第六三話【神様の依頼Ⅹ】
突如、咲耶の背後に現れたその人物にその場に居た全員の視線が釘づけになる。
見た目は40代前後の大柄な男性だが、その口調はどうにも妙齢の老人を思わせるものがある。
その男こそ、熾輝の師匠であり聖仙と呼ばれている生きた伝説、佐良志奈円空その人である。
しかし、この場で、ただ一人だけ、驚愕の表情を浮かべたアリアが、険しい視線で男を見据えていた。
「ま、魔王佐良志奈。」
一般的に呼ばれている円空の通り名とは違い、アリアが口にしたのは、熾輝ですら聞いたことのない異名だったが、気絶していた熾輝には、そんなアリアの声が届くことはなかった。
円空は、僅かにアリアへと視線を向けると、薄く笑い、すぐさま熾輝へと向き直り、歩を進めて行った。
「………気がめちゃくちゃに乱れておるの。」
倒れている熾輝の元へやってきた円空は、すぐさま熾輝の状況を確認すると、掌を額へと押し当て、そのまま押し込むように力を入れる。
「グハッ!」
何が起きたのかは、その場に居る誰もが分からなかったが、突如、吐血と一緒に肺の中の酸素を勢いよく吐き出した熾輝の顔色が見る見るうちに赤色を帯び始めた。
そして、未だに気絶したままの熾輝を円空はひょいっと担ぎ上げる。すると
「待ちなさい!アンタ、熾輝をどうするつもり!?」
「……宝杖、久しいの。なに、心配はいらん。こやつは儂の弟子じゃから連れて帰る。ただそれだけじゃ。」
「弟子って…じゃあやっぱり熾輝が使っていたのは……」
「違う。あれは仙術とは程遠い。そして魔法にも劣る代物じゃ。」
「なら一体、」
「悪いが、今はお前さんと話をしている暇はない。」
アリアの言葉を問答無用で遮り、熾輝を担いだまま歩き出す。
「ま、まって下さい!」
円空を呼び止めたのは燕だった。
いきなりの円空の登場に、フリーズしたままの思考をどうにか引き戻した少女は、担がれたままピクリとも動かない熾輝に視線をむけ、心配そうな表情を浮かべている。
「……熾輝君は大丈夫なんですか?」
「心配せんでもいい。コヤツは儂の弟子じゃからな。しっかりと面倒をみさせてもらう。」
少女への気配りなのか、答えた円空の顔には不敵なまでの笑みが張り付いていた。
「それから神使共、早う無防備な状態の神を社に降ろさんかい。折角、儂の弟子が苦労したというのに、無下にしたらドツキ回すぞ。」
言われて気が付いたのか、コマ達は未だ空中に浮遊する発光体を保護すべく、わたわたと動き始めた。
神様といえども、霊的存在の彼等は形代に降ろしてこそ、存在を保っていられる。故に現在放置されていた発行体は丸裸の赤子のような状態であり、放っておけば、再びけがれるか、最悪消滅もありえる。
「たくっ、では儂は急ぐ故、明日にでも弟子に遭いに来ると良い。」
そう言った円空は、パンッと小気味よい音が境内に響き渡るように両手を打ち合わせると、刹那の内に姿を消していた。
「な、何が何だか訳が分からないよぉ。」
「ええ、私もです。」
「……。」
状況の変化に付いていけていない咲耶と可憐は、呆けた表情をしていたが、アリアだけは、円空の登場以降なにやら苦虫を噛み潰したような表情をずっと浮かべていた。
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間もなく日付が変わろうとしている深夜の時間帯、葵のマンションに帰ってきた熾輝は、ベッドの上に寝かされていた。
熾輝の帰りが遅い事に不安を抱えていた葵は、熾輝を担いだ円空が突如現れたことに驚きはしたものの、そういった経験は、山籠もりしていた約5年の間に何度も体験していたため、思っていた程動揺はしていなかったが、血だらけの熾輝の状態を見て、僅かに狼狽した。
