第五六話【神様の依頼Ⅲ】
法隆神社は、この街で一番大きく一番歴史のある神社だ。丘の上にそびえ立つ神社の回りには木々が生い茂り、神社の裏手に回れば小川が流れている。
立地条件はお世辞にも良いとは言えない。その理由としては、公共交通機関である駅から離れていたり、バスも一時間に一本しか通らない。おまけに神社へと続く石段は、数えるのも面倒な程に長いというハードな造りになっているのだ。
そんな法隆神社の石段を既に全力で登り切った少年は、今朝に引き続きその石段を今度はクラスメイトと共に登っていた。
石段を登り切った所に、狛犬の石像が彼等を出迎える。
その石像を見た咲耶は、「あ、シーサーかわいい。」等と言っていたが、それを聞いた可憐は微妙な顔をして笑い、アリアは「これがシーサー?初めてみた」と咲耶の間違った知識を鵜呑みにしていた。
どうやら彼女にはシーサーと狛犬の区別がついていないらしいが、その事に熾輝もあえて訂正をしなかった。可憐がチラリと視線を向けているところを見るに、どうやら熾輝に訂正をして欲しかったようである。
実際、彼女もシーサーと狛犬の違いは形が違うくらいの知識しか無いようで、この面子で一番詳しそうな熾輝に教示願えればと思っていたのだろうが、そんな可憐の心情を知ってか知らずか完全にスルーしている。
「それにしてもここは街中と比べて随分と空気が澄んでいるわね。」
この神社の独特な空気を感じ取ったのか、アリアは先程から何度も身体を伸ばして深呼吸をしている。
「龍脈の影響もあるけど、一番の要因は、あの御神木だろうね。」
神社の鳥居を潜って右手の方に、しめ縄を巻かれ、一際大きな大樹がそびえ立っていた。
「わー、おっきい。」
「本当に見事な木ですね。樹齢は何年くらいでしょうか。」
御神木に近づいた少女二人は、あまりに見事な木のありように、感嘆の声を上げていた。
しかし、その木を見ていたアリアだけは、目を細めて御神木を凝視している。
「何か?」
そんなアリアの様子に気が付いた熾輝も件の御神木を見つめるアリアに質問しつつ、自分でも感知の能力を発動させる。
すると、熾輝は御神木から奇妙な気配を感じ取った。
「これは、何だ?」
「・・・魔導書、で間違いないはず。」
「だけど、昨日感じ取った気配とは明らかに異なる。まるで何かに包まれている様な・・・」
昨晩、熾輝が感じ取った魔導書の気配とは明らかに異なり、まるで何かに包まれている様な感覚が、魔導書の気配を分かりづらくしていた。
「どっちにしろ、調べてみないと分からないわ。」
熾輝もアリアの意見に同意し、アリアが御神木の前に居た咲耶達に近づいて二人に説明を始めた。
そんな折、今朝方、自分が倒れていた時に出会った巫女服姿の少女や宮司の姿が見えない事に疑問を感じつつも、件の御神木から感じられる気配が何故、二つもあるのかという事が引っかかっているのか、熾輝は依然、御神木から目が離せないでいた。
そして、アリアと咲耶で御神木を調べるため、杖の姿になったアリアに咲耶が魔力を注ぎ始めたとき、それは起こった。
「危ない!」
気配察知の能力を使っていた事が功を奏したのか、突如現れた二つの気配に気が付いた熾輝は、迫る危機に対し即座に反応した。
一息に咲耶へと飛び掛かり、少女の背中から腕を回し、抱き込むようにして、その脅威から咲耶を守る。
「え?ええっ!?」
いきなり熾輝に抱かれて、未だに何が起きているのか理解できない咲耶は、熾輝の腕の中で狼狽する事しか出来なかった。
しかし、二人の状況を離れてみていた可憐の視界には今の状況がハッキリと判る。
「咲耶ちゃん!熾輝君!」
「動くな乃木坂さん!」
条件反射的に二人の元へと駆け寄ろうとした可憐の動きを熾輝の声が止めた。
「なに!?どうしたの!?」
