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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第七七話【炎の運動会Ⅲ】

数日後、運動会を明後日に控えていた熾輝達のクラスは、最後の調整を行っていた。


お互い遊ぶ時間を削って走り込み、何度も繰り返したバトンパスの練習、その甲斐あって、彼らのタイムは、先日、完敗を味遭わされたクラスとコンマ数秒の差という所まで追い上げをみせていた。


「明日は運動会の準備のため、練習は出来ないけど、皆、本当によくここまで頑張ってくれた。後は、本番で力を出し切るだけだ。」

「今の俺達なら、本当に優勝できちゃうんじゃないかな。」

「そうね、この前のようには、いかない所を見せてあげましょう!」


皆が明後日に控えた運動会を前に、盛り上がっている。士気は上々といったところだろう。


あれ以降、芽衣が手にしている魔導書について、アリアに確認してもらったところ、【加速アクセル】という名の魔法式である事が判明した。


その効果は、読んで字の如く、加速だ。使用者のスピードを段階的に上げていくもので、30秒、60秒、120秒と、倍の時間が経過する毎に、6段階の加速効果を与え、使用者の事象干渉能力により、加速効果も変動するものらしい。


したがって、今回、例えリレー中に魔術が発動したとして、バトンを渡すまで30秒もの時間が掛からないため、何の効果も無い術式だ。


つまり、ここ最近で、芽衣のタイムが上がったのは、紛れも無く彼女の実力だと断言できるというわけだ。


その事実を知ってからは、特に焦る必要は無いと判断し、折を見て回収するという結論に至ったわけだ。


「・・・ふぅ」


大きな溜息をつきながら熾輝は、その日の夕刻、法隆神社へと足を向けていた。


「熾輝様、大丈夫ですか?」

「何が?」


双刃の問いの意味に熾輝は小首を傾げて答える。


「熾輝様・・・ご自分でも気が付いていない様なので申し上げますが、最近の熾輝様は明らかに疲れ切っています。このままだと熾輝様の身体が持ちません。」


双刃は、心配そうな表情で、主を案じているが、当の本人は、キョトンとした顔をしている。


この態度からでも、彼が気が付いていない事が、彼女には手に取る様に判った。


「大丈夫だよ、自分でいうのもなんだけど、今まで普通じゃない修行をしてきても、身体を壊す事にならなかったじゃないか。」

「それは、葵殿達が熾輝様の体調管理を徹底して行っていたからです!それに、最近は咲耶殿の魔術の修行に加え、体術の修行までも・・・ご自分の修行が疎かになるようなら、眠る時間すら削っているではないですか。」


双刃の言う通り、最近の生活サイクルは明らかに披露過多と言ってもおかしくないものだ。


早朝は、自分の修行に加えて咲耶の修行、昼間は学校、夜は魔導書の捜索。自分の修行が疎かになっていれば、寝る時間すら削って、身体を酷使している。


そんな状況を見かねた双刃は、主に具申する決意をしたのだが、しかし・・・


「双刃が心配する程の事じゃないよ。確かに最近は運動会の練習もあって、色々と忙しかったけど、これが終われば、ちゃんと休むから。」

「熾輝様・・・」


彼女の心配を他所に、熾輝はただ苦笑して、双刃の頭を軽く撫でる。


時計を見れば、約束の時間が間近に迫っていたため、先を急ぐことにした。


「急ごう、咲耶達との約束に遅れちゃうよ。」


そう言って、熾輝は法隆神社への歩みを速めた。



◇  ◇  ◇



「あっ、来た!」


神社の入口で待っていた咲耶が、階段を登る熾輝を見つけ、「おーい!」と手を振っている。


―――(いつも元気だなぁ。)


そんな事を思いつつ、咲耶達と合流を果たした熾輝は、境内へと進んでいく。


今日、熾輝達が法隆神社へ来た理由は、街に散らばっている魔導書について話があると燕から連絡を受けていたからだ。


もっとも、土地神である真白様は、暫くの間、力を蓄えなければならないため、熾輝達の前に顕現する事は避け、代わりにコマが話をするらしい。


「おお、来たか。」


右京と左京に案内された部屋には、既にコマが待機しており、座卓の各所に座布団が敷かれていたため、熾輝達はそれぞれに腰を掛けた。


「わざわざ呼び出してすまなかった。今日来てもらったのは・・・・少年?」

「はい?」

「・・・いや、何やら今日はお主のオーラが若干乱れている気がしたのだが。」

「ちょっと寝不足なだけで、心配には及びませんよ。」


先程、双刃に言われた事が脳裏によぎり、思わず鋭いと思ったが、それを表に出さずに話を続けて貰うように促す。


「そう、か。ならば良いのだが。」

「御心配、ありがとうございます。」


コマの言葉に咲耶と可憐、アリアは顔を見合わせて、熾輝の方へと視線を向けるが、熾輝は3人の視線に気が付かない振りをしている。


「コマさま、お茶が入った。」

「桜もち、みんなで食べよう。」


そこへ、双子のような女の子が室内に入って来た。


「右京、左京、お茶請けを持ってくるのはいいが、箱ごと持ってこないで、小分けに持って来ないか。」

「・・・大丈夫」

「全部食べれる。」

「全部は食べんでいい。」


そう、目の前にいる双子の様な女の子は、先日、狛犬の石像に憑依していた右京と左京である。


実は、神社での一件が終わったあと、熾輝の魔法式等の知識量を知った右京と左京が、人型の形代が欲しいと、せがんできたため、簡易ではあるが、彼女等の形代を造ったのだ。因みに二人が女性の神使であった事は、その時に知った。