だが、流石は凄腕の名医と呼ばれているためか、一瞬にして動揺を打ち払い、熾輝の診察を開始した。
診察を開始して、瞬時に熾輝の容体を看破した葵であったが、少年の身体を治療するための医療機器は、自宅には無く、病院で見るしか方法が無いと診断したものの、応急処置を施し、今はベッドに寝かせている状態である。
医者として、速やかに病院に搬送しなくてはならない状態であると、葵も分かっているが、何処か落ち着いた面持ちで、部屋の時計を確認していた。
「そろそろですね。」
時刻は午後11時59分を回り、時計の秒針がゆっくりと一回りし、日付が変わる午前零時を示した所で、それは起きた。
熾輝の身体から炎が立ち上り、その炎が裂けていた皮膚や木片によって穿たれていた腕の傷をたちまちに燃やしていく。
しかし、炎は部屋の家具どころか、熾輝の衣類ですら燃やそうとせず、負傷箇所のみを見事に焼き尽くしていった。
炎が治まる頃には、先程まで熾輝の身体に認められていた擦過傷や裂創は綺麗に無くなっており、完全に塞がっていた。
「…何度見ても、訳の分からない現象ですね。」
ポツリと呟く葵は、目の前の現象に対して違和感しか覚えていないのか、険しい表情をしている。
「それにしても法師」
「なんじゃ?」
「私たちには、今回の件で手を出すなと言っておいて、自分から手を出したんですか?」
気に入らないとばかりに、円空にジト目を向ける葵
「いや、だってほら、今回は儂も流石にヤバイと思ったんだもん。」
「思ったんだもんじゃありませんよ?」
ふふふ、と言いながら目が笑っていない葵に対し、円空は堪らず視線を逸らし、言い訳を始める。
「ま、待て!まさか小僧がこんなになるまで無茶をするとは思わなかったんだ!なにせ、神の浄化など明らかに小僧の分を超えた力の発動だった!」
「……なら法師は、どうするつもりだったのですか?」
「いや、ある程度まで見守って、小僧が何もしないならそれでも良かった。というよりも、何もしないと思っとったんじゃが、儂の予想に反して、小僧は行動を起こしよった。」
「…それで?」
「小僧は、自身が持つ力の全て、文字通り全身全霊の力で事に当たり、その結果……」
「その結果がこれですか?」
「そうじゃ。しかし、それでも嬉しい誤算と言えば、限界以上の力を引き出し、段階を超えおった。」
先程まで、葵に責められていた者とは思えない程に何処か嬉しそうな顔をしている円空を見ると、毒気を抜かれてしまったのか、溜息を一つした葵は、肩を落とさざるおえなかった。
「正直、私には仙術の会得がこの子のためになるとは今一つ思えませんが。」
「何を言っておる。確かに小僧の力は仙術には程遠いものがあるが、それでも損をすることなどありゃせんわい。」
「だったら法師―――」
いったん言葉を切った葵は、言いようのないプレッシャーを放って円空に顔を近づける。因みに表情は笑顔だが、やはり目が笑っていないのは御馴染みのパターンだ。
「修行を付けるにしても、弟子の命を危険に晒さないで下さい。ましてや段階を乗り越える時期を見定めて導くは指導者の役目と仰ったのはどこの誰でしたっけ?」
「スミマセン、私でございます。」
幾世幾年を生きる男、世間では伝説ともてはやされている聖仙様にも逆らえない存在が目の前に居た。
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熾輝が目を覚ましたのは、日が登り始めて直ぐのころだった。気が付いたら自分のベッドの上に寝かされており、昨晩負った傷が完全に回復していたことから、おそらく葵が治療をほどこしてくれたのだろうと結論付けた熾輝は、葵が起床したらお礼を言わねばなるまいと心に留め、自室を出た。
