぇ。」
「私の事も見ていてください。」
やっと、笑顔を見せてくれた小春に咲耶と可憐も、にこやかに話しかけている。
―――(これは、・・・負けられないかも。)
心の中で、後輩にみっともない所は見せられないと、密かにやる気を出し始める熾輝であった。
次回の投稿は8月26日 午前8時投稿予定です。
 




