第五三話【魔法少女現るⅧ】
「咲耶!咲耶!」
アリアは自分のパートナーの名を川に向かって何度も叫び続ける。
しかし、一向に少女が川から上がってくる気配が無い。
瞬間、アリアの脳裏に最も最悪な未来がチラつき始める。
「ぃや、嫌だ!もう一人は嫌だ!」
「何を!?」
依然、川から上がって来ない少女の名を叫びながら錯乱するアリアは、川の中へと飛び込もうとし、膝丈程の所まで川へと入ったところで、その腕を掴まれた。
「正気ですか?妖魔がまだ目の前にいる中で、相手のテリトリーに入るなんて自殺行為だ。」
「離せ!咲耶が!咲耶が!」
熾輝の制止を振り切ろうとするが、その手はしっかりと掴まれ、振り切ることが出来ない。
逆に、物凄い力で無理やりに川岸まで引きずって戻される。
「川の中に引きずり込まれただけです。それに息が続く限り死んだりはしません。」
「そんなの、息が切れたら死んでしまうに決まってる!」
尚も暴れるアリアを必死になって連れ戻すが、そんな彼等を妖魔が待つ道理もなく、当然のように攻撃が再開された。
「くっ!」
妖魔の攻撃を察知した熾輝は、アリアを抱きかかえると、纏っていたオーラを足へと集中させ、一気に跳躍することで、川から脱出し、水の槍を躱す。
抱きかかえたアリアをその場に無造作に置くと、すかさず手ごろな石を拾い上げオーラを送り込む。
―――水中は相手の領域、川岸からの攻撃で相手を仕留める。
「ふっ‼」
熾輝はオーラを込めた石をありったけの力で投げつけた。
投擲の速度は、10歳の子供が投げる球速とは明らかに違い、例えプロの野球選手でも捉える事は難しいであろう。
石にオーラを込めた所で、決して速度が増すわけではなく、着弾した時の破壊力が増すだけだ。
では、何故そのような驚異的な速度を出せたのかと言うと、熾輝は投擲の瞬間、投げる動作に必要な筋肉や関節にオーラを集中させる事によって、身体能力の強化を各所に割り振り、球速を爆発的に上げたのだ。
妖魔は投げられた石はに反応する事が出来ず
ドパンッ!
という破裂音と共に水で出来た身体の半分を飛び散らせた。
「・・・外した。」
熾輝は妖魔の胸部、つまりは核を狙って石を投擲した。
しかし、弾道は僅かに逸れて妖魔に着弾し、肩から上を吹き飛ばしたが、未だ妖魔は健在である。
だが、核に当たる事は無かったはずの妖魔が突然苦しみだしたのだ。
「外したのにどうして?」
少しは正気に戻ったのか、熾輝の一投を目の当たりにしていたアリアがポツリと呟いた。
「簡単に言うと僕のオーラが妖魔の核に感電したんだ。」
「かんでん?」
オーラとは生命力、またの名を霊力と呼ばれている。そしてそのオーラは死せる魂にとって十分脅威であり弱点と言えるのだ。
そして、オーラは直撃せずとも、その波動は、核に伝達しダメージを与える。
「正直、直撃してくれていれば一発で終わっただろうけど僕も修行が足りない。」
「だったら、もう一発アイツに」
そう言いかけた所で、妖魔の核が光だした。
魔術発動の兆候だ。
しかし、先程までの安定した光とは違い、その核は悍ましい程に赤黒く気味の悪い光を放ち始めた。
「そんな・・・暴走?」
妖魔は、自我を失ったかの様に暴れだし、魔術を乱発させ始める。
先程の様な水の槍だけに留まらず、川の水が水位を上げて押し寄せてくる。
そして、妖魔の身体が先程まで成人の体格と変わらなかったはずの体積が、徐々に膨れ上がっていく。
―――あそこまで膨れ上がったら、同じ攻撃をしても直撃は出来ないし、波動も届かないな。
熾輝は先程までのやり方では相手に通じないと冷静に分析する。
だが、妖魔の攻撃が熾輝やアリアに当たることは決して無かった。
