表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
66/295

第六五話【異常事態Ⅱ】

暗がりの中、男は部屋の電気も付けずに布団を被って身を震わせていた。時たま部屋の前を横切る足音にドキリと心臓を跳ね上がらせ、気配が遠のくのをひたすらにジッと待った。


足音が遠のき、男の部屋から3つ程離れた部屋の住人が帰宅したのか、鍵の刺さる音とドアが開かれる音が妙に明瞭に耳に入ってくる。気配が消えてから暫くの間は、跳ね上がった心臓の鼓動が落ち着くまでひとしきり震え、いつの間にか呼吸を止めていた事に気が付き、息を荒くして酸素を取り込む。


男の心に渦巻くのは、恐怖と憎悪の感情。


「畜生、何で俺様がこんな目に遭わなきゃならないんだ!」


荒ぶる心のままに部屋の床を踏み抜けと言わんばかりに地団駄を踏むと、今度は下の階の住人がドスンッ!と天井を叩いてきた。その反撃に再びビクリと震える。


事の発端は数週間前、男が運営していたサイトに某子役のプライベート写真を掲載したことから悲劇は始まった。男としてはサイトの話題作りとして掲載しており、案の定アクセス数も跳ね上がったため、調子に乗って様々なプライベート写真を掲載した。


もともと、子役の熱狂的なファンだった彼は、次第に事の分別が付かなくなり、掲載する写真の内容もエスカレートの一途を辿っていた。


そんな男に対して子役の非公式ファンクラブから目を付けられ、警告の電子メールが届けられるも、まったく相手にせず、あろうことか挑発という形で返信したメールを送った翌日から制裁を受けた。


―――(非公式クラブの奴ら、とんでもない事しやがって!いったい俺様に何の恨みがあるっていうんだ!そもそも、アイドルのスキャンダルなんて週刊誌の記者だって記事に載せているのに、俺様だけがこんな酷い仕打ちを受けるなんてオカシイじゃないか!)


もはや男の頭の中には常識という概念が抜け落ちており、一般的な芸能人のスキャンダルと未成年者のプライベートに対する情報流出の犯罪性の深刻さは、一般教養をもった者であるならば、どちらが悪い事なのか誰にでもわかる事である。


しかも、男がネットに流出させていた写真の全ては盗撮によるものばかりだ。


―――(クソッ‼クソッ‼クソッ‼今に見ていろよ!俺様を馬鹿にした非公式クラブの連中、それに乃木坂可憐!アイツは大企業の令嬢だからな、きっと実家の権力を使って、非公式クラブや色々な連中を使って、俺を社会的に消しに来たに違いないんだ!)


男の負の感情は、次第に無関係である少女へと向けられ、その憎悪は男が気が付かない内に良からぬ何かを引き寄せていた。


そんな折、男の携帯電話にメールの着信を告げるメロディーが流れ始める。男の好きなアニメの主題歌であり、そのアニメの内容は、幼女が魔法少女になって戦うという子供向けアニメの物だった。


いつも聞きなれたメロディーのハズなのに、今の男にとってメールの着信ですら彼の心臓に負担を掛ける死神の鎌のように思えてならなかった。


恐る恐るメールの内容を確認するため男は、キーを乱暴に操作する。そして、メールを開いた瞬間、男の背筋にヌルリと奇妙な感覚が走った。


「っ!」


一瞬、ビクッと身を震わせた男は、気のせいかと結論付けて、不意にその文面を見て。言いようのない不安に駆られた。


「なんだよこれ。」


メールの文面は文字化けしてしまっていて全く読み取れない。しかし、よく見ると文面にさほど意味は無いが、文字の配列が、なにやら魔法陣のようなものがボンヤリとだが見て取れる。


「気味悪りぃな。誰だよこんな悪戯しやがったのは。」


メールを送り付けた相手が誰なのかと宛先欄を確認しようとするが、画面がフリーズを起こし、まったく反応しない。


「ふざけんなよ!誰だよウィルス付きのメールなんか送りやがって!」


怒りのあまり発狂する男は、そのまま携帯電話を投げつけてやろうと腕を振り上げたが、このまま壊すのも勿体ないと破壊することを思いとどまり、力なく振り上げた腕を降ろした。


