第五一話【魔法少女現るⅥ】
「咲耶から離れなさい!」」
真夜中の川辺で女性の怒声が響き渡る。
声の方を横目で見ると、金髪の女性が、手を前に突き出した状態で熾輝を睨みつけ、更に熾輝を囲うようにして、5つの魔法式が展開されていたのだ。
「聞こえなかったの⁉咲耶から離れて!今すぐ!」
「・・・。」
しかし、熾輝は何も言わずにジッと目の前の女性を見ているだけで、一向に咲耶を離そうとはしなかった。
「脅しだと思っているの⁉」
女性の声に耳を傾けようとしない熾輝に対し、業を煮やしたのか、展開された魔法式の一つからより一層強い光が発し始める。
「【知性を持った武器】か、見るのは初めてだ。」
「・・・何を言ってっ⁉」
もはや、いつ魔法を撃たれてもおかしくない状況の中で、相手を分析していた熾輝が言葉を口にした瞬間、突如、金髪の女性の横合いから衝撃が走った。
女性は、急な攻撃に反応する事が出来ず、地面へと転倒し、そのせいで魔法式への集中力が切れたため、展開していた魔法が霧散する。
さらに首筋に冷たい感触があてられ、それが刃物だと理解するのに、時間はかからなかった。
「おのれ痴れ者が、熾輝様に魔法を向けるとは、許さん!」
「くっ!」
「アリア!お願いやめて!」
八重歯を見せながら荒ぶる双刃は、手に持った小刀を強く握りしめ、その様子を見ていた咲耶は、泣きそうな顔で止めるよう懇願する。
「待つんだ双刃。」
混乱する現場で、熾輝の冷めたような声が響き渡る。
すると、双刃も握り込んでいた小刀に力を込めるのを止めたが、今だに首筋に立てた刃は治めてはいない。
そこへ、
「咲耶ちゃん!アリアさん!お願い二人に乱暴しないで!」
距離をとって現場を見ていたと思われる一人の少女が駆け寄ってきた。
「近づくな!」
双刃の声に一瞬ビクッと肩を震わせたが、唇にぎゅっと力をいれてゆっくりと歩を進める。
その目からは小さいが、強い光が僅かに伺い見えた。
「近づくなと言っているのが聞こえ「双刃、大丈夫だ。」」
言葉を遮って熾輝が荒ぶる双刃を鎮めると、すんなりと引き下がった。
「君は見たところ一般人だね?」
「・・・はい。私には魔術は使えません。」
熾輝が感じていた気配の内、二人は魔力や能力の使えない者である事は、すでに分かっていた事だが、それでも高度な技術でそれを偽装する事は可能であり、目の前の少女を観察しながら己の推測の真偽を確かめたのだ。
「私からも質問いいですか?」
「・・・。」
思わぬ切り返しに思考する熾輝の答えを待たずに少女は言葉を続ける。
「なんで、私たちを襲うんですか?」
「さっきも言ったけど、知る必要があるの?」
質問を質問で返す熾輝の口調は、あくまで冷淡なもので、聞く人によると恐怖を覚えるくらいには、十分冷たいものだった。
しかし、少女の瞳は、決して揺れることなく熾輝の目をしっかりと見据えていた。
「言葉にしないと分かり合えない事もあると思います。」
「・・・わかった。」
尚も熾輝から視線を外さない少女の瞳から何かを感じたのか、少年もまた、言葉を紡ぎ始める。
「理由は、二つある。一つは魔導書を使った犯人を捕えること。最近、この街では魔導書を使用した事件が頻発している。実際、咲耶が持っていた魔導書が動かぬ証拠だ。そしてもう一つは、魔術を行使して妖怪を攻撃していた事。どういう理由か知らないが、むやみに彼等妖怪を傷つけるのを放っては置けなかった。」
すらすらと淀みなく理由を説明する熾輝の言葉に、「そうですか」と何かを納得したような雰囲気を見せる少女は、「ですが、」と言葉を切って、口を開く。
