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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第六六話【異常事態Ⅲ】

日曜日の駅前広場には、いつも以上に人々が集まっていた。

その理由は、乃木坂可憐の歌手デビューのために特別に開催されたイベントのためである。


「うわぁ、人がいっぱいだね。」

「・・・・。」

「流石、今を時めく子役と呼ばれるだけあるわね。」

「・・・・。」

「自分の友達が芸能人だなんて、それだけで自慢できるのに、これだけ人気があると、何だか別世界の住人って気がしちゃうなぁ。」

「・・・・。」


イベント会場の隅っこで、咲耶とアリア、そして燕が女子トークに花を咲かせている中、熾輝だけは終始無言でいた。


「えっと、熾輝君、大丈夫?」


咲耶は会場に到着してから一言も喋らなくなった友人に声を掛けてみれば、青くなった顔の少年が、そこにいた。


「………問題ない。」

「「「……。」」」


とてもそのようには見えない少年を女性陣は、心配そうに見ている。


「体調が悪いなら私が付きっきりで看病してあげるよ。」


語尾にハートマークが付いているのでは?と思わせるような声色で燕が顔を覗き込むが、苦笑いすら浮かべる余裕がないのか、いつも以上に無表情な熾輝のことが本気で心配になってくる。


なぜ熾輝がこのような状況に陥っているのかというと、彼の無意識領域内の気配探知の感度が場に集まった人々の力場によって混線状態になっており、その影響で酔ったような状態になっているのだ。


実は、このような事は今までに何度もあった。例えば人の多く集まる駅前や商店街、学校、自宅マンション内でも混線状態になる事が少なからず起きており、いつもなら意識を集中させ、制御することにより状況は改善するはずなのだが、今回は、どうも毛色が違うようだ。


最近になって気が付いたことだが、一月前に神を浄化するために使用した仙術の一旦、仙術と呼ぶにはお粗末すぎるが、しかし、それでも己の限界を超えた力の行使により、熾輝の気配に対する感度は飛躍的に上昇した。が、その成長は彼の身の丈に合わず、その結果、自分でもコントロール出来ていないという悪循環を引き起こしていた。


「ねぇ熾輝、辛いなら休憩所で休ませてもらったら?」

『お、恐れながら双刃も同じ意見でございます。』


普段は他人に弱みを見せない熾輝が、ここまで弱っている所を見せられて、見るに見かねたアリアと姿は見せていないが、双刃はこの場に居る者達に聞こえるように言葉を掛けてくる。


「そうはいかない。先生にコンサート限定で販売される特典付CDを買ってくると約束したから、今この場を離脱したら期を逃すかもしれないじゃないか。」

「…どこまで真面目なのよ。」


実は、今回のコンサート、熾輝は元々来るつもりは無かった。しかし、師である東雲葵が乃木坂可憐のファンであり、チケットを彼女から貰い受けたときには、大層喜んでいたが、早朝、彼女が務めている病院で急な呼び出しがあり、急遽、コンサートには行けなくなってしまい、早朝の修行の際、神社でコマにその話をしたら、余ったチケットで燕を連れて行って欲しいと頼まれたのだ。


そして、病院から呼び出しを受けた葵から、どうしても買ってきて欲しいと言われた物が特典付CDなるものであり、その使命をまっとうするべく、彼は今、この会場に来ているのだ。


「えっと、後で可憐ちゃんにお願いして融通してもらえるんじゃない?」

『咲耶殿、名案です!熾輝様そうしましょう!きっと可憐殿も友人の頼みなら断ったりしないはずです!』

「それは・・・できない。」

『な、何故ですか?』

「そうよ、無理しないで、お願いすればいいじゃない。」


心配する面々が、熾輝を気遣ってくれているのは、十分に伝わってくる。しかし、少年は頑としてその考えを受け入れようとはしなかった。


「確かに乃木坂さんに頼めば融通してくれるかもしれない。だけど、今日の彼女はアイドルとしての乃木坂可憐なんだ。友人としての立場を利用するのは、今日この場に来ているファンの人達をないがしろにさせる事になる。それはきっと、彼女の夢の邪魔になる行為だ。僕は彼女の友人になって日は浅いけど、誰よりも努力する姿を間近でみてきたからこそ、そういう真似だけはしたくない。」