ままならない事態だと感じ取った咲耶は、自分を抱きかかえる熾輝を通して、何かが熾輝に攻撃を加えているのか、時折、鈍い音と衝撃が伝わってくる。
今もなお咲耶を抱きしめている熾輝は、何かから咲耶を守るため文字通り身体を張って、その攻撃に耐えていた。
「っ、双刃、頼む!」
熾輝は、己の式神の名を呼び、虚空から姿を現した双刃が、まさに今、熾輝に追撃を掛けようとする襲撃者に対し、拳を振るった。
突如、虚空から現れた双刃に反応出来なかったのか、双刃の一撃を受けた何者かは、そのまま大きく横へ飛ばされる。
だが、襲撃者の気配は一つではない。
熾輝の前に現れた双刃の横をすり抜けた襲撃者は、熾輝に護られている咲耶が狙いなのか、双刃を無視して攻撃の手を緩めようとはしない。
襲撃者は一気に熾輝へと飛び掛かった。
しかし、先程までの二つの気配による連携に隙が出来たため、僅かな猶予が熾輝の態勢を立て直させた。
「あまり調子に乗らないで欲しい。」
『グルァ!?』
飛び掛かった襲撃者を正眼に捉えた熾輝は、カウンターの要領でオーラを纏った拳を叩きこみ、襲撃者は地面を滑るようにして一直線に殴り飛ばされた。
―――この手応えは。
殴った本人である熾輝は、殴ったときの手応えに違和感を感じていた。
更に先程までの余裕が無かった状態とは違い、襲撃者の気配が普通の物では無い事が今更ながら分かったのだ。
『おのれ人の子よ、よくもやってくれたな。』
『まさか、我等を退けるとは、しかし、神を狙う不届きものを生かして返すと思うなよ。』
声の主をよく見れば、先程、神社の入り口に設置されていた石像―――狛犬の姿がそこにはあった。
『『我等の力、思い知らせてやる‼‼』』
石像は、熾輝達を睨みつけたままの姿勢から動かない。その代り、2つの気配が石像から抜けていき、空中で交わった気配がまるで融合するかのように合わさる。次第にその存在感を増していった。
『『フハハハハ、もう謝ったところで許しはしないぞ。怨敵を排除する!』』
熾輝の目の前に現れたのは、巨大な姿をした双頭の犬だった。
石像という形代から抜け出した霊的存在は、融合する事によって霊力を高め、さらには型にはまった仮初の身体では無く、自由に姿を変える事が出来るようになったのだ。
「・・・分が悪いな。」
「熾輝さま、ここは一旦退いた方がよろしいかと。」
双頭の犬から放たれる威圧にただならぬ危機感を感じた双刃は、撤退を進言するが、果たしてそれを許してくれるだろうか。
「あれ?これ、さっきのシーサーだよね?」
―――なっ!見えていない!?
先程の状況から一行に動き出さない石像を見た咲耶は、どうやら危機を脱したと勘違いしたのか、おもむろに狛犬の石像に近づいて行った。
『咲耶、危ない離れて!』
「え?」
どうやらアリアには目の前に居る双頭の犬の姿が見えるのか、不用意なパートナーに警告を呼びかけるが、既に遅かった。
『神が居わす神木に無礼を働く不届き者よ、その罪を贖うがいい。』
無警戒の咲耶は、アリアの言葉に反応する間もなく、凶悪な爪が彼女を襲う。
―――間に合え!
熾輝は、自信の持てる全てのオーラを一気に放出し、咲耶と双頭の犬の間に割りこんだ。
だが、目の前の存在との格は、比べるまでも無く分かり切っており、その凶悪な爪が熾輝に触れれば深いダメージを追う事は簡単に想像できる。
そして、熾輝達は気づくべきだった。
神社の守護獣たる彼等は、妖怪や妖魔、人とは一線を画す存在であることに。
神様を祭る神社の守護獣は、いわば神の使いである【神使】と呼ばれており、神社という聖域において、彼等は大きなアドバンテージを得ている。
それを理解してか、熾輝が迫りくる痛みを覚悟したときだった
「やめなさいっ‼‼」
聞き覚えのある巫女服姿の少女の声が境内に響き渡った。