「……もういいや、飯でも買ってこよう。」


モヤモヤとした感情を抑え込むと、お腹が鳴る音で空腹感が一気に襲ってきたのか、ウィルスによって動かなくなった携帯電話をそのままポケットにしまい込み、遅めの夕ご飯を買いに行くべく男はアパートを出た。


「ああああ、人生やり直してぇ。」


そんな事を独り言ちりながら、目的のコンビニまで辿り着いた男は、丁度店から出てくるガタイの良い客とすれ違う時、先を譲って邪魔にならないようにドアの端っこで客が店から出てくるのを待った。


すれ違いざま、客は男を無視して店から出て行った。


―――(なんだよ、礼くらい言えよ。)


自分を無視してすれ違った男の背中を睨みつけると、心の中で悪態をつき、店内へと入っていった。


イライラとくすぶっていた感情に再び発火の予兆が見え隠れするなか、店員はレジで暇そうに欠伸をしていた。通常なら無視できる範囲だが、今の男はすこぶる機嫌が悪い。


―――(チッ、いらっしゃいませも言わねぇのかよ!こっちは客だぞ!)


等と再び心の中で悪態を付くも、文句を言う度胸が無いため、決して言葉には出せない。


男は弁当が陳列されている棚から目ぼしい物を買い物カゴに入れ、更にカップラーメンを4つ程、コーラとビールも忘れない。…すると不意に雑誌コーナーへと意識が向いた。


「そういえば、今日はジャンプの発売日だったな。」


そういって男が雑誌コーナーで足を止め、お目当ての雑誌の立ち読みを開始する。『立ち読みはご遠慮ください。』の表示が張り出されているが、それこそご遠慮しますといった態度でページをめくる。更にさっきの仕返しとばかりにレジに居る店員の方を見てはニヤリと粘着質な笑みを向ける…しかし、店員は全く気にしていないご様子だ。


「チッ」


嫌な顔の一つでもしてくれれば、気が晴れたのかもしれない。いや、そんな顔をされれば更に怒りのボルテージは溜まったであろう。そんな事にも気が付かない男は、考える事を辞めてお気に入りの漫画をペラペラとめくって探し出して立ち読みを再開する。


立ち読みの際、買い物カゴは邪魔になるので床に置いて、たっぷり堪能すること10分、そろそろ会計を済ませようかと思い、床に置いていた買い物カゴに手を伸ばそうかとしたときだった。


「おいおい、誰だよ。こんな所に置きっぱなしにしやがって。」

「え、あ、すいません。」


自分が置いた買い物カゴを見た店員がおもむろにそんな事を言ってきた。小心者の男は、店員の言葉に条件反射で誤ってしまい、心の中で「なに謝ってんだよ俺は。」と思いつつも、急いで買い物カゴを拾い上げようとしたとき、先に店員が拾い上げたため、男の動きが止まる。


「まったく、最近の客は常識ってものがないのかねぇ。」

「……すいません。」


―――(なんだよ!この店員は!謝ってるんだからそこまで言う事ないだろう。)


しかし、ここで男は、ある違和感に気が付く。


買い物カゴを持った店員は、男と目を合わせることもなくカゴの中に入った商品を陳列棚に戻し始めたのだ。


流石の男も店員の行動に違和感を感じつつも、そこまでされて黙っているのも気分が悪いので、一言文句を言ってやろうと、店員に声を掛ける事にした。


「ちょっと、俺も悪かったけど、何もそこまですること無いだろう。」

「………。」


男の呼び掛けに対し、店員はまるで気が付いていないとばかりに、次々と陳列棚に商品を戻していく。


「……マジかよ、この店員。」


ここへきて、男の怒りのボルテージがマックスに跳ね上がり、遂に店員の肩を掴み、こちらを向けと言わんばかりに腕に力を入れる。


その瞬間、店員はビクリと驚いた表情をしたまま、男の方へと体を向けさせられた。


「え?」

「おい、あんた!いい加減にしないと、本部の苦情センターに言いつけてやるぞ!」

「……な、なんだ?」

「なんだじゃ………おい、聞いているのか?」

「気味悪ぅ、お化けの仕業か?勘弁してくれよぉ。」


―――(は?お化け?何言ってんのコイツ。)


まったくかみ合わない二人の会話は、誰が見ても不自然そのものだ。そして漢もある事に気が付く。


―――(コイツ、さっきから俺を見ていない?)


