第四九話【魔法少女現るⅣ】
街が寝静まった深夜、川のせせらぎが聞こえ、虫たちの泣き声が河原から聞こえてくる。
そんな川沿いを歩く一人の少年と式神がいた。
「熾輝様、何かわかりましたか?」
双刃は、付近の気配を探りながら歩く熾輝にそう問いかける。
「いや、まだ何も分からない。そもそもこの街の気配に、何か違和感を感じる。」
「違和感ですか?」
「うん。昨日街を探索ついでに、龍脈の位置を把握したけど、その龍脈の流れが上手く循環出来ていないせいか、漏れ出た力が大気に影響を与えて探索の精度が悪くなっている。」
龍脈とは、地中を流れる気の道の事であり、そのエネルギーは大昔から魔術の発動に利用されたりもしている。
「そのようなこと、十傑や対策課の者達が放置しているのですか?」
「まぁ、龍脈の流れを正確に把握出来るのは、気に対して鋭敏な感覚を有する者に限られるから把握出来ていなくても、おかしな話ではないって先生も言っていたよ。」
「・・・まあ、龍脈の流れについては余程の事が無い限り霊災にまでは発展しませんから、葵殿が放置するという事は、自然の成り行きに任せていると言う事なのでしょうね。」
龍脈というのは、人でいうところの血管に近い。
だから、その一部や流れに関し常に正常な循環が行われている訳ではないのである。
言ってみれば天気の様なもので、日々その流れ方は違っているが、天気と違って予測する事は出来ない。
そんな話をしていた時、熾輝は徐に足を止めた。
熾輝の後ろを付いて歩いていた双刃も足を止め、おそらく熾輝の探知に何か引っかかったのだと思い、指示を待つ。
「探知範囲外だけど、大きな魔力を感じる。たぶん魔術を行使している。それと、これは・・・・妖気だ。」
「如何いたしましょう。」
熾輝に問いかける双刃は、主の命令を待つ。
「行こう、こんな所で魔術を発動させるなんて、件の事件と関係があると見た方がいい。」
件の事件とは、魔導書がらみと水難事故の事を言っているのだろう。
ひょっとしたら、この二つの事件には何か関わりがあるとみている熾輝は、その場を駆けだした。
片手でジャケットからスポーツ眼鏡のようなグラスを取り出し、それを掛けた熾輝は、首に付けていたネックウォーマーを引き上げて顔の半分を覆い隠す。
眼鏡とネックウォーマ―は、顔を認識させにくくする術式が施されており、大気の魔力をほんの少しだけ利用する事で発動させることが出来る。
熾輝は、身に纏うオーラを足に集中させ、飛躍的に脚力を強化し、走る速度を上げる。
そして、熾輝の探知範囲に目的地が入った所で、4つの気配を認識した。
「双刃、気配の数が5つだ。一つは妖気、3つは人間、それともう一つは・・・。」
そこで言葉を切った熾輝は、自信が探知した気配の違和感に気が付いた。
人でも妖怪でもない者の気配、それは今までに感じた事のない物だが、強いて言うのであれば、その存在は双刃や羅漢などの式神に近い気配を有している。
しかし、似ていると言うだけで、式神の気配のそれとはまた違ったものだと思っていた。
―――相手の戦力は未知数か。
熾輝は、記憶の中で白影の教えを思い出す。
―――こういった状況の場合は・・・
「双刃は、実体化を解いてサポートに回って。」
「一切承知!」
虚空に消えていく双刃を尻目に残りの距離を一気に駆け抜ける熾輝は、現場を肉眼で捉える。
そこには、一人の人影が妖怪に向かって魔術を行使している状況。
妖怪は、放たれる魔力弾から逃げまどい、徐々に追い詰められている。
その後方では、2人の人間の気配が動かずに固まっていた。
一息のうちに戦っている二人の元へとたどり着ける距離まで来た熾輝は、足に週通させていたオーラを消し、出来るだけ気配を殺して急速に接近する。
しかし、その直後だった。
追い詰められた妖怪が転倒し、その隙を見逃さまいと、先程よりも強い魔力を術式に込めた何者かは、今も倒れたままの妖怪に狙いを定め、その力を放ったのだ。
――――――――――――――――――
「その人から離れて―!」
意識を失っている女性に覆いかぶさっていた物体目がけて、少女は魔術を発動させる。
声に気が付いた物体は、すぐさまその場から離れ、魔力弾を避けると、魔力弾は女性の頭上を通過して空中で霧散した。
直ぐに女性と襲っていた犯人の間に身体を割り込ませ、相手と対峙した咲耶は、手にした大杖の先端を相手に向ける。
と、相手は咲耶に背中を向けて川へと一直線に駆けだしたのだ。
『いけない!逃がしちゃだめだよ!』
「は、はい!」
誰も居ないはずの空間から声だけが聞こえて来た。
その声に後押しされるままに少女は、再び魔術を発動させ、杖を横一閃に薙ぎ払う。
すると、川と陸地の境界に光の線が敷かれ、空へとその光が上り始める。
慌てて逃げ出した物体は、それに気が付いていないのか、水中に逃げ込もうとした矢先
ドンッ!
と光の壁に阻まれ、勢いよく激突して尻餅を着いた。
そして、光によって物体のシルエットが明らかになる。
緑色の肌に四肢の水かき、頭にお皿を乗せ、背中には甲羅を背負った者の正体は
『河童だ。』
「え?河童って妖怪の?」
『そうだ。アレの気配も感じるし、きっとこの河童に憑いているんだね。』
起き上がった河童は、咲耶から距離を取るように再び逃走を開始した。
『逃がしちゃ駄目だよ!』
声に促されるまま、少女は再び杖を河童に向けなおす、そして、魔法式が展開された途端、まるでマシンガンの如く、魔力の塊が次々に標的へと襲い掛かる。
攻撃に気が付いた妖怪は、すばしっこく動き回り必死に弾を避け続けるが、足元に着弾した魔弾の衝撃に驚き、体制を崩したことにより転倒を強いられる。
『咲耶、今だ!』
そして、動きを止めてしまった妖怪に向けて再度構築した魔法式が光りだし、先程よりも大きな魔弾を精製した。
そして、未だ立ち上がらない妖怪目がけてその力を放つため、少女はトリガーを引いた。
魔弾はバスケットボールくらいの大きさで一直線に妖怪へと襲い掛かる。
威力、スピード共に申し分のない一撃。その魔の弾が妖怪に着弾するかと思った矢先、突如、一つの影が魔弾と妖怪の間に割り込んだ。
「あ!」
影の輪郭からして人が躍り出たように見えたからだろう、「危ない」と叫ぼうとした咲耶は焦った。
しかし、躍り出た影が腕を横薙ぎに振ると、着弾した魔弾が影の斜め後方へと弾かれ霧散した。
「だ、誰?」
「・・・。」
少女の声に応えない影。
しかし、その沈黙も数瞬の間だけだった。
「ぇっっっっ!?」
突如、影から放たれる圧力に咲耶は、驚きのあまりその身を硬直させてしまった。
『咲耶っ!離れて!そいつは能力者だ!』
瞬間、目の前の影は地面を蹴り、少女へと駆けだしていた。