二人の容姿については、可憐とアリアが考えた・・・どことなく咲耶に似ているのは、きっと気のせいだ。


「そういえば、燕ちゃんはまだ学校ですか?」

「うむ、明後日の運動会で司会進行を務めるらしく、今日は、打ち合わせをして遅くなる

との事だ。」


燕は、放送委員会に所属しており、そのため、運動会の実況及び司会進行を務めるているのだが、実は、この司会進行役は、放送部員の中で誰を選ぶのかを、全校生徒の投票によって選ばれる。


そして、男子と女子の2名が運動会を司会進行及び実況で盛り上げていると言っても過言ではない。


「明後日は、我等も運動会に行って、燕の勇士をこのカメラに収めるのだ。」


スチャッと袖の下から取り出したのは、最新式のビデオカメラだ。最近までお金が無くて困っていた神社が、どうやって入手したかと言えば、商店街の電気屋が神社へ奉納してくれたらしい。


「まぁ、雑談はこの辺にしておいて、本題に入ろう。」


先程までホクホクと顔を緩めていたコマの表情がキリッと引き締まり、熾輝達を読んだ理由を述べ始める。


「実は、最近になって悪霊の数が以前にも増して増え始めている。悪霊といっても、低級すぎて、放っておけば自然浄化されるレベルだが、稀に中級程の力を持っている者もいる。原因を右京左京に調べさせたところ、龍役の数か所に亀裂が入っている場所を見つけた。おそらくは先日、真白様を襲った輩が魔導書を回収する際に、空間を無理にこじ開けたため亀裂が入ったとみている。」

「無理やりこじ開けたって、それはそれでヤバイわね。」

「亀裂の数は把握出来ているんですか?」

「うむ、全部で6つの亀裂を見つけたが、右京左京に命じて修復は終えている。」


亀裂の修復を終えている旨を聞いた咲耶は、ホッと胸を撫で下ろしているいるが、熾輝とアリアは肝心の亀裂の数が気になっていた。


「つまりは、現段階、最低でも6つの魔導書が相手の手元にあると考えられるって訳ね。」

「もしかしたら、アクセルの魔導書もその内の一つだったのか・・・」

「なに?どういうことだ?」


熾輝の言葉の意味が判らなかったコマが問いかけて来たため、最近の出来事について事情を知らないコマに状況を説明した。


小島芽衣という少女が、先日、何者かから魔導書の譲渡を受けた事、しかし、魔術の特性上、それが使用される事は無く、危険性も少ない事も。


「・・・いや、まて、待ってくれ。魔導書の所在が判明したのはいい、だが、それを何故放置している?」

「「「「え?」」」」


魔導書の特性上、危険がなく、後日改めて封印をする胸を説明した。だからこそコマの質問の意味が理解できない4人は同様に疑問符を浮かべている。


「忘れたのか、魔導書は悪霊や妖魔を惹きつける。真白様を浄化する時にも、あれ程の悪霊が襲ってきたではないか。」

「「「「っ!」」」」


ここへ来て、ようやく事の重大さに気が付いた4人は、目に見えて狼狽えている。


「いや、・・・でもこの一週間、そんな気配はまるでなかった。・・・・『おい』だったら、だったら何故、『――ねん』・・・そんな無防備な状態で襲ってこない?『少年!』」


コマの声にハッと我に返った。


「本当にどうした少年、らしくないぞ。」

「す、すみません。」


―――(まったくだ、さっき双刃に言われたばかりなのに、・・・なてん様だ。)


