第五五話【神様の依頼Ⅱ】
日曜日の早朝、日が登り始めたころ少女は、とあるマンションの屋上に居た。
「また魔力が外に漏れ出ているよ、もっと集中して。」
「は、はい!」
少女の名は結城咲耶、現在、彼女は魔術の修行中である。
「術式が雑すぎる。イメージが中途半端だから術式に歪みが出てるんだ。ペナルティーとして魔法式を10回づつ書き取りして。」
「は、はい!」
少女の傍らには眼帯を掛けた少年、八神熾輝が彼女の修行を見ている。
「必要以上に魔力を使わない。必要最小限の魔力で魔術を発動させて。」
「はい!」
「まだまだ元気だね、じゃあ後50セット繰り返して。」
「ええぇ!」
修行を見ているが、かなりスパルタであることは誰が見ても明らかだ。そんな二人の様子を遠目に応援する二人の姿があった。
「咲耶ちゃん頑張っていますね。」
「・・・まぁ、咲耶が魔術を学びたいって言いだした事だから私は口を挟まないけど、私が居るんだし、そもそも咲耶があんな事する必要無いはずだけどね。」
頬っぺたを膨らませたアリアは、遠くで熾輝のシゴキに耐えている咲耶を診ながら文句を言っている。
「だけど、熾輝君も言っていた通り、術式の構築がアリアさん任せのままでは、いざという時、守りの手段を失ってしまうのも事実です。」
「うっ、正論である以上、言い返す事がデキマセン。」
「ふふ、でも以外でした。熾輝君からの条件の一つが咲耶ちゃんに魔術を教える事だったなんて。」
渋々引き下がっている様子のアリアを見て、ついつい微笑する可憐は、昨日、熾輝が出してきた条件を思い出していた。
熾輝が彼女たちに出した条件は以下のとおりである。
① 咲耶に魔術師としての教養を身に着けてもらう。
② 魔術の修行を熾輝が行う。
③ 魔導書の収取が完了したら、秘術を一つだけ熾輝のために使ってもらう。尚、熾輝が必要としている理由については一切詮索しない事。ただし、熾輝は使用する秘術を決して悪用しないこと。
以上3つが熾輝が咲耶に出した条件であり、咲耶はその条件を聞いた後、迷うことなく了承したが、最後の条件にはアリアが食いついてきたものの、悪用しないという熾輝の言葉を信じるという咲耶の説得により、なんとか了承したのだった。
「悔しいけど、私じゃ咲耶に魔術の手解きをするのは無理だった。咲耶に魔術を教え始めてから結構経つけど、咲耶に理解させるように教えられなかったんだ。」
「熾輝君なら大丈夫なんですか?」
「認めたくないけど熾輝は、教えるのが凄く上手いよ。魔力操作も私が教えて出来なかった事を今日から修行を開始した咲耶がもうコツを掴み始めている。・・・まぁ、咲耶の才能も多分に含まれているからこそなんだろうけどね。」
そんなアリアの愚痴?を聞いていた可憐は、一体今までどのような教え方をしていたのかが、逆に疑問に思っていたが、その小さな胸にそっと蓋をして表に出ないようにしていた事は多分アリアは気づいていない。
「――――と言う事で、次回までに魔力制御の修行を自主練習しておくように。」
時計の針が午前7時を回った所で、ようやく修行が一段落つき、熾輝と咲耶が応援していた二人の元へ戻り、そのままマンションの一室へと戻っていった。この時の咲耶は、まだまだ魔力に余裕があったものの、熾輝のスパルタ教育によって精神的な疲れを見せていたが、用意されていた朝食を見た瞬間、そのような精神的疲労は明後日の方向へ飛び去ってしまい。あっという間に気力が回復されていた。
「さて、御飯も食べ終わった事だし、この後は街に出て魔導書の捜索に時間を当てたいと思うけど、何か意見はあるかな?」
「探索には賛成だけど、何か当てがあるの?」
挙手をしたアリアから当然の疑問が投げかけられた。確かに当ても無く街中を歩きまわって魔導書を見つけ様とするのは、非効率的である。
「当てならある。昨日、乃木坂さんから今までの魔導書事件が起きた場所を地図に落としてみた。」
そう言って熾輝は街の全図を取り出した。そこには、ところどころにマーキングがされており、一目で過去に魔導書を回収した場所を確認できるようになっている。
「改めて見ると、結構な数の魔導書を回収したね。でも、みんなバラバラで他の魔導書が何処にあるのかは予想できないよ?」
地図を見ていた咲耶は、街の至るところに散らばっているマーキングを見て、規則性が無い物と思い、魔導書の予想は出来ないのではと思っている。
「このままの状態で見ても全然分からないと思う。だけどこれなら・・・」
そう言って熾輝が取り出したのは、移し紙だった。その移し紙には、木の枝の様な線が幾つも描かれており、それはまるで人の血管にも見える。
熾輝がその移し紙を街の全図に重ね合わせると、地図にマーキングされた箇所と移し紙の線が重なるように一致していた。
「今までの魔導書事件の場所と線が重なっていますが、これは、何ですの?」
「龍脈だよ。」
「「りゅうみゃく?」」
魔術的知識が乏しい咲耶と可憐には、熾輝の言う龍脈の意味が分からず、疑問符を浮かべていたが、マリアだけは龍脈という言葉を聞いて、目を見開いていた。
「簡単に言うと、地下を流れる気の通り道の事で、今風に言うと・・・パワースポットって言えばわかりやすいかな?」
「龍脈を流れる気というのは、超自然エネルギーの事で、その実態は解明されていない。だけど、魔術師はそのエネルギーは魔力じゃないかっていう者も多く居る。」
熾輝の説明にアリアが補足する形で説明を付け加える。そこに疑問を持ったのは咲耶だった。
「でも、魔力は本来、人だけが持っている力のはずじゃないの?」
「正確に言うと、魔力の源である魔力核を有するのは人だけという方が正しい。人が待つ魔力を【マナ】と言い、自然界に存在する魔力(超自然エネルギー)を【モナ】と呼んでいる。この二つには色々と異なる点があって、モナは魔力であり生命力であり異なる力とも言われている。だけど、一先ずその説明は置いておこう。」
これ以上の話をするとなると、より専門的知識が必要になり、また、一気に知識を詰め込んでも目の前の少女の許容範囲を超えてしまうと判断した熾輝は、龍脈については軽く触れる程度に留め、話を先に進める事とした。なにより咲耶の頭から白い湯気の様な物が幻視されたからだろう。
「つまり、魔導書事件が起きる要因としては、龍脈が関係している事と昨日みたいに妖魔が関係しているという二つが考えられると思う。」
「なるほど、つまり魔導書を探すにはパワースポット的な所に的を絞って捜索した方が良いと言う事ですね?」
熾輝の説明を理解した可憐が地図をまじまじと見ながら答えているが、その横では、一人だけ知恵熱を出している咲耶をアリアが介抱していた。
「まぁ、そういう事だね。」
「そうなると、次に捜索するべき場所は、何処が良いと考えますの?」
「それは――――」
可憐の質問に対し、熾輝は地図のある一箇所を指さした。
「この街、最大のパワースポット”法隆神社”だ。」
 




