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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第六四話【異常事態Ⅰ】

遅くなって申し訳ありません

熾輝達が【爆発ボム】【未来視フューチャー】の魔導書を封印してから早くも1ヶ月の時間が経過していた。


あれから魔導書を先の2つの他に4つ回収しており、いずれも回収には苦労したと言っていいものばかりだったが、現実世界への被害が出る前に封印できたため、文字通り、人知れず彼らは街の平和を守っていると言えるだろう。


また、真白を襲ったと言う襲撃者とも鉢合わせる事は無かった。


そして現在、熾輝は学校の校庭を疾走していた。


周りからは女子生徒達の黄色い声援が飛び交っているが、熾輝は特に気にした様子も無く、コート内にいる敵味方の位置を瞬時に把握していく。


「熾輝君!」


一人の男子生徒が、熾輝に向かって手を挙げる。


だが、熾輝はその男子生徒が合図を送る前から彼がフリーになっていた事を見逃していなかったため、既に予備動作へと移行していた。


熾輝は足元に転がしていたサッカーボールの芯を捉えるように蹴り上げた。


ボールは、一直線に男子生徒の動線上へと向かい、まるで足元に吸い付くかのようなパスを受け取った生徒が、鮮やかにシュートを放つ。


180度という真横から放たれるシュートは、鋭角に近い軌道を描きながら、そのままゴールへと吸い寄せられていく。


熾輝と男子生徒の一連の動きが鮮やかなまでに早すぎて、他の生徒達はボールを目で追う事しか出来ず、気が付けばボールがゴールネットに突き刺さっていた。


ゴールを決めたと同時に、試合終了のホイッスルが吹き鳴らされる。


「熾輝君、ナイスパス。」


ゴールを決めた男子生徒は、右手でタッチを求めてきた。


それに応じて熾輝も右手を挙げて答えると、パチンッ!と小気味よい音が響き渡る。


「遥斗も良いシュートだった。正直、あの位置からゴールを狙うとは思っていなかった。」


熾輝は、クラスメイトである空閑遥斗が放ったシュートに称賛の声を送る。


「絶妙なパスがあったから余裕をもってゴールを狙えたんだよ。」


彼も彼で、熾輝のパスを誉め会うというループが繰り返されるなかで、女子たちは、2人に熱い視線を送っていた。


そんな中、試合が終わったにも関わらず、一際熱い声援を送っている女子が一人。


「きゃー、熾輝くんステキー!」


法隆神社の巫女である細川燕である。


彼女は、熾輝とは別のクラスであり、先程まで戦っていた相手は燕のクラスなのだが、負けた男子生徒そっちのけで、一人舞い上がっているのだ。


あからさまに応援なんかして、他のクラスメイトから浮かないかと思ってしまうが、どうやら彼女以外にも二人を応援している女子が多いため、特に嫌な目で見られているということは無いようだが、それでも浮いてはいるようだ。


「モテモテだね。」

「……勘弁してくれ。」


クスクスと笑う友人を横に熾輝は軽く溜息を吐いた。


一ヶ月前の一件で、燕を助けて以降、彼女の熾輝を見る目には、明らかに乙女として恋と言う名の炎が宿っている。


しかし、熾輝は彼女の好意に気が付いているものの、それが恋心と呼ばれるものだとは理解していなかったため、単に懐かれている程度にしか思っていなかった。


結局、試合結果は10対0という圧倒的な結果で幕を閉じ、この試合を境に、相手クラスの男子からは打倒熾輝&空閑という目標を掲げたという物語もあるのだが、それが語られることは、きっと無いのだろう。


「はぁ~、すごかったね、二人とも。」

「ええ、空閑君はともかく熾輝君が一月ひとつきでこんなにも上手になるとは思っていませんでした。」


熾輝と空閑の活躍を遠巻きに応援していた二人の女子生徒、咲耶と可憐はクラスメイトの急成長振りに舌を巻いていた。


それもそのはず、熾輝はつい一ヶ月前までサッカーという球技を経験したことが無かったのだ。


初めてサッカーを授業で行った時は、ルールが判らず、味方ゴールに向かって走ったり、ボールを手で持ってみたりと散々だったが、クラスメイトの空閑遥斗が親身になってルール等を教えてくれたおかげで、ゲームを成り立たせることが出来るようになり、遂にはサッカークラブ以上の強さを獲得したのだ。


