第七六話【炎の運動会Ⅱ】
翌日の早朝練習、熾輝のクラス代表達は、ガヤガヤと賑やかなムードに包まれていた。
「4秒、タイムが上がった。」
「「「おおぉ」」」というクラスメイト達の驚きの声。
「作戦が見事にハマったという事ですかね。」
「凄い!凄い!これなら運動会までに、もっとタイムが上がるかも!」
今までのクラス最高記録に可憐と咲耶も少し興奮しているのか、両手を繋いで、ピョンピョンと飛び跳ねている。
まるで、昨日のお通夜ムードが嘘のようだ。
「熾輝君と空閑君が提案した作戦のおかげだね!」
彼等が提案した作戦とは、単純なもので、今回のクラス代表リレーでは1人150メートルのトラックを走るのだが、その中にはバトンゾーンが20メートルの区間設けられている。その中でバトンを受け渡すのであれば、距離が延びようと縮まろうと違反にはならない。
つまり、足に自信があり、かつ、150メートル以上の距離を走り切れる選手の走行距離を長くし、逆に足に自信が無い者の走行距離を短くするという作戦だ。
「今回、作戦が見事ハマって、今までの最高新記録に繋がった事もうれしいけど、実は小島さんのタイムも今までの最高新記録なんだよね。」
空閑の言葉に、クラスメイトが一斉に芽衣の方へと振り向いた。
肝心の彼女は、気が付いていなかったのか、「へ?」と少々間抜けな声を出している。
「なんと、彼女は昨日より1秒もタイムを縮めている。」
「「「おおぉ」」」と、再びクラスメイトの驚きの声が上がる。
「今日まで、着実にタイムを縮めているし、これなら一週間後の運動会までには、更にタイムを縮められるんじゃないかな。」
空閑の言葉に、満更でもない芽衣は、「私頑張る!」と意気込んで見せている。
彼女の走る距離が短くなったとはいえ、それを差し引いてのタイム向上には、クラスの士気も鰻登り状態だ。
「熾輝君も教えた甲斐があったんじゃない?」
「・・・。」
「熾輝君?」
咲耶の問いに対し、何やら考え事をしている熾輝は、クラスメイトに持て囃されている芽衣を見つめていた。
「どうかした?」
「・・・いや、多分気のせいだ。」
「?」
咲耶は、熾輝の様子に違和感を感じるも、クラスの盛り上がった状態が伝播しているため、特には気にせず、クラスメイト達の輪の中に再び入っていった。
「今日の練習は、ここまでだけど、引き続き放課後も練習するから、みんなよろしくね。それと、明日から土日休みに入るけど、各自、軽めの練習としっかり休養をとっておくように。」
空閑の締めの挨拶で、皆が「「「はーい」」」と元気の良い挨拶のあと、練習が終了し、放課後の練習も滞りなく終了した。
◇ ◇ ◇
土曜日、来週の運動会を控えた熾輝は、今日も今日とて変わらずに修行を行っていた。
いつもと違う点と言えば、彼の隣には咲耶と可憐が一緒に居る事くらいだ。
先日の事件以降、咲耶は魔術の修行以外にも体術の修行を付けてもらっている。可憐は、体力造り+護身術を学ぶために付き合っている。
もっとも、熾輝の普段の修行に付き合うのは、無理なので、そこは考慮して、ペースは彼女達に合わせている。
ただ、そうすると、今度は熾輝の修行が疎かになってしまうため、葵にお願いをして、自身に重力負荷と酸素負荷の魔術をこっそりと掛けてもらっているので、計算上はいつもの修行内容に遜色ないよう考慮している。が、やはり、それでも彼女達にペースを合わせていると、限界ギリギリの修行まで到達しないため、彼女等の修行に付き合った後に、彼専用の苦行メニューが開始されていたりする。
そんな修行が開始され、30分程走ったところで、咲耶が遠くの方に人影を見つけた。
「あれ?芽衣ちゃん?」
「本当ですね、こんな朝早くから彼女も練習でしょうか?」
「・・・。」
離れた距離にクラスメイトを見つけた咲耶と可憐がペースを上げて彼女を追う。
