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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第六九話【異常事態Ⅵ】

熾輝が立ち去った地下駐車場には、気絶したままの淳が倒れており、その横に二つの人影があった。


「いやぁ、まさか一人で妖魔を倒しちゃうとは、マジで思わなかったわ。」


一人は高校生くらいの女子、華奢な体をしており、茶髪に染めた髪をポニーテールにしたコギャル風な女。


「妖魔自体、大した力を持っていなかったから倒せて当たり前だ。」


もう一人は、体躯の良い体つきをしている無口そうな男で、女同様、見た目は高校生くらいだろう。


「私が言っているのは、姿を消していたコイツを良く倒せたってことよ。」


男の言い方が気に食わなかったのか、軽く睨んで言葉の補正を行っている。


隠者ハーミットの魔術は、魔力や姿形を隠せても、オーラを隠す事は出来ない。だが奴は能力者、相性が良かったのだろう。」

「・・・会場に入ったコイツを直ぐに発見できたのは、あの子の能力ってこと?」

「わからん、しかし、そう考えるのが自然だ。」


彼らの言うように、熾輝は魔力やオーラに関しては特に鋭敏な感覚を有している。しかし、そんな熾輝でも能力に目覚めていない者の探知は難しく、ましてや、遠距離に居た淳一人を直ぐに探知する事など不可能だ。


故に、二人は熾輝の固有能力によって、淳を発見できたのではないかと考えている。


「それにしてもコイツどうする?せっかく魔術を与えてやったのに、役に立たなかったじゃない。・・・殺しておく?」

「役には立った。少なくとも今まで何の情報も持たなかった少年の力の一端は知れたのだ。それに主は状況が終了後、コイツの記憶を改ざんして、野に放っておくように言っている。」

「判っているわよ。でも女の敵をこのまま野に放つわけにも・・・ニヤリ。」


僅かな間、考え込んでいた女は、自分の口でニヤリと言って、相棒に悪戯っぽい顔を向けていた。


「・・・程々にな。」


相棒の男も、女の性格を熟知しているため、何も言わず、溜息だけ就いて、早く面倒臭い仕事を終わらせたいと思うのだった。



◇  ◇  ◇



その日、コンサートも無事に終了し、観客の全員が今もた昂った気持ちが冷めやらぬ間に帰路に着く者や、二次会と称して街に繰り出すものと様々であった。


時刻は、まだ夕刻前、体調もすっかり回復した熾輝は、コンサートの中盤から咲耶達と合流し、可憐の初舞台を共に応援したのだった。


そして帰り道、4人は駅から少し離れた喫茶店でお茶を楽しんでいた。


コンサート会場で体調を崩してしまった熾輝は、皆に迷惑を掛けてしまったため、お詫びとして奢る事にしたのだ。


ちなみに燕は熾輝の隣に陣取った。


座席同士の間隔には十分な余裕があるにも関わらず、熾輝の肩と触れるのでは?くらいの距離で座っていた。


当然、咲耶は目のやり場に困っており、視線をキョロキョロと泳がせていたが、それを熾輝が気にしている素振りが無い事に、アリアは苦笑いを浮かべている。


「えっ!?じゃあこの術式、熾輝君が一人で封印したの!?」


驚いていたのは咲耶だ。


喫茶店で熾輝が取り出した札には、魔法式がビッシリと描かれており、アリアもローリーの魔法式で間違い無いと太鼓判を押している。


自分達がライブに夢中になっている最中、熾輝が一人で魔術を収集したことに、若干の罪悪感を覚えているのか、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「・・・見つけたのは偶然だよ。それに大した労力も掛かってない。」