そもそも、熾輝はルールさえ判れば、ある程度の成績を残す事が出来るほどの能力は元々有している。その理由は、幼少のころから身体を鍛えていたお陰で、肉体的には同学年の子供たちを軽く凌駕するスペックを持ち合わせ、さらに、サッカーの様に蹴るという競技に対しても、武術の技を用いれば応用が可能であったため、順応するのに時間はさほど必要なかったりするのだ。



その後、教師からの評価や後片付けを行って、本日の授業は終了することとなった。


「そういえば今度、乃木坂さんがCDを出すらしいよ。」


ホームルームを終えて、帰り支度をしていた熾輝に遥斗が不意にそんなことを話しかけてきた。


「CD?……彼女、歌も歌うの?」

「元々、歌手になるのが夢だったらしいけど、今回は、その夢の第一歩だね。今度の日曜日にCDの発売を記念して小さなコンサートが駅前で開催されるらしいよ。」


乃木坂可憐は、日本を代表するトップ子役であり、連日彼女が出演するドラマは、いずれも高視聴率をマークしており、テレビ番組にも引っ切り無しに呼ばれているらしい。


そのせいで、学校を休むことがしばしばあるが、だからといって、学業を疎かにすることは無く、成績は常にトップをキープしている。


「少し大袈裟じゃないかな。僕たちの年代は、まだ声も定まっていないから、声変りをするまで、どうなるのか分からないじゃない?ただの人気取りにしか感じないけどね。」

「まぁ、芸能事務所も会社だから利益を優先させるのは仕方がないよ。」


芸能業界の人気取りや宣伝が今回のCD発売の裏に見え隠れしている様に感じた熾輝の思いは、聞きようによっては、冷たい物言いに感じるが、彼の友人である遥斗は、熾輝が言いたいことが判ったのか、苦笑いを浮かべている。


「ところで、熾輝君はコンサートの応援に行かないの?最近は結城さんや乃木坂さんと仲良くしているみたいだけど。」

「どうだろう、もしかしたら行くかもしれないけど……」


珍しく表情に影を落とした熾輝の視線は、何処か虚ろなものに変わっていたため、遥斗は不審に思い、その理由を聞いてみる。


「なにかあるの?」

「先生……僕の親代わりの人が乃木坂さんのファンで、多分一緒に行くことになる。」

「熾輝君の保護者って、確かお医者さんだったよね?」

「うん。この前は、サインを貰ってきて欲しいって頼まれた。」

「それは、また………」


熾輝の性格を知る数少ない友人の一人である遥斗は、いたわりの視線を向けた。


熾輝は、日頃お世話になっている葵のお願いならば、二つ返事で了承する。例えそれがクラスメイトの女の子からサインを貰う事であってもだ。


だが、そのお願いを叶えるためとはいえ、熾輝は想像以上の精神的ダメージを負っていた。


普段の熾輝は口数が少なく、あまり喋ることを得意としておらず、他人とは一定の距離を保って接しているため、どこか近寄りがたいという印象を持たれがちであり、そんな熾輝の事を分かってくれる友人は、かなり少ない。


一部の女子生徒からは、影の差した雰囲気がいいと熱の篭った視線を向けられることがあったが、それでも相手を一定距離に近づけさせないためか、好意を持った女子ですら熾輝とは親密になれないでいる。(ただ一部の例外を除いてだが)


熾輝が精神的ダメージを負ったのには理由がある。


口数が少なく、尚且つ友人の少ない熾輝は葵のお願いを叶えるために教室内において可憐に話しかけた時の事である。


教室で珍しく挨拶以外で自分から話しをしてきた熾輝のアクションに教室中の女子生徒が好奇の目を向けてきた。確かに熾輝は自分から話しをすることは今まで無かった。しかし、だからといって、クラスメイトを無視していた訳でもなく、話しかけられれば会話もするし、それなりにコミュニケーションをとっていたつもりだったが、それにしてもこの反応は、いささか納得がいかないものがあった。


そういった周囲からの注目を集めてしまい、可憐に話しかけた熾輝ではあったが、彼にしては珍しく歯切れの悪い口調がどうにも他の生徒たちからは、「まさか告白?」「そんな!俺達の可憐アイドルちゃんを落とすつもりか!?」等という雰囲気に見えてしまったのか、この時ばかりは流石の熾輝もまともに可憐と話すことが出来ず、結局、咲耶の特訓を行った際に要件を済ませたのだった。