熾輝は、己に架した負荷の影響で、喋る余裕が無く、ペースを上げた二人に遅れる形で追従する。
「おーい、芽衣ちゃーん!」
早朝である事を失念しているのか、咲耶の元気いっぱいの声が街中に響き渡る。
「え?あ、咲耶ちゃん、可憐ちゃんと・・・八神君凄い汗だね。」
二人の後に追いついてきた熾輝は、半ばフラフラになりながら、芽衣の元へとやって来た。
「ゼェ、ゼェ・・・おはよう。」
「お、おはよう。3人で練習していたの?」
「ええ、芽衣ちゃんもリレーの練習ですか?」
本当は、咲耶の修行がメインの張り仕込みであるが、大人な可憐ちゃんは空気を読める子なので、変に言い淀んだりせずに即答する。
「もちろん!タイムが縮んだと言っても、まだまだクラス代表の中でビリッケツだもんね。だから少しでも練習して、皆の足を引っ張らないようにしないと!」
両手をギュッと握って、芽衣は力いっぱいに応えてみせる。
「ハァ・・・ハァ・・・いつも朝練前、この時間に練習していたよね。」
「え!?」
熾輝の言葉に3人は目を丸くする。
「・・・や、やだなぁ。知ってたの?」
「僕も大体この時間に走って(修行して)いるから、見かけてはいたんだよね。」
密かに練習していた事がバレて、気恥ずかしくなった芽衣は、咲耶達から目を逸らして、照れ笑いを浮かべている。
「ところで芽衣ちゃん、可愛いアクセサリーを付けていますね。」
「あ、本当だ!なあに、それ?」
芽衣の左手首に着いていたプロミスリングが気になった可憐が質問をすると、咲耶も気になり始め、彼女の手首に注目する。
「これ?願い事が叶う、おまじないなんだって、え~と、プロ、プロ・・・」
「プロミスリング?」
「そう!それ!この間、女子高生のお姉さんにバッジを拾ったお礼に貰ったの。」
「へぇ、いいなぁ、可愛い。」
「お店で見かけた事がありませんね、手造りでしょうか?」
芽衣の手首に着いているプロミスリングには、幾何学模様が編み込まれており、熾輝はそのリングに微量ながら魔力を感じていた。
それは、昨日も感じたものだったが、彼女が身に着けている物が魔力を帯びているかまでは判らなかった。それに加え、魔術を発動させるには、余りにも少なすぎる程の魔力量。故に問題は無いと放置していた。
しかし、今日になって、彼女が巻いているリングに魔力が微量ながら帯びている事に気が付くも、熾輝は編み込まれていた幾何学模様の方が気になっていた。
それは、明らかに魔法式としての用途を十分に果たし得る魔法陣、この幾何学模様の法則性を持った魔法式を、彼は一つしか知らない。
―――(ローリーの魔導書。)
以前、真白から聞いていた敵と芽衣が接触した可能性がある。そう思い至り、熾輝は、彼女が所持するリングの入手先について問いただそうとしたとき、
「多分、手造りだと思うよ。このリングをくれた高校生のお姉さん・・・あれ?どんな人だったっけ?見た事ない制服だったような?」
「覚えていませんの?」
「う~ん、あれぇ?・・・ごめん、思い出せないや。」
どうやら、彼女に認識阻害系の魔術を使用して接触していたのか、相手の人相については、判らなくなっていた。
「そっかぁ、それじゃあ、何処で買ったのか教えて貰えないね。」
「・・・材料さえあれば造れるよ。」
「本当っ!?」
「・・・うん。」
残念がっていた咲耶を見ていた熾輝は、一先ず敵の情報を入手するのは、難しいと諦め、同様の物が作れると言ってみたら、思いのほか食付いてきた彼女に対し、肯定を示した。
熾輝としても、今後、不測の事態が起きた際に、何か自衛の手段を用意しておいた方が良いと考えていたため、何らかの付与を施したアイテムを彼女等に渡そうとしていたので、丁度いいと考えた。
結局、この後、芽衣を含めた4人で練習を行い、後日、プロミスリングを造る約束をして終わったのだった。
次回の投稿は8月16日、午前8時に投稿予定です