自室をでて何をするかと言うと、毎度の事ではあるが苦行、もとい修行だ。既にジャージに着替えており、あとは玄関に向かうだけのはずだったのだが、自室を出た直後、葵以外の気配に気が付き、玄関へと向けた足を止めていた。
―――リビングに誰かいるな。
すぐさま気配を殺し、忍び足でリビングにむかった熾輝は、壁際から部屋を覗き込む。
すると、聞きなれた声が少年に向けられてきた。
「10点じゃな。」
「法師!」
熾輝にしては珍しく驚いてしまい、ついつい声を張り上げてしまった。
「これこれ、葵がまだ寝ておるんじゃ、大きな声を出すでない。」
言われて、ハッとした熾輝は思わず手で口を押えて葵の寝室の方へと振り向く。…どうやら気配からして起こしてはいないようだと安心して再び円空へと向き直る。
「まだまだ気配に対する察知が甘いのお。気が付いてからも誰の気配かわかっていなかったじゃろ?」
「法師の偽装が上手すぎるんですよ。」
「馬鹿言え、ちゃんと手掛かりは残して偽装しておったわい。それに気付けぬお前が下手クソなんじゃ。」
「………。」
グウの根も出ない熾輝は、悔しそうに口元をへの字に曲げて円空から視線を逸らす。熾輝にしては珍しく、普通の子供の様に拗ねて見せる。
「どれ、怪我の具合は良いようじゃの?」
「…はい。流石先生です。一晩で完治…普段よりも調子がいい感じです。」
「そうか。なら久しぶりにいっちょ揉んでやるか。」
円空の言葉に先程まで不貞腐れていた表情が嘘のようにパッとなり、思わず苦笑いを漏らしながら、立ち上がった円空は、熾輝を連れて屋上へと向かった。
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「準備は出来たかの?」
円空の問い掛けに無言で頷く熾輝の表情は、いつになく真剣だ。
それもそのはず、聖仙と呼ばれる円空との修行はいつも命懸けなのだ。しかし、円空曰く死なない程度には手加減をしているらしく、その微妙な匙加減が難しいと以前漏らしていたのを聞いている。
だが、いくら相手が匙加減を調節しているからといって、こちら側も全力で挑まねば命を落とす可能性があるらしい。
らしいと言うのは、円空曰く「全力に合わせて加減しているから、少しでも小僧が気を緩めれば殺しちゃうかも。」と言っていたので、熾輝も己の持ちうる全ての力を総動員して挑まなければ五体満足でこの修行を終える事は出来ないだろう。
「では、かかってくるが良い。」
言った瞬間、熾輝は持てる全ての力を円空に叩きつけるべく飛び出していった。
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午前10時、咲耶とアリア、可憐、燕はとあるマンションへと赴いていた。マンションの出入り口に備え付けられているインターホンを鳴らせば、先日と同様の女性の声がインターホン越しに聞こえてくる。
挨拶を短くすると、快くロックを解除した葵は4人に上がってくるように促す。エレベーターで目的の階まで登った少女達は、迷うことなくクラスメイトの部屋までやってくると、再びインターホンを鳴らした。
扉が開かれ中から現れた女性、東雲葵は相も変わらず優しい笑顔で4人を迎え入れてくれた。
「あ、あの熾輝君は大丈夫ですか?」
ソワソワした様子の咲耶は、昨晩、神社で熾輝と別れたっきりになってしまい、かなり心配している事が目に見えてわかる。自分と同い年の友人が瀕死の状態に陥り、訳も分からないまま突然の乱入者の手によって連れて行かれたとなれば、心配しない方がおかしいと言えるだろう。
「心配してくれてありがとう。でも見た目ほど大した怪我じゃなかったから、今朝からマンションの屋上でトレーニングに励んでいるわ。」
