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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第六二話【神様の依頼Ⅸ】

熾輝の一言は、この場にいる全員を驚かせた。


この場に居る誰もが少年と過ごした時間は、決して長くはない者達ばかりだ。


だから全員が八神熾輝という人物を良く知らない。


しかし、彼という男に対する全員が共有する人物像は、冷徹な男、それが一番にしっくりとくる表現だろう。いつも何処か冷めた目で状況を見渡し、必要な物と不必要なものをいとも容易たやすく選別する。


先日の河川敷での一件にしたって、そうだ。相手が女の子であっても躊躇ちゅうちょすることなくその力を振るい、組み伏せてみせた。


この中で学校を含めて一番熾輝と長い時間を過ごした咲耶ですら熾輝の事を何処か近寄りがたい冷たい人だと思っていた。


だが今、彼女の目の前にいる少年は、日ごろ自分が知っている八神熾輝とは、まるで別人のように思えてならなかった。


普段の彼ならあのような優しい言葉なんて絶対に掛けないのだから。


今も泣き崩れている燕に声を掛けている熾輝は、一度少女を立たせて可憐に彼女を任せると、御神木に向き直った。


「少年すまない。一時いっときとはいえ、お嬢を安心させるために言ってくれた言葉なのだろうが、もうどうにもならない事は、きっとお嬢もわかっているはずだ。」


コマは、熾輝が燕を気遣って、あのような言葉を掛けてくれたと思っていた。しかし、当の熾輝は何やら真剣に御神木を見つめていた。


「………僕にも大切な人がいました。」


何を思ったのか、熾輝はおもむろにそんな事を口にした。


「その人は、目の前に迫る理不尽から僕を救って、ずっと育ててくれた。」


魔界で出会った女の子一人すら護れずに、ただ無力に殺される瞬間を待っていた少年は、あのときの男の背中をハッキリと見た。


それは強くて大きな背中、少年が追い求めている男の姿。


「理不尽が日常だった僕にはわかる。こんな事で大切な人が居なくなる事が、どれだけ辛いのかって事ぐらい………僕にだってわかるつもりです。」


あの夜、男は少年の目の前から居なくなってしまった。その時、少年は初めて言いようのない感情に胸が押しつぶされそうになったのを今でも覚えている。


「だから、僕はあの人の弟子を名乗る以上は、理不尽のせいで目の前で泣いている女の子くらい、守れなければならないんだ。」


瞬間、熾輝の体内に大気に存在する超自然エネルギー(モナ)が流入し始めた。


―――――っ⁉これは、まさか仙術?