人間は、意識して物を見ないようにしても、視界に映る物には、ついつい視線が向いてしまう。だからこそ不自然なのだ。


店員の視線は、先程から男を捉えてはおらず、まるで男を通り越して、その後ろの方へ視線を向けているような、そんな違和感を男はやっと感じ取ったのだ。


「おーい、店員さーん。もしもーし、見えてますかー?」


男は、気が付け!と言わんばかりに店員の目の前で手を振ってみたり、顔を近づけてみたりと行動を起こしているが、店員は一向に気が付いてくれない。


「おいおい、これってひょっとして・・・」


男は気が付いた。周りの人間は自分を認識していないことに。


「足は………付いているよな?」


一瞬、自分が気が付かない内に死んでいて、そのせいで、認識されていない。いわゆる幽体になっているのでは?と思ったが、それならば、カゴを持ったり、商品や雑誌を持ったりすることは出来ないはず。


そして男はある事に思い至る。


「もしかして、さっきのメール。」


男が取り出した携帯電話の画面には、相も変わらずフリーズしたまま動かない携帯電話。そして、これまた変わらずに文字化けした文章が魔法陣の形となって表示されている。


「……この魔法陣……っ‼俺の隠された異能を覚醒させるためのトリガーになったのか!?」


一つの可能性に思い至った男は、その異能に歓喜し、思わずその場でガッツポーズをしてしまう程に喜んでいた。


「………認識されていないとはいえ、人前でガッツポーズとか、めっちゃ恥ずかしい。」


などと言いつつも、先程の燻った感情もすっかり忘れ、男は一先ず自分に目覚めた異能について知る必要があると思い、帰宅する事を決めた。


「おっと、せっかく気が付かれないなら店の商品を拝借していきますよー♪」


しっかりと万引きという犯罪行為に手を染めてだ。しかも普段買わない様な少し値の張った商品を大量に買い物カゴに入れた男は、そのままコンビニを出て帰路についた。


◇  ◇  ◇


異能の力を手にした男は帰宅後、コンビニで万引きした商品を腹の中に収めると、早速目覚めた能力について検証することにした。


「ん~、まずは異能をどうやって解除するかだよなぁ。」


そう、男は帰る道すがら、すれ違う人に一切認識されないまま帰ってきたが、その途中、ちょっとした出来事があった。


「マジ、事故死とかありえないから。」


実は、帰宅途中、道を歩いていた際、後ろから進行してきた車に危うく跳ねられそうになったのだ。


「認識されないって事は、車の運転手にもこっちが見えないから、気が付かない内に跳ねてましたってことにもなるもんな~。そんなの絶対ヤダ!どうにかして能力の解除方法を探らねえと!」