熾輝は、今回の術式を収集するに至った経緯をわざとぼかして咲耶達に説明する。


友人の、ましてや親友とまで思っている相手が汚らわしい男の魔手に掛かりそうになり、あまつさえ、その事にも気が付けなかった咲耶は、自分を責めてしまうだろう。


なにより、小学5年生の女子にとって、今回の犯人の下世話な動機を話すには、精神衛生上良くないと判断した結果だ。


熾輝は、注文していたアイスティーに口をつけ、喉を潤す。途中、咲耶を一瞥すると、なんだか浮かない顔をしていたため、まだ引きずっていると見て取れた。


そんな咲耶に対し、無言で術式が封印されている札を差し出した、


「え?」


差し出された札の意味を理解していないのか、咲耶はキョトンとした顔を向けている。


「・・・いや、僕が持っていても、しょうがないから、あとで封印しておいてよ。」

「でも、封印したのは熾輝君でしょ?」

「最初に言ったけど、僕は条件通りにしてくれれば、他の術式はどうでもいいんだ。」

「・・・本当にいいの?」


熾輝に差し出された札をジッと見つめていた咲耶は、小首を傾げて再度問いかけるが、熾輝は首を縦に振って、肯定を示す。


「わかった。後で魔導書に封印しておくね。」

「うん、宜しく。」


ようやく納得した咲耶は、熾輝から差し出された札をポシェットに仕舞い込むと暫くの間、4人で談笑を続けた。


「―――それでね、可憐ちゃんがジャワ―室に入ろうとした時に、可憐ちゃんのパパとお爺ちゃんが一緒に控室に入って来ちゃったから、思わず叫んじゃったんだって。」

「えー!?それ、大丈夫だったの?」

「叫び声を聞いた警備の人達が駆けつけて二人を取り押さえたらしんだけど、可憐の事務所って、お爺ちゃんとお父さんが経営しているでしょ、雇い主を取り押さえた警備の人、それを知って青い顔をしていたらしいわよ。」


3人が楽しくお喋りをしているその横で時折り、相槌を打ったりして聞いているが、女3人の中に男一人という状況は、流石の熾輝でも居心地が悪いのか、心の中で軽く溜息を吐いていた。


「そういえば熾輝君、可憐ちゃんの歌はどうだった?」


そんな熾輝の様子に気が付いたのか、燕が可憐の歌の感想を求めてきた。


「えっと、・・・正直僕は歌の事はよく判らないかな。」


熾輝の感想を聞いた一同は、少しがっかりしてしまうが、この答えは予想していたのだろう、誰も表情には出さないように努めている。


「けど、乃木坂さんの歌を聞いていると心地いい感じかしたよ。」


そんな熾輝の答えに、咲耶達は微笑ましい表情を見せて、皆が心の中で良かったと思うのだった。


しかし、熾輝は今回の一件について、違和感を拭えないでいるのか、彼女等のそんな表情が目に入っていない。


イレギュラーともいえる妖魔の行動、妖魔の行動パターンについては、過去にも研究されたことはあったが、今回のように物に憑りついて人に魔術を行使させるなど聞いたことが無かった。


まるで明確な意思を持っているかのような妖魔の行動、そこには裏で糸を引いている者が存在しているのかもしれない。


だが、そのような事は果たして可能なのだろうか。


妖魔という汚れを孕んだ存在を使役する際、契約者はその汚れの一端、もしくは大部分を共有する事になる。


正常な判断能力を持った人間がそのような行為に及ぶのは、常軌を逸しているとしか考えられない。


そんな思いを巡らせていた熾輝は、不意に真白様の言葉を思い出す。


―――(僕等以外の存在・・・)


あれから一ヶ月が経過していたが、特に現場で鉢合わせをしたり、咲耶の魔導書を奪いに来る気配は感じられず、最近では特に警戒もしていなかったが、ここへ来てどうしても無視できない状況が起きてしまった。