おそらく目の前で起きている現象を正確に把握出来ているのは、神社の神使である彼等だけだろう。


コマと右京、左京が驚愕に目を丸くしている中で、熾輝は淀みなく呪符を取り出すと、空中に投げ入れた。


「万象の理、我は義をもって此れに抗う者也」


熾輝の詠唱に呼応した呪符が御神木を中心に、五芒星を描く位置に配置される。


「五行の理をもって、霊脈を絶つ!」


「何⁉」


熾輝の詠唱に呼応した呪符から淡い光が発せられると、地面から五芒星の光が浮かび上がる。


「ちょっと、正気⁉霊脈を絶ったら、御神木に気が送られなくなるのよ⁉」


「分かっています。だけどこのまま霊脈から気を吸い上げ続ける限り、邪気も一緒に取り込むことになる。」


「それは、そうだけど………」


熾輝の行動の意味を理解できないのは、アリアだけでは無く、一緒にいるコマも同様なのか、どこか不安そうな顔色を浮かべている。


そして、そんな熾輝の行動を後ろで見守っている三人の少女の内の一人、燕だけは、目を逸らさずに少年の背中を見続けていた。


そんな彼女の視線に気が付いているが、決して振り向くことはない少年は、次の行動に移る。


すいなる気は、木気もくきを生ず。土気どき、水気を囲い、木気をはぐくめ!」


次々と印を結ぶ熾輝に呼応し、水・木・土の気が循環を始める。


次第に御神木に僅かながら生気が戻り始める。だが、


―――――――術の循環は素晴らしいの一言に尽きる。しかし、それにしたって、術の威力が弱過ぎる。


そう、コマが感じているとおり、熾輝が発動している術の出力が足りず、一定量の生気を回復させても、真白様と神木を汚染する汚れがそれを押し返し始めている。


「それでも、僅かに汚れが浄化されているのは事実か。」


生気と汚れがせめぎ合っている中、勢いは汚れの方が勝ってはいるものの、確実に汚れが払われていっている。


しかし、そこへ希望を打ち消さんとする魔の手が迫る。


「熾輝様!新手です!」


虚空から現れた双刃が神社に迫る気配を察知した。


「そうか!龍脈を絶ったことで、神社に張られていた聖域が無効化されたのか!」


神社に迫る悪霊の気配に遅れながら気が付いたコマや右京左京も慌てて戦闘態勢に入る。


「………我、聖域を閉ざす……」


熾輝の言葉に反応し、境内をすっぽりと覆うドーム状の結界が瞬く間に形成されていく。


「す、凄い。別の魔術を使いながら、こんなに大きな結界をあっという間に張っちゃうなんて。」


魔術に身を置く咲耶には、目の前の状況がいかにすごい事なのかが理解出来る。


通常、魔術師は魔術を発動させるために複雑な魔法式を構築するものである。だからこそ、一度に複数の魔術を発動させることがどれ程の難易度なのかが咲耶にも理解できる。


―――――魔術?これが魔術ですって?……違う、これは魔術とは異なる別の何かよ。


状況の変化に驚く咲耶の横で、アリアは熾輝の行使する術が魔術とは違う何かだと言う事を見破っていた。


しかし、今はそれを追求することはしない。


なぜなら、目の前には酷く披露した少年の姿がはっきりと映っているのだから。


体中から汗が噴き出て、肉体と精神が一気に疲弊していく。


だが、それでも熾輝は術を止める事はせずに、なおも行使しつづけ、新たな術を発動させる。


木気もくき火気かきを生ず。」


新たに発動させた術により御神木から火の手が上がり、次第に神木を炎が包み込む。


『火を放った!コマ様、あの少年は何を!?』


『まさかこの期に及んで乱心したのか!?』


御神木を包み込む炎が樹木を灰へと変えていく。


そんな事をすれば当然、真白様が宿ったまま御神木が死に絶えることは誰が見てもわかるが、コマは動こうとはしなかった。


「落ち着け、少年にはきっと何か考えがあるのだ。」


『考え?何故そんな事が言えるのです!?』


『そうですぞ!今日あったばかりの人間の子など、信用できるハズがない!』


燃え盛る炎は今も真白様を宿す御神木を焼いている。このまま火の勢いが大きくなれば、消化すら難しくなると判断した右京左京は堪らず駆けだそうとした。だが、


「真白様が選んだわらしだ!主を信じろ!」


『『っ‼』』


コマの一括で、辛うじて制止した二人であったが、止めた当の本人ですら、不安な表情を浮かべている。


きっと彼の中で、止めたいという気持ちと熾輝を信じるという気持ちが今もせめぎ合っているのだろう。


そんな神使たちのやり取りは完全に熾輝の耳には届かず、ひたすら目の前の事に集中を続けていた。


「見て!邪気が!」


御神木を汚していた邪気が炎によって一気に浄化され始めたのである。


古来から炎には汚れを払う力があるとされており、その威力は自然界最強の力とされているため、御神木を汚染していた汚れを払う勢いが増したのだ。


しかし、


「熾輝君!」


咲耶の声が響き渡り、御神木に目を奪われていた者達の視線が少年に注がれる。


精神と肉体に限界が来たのか、熾輝はガックリと片膝を付いてしまっていた。


―――――っ!まだだ、まだ倒れる訳にはいかない!


歯を食いしばり、悲鳴を上げる足に力を注ぐ。


―――――気の循環は上手くいっている。あとは!


熾輝は、力を右手に集中させ、残った力を振り絞り、その場から駆けだすと、そのまま燃え盛る御神木へ右腕を突き刺した。


貫手ぬきて】指を伸ばして指先で垂直に突くことによって、貫通力を特化させた技。通常、対人戦において相手の急所へ向けて用いられる技を熾輝は硬質な樹木に使用した。


いくら過酷な修行を行っている熾輝でも硬い樹木に対して生身で貫手を使用していれば右手は使い物にならなくなる。しかし、身体に纏う力を一箇所に集中させた事により、破壊的な威力を得たその技は、硬い樹木を貫通させるには十分な威力が込められていた。