暴走した事により、標的を見失い、ただ魔法を乱発させるだけの妖魔を正眼に治めた熾輝は、横でへたり込むアリアに声を掛ける。
「質問だけど、咲耶はこの状態の魔導書を使えるの?」
「え?・・あ、当たりまえよ!」
突然の熾輝の質問に対し、キョトンとした顔を一瞬見せたアリアは、当然と言わんばかりに返事を返す。
未だ不完全な状態の魔導書を使って魔術を行使できると確認した熾輝は、次の質問をする。
「魔導書を使えばあの妖魔を滅することは、「咲耶なら可能よ!」」
熾輝の言葉を最後まで聞かなかったアリアは、愚問だと言わんばかりに答えを返した。
「・・・だったら、任せます。」
その直後、熾輝は持っていた魔導書を空高くへと放り投げた。
「え?ちょっ!え?」
それと同時に、水面から一人の少女が飛び出してきた。
しかし、よく見ると少女の腰には、先程まで咲耶に攻撃されていた河童の姿が確認できる。
「咲耶!」
おそらく、水中に引きずり込まれた咲耶を水の魔手から助け出し、妖魔から逃げる際に勢いを付けすぎて、水中から上空へと飛び出したのだろう。
タイミングを計ったかのように放り投げた魔導書は、咲耶の目の前で滞空し、それに気づいた少女は魔導書を抱きしめる。
そして、
「アリア!来て!」
咲耶とアリアの視線が交わり、少女はパートナーへと手を差し出した。
『仮初の戒め解き放ち破邪の光よ我が力、我が身となりて共に黄金の道を歩まん。我は降魔の宝杖アリア!』
真言を唱えたアリアの身体が黄金の光に包まれ、光は咲耶へと伸びていく。
少女は手にした宝杖を掲げ、魔導書を己の正面へと持ってくる。
先程以上の魔力の奔流が少女を包み込み、魔導書が呼応するかのようにページがめくられていく。
「熾輝さま、これは!?」
現場に戻ってきた双刃は、空中に浮かぶ咲耶を見上げて驚愕する。
「これが彼女達の力か・・・正直ここまで凄いとは思わなかった。」
幻想的な雰囲気をかもちだす少女を見やり、熾輝はただただ魅了されていたと同時に、僅かな嫉妬を覚えた。
――――本物の天才っていうのは、本当に居るんだな。
初めて感じる他人への嫉妬心。その芽生えた感情に気付いているのかどうかは分からないが、今はただ、目の前の少女から目を離せないでいる。
『命に眠りを与えし凍てつく世界。―――”アイスエイジ”』
咲耶が詠唱した瞬間、川で暴走する妖魔を中心に巨大な魔法式が展開された。
そして、その事象も一瞬で完了する。
魔術発動と同時に川が妖魔ごと一瞬で凍り付いたことにより、先程まで猛威を振るっていた水の動きが止まった。
しかし、あくまでも妖魔の動きを止めたに過ぎず、未だ核から力が失われる事はない。
それは、咲耶も分かっているのか、杖に膨大な魔力を注ぎ込み、その先端を妖魔の核へと向ける。
今度の力は、魔法では無く、杖本来の力だ。
「破邪の光よ、我が敵を射貫け!」
杖から放たれた黄金の光は、一切の破壊をせず、妖魔を拘束する氷を通過し、核に命中する。
その瞬間、先程まで赤黒く光っていた核が穏やかな色へと変わり、みるみるうちに浄化されていく様子が見て取れた。
そして、核が浄化されると同時に妖魔の怨念であるところの魂が消えゆき、後に残った文字は、魔導書に呼応するかのように、白紙のページへと吸い込まれていった。
「収拾完了といったところか。」
「その様ですね。しかし、あの者達はどういたします?」
「どうって?」
「あの少女は、魔術においては素人同然、そんな者が魔導書を持っているというのは、いささか危険かと思います。」
「そうだね。――――」
熾輝と双刃のやり取りの最中、離れた場所から咲耶とアリアが近づいてくるのが分かり、一旦会話を終了させた少年は、二人に視線を向けた。