そういって語る熾輝の言葉をこの場にいる者は誰一人として聞き漏らすことなく真剣に心に刻みつけていた。がしかし、アリアだけは「真面目か!」とたかがCD一つに何でそこまで意地を通そうとするのか、無性に突っ込みたい気持ちでいたのは、誰も気が付かなかった。


いつもは、どこか冷めたように状況を見据える熾輝だが、それがまるで嘘のように熱い事を口にする事がある。


「・・・・ステキ。」


熾輝の言葉に燕が頬を朱色に染めて、うっとりとした表情で熱い眼差しを向けていた。


「熾輝君、私に任せて!」

「ぇ?」


燕は熾輝が手に持っていたチケットの半券(CDを買うために必要な引換券)をシュバッ!と奪い取ると、そのまま駆け出した。


「私が代わりに並んで買ってきてあげるー!」

「ま、まって・・・・」


熾輝の静止の声は既に遅く、遥彼方へとダッシュしていた燕の耳に届く事はなかった。


「・・・行っちゃったね。」

「あの子やるわね。きっと尽くすタイプよ。」

「何を呑気な。子供が一人で歩き回って誘拐でもされたら事だ。・・・双刃、悪いけど燕の傍に居て貰えないかな?」

『承知しました。』


双刃が短く答えを返すと、近くで感じ取っていた気配が遠ざかり、次第に人込みの中へと消えていった。


「・・・優しいじゃん。」

「そんなのじゃないよ。単に何かあったとき、面倒事は御免なだけだ。」


体調が悪く青い顔のままでも、相変わらず淡白な答えを返す熾輝に対し、アリアは肩を落とす。


「それよりも、せっかく燕ちゃんが買い物をしてきてくれる事だし、休憩所で休んでいよう?」

「・・・ごめん、そうさせてもらうよ。」


傍から見ても、体調が悪いことは一目瞭然な熾輝は、咲耶に付き添われて休憩所へ向かう事にした。



◇  ◇  ◇



休憩所は、簡易な天幕が設営されており、天幕の前には運営員らしき女性が立っていたため、咲耶が事情を話して、滞りなくベッドを貸してもらえる事になった。


「ありがとう。ここまででいいから、咲耶達も会場に戻ってよ。」

「本当に大丈夫?なんだったら一緒に居るけど。」


咲耶の申し出に対し、熾輝は首を振って応える。


「そこまで甘える訳にはいかない。それに、親友の晴れ舞台に咲耶が居ないんじゃ、乃木坂さんも不安に思っちゃうよ?」

「うぅ、それはそうかもだけど・・・」

「僕なら大丈夫。運営の人が傍に居てくれるし、多分少し休めば合流できると思うから、だから・・・ね?」

「咲耶、余計な気を遣うと熾輝も落ち着いて休めなくなっちゃうよ。本人も大丈夫だって言っているんだから、可憐の応援に行こうよ。」

「・・・そう、だね。だけど、何かあったら直ぐに呼んでね?これ、私の携帯電話の番号だから。」


そう言って、咲耶が女の子らしく可愛いバッグの中からメモ帳を取り出すと、自身の携帯電話番号を書いて、熾輝に渡してきた。


「・・・わかった。何かあったら連絡するよ。」

「絶対だよ?」


念を押すように顔を近づけてきた咲耶からは、甘い香りがして、熾輝の鼻腔をくすぐる。これには流石の熾輝もドキッとしてしまい、思わず咲耶から視線を逸らしてしまった。


「・・・約束するよ。」


熾輝の言葉を聞いて満足したのか、向日葵のような笑顔を浮かべて、近づけていた顔を熾輝から離すと、天幕の出入口まで小走りで向かい、くるりと熾輝の方を振り返る。


「あのね、熾輝君が燕ちゃんの事を心配してくれて、何だか嬉しかったの。」


「どうして?」とは口に出さず、小首を傾げる熾輝を前にして、咲耶は言葉を続ける。


「口では面倒とか言っても、熾輝君はいつも誰かのために行動してくれるでしょ?普段は関係ないみたいな顔をしているけど、本当は凄く優しいって、私は気付いているよ。」


一方的にそれだけ言うと、咲耶は微笑みを浮かべて天幕の外へと出て行った。


「咲耶も良く見ているでしょ?」

「・・・僕としては、本当に面倒なだけなんだけどな。それに僕がいつ誰かのために行動したっていうの?」

「なあに?気付いて、いや、判らないの?」

「何が?」


熾輝の言葉に溜息を洩らし、思わずガックリと肩を落とすアリアはジト目を向けてくる。