そして、


「掴んだ!」


御神木を燃やす炎は、同時に熾輝の身体を焼く、御神木へ突き刺したその手が、あるものを掴み取り、それを一気に引き抜く。


「咲耶!アリア!頼む!」


引き抜いた手の勢いをそのままに空中へ投げ込んだそこには、蠢く文字と淡い光を放つ物体が宙を飛来していた。


「術式⁉アリア!」


「わかってる!決めるよ、咲耶!」


瞬時に杖へと形態を変えたアリアが咲耶の手の中へと納まると、咲耶は膨大な魔力を杖へと注ぎ込み黄金の光を術式へと放った。


露出した術式は、一瞬で封印され、咲耶が持つ魔導書へ新たに書き加えられた。


だが、


「真白様!」


燕の声が響き渡ると同時に御神木から外へと放たれ、魔導書から引き剥がされた真白様に変化が起きる。


青白く発光する光の汚れは未だに払いきれずに、徐々に体積を増し続けている。


このままだと数刻をまたずして真白という名の神は完全に消滅してしまうだろう。


「熾輝様!」


双刃の声に誘われるように真白様へと向いていた視線が、少年へと注がれる。


既に満身創痍の熾輝は、四つん這いの状態で息を荒くしていた。


よく見ると、御神木へ突き刺した腕には木片が幾つも突き刺さり、少なくない流血が地面を濡らし、体調が悪いのか青くなった顔で必死に神の方へと視線を向けている。


身体は小刻みに震え、それだけで少年の身体の異常が手に取るようにわかる。


誰が見てもこれ以上、熾輝は何も出来ないだろうと思った。


しかし、


「五行の……理をもって……内なる邪気を、払わん」


熾輝は再び、モナを体内に取り込むと最後の詠唱を開始した。


限界を迎えたハズの肉体と精神に過度な負荷を加えた事により、身体の内部では毛細血管が幾つも破け、皮膚がビリッと嫌な音をたてて破ける。


身体の至る所で破れた皮膚からは、血液が溢れ、衣服をじっとりと濡らし始める。


「熾輝君!」


「少年、もうよい!それ以上やれば死んでしまうぞ!」


周りの制止の声を無視して、熾輝は真白様と思われる発光体の汚れを払うため、術式を強制発動させた。


もういつ意識を失ってもおかしくない状況において、熾輝は決して目を逸らす事はせず、半ば睨みつけるような表情をうかべている。


おそらく熾輝自身、今までにこれ程の命の危険を伴う様な術式の行使はしたことが無いだろう。だが、それ程の危険を冒してもなお、汚れは払われることはなかった。


―――――っ!出力が足りない。今の僕の力では駄目なのか⁉


熾輝の仙術では、術式を発動させてもその威力が明らかに弱すぎるのか、汚れの遅延程度がせいぜい関の山であり、むしろここまで出来た事が奇跡に近い。


龍脈を絶ち、御神木の生命力を一定量回復させ、神社に新たなる結界を張った事により聖域を造り上げ、神と御神木を引き離してからの術式の封印と、どれもあきらかに熾輝のスペックを超えた事柄ばかりだ。


そして極めつけは神の浄化だが、これまで限界ギリギリで行ってきた付けがついに回ってきたのか、意識を失う寸前のところまで来ていた。


熾輝自身、今まさに意識を失うだろうと思った時、それは唐突に起こった。


―――――この感覚は………


熾輝が視る世界がクリアになり、物の動きがスローモーションになる。周りに視線を向けると、何やら慌てた様子で叫んでいる咲耶達の様子が覗え、木々に生える葉の一枚一枚を容易に数える事が出来る程の集中力。


身体は限界を迎えているハズなのに、不思議と不快感はなく、むしろ気分は良いとさえ感じてしまう。


―――――あぁ、この感覚、久しぶりだなぁ。


幼き日より、過酷な修行を行ってきた熾輝には、今回のような経験が何度かある。


この様な感覚にみまわれたとき、いつもなら絶対に出来ないことが不思議と簡単に出来たりする。


この感覚に陥るときは、決まって死ぬ寸前まで追い詰められた時だということを熾輝は理解していた。


―――――今なら、息をするように自然に出来る。


高速並列演算技ダブルコンパイル!』

高速並列演算技ダブルコンパイル】相手の攻撃を圧倒的な速度で分析し、最適化した術式を構築発動させることで防御しつつ、次の次の更なる攻撃を予測し、並列分析変換パラレルデベロップ並列構築パラレルコンパイル多重並列実行パラレルループを同時に行う技である。