「ところで、遥斗もコンサートには行くの?」

「行くよ。クラスの皆も応援に行くって言ってたし、それに今回はちょっと気になる事もあるからね。」

「気になる事?」


なにやら含みのある物言いに違和感を感じたが、それを追求する間もなく、教室に入ってきた教師によって帰りのホームルームが始まり、この日は終了となった。



◇   ◇   ◇



「え?熾輝君もコンサートに来れるの?」


帰宅途中、咲耶がコンサートの事を話題にしてきた。


「うん。先生が乃木坂さんのファンだから多分、行こうって言われると思う。」

「ふふ、うれしいです。それじゃあ、熾輝君と葵先生のチケットを用意させてもらいますね。」

「有難う。先生もきっと喜ぶよ。」


下校の面子として、熾輝と咲耶と可憐の三人で一緒に帰る事が最近の暗黙の了解となっており、このグループにたまに燕も加わることがあるが、今日のメンバーは同じクラスの三人となっていた。


「それでは、私はこのまま駅へ向かうので、これで失礼しますね。」

「そっか、今日は、お仕事の日だもんね。」

「ええ、会場の設営とリハーサルがありますの。」


小学生であっても、芸能人の仲間入りをしている彼女は、中々多忙な身でありながら、決して学業を疎かにせず、尚且つ仕事にも一生懸命に取り組んでいる姿に関しては、熾輝も可憐に対して、尊敬の念を抱いている。


「それでは、また明日学校で。」

「うん。バイバイ可憐ちゃん。」


お互いに挨拶を交わし合う二人は、傍から見れば本当に仲の良い友人同士であり、その中に熾輝が加わっている理由は、単に魔導書絡みの理由だけだ。


だから、魔導書を回収するとき以外は、一緒にいる必要もないと感じていた熾輝であったが、学校では自然に一緒に居るようになり、下校の時であっても自然とこの面子になる事が熾輝には不思議でならなかった。だからなのか、二人の輪の中に自分が居る理由が、彼自身も分からなくなる時がある。


そんな中、熾輝は自分たちに向けられている視線に気付いた。


「………。」

「……それでは。」


可憐は挨拶を返そうとしない熾輝に若干の違和感を感じつつも、二人の元を離れようとした。


「送っていくよ。」

「え?」


そんな折、思ってもみなかった熾輝の申し出に、一瞬キョトンとした表情を可憐が見せた。


「ですが、熾輝君の自宅と駅とでは、遠回りになってしまいますよ?」


可憐のいうとおり、熾輝の自宅から駅とでは徒歩で30分程の距離があり、子供の足では決して近いとは言えない。


「ちょうど、夕飯の買い物も済ませたかったところだし、そのついでだよ。」

「あ、私も夕飯の買い物したいから一緒に行くー。」

「…分かりました。ではお言葉に甘えますね。」


こうして、三人は別れることなく、そのまま駅まで可憐を送り届けた。


途中、熾輝が感じた視線は、駅前の商店街に入ったところで感じなくなった。


特に危害を加えないのであれば、捨て置いても構わないと判断した熾輝は、その帰りの道すがら咲耶と一緒に買い物を終えて帰宅したのだった。



◇  ◇  ◇



その日の夜、熾輝は机の上にズラリと並べられた物体を見て溜息を付いていた。


長方形の形をしたそれは、ちょうど煙草の箱位の大きさで、黒いフィルムに小さなレンズが取り付けられている。


いわゆる小型の隠しカメラと呼ばれる機材だ。


「また、随分な量だね。」

「はい。熾輝様の言われた通り、女子更衣室やトイレをくまなく調べたところ、これだけの隠しカメラを発見しました。」


険しい顔をした双刃は、眉間にシワを寄せて机の上に置かれたカメラを睨みつけていた。


事の発端は早朝、熾輝が日直のため登校したとき教室内の天井に不自然に設置されていた火災報知器に気が付き、調べてみたところ、小型の隠しカメラを発見したところから始まる。