「ちょっと!今回の事は、熾輝だけの責任じゃないんだから、そんな風に言わないでよ!」

「いや、そういうつもりで言ったのでは・・・すまない。」


珍しくアリアが咲耶以外の者の事で腹を立て、コマも自分の言い方があまり適当ではなかったと思い、素直に謝る。


「と、とにかく、急いで魔導書を回収した方がいいって事・・・でしょ?」

「まぁ、今日まで大丈夫だったからといって、絶対に安全じゃない以上は、そうする他ないわね。」

「しかし、どうやって芽衣ちゃんの腕から封印をするかですね。」

「ん~、確かに。事情を話す訳にもいかないし、かといって盗み出すのも抵抗があるからなぁ。」

「・・・。」


3人が難しい顔をして考えている中、熾輝は自己嫌悪に苛まれていた。


もっと早く気が付いていれば、こんな事にはならなかった。ましてや対策だって打てたはずの事態に対し、何もしなかった。そういった悔恨が頭の中を埋め尽くしている。


「とにかく、小島さんの安全を確かめにいこ―――あれ?」


そう言って、立ち上がろうとした熾輝の視界が歪んだ。


「「「熾輝!くん!」」」


床に手を付き、なんとか転倒を免れたが、思うように体に力が入らない。


「・・・大丈夫、少し立ち眩みを起こしただけだ。」


ここへきて、最近の無理が祟ったのか、熾輝の身体を猛烈な疲労感が襲う。


だが、ここで動かないわけにはいかない。なにせ、自分の判断ミスが原因で、疲れているからという理由で行動を起こさないなんて、熾輝には耐えられなかった。


だから、無理を押してでも立ち上がろうとした。しかし、熾輝の前に立ちふさがった少女によって、体を押さえられた。


「駄目だよ!今日の熾輝君、なんだか変だよ!」

「咲耶・・・どいてくれ、これは僕が責任を取らなければならない事なんだ。」

「そんな事ない!さっき、アリアも言ってたでしょ!責任は私達にもあるって。」

「だったら、尚の事、咲耶達だけにやらせる訳にはいかない。」

「・・・熾輝くん。」


責任は、熾輝だけではなく、ここに居る全員にある。それは彼も理解した。しかし、だからこそ、自分1人だけ何もしないのは筋が通らないと熾輝は思っている。


だが、そんな熾輝を咲耶は行かせまいと立ち塞がる。


「それでも、熾輝君を行かせる訳にはいかない。」

「何で‼」

「「っ!?」」

「ぁ、~~っ」


熾輝は、思わず声を張り上げてしまった事に対して、自分でも困惑する。そのせいで、ビクリと肩を震わせた咲耶と可憐を見る事が出来なくなってしまった。


『畏れながら申し上げます。』


彼等のやり取りに見ていられなくなったのか、虚空から双刃が姿を現した。


先程、双刃に言われていた事が思い返され、彼女とすら目を合せる事が出来なくなったのか、まるで親に怒られる子供の様に顔を俯かせてしまう。


「・・・熾輝様、双刃の目を見てください。」

「・・・。」


熾輝は、言われるままに俯いていた顔を双刃へと向ける。そこにはジッと見つめてくる双刃が床に正座をして佇んでいた。


「顔色が優れませんね。目の下にもクマを作って・・・まったく、体調管理もまともに出来ない分際で、この上、駄々をコネて、ご友人を困らせるとは、一体どういう了見ですか?」

「・・・でも――『デモもヘチマも御座いません!』」


熾輝の言葉を遮った双刃は、キッ!と睨み、一瞬たりとも視線を外させようとしない。


熾輝は、今までに彼女をこれ程までに怒らせた事があっただろうか・・・否、それどころか、彼女に怒られた事など一度も無い。


いつも献身的に尽くしてくれている熾輝の味方であるはずの彼女が、何故か今日に限っては、熾輝を叱責している。


「なるほど、確かに此度の件は、最初に気が付いておきながら捨て置いたという判断ミスをした熾輝様の責は大きいかと存じます。」

「・・・。」


ぐうの音も出ない熾輝は、ただただ黙って彼女の言葉を聞く事しか出来ない。おまけに、先程から視線を逸らさせまいとする眼力に当てられ、罪悪感が増す一方だ。


「しかし、この件については、皆に相談をした上で、決めた事なのでしょう?」

「・・・うん。」

「魔導書の封印は、熾輝様御一人で行っている訳ではない、だから相談した。違いますか?」

「・・・その通りです。」

「ならば、今一度、皆と相談するべきです。それに、今の熾輝様が一緒に行ったところで、足手まといにしかならないおですから、ご再考したうえで、決めて下さい。」

「・・・。」


双刃の言葉に、少しの間、沈黙する熾輝を、咲耶と可憐、アリアが見つめている。そして、そんな三人に視線を巡らせた熾輝は、自分を落ち着かせるように、軽く息をくと、再び双刃と視線を交わす。


「今日の双刃は、ちょっと手厳しいよ。」

「主に使える者として、当然の具申です。それとも、何も言わない方がよろしかったでしょうか?」


熾輝は、自然と苦笑し、首を横に振って答える。


「双刃・・・ありがとう。」


熾輝の言葉に双刃は、満面の笑みで答えた。そして


「ごめん、みんな。今回の件・・・任せてもいいかな?」

「も、もちろんだよ!私達も熾輝君の体調が悪かったのに、気が付かないでごめんね!」

「後は、私達に任せて、ゆっくりと休んでいなさい。」

「最近は、熾輝君に頼り切っていましたから、今回は私達を頼って下さい。」


3人の言葉に、熾輝は胸の奥が温かくなるのを感じ、コクリと顎を引き「ありがとう。」と一言だけ言うと、咲耶達は、他に言葉は要らないとでも言うかのように、ニッコリと笑って、神社から駆け出して行った。

次回の投稿は8月19日 午前8時予定です

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