「大した怪我じゃないって………見た目、凄く酷いように見えましたけど?」
「…あれ?熾輝君から聞いていない?私の本業ってお医者さんなのよ。今は普通の病院で臨時職員をやっているけど、普段はそっち関係の魔導医が本職なの、だから熾輝君の怪我もその力で感知させたわ。」
熾輝の怪我の完治については、葵が完治させた事にすると、前もって話し合われていたため、咲耶達に対しても決められた通りの受け答えをして躱す。
「私にも聞きたいことがあるわ。熾輝は……彼方たちは佐良志奈円空とはどういう関係なの?」
何かを警戒しているのか、アリアが円空の事について尋ねた。
「…法師は熾輝君の師匠よ。彼方たちという問いに対しては、同じ弟子を持つ者という方が分かりやすいかしら。」
「同じ弟子って、熾輝の師匠は彼方だけじゃなかったの?」
「ええ。熾輝君には私を含め5人の師匠がいるの。」
「5人って、…何でそんな出鱈目な状況に、普通は考えられない。」
「そうね、普通だと考えられないけれど、色々な出会いが重なり合った結果、こういう状況になったわ。それ以上の事は私の口からは安易に語る事は出来ないけどね。」
語ることは出来ないと言った葵の言葉は、予防線なのか、それとも本人から直接聞けという言い回しなのかは、咲耶には分からなかった。
「ま、まぁいいわ。でも魔王……佐良志奈円空は普通の人間じゃないのは、彼方も知っているんでしょ?」
「知っているわ。法師については、世界中の昔話とかにも語り継がれている程だもの。」
「じゃあ、魔王としての佐良志奈の顔も知っている?」
「…ええ、知っているわ。」
魔王佐良志奈。数世紀もの昔、彼が愛した者の復讐のため、多くの者の命を奪った末に付けられた忌み名だ。
「アイツは危険よ。私もローリーと何度か戦った事があるけど、アイツの力は人間の力を遥に凌駕している。その力がいつ人類に向くか分からない。」
「アリアさん、…彼方が生きた時代の事は実際に経験してない私には分からないけど、少なくとも今の法師は、そんな事はしないわ。」
「っ!あなた、熾輝の師匠なんでしょ!?弟子がそんな化け物の下に居るっていうのに、心配じゃないの!」
「…熾輝君の事は、いつだって心配しているわ。」
「だったら、――」
「でもね、熾輝君にとって法師は親同然の人なのよ。あの子は一度、両親を失っているの。そんなあの子から、また親を奪うの?」
「それは…」
葵の真剣な表情にアリアは思わず押し黙ってしまう。そんなアリアの様子を見て、肩を落として葵は再び語り掛ける。
「この話は、ここでお終いにしましょう?彼方が知っている佐良志奈円空がどんな人物だったかは、同じ時代を生きた彼方でないと、分からないでしょうけど、今を生きる佐良志奈円空を知っている私の事も信じて欲しいの。」
納得はしていないものの、アリアは、そのまま黙り込んでしまった。横からその様子を見ていた咲耶達には事情が呑み込めず、心配そうにアリアを見つめている事しか出来なかった。
それから、さほど時間を置かず、熾輝が自宅に帰って来ると、咲耶達が訪ねてきていたことに目を丸くしたが、昨晩の一件について話があるのだという考えに至った。
アリアだけは、何処か警戒をしていた様だったが、修行を終えた円空が、そのまま何処かへ行ってしまった事を伝えると、溜息を付き、何処か安心しているようにも視えた。
「―――という訳で、お礼がしたいの。一緒に神社へ来てくれる?」
そんな燕の、もとい、神様からの御礼を受けるため、熾輝達は再び神社へとやってきた。
「此度の一件、誠に大儀であった。」
「……。」
熾輝の前には、今回、汚れによって消滅する寸前だったハズの神、真白様が鎮座していた。