瞬間、スローモーションとなった世界で熾輝が構築した術式が光となって発動した。


組み上げた術式は、神を犯していた汚れを払うための物と神を守るための術式。

そして、御神木の汚れを払うための物と汚れを収仏後、熾輝が放った炎を鎮火させるための術式。


言葉でいうには簡単だが、その過程で幾重にも組み上げられた術式がコンマ数秒で発動されていく。


術の出力もこれまでとは比較にならない程の威力となっており、熾輝以外の者達にとって事は、一瞬で完了し、彼等には何かが弾けたという印象しかもてなかったであろう。


そして一瞬の光が煌めいた現場では、完全に汚れを払られた御神木と真白様らしき発行体が宙に浮いていた。


「まさか、こんなことが………」


「今のは一体」


一瞬の事で何が起きたのか理解できないコマとアリアは、驚愕に目を丸くしている。


つい一瞬前まで明らかに劣勢だった熾輝の術が、瞬きをした瞬間とでもいうべきか、刹那の間に汚れを完全に打ち払い、尚且つ炎に包み込まれていた御神木すら鎮火させていた。


そんな在り得ない状況に驚愕する一方で、ドサリと何かが崩れ落ちる音が響き渡る。


嫌な予感がした。


咲耶達は、先程の光景を見ていた。明らかに限界を超えた術を発動させていた少年は、その負荷に耐えられず、身体中から出血していた。


「熾輝君!」


「熾輝様!」


「あの崩れ方、ヤバイわよ。」


一番最初に駆け寄ってきた燕が、うつ伏せに倒れている熾輝の身体を恐る恐る触ってみると、ジットリとした血が手に付き、身体からは体温が奪われていっているのが、ハッキリとわかる。


「熾輝君、ごめん。ごめんなさい。私があんなことを言ったから。」


嗚咽交じりに絞り出す少女の悔恨の言葉が少年に投げかけられるが、意識を完全に失っている熾輝には、その声は届かない。


いつものように意識を失っているだけならまだいいだろう。しかし、今の熾輝の状態は、いつもとはわけが違う。このまま放置すれば確実に死んでしまう瀬戸際まできているのだ。


「コマさん、お願い!熾輝君を『無理だ。』」


燕が言おうとしていた事が分かっていたのか、コマの否定の言葉が少女の声を遮る。


「なんで!?」


「我々の力は、霊的な存在に干渉できても、今を生きる人間の生死に干渉する事が出来ないんだ。」


「そんな!だって、右京と左京の攻撃は熾輝君に当たっていたじゃない!」


「確かに。しかし、それは形代に降りた状態で、物理的に干渉したに過ぎない。それに我々の力で死に至ることは絶対にあり得ないのだ。そしてその逆も同じだ。」


「じゃ、じゃあ!咲耶ちゃん!魔法で熾輝君を助けて!」


コマや右京、左京のような神使に無理でもローリーの書という規格外の魔導書を有する咲耶になら可能なはずだと期待する燕の視線を、しかし咲耶は受け止める事が出来なかった。


「ごめんなさい。今ある術式に傷を癒すものは無いの。」


咲耶の言葉が無情にも響き渡り、その場にいた全員が途方にくれていたその時。


「皆さま、周りに注意して下さい。」


熾輝の応急処置を行っていた双刃の声が、静止した時間の針を動かした。


言われるがままに周りを見て見ると先程、熾輝が張った結界が消滅し、集まっていた悪霊達が神社に入り込んできていた。


「っ、こんな時にタイミングの悪い!」


「右京はお嬢と可憐殿を、左京は少年を護れ!この状態で悪霊に触れれば確実に死ぬぞ!」


「な、何!?何が起きているの!?」


彼等は決して油断していた訳ではなかった。騒然となった現場で、悪霊の対応に備えていた神使とアリアの横で、霊を見る事ができない咲耶だけが、一人孤立してしまっていた。


先程までの位相空間では、悪霊を視認出来ていたという経験が、咲耶は霊視能力を持っていないという事実の認識を遅らせてしまったのである。


「咲耶!こっちに向かって走って!」


「え?」


呼びかけた時には既に遅かった。咲耶の背後に迫っていた悪霊は、今にも少女を飲み込もうとしている。しかも、運の悪い事に、襲い来る悪霊の中には中級のものも混じっており、その悪霊の毒牙が咲耶の柔肌に触れようとしていた。


その時、声が響き渡った。


『滅っ‼』


それは一瞬の出来事、いや、刹那の出来事だった。


声が響き渡った瞬間、神社を覆い尽くしていた悪霊が文字通り跡形も無く消滅したのだ。


「やれやれ、ちょいと無茶し過ぎじゃぜ?」


突如、咲耶の背後に現れたその人物にその場に居た全員の視線が釘づけになる。


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