「しかし、よく教室内にこのような物があると気が付きましたね。」

「まぁ、教室内に火災報知器が二つも設置されているのは明らかに不自然だったからね。」

「ですが、人間の死角となる頭上に意識を向けなければ、中々気付けるようなものではありません。ましてや、普段見ない天上に意識を向けた者が居たとしても、報知器の数など誰も気にすることは無いでしょう。流石熾輝様です。」


双刃の賛辞に対し、思わず苦笑して答える熾輝ではあったが、目下、目の前にズラリと置かれている精密機器をどのように処理するかを考えていた。


当初、自分を狙う刺客が設置したものかと思い、双刃に校内を隈なく調べさせたところ、主に女子更衣室や女子トイレなどの乙女が利用する室内にこれらの機器が設置されていたことから、どうやらただの変態の仕業らしいと思い至った。


「カメラは全て双刃が回収してくれたから問題ないと思うけど、いったい犯人はどうやってカメラを仕掛けたんだ?」

「それは、深夜の学校に忍び込んだのではないでしょうか?」

「そうなんだろうけど、ウチの学校は警備員が常時配備されているから侵入するにしろ、難しいはずなんだ。」


熾輝は以前に修行の一環として深夜の学校へ忍び込んだことがある。もっとも、何かを盗もうだとかそういった邪な理由ではなく、警備体制が敷かれている場所にいかにして悟られることなく侵入するかという名目の修行だ。


他人が聞いたら、「マジで何やってるの?」「忍者の真似事?」と言われかねないが中国で白影から手解きを受けていた際によく行っていた修行の一つであり、熾輝からしてみれば、かなり真面目に修行を行っていたと言える。


そのときの感想としては、たかが小学校の警備状況にしては、かなり厳重なものだったと記憶しており、何の訓練も受けていない変態程度が果たしてあの警備網を容易く突破し、尚且つカメラの設置作業などできるものだろうかという疑問が熾輝の中で浮かんでいた。


「まぁ、何にせよ、一度に全てのカメラを回収された犯人がこれで諦めてくれればそれで良し。次に余計な事をしてくるようであれば、排除も検討するとしようか。」

「私的には、女の敵は即刻排除して、二度と日の目を見る事が出来ないようにしたいところですが、熾輝様がそうおっしゃるならば従います。」


熾輝の方針に些か不服といった双刃であったが、主に余計な仕事をさせてもいけないと判断したのか、大人しく引き下がる事とした。実際、熾輝としては自分に実害がなければ、その他はどうでもいいというのが本心であったが、それは敢えて言わずにその日、彼の一日が終了した。


◇  ◇  ◇


同日、街のとある建物の一室に複数の者達が円卓を囲って集会を開いていた。


集まっていた者達は、スーツ姿のサラリーマンだったり、ラフな私服の学生や中には主婦の様な女性と、年齢も性別も様々な面々が一同に会していた。


「それでは、各自報告を」


集まった者の中で中年層と思しき男性が、円卓に肘を付き、顔の前で手を組んだ姿勢のまま、メンバーに状況の確認を行う。


「先ずは、私から報告します。」


先に声を上げたのは、主婦風の30代くらいの女性だった。


天使エンジェルは、本日1600(ヒトロクマルマル)にホームへ向かわずSTに直行、その後、取り巻きの中に感の鋭い少年がおり、護衛は断念。以降は万民のサクリファイスゆだねる事にしました。」

「ほう、まさかアンドロメダの尾行を見破る者がいるとは、にわかには信じられん。」


アンドロメダと呼ばれた女性は、「不覚!」と言いたげに悔しがっており、彼女の尾行が失敗したことに、集まった誰もが「馬鹿な、彼女の尾行スキルは、我々の中で一番のはず!」「まさか、外部から雇ったボディーガードか⁉」「だが、相手は子供だろ?」等といった様子で意見が飛び交う。


「落ち着け。…アンドロメダよ、尾行を完全に見破られた訳ではないのだろ?」

「はい。気付かれる前には離脱したため、完全に悟られた訳ではありません。」

「ならば良い。むしろ、そういった感の鋭い者が天使エンジェルの傍に居る事を行幸と考えよう。」


男の考えに皆が賛同を示すかのように、一様に頷き返す。そしてアンドロメダの報告が終わると新たに報告する者が手を挙げ、発言権を求め始める。


「リーダー、宜しいでしょうか?」

「うむ、発言を許そう…が、リーダーでは無くマスターゼロと呼ぶように。」

「失礼しましたマスターゼロ、では、報告します。以前から我々がマークしていた男、土橋淳どばしじゅんの行動記録についてですが、同志『電脳ポリス』のサイバー攻撃のおかげで、天使のプライベート写真がネットに流出するという事は無くなりました。」