男は思案するが、一向にどうすれば良いのか見当もつかない。


「こういう時、ラノベとかの主人公は身体の中にある力に気が付いて能力の制御を覚えているよなぁ。………うっし、いっちょやってみっか!」


気合を入れた男は瞑想を開始する。……そして


「っ!を⁉お⁉おおおおお‼‼なんだ⁉この感覚は!」


瞑想をすること僅か10分程で、男は自分の中に今まで感じたことのない何かを直感的に感じ取った。


「もしかしてこの感覚……これが力の源ってやつか?……あれ?でも、この感じ、なんかやけにモヤっとするなぁ。それに粘着質っぽくて、ちょっとキモイかも。」


自身の中にある力の感覚が思っていたほど爽快なものではなく、なんだか嫌な感じだった事に思わず落胆するも、その力が自分の異能の源であるという確信が男にはあった。


「とりあえず、どうやれば解除出来るのか、いろいろ試してみよう。」


まず、男が行ったのは、漫画等でよくある力をゼロにする方法………しかし、失敗に終わった。


「なんだよ!力をゼロにするって!そもそも質量?のあるものをゼロにする事なんて出来るわけないじゃん!」


一人で突っ込みを入れる男は気を取り直し次なる方法を模索する。


次に行ったのは、単純に念じて解除するという方法だった。


「………お?なんか、さっきと感じ方が変わったかも。」


先程まで感じていた力の質が明らかに変わった。粘着質だった力の感覚が剥がれ落ち、気持ちの悪い感じが一気に無くなっていた。


「ちょっと、表に出て試してみるか。」


おそらくは能力の解除に成功したと確信していた男は、外を出歩くと、先程まで擦れ違う人たちの反応と打って変わって、皆がチラリとこちらを見ているのがわかる。


しかし、まだ不安だった男は、試しに擦れ違う二人組の女性に挨拶をしてみた。


「こ、こんばんは。」

「「………。」」


―――(あれ?無視された?)


あわや失敗だったかと思っていたら、後ろから何やらクスクスという笑い声が聞こえてきた。そして男の耳に「なにアイツ、キモイ。」「目合わせちゃ駄目、妊娠するわよ。」といった誹謗中傷の声が聞こえてきた。


「………帰ろう。」


心のライフポイントを削られ、気が付くと目尻に涙を溜めている男がそこには居た。


「と、とりあえず能力の解除方法は分かった。発動するときも、あの粘着質の感覚を思い出せば楽勝だな。しかし………」


自分以外、誰も居ない部屋の中でニヤニヤと笑いだす。


「く~、俺に異能力が身に付くなんて!明日からこの能力を使えば色々と楽しめそうだぜ!」


男は、これからスタートする異能ライフに心を躍らせ、身に着けた異能で何が出来そうなのかという事ばかりに考えを巡らせて眠りに付いたのだった。



◇  ◇  ◇


男は、いつもと変わらない部屋で、いつもと変わらない朝を迎えた。しかし、気分は妙に高揚し、信じられない程に目覚めが良い。


それというのも、この男、土橋淳はある異能を得たからだ。


「取り敢えずは、この異能で何か面白い事が出来ないかなぁ。」


モグモグと朝食(コンビニで万引きしたパン)を頬張りながらそんな事を考える。


「……よっし、外に出て色々と試してみるか。」


特に何も思い浮かばなかったため、淳は着替えを済ませると外出して考える事にした。フリーズしたままの携帯電話を家に置き忘れ。


淳が何気なく足を運んだのは、駅前通りだった。本日は平日という事もあり、出勤途中のサラリーマンや通学途中の学生があちらこちらに散見される中、忙しそうに移動する人波をボンヤリと眺めている。


「はぁ、皆さん御苦労なこった。朝から何が楽しくて仕事や学校に行くのかねぇ?」


そんな事を独り言ちりながら淳は、ただただボンヤリとしている。もうお分かりかと思うが、土橋淳という男は無職のオタクである。高校を卒業してからは、働きもせず、毎日家に引き込もっては、アニメやゲーム三昧。そんな生活を5年程続けていた折、親から家を追い出され、現在は一人暮らしをしている。


流石に一人暮らしをするに当たって、お金がなければ生活が出来ないため、近所のピザ屋でバイトをして生活費を稼いでいた。しかし、先月店の売り上げを盗んだ事が店長にばれてしまい、警察に通報するか、仕事を辞めるかの二択を迫られて、彼は仕事を辞めた。


そんな時、趣味で作っていたアイドル関連のサイトのネタ作りとして、同じ街に住んでいるという乃木坂可憐の盗撮写真をアップさせたところ、思いのほかアクセス数が伸びて、その恩恵で広告会社から少なからず収入を得た。


これはいけるかもと思った淳は、盗撮写真を次々にアップさせ、時には学校の授業で水着姿になったものまでアップさせた。


しかし、そこで非公式ファンクラブの連中に目を付けられ、酷い目に遭ったのが、つい先日の話だ。


「ちっ、嫌な事思い出しちまったぜ。」


その事を思い出した淳の起源は一気に悪くなり、むしゃくしゃした衝動を発散させたいと思いつつ、駅前通りを歩き出した。


「げはは、マジかよ!」

「超うける!」


道を歩く途中、若者のそんな声が淳の耳に入ってきた。


―――(うわ、不良だ。学校も行かずにサボってるのか?良いご身分だよな。)