そんな考えを巡らせていた熾輝の様子に一同は、ジッと熾輝の顔を見つめていた。


視線に気が付いた熾輝は、不器用な苦笑を浮かべ、何でもないと告げる。


ひとしきり談笑をして満足したのか、店を出た熾輝達は、それぞれの帰路につくのだった。



◇  ◇  ◇



目が覚めた男は、自室の布団から起き上がった。


「・・・あれ?何で自分の部屋に居るんだろう。」


男は、考えを巡らせる。


「確か、昨日はコンサートに行って・・・誰の?」


記憶が無い。


男には昨日と言うより、ここ最近の記憶がスッポリと抜け落ちていた。


「ああぁっと・・・まぁいいや。そんな事より早く仕事を見つけないと。」


現状、自分が何故記憶を無くしているかという事は、彼にとって些細な事なのか、手早く食事と身支度を整えて外出する準備を整える。


「そろそろ就職しないと、母さん心配するよなぁ。」


最後に母親から電話を貰ったのは、いつだったかは覚えていないが、彼の頭の中には、親に対する申し訳なさでいっぱいだった。


外に出ると、やけに日差しが眩しく感じる。


まるでずっと日の光を浴びていなかったかのような感覚さえ覚えてしまう。


求人広告を買いにコンビニへ行く道すがら、重たい荷物を持った老人を見かけた。


・・・・彼は老人の荷物を持ち、目的地まで一緒に行った。


老人から「ありがとう」と言われ、至福の喜びを感じた。


公園の清掃をしている人達を見かけたので、一緒に掃除をした。


また「ありがとう」と言われ、至福の喜びを感じた。


「ああぁ、今日は何て言い日なんだ。まるで生まれ変わった気分だ。」


善い行いをする事が彼にとって、至福の一時なのだ。


そうこうしていると、時刻はお昼を過ぎていた。


福祉活動もいいが、早く手に職を付けたい男は、足早に目的地へと向かった。


途中、可愛い女の子とすれ違った。


しかし、彼は普段なら自然と目で追ってしまうが、今はそれどころでは無いので、目もくれずに目的地へと急ぐ。


少し治安の悪い繁華街を通って、近道をしていた最中、きわどい服装の客引きに声を掛けられたが、それも無視!


そして目的地手前に差し掛かったとこで、厳つい男に声を掛けられた。


「お兄さ~ん♪ちょっと私たちと遊んでいかな~い?」


厳つい男は、紫色のワンピースを着こみ、ムダ毛を綺麗に脱毛した新世界の住人だった。


「あら、緊張しちゃって、かわいい♡」


男は言葉を失っていた。


目の前にいる新世界の住人、それは男らしい肉体の内に秘めた女性特有の包容力を身に着けた完璧な存在がそこに居たのだから。


「あ、あのっ!僕をここで働かせて下さい!」


男の口からそんな言葉が出てきた。


「あら、就職希望?だけど、お兄さん、新人類じゃないわよね?冷やかしならよそでやりなさい。」

「冷やかしじゃありません!あなたを見て、僕は確信しました!僕が探し求めていた物はこれなんだって!」


新人類でない男をただの冷やかしだと思ったオのか、追い返そうとしたが、男は真剣な目で見つめ返してくる。


「・・・彼方の覚悟がどの程度の物か知らないけどね、新人類の道は楽じゃないわよ?」

「判っています。でも、彼方を見て僕は・・・彼方みたいになりたいって思ったんです!」

「あらやだ一目惚れってやつ?初心ねあんた。・・・いいわ、ママには私が話を通してあげるけど、ウチは男は雇わない。新人類として私が教育してからになるけど、それでもいい?」

「はい!お願いします。」


彼の覚悟を視た新人類は、やれやれと肩を落として、苦笑を浮かべる。


「ところでアンタ、名前は何て言うの?」

「はい!土橋淳です!」

「男らしい名前ね、・・・いいわ、アンタはこれからは淳子として生まれ変わるのよ!」

「淳子・・・あぁ、男らしく、それでいて女らしさを兼ね備えた名だ。」


土橋淳改め、土橋淳子は嬉しさのあまり涙を流して歓喜していた。


これから彼女?には新人類として数多の困難が待ち受ける事になるだろう、しかし、生まれ変わった淳子は、激動の人生を歩み、世界と闘う存在になっていくとは、彼だった彼女を利用した者達も、彼だった彼女を倒した熾輝ですら思いもつかなかっただろう。


次回は7月19日 午前8時投稿予定です。

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