「勘違いをしているようなので、弁解します。まず、私たちは、魔導書を使って事件を起こしてはいません。むしろその逆です。」
熾輝は少女の回答に軽く眉を吊り上げ、続きを黙って聞くことにした。
「街で頻発する事件は、確かに魔導書によるものですが、私たちは解決するために動いています。私には魔術のことは分かりませんが、あなたが今持っている魔導書の中身は、大部分が白紙になっているはずです。」
彼女の言葉の真偽を確かめるため、熾輝は手にした魔導書をパラパラとめくりだす。
すると、ページの途中途中が白紙となっていたため、目の前の少女の言うことの一部は本当であると判断した。
「そして、もう一つ。私たちはここ最近、この川で溺れる人達がいるということで、魔導書絡みかと思って調査していた際、そちらの河童さんが彼女を襲っていたので、止めに入ったのです。」
少女は、熾輝から死角になっている女性を少年に見せるため、身を横へずらし、件の倒れている女性を確認させた。
そして、少女から得た情報は、十分とはいかないまでも、おそらく目の前の少女達が事件を起こしてはいないと判断した熾輝は、未だに押さえつけていた咲耶から身を離し、次いで双刃にもアリアを解放するよう命じる。
熾輝による拘束を解かれた咲耶を見てホッとした少女は、うつ伏せのままの彼女へと近づき、手を貸して、その身を起こした。
「信じていただけたのでしょうか?」
友人を開放してもらった少女は、小首を傾げて熾輝に問いかける。
しかし、
「無理だね。全てを信じるには、情報が少なすぎる。」
「なっ⁉あんたね!」
「アリアまって!」
少年の言葉を聞いて、憤慨したアリアは熾輝に詰め寄ろうとしたが、それを咲耶が止める。
「ですが、咲耶ちゃん達を解放してくれたと言う事は、少なくとも事件の犯人は私たちでは無いと判断してくれたのですよね?」
「少なくともその可能性が高いと判断しただけだよ。」
そう言って、熾輝は3人に背を向け、倒れている女性へと近づくと首筋に手を添えて脈がある事を確認し、彼女の身体に、ある物を見つけた。
「ぇ、えっと、無抵抗の女性の身体に触るのは良くないと思うよ?」
「・・・。」
恐る恐るといった感じで話しかける咲耶を無視して、先程襲われていた河童へと目を向けると、彼の式神である双刃が既に確保しており、なにやら話しをしている様にも見えた。
見えたと言うよりは、実際に二人は会話をしている。
双刃の式神としての能力の一つに知性を持つ獣や妖怪の言葉を理解する能力が備わっており、彼女はその能力を行使する事によって、人間には理解できない知性体のあらゆる言語を理解し、話す事が可能なのだ。
そして、熾輝の視線に気が付いた双刃は、素早く主の元へと移動し、河童から聴取した内容を報告する。
「熾輝さま、どうやらあの河童は、女性を襲っていたのではなく、救出をしていたと申しています。」
双刃の話に聞き耳を立てていた3人の少女達は、大きく目を見開き、驚いたような表情をしていた。
それは、河童と会話をしたことに対してなのか、それとも新たに明らかになった事実が、自分達の勘違いによって、罪のない河童を攻撃してしまった事に対してなのかは、熾輝には分からないが、おそらく3人がバラバラにそのような事を考えていたであろうことは、直ぐに分かった。
「そんな、何でアンタにそんなことが分かるのよ!」
双刃の話に対し、一番に反応したのはアリアだった。
だが、彼女の申し立てが気に入らなかったのか、アリアをキッ!と睨みつけ何かを言い返そうとした双刃を熾輝が止めると同時に、あちらでも咲耶がアリアを止めに掛かっていた。