自分の事を棚上げにして、不良と思われる高校生をじっと見ている淳は、ここである事を思いついた。


俺の異能を使って懲らしめてやるか。


あまりにも自分勝手な正義感に淳の心が躍り始める。


「おい、お前たち、学校も行かずにこんな所で遊んでいるんじゃない。」

「は?誰だよおっさん。」

「おっさんじゃない。俺はまだ25だ。」

「てか、関係ないだろ、どっか行けよ。」


案の定の答えが返ってきた。順に怯えた様子は一切ない。なぜなら自分には異能の力が目覚め、いざとなったら異能で戦う事ができるからだ。


「お前たち、高校生だろ?学生の本文は勉強だ。今のうちにしっかり勉強しないと将来後悔することになるぞ。」

「おっさん、舐めた事ぬかしてるとぶっ飛ばすぞ。」


余りにもしつこい淳の態度に苛立ちを覚えた不良の一人が、睨みつけてくる。普段、荒事を避けてきた順は、これには僅かにビビるも、心の何処かでは、こうなる事を期待していた自分がいる。


「や、やれるものならやってみればいい、だけど後悔することになるぞ?」

「…マジで鬱陶しいなコイツ。」

「てか、おっさん……あんた無職だろ?」

「………え?」


不良の一人が放った言葉のカウンターに淳の思考がフリーズするも、心の片隅で「何故バレた?」と連呼する。


「な、何を言っているんだお前は・・・」

「いや、だって、おっさん髭も伸びてるし、髪もボサボサで、とても働いているようには見えないから。」


「何で、そんな事には頭の回転早いの!?この子達は!」と心の中で叫ぶ淳の顔面は恥ずかしさのあまり、物凄く真っ赤になっていた。


「「「ぷっ!ぎゃはははは‼」」」

「マジかよ、俺達に説教しておいて、自分は無職ってマジウケる!」

「みなさーん!この人、俺らに将来後悔するって言っているくせに無職らしいですよー!」


不良たちが大声で笑いながら叫びまわると、それを聞いた通行人が「なんだ?」と寄って来て、クスクス笑いはじめる。


「お、おい!やめろ!」


淳も恥ずかしすぎて、涙目になりながら不良たちに掴みかかる。しかし、不良たちの公開処刑は尚も続く。


「いい加減にしろよ、お前等!」

「うわっ!」


不良の一人に掴みかかった淳は勢い余って、そのまま不良の一人を押し倒してしまった。


「痛てぇ、・・・暴力とかマジであり得ないわー。」

「ぼ、暴力って、そんなつもりは・・・」

「はぁっ‼‼?なに言い訳してるんだよ、おっさん!」

「おい、やっちゃん大丈夫か?」


やっちゃんと呼ばれた男は、尻餅を着いて倒れていたが、その表情が薄くニヤリと笑っているところを、淳は見逃さなかった。しかし、


「痛てぇ、痛てぇよ畜生。腰が痛くて立てねぇ。」

「う、嘘を言うなよ!」


やっちゃんのニヤケ顔を見ていた淳は、思わず講義するように叫んだ。しかし、それは悪手であることに気が付いていない。


「はぁっ!?てめぇ、暴力振るっておいて、なんだそれは!」

「まず謝るのが先だろ!」

「だ、だって・・・」

「もういいよ、タっちゃん!」


淳は顔を引き攣らせパニックになった頭で、どうにかしてこの場を切り抜けなければと考えていたとき、凄んでくるタっちゃんを止めたのは、意外にもやっちゃんだった。