その容姿は、熾輝達とさほど変わらぬ年齢を思わせる一人の幼女だった。
熾輝がイメージしていた神様の姿とは、余りに違い過ぎていたことから、思わず言葉を失っていた。が、しかし
「ん?どうした。もしや、童の美しさに見とれて言葉も出ぬか?」
「…神様って、もっと威厳のある存在かと思っていました。」
「なぬっ!?」
目の前の幼女、もとい、神様からは、子供特有の雰囲気を感じ取れるが、威厳何て物をまるで感じない。
「ち、違うの熾輝君、真白様は本来もっと大人びた姿のハズなんだけど、どうしてか、子供の姿になっちゃったの。」
「そ、そうなのじゃ!童は、本当はもっと美しいナイスバディーでイケイケな感じだったのじゃ!だが、此度の汚れに力の大半を使ってしまって、この姿になってしまったのじゃ!」
「力を使って子供の姿になるとか、意味が判りません。」
「なッ!?…えっと、その」
熾輝の切り返しに対し、上手く説明が出来ないのか、真白はキョロキョロとコマ達神使に助けを求めている。
「少年、つまり真白様は、この姿でいた方が低燃費でいらっしゃるのだ。元の姿に戻るにしても力を蓄える必要がある故、この姿で顕現していらっしゃる。」
「その通り!時間は掛かるが、近いうちに童の真の姿を披露してやろう!」
「それは、別にどうでもいいです。」
「……コマよ、この人の子は、本当に昨日童を汚れから救ってくれた者で間違いないのか?なんか、愛想の一欠けらも感じないのじゃが?」
「真白様、この少年は最初からこんな感じです。それよりも早く用事を済ませてください。その姿で顕現するにしても長くは持たないのでしょう?」
コマの促しに「そうだった、忘れとった!」などと言っている辺り、神様という存在は、余程いい加減なのでは?と思う熾輝であった。
真白は一つ咳払いをすると熾輝達に向かい御礼を述べ始めた。
「先も申した通り、本当に助かった。此度の礼をしたいと思うのじゃが、それぞれ願いを申してみよ。」
「ね、願いですか?」
「うむ、我は曲がりなりにも神じゃ、民の願いを叶えることなど造作もない。」
「おおっ!神様すごい!」と目をキラキラさせているのは咲耶ただ一人で、他の面々は、何処か疑わしそうな目で真白を見つめていた。
「どれ、小娘……咲耶と言ったな。お主の望みを言ってみるがいい。」
願いをかなえてやると言われたは良いものの、何を願ったらいいのか迷う咲耶は、僅かな間考え込み、何かを思いついたのか、真白へと顔を向けなおす。
「だったら、ローリーさんの魔導書を全部この本に戻して下さい。」
「ほほぅ。此度、童を苦しめた大元の魔導書か。」
「は、はい。」
「…本当にそれでいいのか?」
「え?」
「それは、相棒の願いであって、お主の願いは別にあるのではないか?」
「…ありません。今、私にとって一番の願いは、大切な人の大切な願いが叶う事だから。」
「いや、でも他にもあるじゃろ?好きな男に好かれたいとか、お金持ちになりたいとか、もっと違う――」
「ありませんけど?」
どうにも話が進まず、咲耶が小首を傾げていると、横に居たコマから説明がなされる。
「すまない。真白様は、なんでも願いを叶えてやるなどと大見えを切ったはいいものの、今の主にはそのような力はほとんど残されていないのだ。」
コマの一言に静寂が訪れ、皆が一様に真白へ可哀想な子を視る目を向けていた。
「だ、だって、しょうがないじゃん!一応神様らしい事言って、神様らしい事して皆から尊敬されたかったんだもん!」
「「ええっ!?」」
皆からの視線に耐えられなかった真白は、子供の様に泣き始め、咲耶とアリアは驚き半分、ガッカリ半分で答えに困っている。
「まぁ、神様だからって何でも出来る訳じゃないし、最初から期待はしていなかったよ。」