「えっと、熾輝君・・・。」
人の名前を読んでおいて、目を遭わせようとしない咲耶の瞳には、僅かに怯えに似た色が浮かび出ている。
それも当然と言えば当然であり、理由はどうあれ、女の子である咲耶は、熾輝から襲撃を受けた事により、かなり強い警戒心をもっていた。
そんな彼女を見かねてなのか、声を掛けたのは以外にも熾輝の方だった。
「河童に助けられたんだね。」
「えっと、うん。カッパさんにお礼を言わなきゃ。」
「そうだね。河童から妙な気配がしたのは僕でも分かったけど、もっと良く観察すれば、早とちりする結果にはならなかったはずだ。」
「うぅっ。」
「まぁ、その辺は僕もやり方を間違えたと言えなくも無い。」
「えっと、それはどういう「咲耶ちゃん!」」
二人が話をしている途中、双刃によって避難させられていた可憐が、土手の上の方から姿を現し、こちらに駆け込んできた。
そして、周囲を囲っていた靄もいつの間にか無くなり、再び空間が揺れる。
「どうやら戻って来れたみたいよ。・・・・」
周辺を見回していたアリアがそんな事を呟いた途端、キッとその綺麗な瞳で熾輝を睨みつけら。
その敵意ある視線に気が付いてか、双刃の目が吊り上がり、思わず前へ出ようとするが、熾輝がそれを許さない。
そのまま、腕で制止された双刃は、そのまま後ろへと下がり大人しくなった。
「それで?この後はどうするの?さっきの続きでもする?」
「ちょ、ちょっとアリアやめて。」
アリア挑発的ともとれる言動に対し、思わず焦りだす咲耶だが既に熾輝にはそのつもりがない。
「いいえ。事情を聴いて僕にも非がありました。」
「随分素直なのね。そういう相手は嫌いじゃないけど・・・」
素直に非を認める熾輝に意外感を覚えるアリアであったが、一旦言葉を切り、今度は敵意では無く、意を決した目で熾輝を見つめた。
「私は、私の咲耶を傷つけた彼方を許す事が出来ない。もちろん此方にも非がある事は分かっているわ。だけど、一方的にやられたままじゃ収まりが付かないのは分かってもらえるわよね?」
「・・・そうですね。」
アリアの言わんとしている事は熾輝にも分かる。仮に熾輝の大切な人が同じ目に遭った時、多分熾輝も彼女と同じように怒るだろう。
しかし、それはあくまでも怒るかもしれないというだけの仮定の話。
アリアと視線を交わした熾輝は、纏っているオーラを完全に消し、腕を後ろに組んだ後、目を瞑る。
「・・・いい覚悟ね。だけど・・・筋は通させてもらうからっ!」
次の瞬間、ドカッ!という音と共に熾輝の顔面に鈍い痛みが走り、そのまま軽く飛ばされた。
「~~っ」
熾輝はズキズキと痺れた痛みに耐えながら軽く鼻に手を添えると、ポタポタと鼻血を流していた。
「きッ、貴様っ!」
「「あ、アリア!?さん!?」」
二人の間では、双刃と咲耶、そして可憐までもが驚きの声を上げ、双刃に至っては愛刀の小太刀を引き抜かん勢いで激昂していた。
「双刃、止せ!」
「し、しかし「いいんだ。」」
熾輝の言葉に従い、双刃は中程まで引き抜いていた小太刀を納刀し、主の元へと駆け寄り、止血を開始しようとするが、熾輝は自らの力で既に止血を行い、出血は認められなくなっていた。
そして、熾輝を殴り倒した当のアリアと言えば、
「・・・やっぱり男の子だね。」
ハニ噛んだ微笑みをみせて熾輝を見つめていた。
「その台詞は、二回目です。」
アリアが覚えているかは分からないが、熾輝は先日、駅前でアリアに言われた言葉を再び聞かされ苦笑するが、様子を見ていた咲耶と可憐は、終始オロオロしっぱなしで、どうしたものかと困り果てていた。
こうして、熾輝の魔法少女との出会いは魔導書事件の火蓋と共に切って降ろされることとなったのだ。