「やっちゃん、だけどよぉ。」

「いいって、言ってるだろ。」


やっちゃんの言葉に、これ幸いと思った淳は、何か声を掛けねばと思い、思い浮かんだ言葉を何も考えずに口に出した。


「い、いやぁ。おじさんも悪かったけど、君たちも今後気を付けるんだよ?」


淳の言葉を聞いていた周りのギャラリー達から「何あのひと」「マジで引くわ」「それが大人の対応かよ」等といった声が、ちらほらと聞こえてくる。


「・・・なぁ、おっさん、本当に悪いと思っているなら誠意を見せてくれよ。」

「え?」


やっちゃんの言葉に、思わず顔が引きつる。


「こういう時、大人はどういう風に謝るのか、手本を見せろってことだよ。」


地面に尻餅をついたままのやっちゃんは、見上げるように淳に謝罪を要求する。「そうだよね。」「普通は謝るでしょ。」そんな言葉がチラホラと淳の耳にも入ってくる。


「も、申し訳ありませんでした。」


このままでは、悪者にされると思った淳は、早くこの状況を終わらせたいが故に心にもないことを言って、頭を下げる。しかし、


「おい、随分と高い位置から俺を見下ろしているんだな。」

「っ!?」


未だ尻餅をついたままのやっちゃんの姿勢からでは、淳が高い位置で頭を下げても意味が無いと言わんばかりの抗議を投げかけてくる。


「謝る気があるのかよ!」

「そうだよ!土下座しろよ!」

「~~っ!・・・・。」


もはや、この場を切り抜けるには不良達のいうように土下座をするしかないのだろう、しかし、淳には奥の手とも呼ぶべき異能の力が備わっている事を彼らは知らない。


「・・・ぃぃゃ。」

「は?聞こえないんですけど?」

「もう、いいと言ったんだ。何だよお前等、人の厚意を無下にしやがって。いい加減頭にきたぜ。」

「おいおい、逆切れかよ。こっちは警察に通報してもいいんだぜ?」

「うるせえ!お前等なんか俺の異能でぶっ飛ばしてやるよ!」

「「「はぁ?」」」


周りに集まる人の目も顧みず、淳は声高に叫びだす。


「括目しろ!これが選ばれし者の異能ちからだ!はああああああっ!」


淳は、某アドベンチャー漫画の主人公が穏やかな心を持ちながら怒りによって目覚める時のポージングをとって、気合を入れ始めた。


「……………で?」

「……………………。」


―――(ヤベ――――‼なにも起きない!どうなってんだ⁉)


異能の力はものの見事に失敗に終わった。


「おーい、誰か暴行の犯人の頭がおかしいから警察よんでくれー。」


周りの目は、何か痛い者を見る目に変わっていた。


土橋淳、最大のピンチである。



◇  ◇  ◇



さて、その後、土橋淳がどのようにして不良達の魔手から逃れたかを語るとしよう。


ぶっちゃけ、頼みの綱である異能が発動できないのでは、お手上げ状態だった淳は、見事なまでの変わり身の早さで、スライディング土下座を慣行し、争っていた不良グループでさえ、「やべぇよコイツ危ない奴だ。」という冷めた目に変わり、ドン引きした彼らの隙を見て、ダッシュでその場を離脱したという何とも情けない幕切れだったのだ。