泣きじゃくる神様を前に、至って冷静に言葉を放つが、その言葉が余計に幼児退行した真白の心を抉る。
「ふざけんなばっきゃろー!童だって本来の力を取り戻せれば、それなりに出来る事があるんだ!だいたい、神の力を超える願いを叶えることが出来ないのは、ドラ○ンボール見てれば判るだろ!空気読んで願い事言えよ!」
「「逆切れ!?」」
そこには、神様の威厳何て明後日の方向へ投げ捨てた可哀想な幼女が居るだけだった。
「ツバメ~、助けてたもうぅ。アイツらが童を虐めるのじゃー。」
半泣きの幼女が燕に泣きついている。そんな幼女の頭を優しくなでなでする燕。
「大丈夫ですよぉ、真白様は、ちゃんと神様出来ていますから。」
「う、ぐす。……ほんとうに?」
「もちろんです!」
もはやどちらが保護者なのか判らないが、燕の献身的なまでのなでなでによって、幼女は立ち直ったのか、再び咲耶達に向き直った。
「えっと、ごめんなさい真白様。もう無理は言いません。」
「…判ればいいのじゃ。そもそも、あのとき邪魔さえ入らなければ童が妖魔如きに遅れを取る事など無かったのじゃ。」
「邪魔?」
真白の言い訳の中に、聞き捨てならない言葉が混じっていたため、詳しく話を聞く必要があると判断した熾輝は、真白に問いかけた。
「そうじゃ、童があと一歩で妖魔を滅する事が出来ると思った瞬間、何者かが奇襲を仕掛けてきよった。」
「一体誰が?」
「判らん。…じゃが、そやつも魔導書を狙っている事は間違いない。童が闘って手負いとなった妖魔の魔導書を奪おうとしたため、コヤツに渡せば後々、良くない事になると思い、瀕死の童は魔導書をそやつから護って、神社に逃げ込んだのじゃが・・・そこから先はお主らが知っての通りじゃ。」
真白の告白に一同が重い表情をした。
「とにかくじゃ、今後も魔導書の収拾を行うのであれば、何れそやつともまみえる事になるじゃろう。用心だけはしておくといい。」
結局、この日、御礼をすると言っていた真白からは、予想もしていない形で他に魔導書を狙っている人物について聞かされた。
ちなみに咲耶への礼については、霊視が出来る目を真白から貰い、熾輝は特に望みが無かったため、「その内、童から何かプレゼントをするから楽しみにしているがいいぞ」と言われて解散となった。
「しかし、僕たちの他に魔導書を狙っている者が居たのは予想外だった。」
「真白様が言っていたとおり、何処かで会ったときに闘う事になっちゃうのかな?」
「おそらくそうなるだろうね。」
咲耶の問いに対し肯定を示す熾輝の答えに咲耶が不安の表情を浮かべ、俯いてしまう。
「でも、熾輝君のときみたいにお話合いで解決することも出来るんじゃ――」
「難しいと思う。前にもアリアが言っていたように、基本、魔術師っていうのは、力を求める傾向があるから。僕のような異例を除けば、相手は魔導書本体を欲しがっている可能性の方が高い。」
「それは、そうかもだけど…」
熾輝の言葉に気落ちしてしまう咲耶は、争い事を好まないタイプなのだろう。
だから、いざという時に動揺して思うように動くことができない。
そういった、咲耶の性格をここ数日の間で理解した熾輝は、今後の咲耶の性格を考えたうえで少しずつ彼女の意識を変えていく修行をしていかなければならないと思った。
「まぁ、とりあえずは、今後、魔導書を狙ってくる者が現れた際、対応できるように、今は自分の出来る事を少しずつ増やして力を付けていけばいいよ。」
「・・・そうだね。」
まだ見ぬ相手に不安の影が心に差し込む咲耶、そんな少女を一瞥した熾輝は帰路につく最中、葵の言葉を思い出す。
護ってほしい―――それは、どういう意味で言った言葉なのか判らないが、まずは自分に出来る事をやっていこうと決めたのだった。
 