「神社で咲耶を庇ったり、葵のために無理をして神様を助けて見せたじゃない。」

「それこそ見当違いだ。僕は後先の事を考えて行動しただけであって、自分に利益があると思ったから行動したに過ぎない。」

「・・・それだけ?」

「何が言いたいの?」

「燕のために神様を救おうとした熾輝の言葉、少なくとも私には損得が入り混じった言葉には聞こえなかった。」


確かにあの時、熾輝の胸に熱く宿った何かによって行動を起こした。しかし、あとから考えてみれば、神に恩を売っておけば何かしらの形で自分に返って来るものがあると考えたからかもしれないと熾輝は、自身の行動を分析していた。


「熾輝がどう思おうと、それは否定しないけど、少なくともアンタの行動で救われている女の子が居る事は事実なんだ。だからアンタもそういう娘達の思いには誠実に答えてあげな。」

「・・・肝に銘じておくよ。」


アリアの言葉に納得した訳ではない。しかし、熾輝にも思うところがあるのか、それ以上の反論をする事に不思議と抵抗を感じ、口をつぐんだ。


「咲耶が心配するから、もう行くね。傍から見ていて本当に顔色が悪そうだし、ちゃんと横になるのよ。」


それだけ言い残すと、アリアは咲耶を追うようにして、天幕から出て行った。


一人残された熾輝は、青い顔を右手で覆い、溜息を一つ付く。


「なんだか、いいように言われた気がするな。」


普段の熾輝であれば、一刀両断する勢いでアリアの言葉に反論し、問答無用で切り捨てるところだが、如何せん体調の悪さが影響して、それ以上、考える事は出来なかった。


熾輝の気配に対する感覚が、本人の意思とは関係なく鋭敏に研ぎ澄ませれているためか、船酔いにも似た感覚が襲い、まるで頭の中身を掻き回されている錯覚すら覚える。


普段は、気配察知能力のオンオフは任意で行える。そして、今も能力をオフにしているため、気配察知は使っていないハズだが、熾輝の無意識領域内での能力は依然として感覚を広げ、普段使っている感覚器官とは別に、能力制御ができていない程に感覚が混線しているのだ。


目の回る錯覚に襲われつつも、覚束ない足取りで用意されていた簡易ベッドに上がると、そのまま横になる。


混線している感覚を意図的に抑え込もうと、試にてはいるものの、普段は使っていない領域に手を伸ばすのは難しく、まったく上手くいっていない。


そうこうしている内に更に状態が悪化してしまい、グルグルと回る視界が嘔吐感を引き起こし、まともな思考が保てなくたなってきた。


「こ、れは、流石にキツイ、な。」


今までにもこういった経験は何度もあったが、今回ばかりは、やはり毛色が違うらしい。

一番の原因としては、人が密集するライブ会場にいるという事もその要因だが、この会場に集まった人々の高揚した感情がフルに伝わってきている事が熾輝の体調に影響を与えているのだ。


依然と回復の見込みのない感覚に対し、苦しむ熾輝の元へ、運営の女性係員が天幕に入ってきた。


二三言葉を交わし、彼女が用意してくれた水を受け取り、再び横になろうとしたとき、係員がリラックスするからと、CDプレイヤーに入っていた曲を流し始める。


熾輝は元々、音楽には興味が無く、日本の誰もが知っている曲と言われても、さっぱり判らない。そのため、女性係員が親切に掛けてくれた曲も、出だしの部分から全然わからなかった。


しかし、歌が始まってから、ようやく誰が歌っているのかが熾輝でも理解できた。


乃木坂可憐、彼女の曲だ。


曲名は分からないが、シットリとした、それでいて心が安らぐような、そんな曲。


とても小学生の子供が歌っているとは思えない歌唱力の高さに、思わず感嘆してしまう。


そして、熾輝が知らぬ間に曲に聞き入っており、先程まで混線していた気配の事も忘れ、気が付かない内にば小さな寝息を立ていた。


夢うつつの中、意識という名の領域で無茶苦茶に絡み合っていた気配の糸が、一本一本、紐解かれていく。それは、人の気配、植物の気配、鳥の気配等様々であり、そのどれもが色を得たように鮮やかに染まっていく。それは感情をもっているのか、時に荒々しく、時に静かに波を立てているようだった。