そんな彼、土橋淳はダッシュで帰ってきたアパートの布団に思いっきりダイブして、シクシクと泣いていた。


ひとしきり泣いた後、昨日、万引きしてきた弁当を食べて再び布団に・・・潜らずに異能の検証を検めて行っていた。


「くそっ!なんで異能が発動しないんだよ!昨日は出来たのに!」


アパートに帰ってから、何度も昨日と同じ方法で異能の発動を試みるも全く使えない。


もしかして夢だったとか?等という考えが頭を過ったが、堂々と万引きした弁当を前に、それは無いだろうと思い足る。


「もしかして、何か発動条件があるのか?例えばMPが足りないとか・・・」


昨日、己の中で感じた粘着質の力が、今は全く感じられない事に気が付き、昨日と変わったことが無いのかを考え始める。


「昨日と違う事・・・いったい何だ?」


昨夜のことを一つ一つ思い出していき、有る事に思い至った。


「そういえば、携帯のメール・・・・」


男が思い至った可能性。それは携帯電話に送られてきた謎のメールだった。

部屋の中を探して、脱ぎ捨てられていたズボンのポッケから見つけ出した携帯電話は、相も変わらずフリーズしたままだった。


しかし、携帯電話を手にした瞬間から、昨日感じた粘着質の力を男は確かに感じ取る事が出来た。


「やっぱり、この携帯電話がどういう訳か異能の媒介になっているんだ。」


再び異能を発現させた男は、力の源と同じように粘着質の笑みを浮かべて、笑い出す。


「あははははははは!いいぞ!やっぱり異能はあったんだ!見てろよ!俺を馬鹿にした奴ら‼一泡吹かせてやるぜ!」


こうして土橋淳は、再び手にした力に歓喜する。しかし、異能を使う毎に彼の心が黒く染まっていく事には、全くきがついていなかった。



◇  ◇  ◇



淳が異能の力を使い始めてから2週間が経過していた。

その間、この異能の力について判った事がある。


異能の力は自分と自分が触れている物を見えなくする。しかし、大きすぎる物は、例外。

見えなく出来る物の大きさの限界は、彼が超手で抱えられる位の大きさに限られる。


当初、この異能は認識を阻害するものだと思っていたが、それだと、カメラなどの機械をとおして自分の姿がまる判りになってしまい、コンビニで万引きをした際も証拠の映像がバッチリ映ってしまっているのではないかと思い、実験した結果、映像として自分は映っておらず、尚且つ人に触れれば気付かれるという点から、認識疎外というよりは、透明能力のようだった。


また、この異能の発動中、自分が触れた物の音や匂いが漏れる事が無く、どんなに大きな声を出しても相手に気が付かれる事が無いのである。


極めつけは、センサー等の感知器にも引っかかる事がなく、以前通販で買ったレーザーポインターを自分に向けて照射したところ、身体を貫通して後ろの壁に赤い光点がハッキリと当てられていた。


持続時間について検証を行ったが、丸一日を通して異能を発動させたが、解除されることはなかったが、携帯電話のバッテリーが切れた途端に効力を失った。


「まぁ、透明人間のパワーアップ版だな。持続時間については、予備バッテリーを使えば24時間以上は持つから何の心配も無い。」


因みに土橋淳がこの異能について【現実逃避リアルファンタジー】と呼称している。


リアルファンタジーを使い始めて、彼が行った事といえば、万引きと覗きといった子悪党的な犯罪行為ばかりであるが、つい1週間前、とある学校に忍び込み、小型の隠しカメラを大量に設置してきたのである。


「ぐへへ、見てろよ乃木坂可憐。それに非公式ファンクラブの奴ら。あの時の恨みを今度こそ晴らしてやる。」


嫌らしい笑顔を浮かべた男は、深夜、大量の隠しカメラを回収するべく人気子役が通う学校へと向かった。



◇  ◇  ◇



「くっそがああああああああ‼」


男、土橋淳は夜の街の中で、奇声とも呼ぶべき声で叫びだしていた。


「ヴァヴァッ!ヴァ!ヴァヴァッヴァアアアアアアアア!」


どんなに叫ぼうとも、街の住人は起きてこない。何故なら今現在、彼は異能を発動中だからだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


荒ぶる心は未だに燃え上がっているが、心とは別に、叫ぶのにも体力がいる。


発狂していた彼の喉が枯れ、疲れてしまった事から、彼は虚空を睨みつけながら息を整えているのだ。


「はぁ、はぁ、・・・きっと、あいつ等だ。非公式クラブの連中め、どうやった隠しカメラに気付いたのかは判らないが、絶対に許さねぇぞぉ。」


ギラギラと濁った眼光が夜の闇に溶け込むなか、男の足元にふわりと舞ってきた一枚の紙に視線が吸い寄せられる。


「これは・・・・・くく、いいねぇ。実に良い。ここで事件でも起こしてやれば、あの子役の芸能人生も終わりだ。ついでに非公式クラブの連中の落胆する顔も見れて一石二鳥ってか?・・・クフフフフフ、あはははははははは!」


夜の街で男は再び発狂した。しかし、今度の奇声は、自分の計画が潰されたことに対する憎悪のものとは違い、歓喜に近いものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