「おお!流石は電脳ポリス殿だな、頼もしい限りだ。ところで、彼は今日も出席していないのか?」

「はい。残念ながら仕事が忙しいとのことで、この際、顔の判らない謎のハッカーというキャラを通してもいいかと本人からメールがありました。」


集まった者達からクスクスと笑いが込み上げられ、中にはツボに入ってしまったのか、肩を震わせながら俯き、笑いを隠そうとしている者までいた。


「まぁ、強制参加じゃないから良いだろう。」

「ありがとうございます。本人には後でメールをしたためておきます。」

「因みに、彼はどのような方法で奴の行動を抑制したのだ?」

「……報告書によれば、メールを送り付けたらしいですね。」


「メール?」「え?ただ送っただけ?」そんな疑問がメンバー全員から質問されたが、報告を行っていた男は、なんとも言いづらそうにしており、後頭部をポリポリと掻き揚げていた。


「え~、電脳ポリスが奴に送り付けたメールの本文をそのまま読み上げます。」


男が読み上げた報告書には以下のとおり記されていた。


『拝啓、土橋淳様

この度、貴殿がネットに流出させた某子役のプライベート写真を拝見いたしました。私達は、その画像を見た瞬間からお前に対し例えようのない憎悪が湧き上がった次第であります。もうお気付きかもしれませんが、貴様の住所、氏名、生年月日、家族構成、その他諸々は既に把握しているので、夜道には気を付けてください。

しかしながら我々は、貴様のような汚物に対し物理的な報復をしたところで、事件として告訴されるのは、まっぴらごめんなので、直接的な危害は加えません。

君に良心というものがあるのならば、今すぐハードディスク内のデータを完全に消去しなさい。また、社会通念上、犯罪に触れるもしくは非常識と思われる行為を続けるのであれば、その都度ペナルティーを架します。(具体的には社会から抹殺するレベルですw)

貴殿の賢明な判断を期待します。by電脳ポリス』


「―――以上が奴に送り付けた一通目のメールです。」


何とも統一性のない文章ではあるが、プロの分析官の目を欺くためのものだろうと思い至り、リーダーの背中がブルリと震え上がった。


「……なんというか、土橋淳を知る私から言わせると、この程度の警告で奴が引き下がるとは到底思えないのだが?」

「はい。実は我々の警告に対し、奴は『上等だ!やれるものならやってみろ!バーカ!』という文面を送り返してきました。」


「やっぱりか!」「ふざけんな!あの野郎!」「やはり実力行使が必要?」等というメンバーの憤怒が会場中を支配する中、いたって平常な男は、一つ咳をすると、報告書の続きを読み上げる。


「この返しは予想していましたので、早速、電脳ポリスはペナルティーを発動させました。」

「あまり聞きたくはないが、そのペナルティーとは?」

「はい。報告書では次のように書かれています。」


その報告書の内容は、集まった者達の殆どが発狂する内容だった。


簡単にまとめると、まず土橋淳の預金残高がマイナスを指示さししめし、あらゆる闇金業者からヤの付く人が昼夜を問わず取り立てにやってきた。しかし、警告として行ったため、おおむね一週間でデータを復元し、元の生活が出来るようにしてやった。


最終通告として、電脳ポリスが送ったメールには


『次に舐めた真似をしてみろ、その瞬間から再び貴様の預金残高はマイナスを示し、ヤの付く連中がお前を狩りにやってくる。そして警視庁のデータベースには痴漢・強制猥褻・強姦・婦女暴行の常習犯として名前を記録される事になり、社会から抹殺してやる。お試し期間が必要なら、あと一ヶ月程は金を引き出せないようにし、家の周りには毎日警察官が張り込むことになるぞ。』


したためられていたらしい。


「電ポリさんマジでパネエっす!」「神っす!あんたは神っすか!?」等という発現をするメンバーであるが、その身体は震えあがり、天を仰ぎ見ながら別な意味でヒャッハーしている集団がそこにはいた。