「双刃は僕の式神で、知性を持った者の言語を理解し、会話を出来る能力が備わっている。故に人の言葉を話さないあの河童の言語も理解できるんだ。」
「しきがみ?」
「・・・もしかして咲耶は、ぽっと出の魔術師か?」
魔術師として一般的に使われる単語に対し、疑問符を浮かび上がらせる咲耶に対し、熾輝は若干の面倒くささを感じながら、彼女に分かりやすく説明を開始した。
「―――つまり、あの河童さんは、溺れていた女性を助けただけだったの?」
おおむね10分程だろうか、魔術的知識に乏しい咲耶や可憐に対し、噛み砕いた説明を行い、ようやく理解させたところで、現状を把握させることが出来た熾輝は、心のなかで深い溜息をついた。
「ですから先程からそう申しているではないか。」
主に手間を取らせた相手に対し、あまりいい印象を持たなかった咲耶達に対し、苛立ちを隠さないまま双刃は言い放つ。
「アンタの式神の能力については、分かった。だけど、その妖怪が嘘を言っているかもしれないじゃない。」
どうにも現状を納得できないアリアは、抗議の声を上げる。
だが、彼女の言い分も尤もであり、それについては、熾輝が補足説明を続ける。
「多分あの河童は、嘘は言っていない。」
「だから、そんなの分からないでしょ?」
「いや、さっき倒れている女性を診て見た時、右の足首に手で掴まれた跡がクッキリ付いていた。」
熾輝の言葉を確かめるため、3人は倒れている女性の右足を見分すると、確かに手の跡がついていた。
余程強く掴まれたのか、その跡は薄らと青痣のようになっている。
「見て分かると思うけど、その手の跡は五本指、そしてあの河童は3本指の水掻きになっている。どう考えても指の数が足りない。」
「・・・私、河童さんに酷い事しちゃったの?」
熾輝に突き付けられた事実に打ちのめされた咲耶は、自分がしでかした事に対する罪悪感からふさぎ込んでしまう。
「さ、咲耶は悪くない!私が早とちりしてそれでっ!」
「どっちにしろ、あの河童には、そんな事は関係ない。」
「うっ、」
辛辣な熾輝の言葉は、咲耶の心にズキンとした痛みを与えた。
そして、後ろに居る河童に視線を向ければ、河童は見られている事に気が付いた途端、プルプルと小さな身を震わせ始めた。
その怯えるような仕草を見て、余計に少女の心は苛まれる。
そんな少女を見て、心の中で深い溜息をついた熾輝は、次の瞬間、周囲を埋めつくす淀んだ気配にハッとなり、警戒を強めた。
「熾輝さま!」
「・・・わかっている。」
――――何だこの気配は。
気が付けば、彼等の周囲には、霧の様な靄が立ち込めていた。
しかし、その靄は、視界を妨げるのではなく、周囲を囲むように立ち込め、まるで360°を包囲されている様だ。
そして次の瞬間、視界が揺らぎ、身体に僅かな衝撃が走ったと錯覚し、思わず態勢を崩しかける。
――――何だったんだ、今のは。
依然、淀んだ気配は消えていない。
それどころか、先程よりもはっきりと分かる気配に熾輝の警戒レベルは一気に引き上げられた。
「し、熾輝さま・・・これは」
双刃の声に吊られて回りに視線を泳がせた彼が見た物は、先程居た場所と何ら変わりのない風景。
街を流れる川と河川敷、そして川の上を渡す橋。
しかし、先程と明らかに異なっていた事がある。
夜の街から一切の人の気配が消え、建物や草木がセピア色となり、まるで人類が滅んだ世界に連れてこられたかのような錯覚を覚えた。
そして、川の中からヌルリと現れた気配を熾輝の六感が捉え、ゆっくりと視線を向けた先に、それは存在していた。
「・・・妖魔か。」
熾輝の言葉を皮切りに、明らかな敵意を持ってそれは強襲を開始した。
 