―――(あぁ、感覚に身を任せるって、こういう事を言うのか。)


眠りの中で、熾輝は不意に円空の言葉を思い出す。


『考えるな、感じろ。』


その時は、円空の言っている意味が理解できず、自分なりに答えを見つけようと、もがいていた。


混線する気配の一つ一つに対し、感度を鈍く出来ないか、どうにか制御する方法は無いか。様々な試行錯誤を繰り返すも、結果は惨敗。


最近では、変に意識しすぎていたせいか、気配を妙に意識するようになり、混線する気配の中で、特定の者を探ろうとしても上手くいかず、気配察知能力がまるで役に立たなくなっていた。


しかし、今は円空の言葉の意味がようやく理解できた。本来、熾輝は物事を深く考えて動くタイプの人間で、決して感覚に身を任せる事はしない。


だが、今の熾輝は、意識という名の領域で荒れ狂う気配の波に決して抗う事はせず、その奔流に身を任せている。そうする事で、不思議と周囲の気配と一体化したような感覚さえ覚える。


眠りの中でさえ、熾輝は周囲に在る気配をいともたやすく探り出す事が出来ていた。


―――(これは、咲耶とアリアが。あっちには燕、…双刃、ちゃんと傍に居てくれている。)


友人の位置を把握する。そして、彼女等とここに集まった者達からは、一様に幸福に似た感情の色が覗えた。


―――(ライブまであとどれくらいだろう?僕も乃木坂さんの歌が聞きたくなってきた。)


先程、係員の者が掛けてくれた曲を聞いた瞬間から、熾輝の体調は嘘のように回復していた。


それは、彼女の歌の力か、はたまt熾輝がコツを掴むタイミングが重なったのかは判らない。しかし、熾輝でさえ乃木坂可憐の歌に聞き惚れたのは事実だし、何か気持ちのいい感覚をこの時、感じていた。


そんな事を考えていた熾輝は、無意識に可憐の気配を探っていた。・・・結果、直ぐに見つけ出す事ができ、彼女の気配からは適度な緊張の色が覗えた。


だが、それよりも、目を引いたのは、他を圧倒する程の色濃い意志と表現するべき気配。


―――(アイドルになる夢か。)


以前、友人から聞いた彼女の夢、音楽に興味を抱いていなかった自分でさえ聞き入ってしまう程の歌唱力。そこには才能だけで無く、彼女の努力があってこそ、あのような魅力的な歌が歌えるのだろうと、熾輝は感じて取っていた。


それと同時に思う事がある。


自分には将来のビジョンがまるでない。


自分を狙う刺客から逃げて、殺されないために強くなろうとして。


毎日、毎日、修行に明け暮れる日々。


最初は、師であり叔父である五月女清十郎に言われるがまま始めた。


修行をする中で、強くなりたいという思いが目覚めた。


だけど、強くなって、それからは?


そんな、思いが熾輝の心に湧いてきた瞬間、彼の察知領域内に入ってきた一際目立つ気配に意識が注がれた。


―――(この気配は。………悪意?)


その気配は、他者と比べても一際黒く濁った色をしており、なにやら酷くねっとりとした感覚すら覚える。


熾輝の察知能力は、神通力である【他心通】と【天神通】の二つを基盤とした複合技術だ。


もっとも、最初のころは、他心痛のみで気配察知を行っていたが、一ケ月前の影響で、図らずも熾輝の力が拡張された事により、天神通の一端を使えるようになったのだ。


そのため、熾輝の察知能力範囲が拡張され、現在は半径400メートルまでの気配を察知できるようになり、会場をすっぽりと覆う形で能力を行使できている。


熾輝は、自分の能力範囲に現れた気配の主の観察を始め、何処へ向かっているのかが直ぐに判明した。


―――(真直ぐに乃木坂さんの方へ向かっているな。………放っておくわけにもいかないか。それに、・・・この気配は普通じゃない。)


熾輝は、すぐさま意識を覚醒させ、ゆっくりと瞼を上げる。


先程までの不調が嘘のように回復し、今は周囲の気配、一つ一つが手に取るように感じ取れる。


相変わらずの会場の高揚感がフルに伝わってきていたが、不思議と心地よさすら感じている。


「・・・よし、行くか。」


己の状態を確認した熾輝は、ベッドから降りると、ゆっくりと歩を進め始めた。


次回は、7月1日午前8時投稿予定。(少し短いです。)

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