「その後、奴は家から出る事なく、何かに怯える生活を――――」

「も、もういい。わかった。取りあえず奴は暫くおとなしくしていそうだな。」


報告の途中ではあったが、これ以上は精神衛生上よくないと判断したのか、マスターゼロは強制的に報告を中断させ、他のメンバーからの報告を随時聞く形となった。


「―――概ね報告も終わったか。さて、今週末には遂に我らの天使が歌手といて第一歩を踏み出す記念すべき日であるが、何が起きるか判らないのが世の常である。当日は常に3人一組で行動を共にし、会場の警備を怠らないように注意してくれ。」


「おう!やってやるぜ!」「遂にこの時が来たか!」「我等は歴史の目撃者となるっす!」皆が和気あいあいとする中で、気を引き締める意味で最後にマスターゼロが締めくくるべく立ち上がった。


「聞け!我々乃木坂可憐ファンクラブ、略してNKFは天使の笑顔を守るために結成された!近年、ファンクラブの枠組みを超え、もはや組織と呼べる程に急成長を遂げている!だからこそメンバー一人一人の採用にも細心の注意を払ってきたが、組織が大きくなるほど秩序が乱れてしまうことは、よくある話だ!しかし、無垢なる子供に向ける博愛の心は、国境を越えて世界の共通認識であると私は信じている!そして私は今一度諸君等に問いたい、天使の笑顔を守りたいか!」

「「「「ウィーアーザ ガーディアン‼」」」」

「子供が好きか⁉乃木坂可憐を愛しているか⁉」

「「「「YES!乃木坂可憐、フォーリンラブ!」」」」

「「「ヒャッハーーー!!!」」」」


こうして、乃木坂可憐を信仰する一大組織の集会が終了したのである。


集会のあと、皆がゾロゾロと部屋を出て行くなか、マスターゼロ改め久保島優くぼしますぐるは、部屋を出ようとする3人に声を掛けていた。


「いやー、ついつい熱が入り過ぎちゃって、驚かせちゃったかな?」


マスターゼロの仮面を外した男は、オールバックの髪を元の七三分けに戻し、にこやかに話しかけていた。


「いえ、こういう集まりに参加出来たのは、いい社会勉強になりました。久保島さんの演説も面白かったですよ。」

「これを社会勉強の教材にはして欲しくないんだけどね。」


優は、目の前の子供に「やめて!恥ずかしい!」と叫びたい衝動に駆られていたが、マスターゼロとしての立場あるため、そんなことは口が裂けても言えない。ゆえに彼の中で端の上塗りが何層も重ねられている状態なのだが、それを自覚している男は、帰宅後、毎回布団を被り、悶絶しているのは彼だけの秘密である。


「久保島さん、今日は兄と姉に無理を言って付いてきた僕をこころよく迎えてくれてありがとうございました。」

「いやいや、豪鬼氏と刹那氏にはいつもお世話になっているからね。二人の頼みを断る人は、誰も居ないよ。」


少年の両脇にたたずむ高校生くらいの兄妹、一人はガッチリした体格の男で、The巌いわおという言葉が似合う無口系男子。もう一人は、茶髪に染めた長い髪をポニーテールにし、一見チャラチャラした風貌は、Theギャルという言葉が似合うキレイ系女子、


そんな二人に視線を移す優は、二人に対してヘコヘコしており、30歳を迎えた大人にしては腰が低すぎると誰もが思うだろう。


しかし、マスターゼロの仮面ぺルソナによって、彼の抑圧された感情は爆発し、誰もが認めるカリスマ性を発揮するのだが、彼自身そのカリスマ性に気が付いていない。


「当日は、三人で会場に来るんだよね?僕たちの集会は事務所側が認めている公式ファンクラブと別物で、非公式クラブだから、うっかり漏らさないようにしてね。」

「はい。兄たちにも言われているので大丈夫です。それに友達も会場に来ますから、皆さんとは会っても知らない振りをします。」

「……よくできた弟さんですね。」


苦笑いする優は、三人を視界に収めると「本当に兄妹?」と思ってしまったが、考えている事を読まれているかのような、何やら意味深な笑みを浮かべている目の前の少年を見ていたら、詮索はマナー違反だと気持ちを切り替えて、その日は解散とした。

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