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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第四五話【ディアボロスの帰還Ⅵ】

お待たせしました。この話でようやく戦闘シーンが入ってきます。

そして、かなりのテンポで帰還編が終わりです。

ちなみにディアボロスというのは悪魔という意味らしく、日本における熾輝の事を指します。

「一体何なんだよ、あの子供は。」


男は焦っていた。


犯人グループが事もあろうに、自分の捜索を子供にやらせると言い始めた時は、何を馬鹿なことをやっているんだ。と思っていたが、そんな思いとは裏腹に、子供に支持されるまま、犯人グループが次々と乗客を除外していく中、自分の周りから徐々に乗客の数が減ってきているのだ。


「そう焦るな。余計怪しまれるぞ。」


周りの乗客が減っていく中で、男を護衛する任務を受けた女性捜査官が声を掛ける。


「そんな事いわれたって、今の状況をよく見て見ろよ。もう殆どの乗客が移動させられているぞ。」


男は、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。


10年以上前に、ハッカーとして生計を立てていた彼は、とある組織に自身を売り込み、仕事に応じて多額の報酬を得ていた。


そのおかげで色々と美味しい思いもしたし、何よりも何処かの企業に就職などせず、先輩上司に頭を下げないでいいという環境が気に入っていた。


しかし、そんな彼が自分のしてきた行為の重大性に気が付いたのは、ごく最近のこと。


彼の情報を元に動いていた組織は、日本でも有名な暴力団である清流会


もちろん、彼はそれを知っていて自分を売り込んだわけだが、そんな彼でも人の良心という物がない訳ではない。


単純な話、彼にとってハッキングはゲーム感覚だった。


警察のシステムにアクセスして彼等に情報を売ったり、企業のシステムにアクセスして買収に必要な情報を盗んだりしていた。


そして、そんな事の積み重ねが清流会という組織の力を増大させ、武器や麻薬の流通元となり、ヤクザの被害に遭う者が増加していったのだ。


急成長を遂げた清流会に逆らう暴力団も少なくなり、ましてや警察でさえも彼等の対応には手を焼いていた程だ。


そして、気が付けば自分は何て事をしていたのだという考えに至った。


特に男の家族が暴力団の被害に遭っただとか、大切な彼女がヤクザに弄ばれただとかいう悲劇的な理由がある訳でもなしに、そこへ行きついた。


ようするに、彼は根っからの悪という訳でもなく、ハッキングが得意なただの臆病者だったという話である。


自分がしたことの結果により、殺されたり、大切な何かを失った者が居ると知って、無性に怖くなってしまったのだ。


結果、自分の行いが間違っていると思い至った時に初めて警察へ泣きついたのだ。


「彼等の悪事の証拠を渡す代わりに自分を見逃せ。」というのが、彼が警察へ出した交換条件であり、清流会の対応に困っていた彼等は司法取引に応じたのた。


しかし、そんな事を彼らが許すはずも無く、当然ではあるが、報復の対象になった彼の乗る旅客機がハイジャックされ、報復を受けているという訳である。


そして、ハイジャック犯の横にいる少年の支持により、遂に残された乗客は、9人にまで絞り込まれた。



「ふぅ、見事としか言いようがないね。」


女性捜査官は感心しているのか、そんな言葉を口に出す。


「藤井係長、不謹慎ですよ。このままだと本当にあの少年が彼を見つけ出してしまうかもしれません。」


「かもでは無く、見つけ出すだろう。」


彼女は、冷静に思った事を口にした。


「くそっ、くそっ、本当に何なんだよ、あの子供は⁉知らない爺さんの事なんて放っておけばいいのに!余計なことしやがって!」


犯人達には聞こえていないが、それでも男は荒れる心を抑える事は出来ない。


日本から逃げ出して中国に潜伏し、自分だけは助かると言う取引を行って、ようやく日本に帰れると思っていたところの今回の事件だ。


男からしたら、崖の上から一気に突き落とされるような気分だっただろう。


「まぁ、君はそうだろうな。なにせ弱者の骨の髄まで吸い尽くす彼等に手を貸して、散々美味しい思いをしてきたんだ。良心のしゃくに耐えられなくなったと言っていたが、実際のところ、自分が悪い事をしている気がして怖くなったと言うのが本心なんだろう?」


「・・・それの何が悪い。」


「悪いね。暴力団というのは絶対悪の存在だ。それを知っていながら彼らに協力をした時点で、君も悪そのものなんだよ。だから君にはあの少年が何故こんな事をしているのかなんて理解できないだろう。」


「あんたには、それが分かるのか?」


「ああ、というか、あれくらいの年の子なら誰でも分かる事だ。それは――――」


そんな話をしていた際、遂に彼等を残して乗客は誰も居なくなってしまい、犯人達が揃って近づいてくる。


「いいかい鈴木君、手筈通りに。」


「分かりました。こうなったら、あの少年を信じるしかありません。」


「そうだな。私も実のところ、先程から背中に嫌な汗が流れていてね、下着がグショグショなんだ。日本に着いたらまず銭湯に行って汗を流したいよ。」


「いいですねそれ。僕も付いて行っていいですか?」


「おいおい、男女が一緒に風呂に入るのは、色々と誤解を招くぞ?」


「係長となら構いません。」


「・・・ボケたんだから突っ込んでほしいところだが、それが君のいいところか。」


溜息をついて見せる彼女だが、内心ではクツクツと笑っていた。


そして、件の少年が彼らの横まで来たところで、確信して言い放った。


「――――見つけました。」


そう言って、熾輝が指を指したのは、先程、トイレに付き添った女性・・・その横に座る一人の男性だった。


その瞬間、犯人達は熾輝を押しのけて、全員が男へと銃を向けた。


「一応理由を聞かせてくれ。」


銃を構えたままの男は視線を裏切り者から外すことなく熾輝に理由を問いかける。



しかし、いくら待っても熾輝は答えようとしない。


その空白の間がどれ程の間だったのかは分からないが、犯人にとって空白の時間が妙に嫌な予感を狩りてていた。


そして、


ドサッ!


仲間の内の一人、買収した航空警察の男がその場で崩れ落ちたのだ。


一瞬、犯人達は何が起きたのか理解できなかった。


後ろの方で、何かが倒れる音を聞き、全員が音のする方へと視線を向ければ、自分達に指示を出していた少年が、スタンガン銃を片手に買収した仲間を気絶させていたのだ。


「なっ⁉」


その一瞬が彼らの命取りとなった。


彼等が男に詰め寄るために少年を押しのけて進んだ際、熾輝は男が隠し持っていたスタンガン銃を盗み取り、彼ら全員が背中を見せた隙に電極を発射させ、見事に仲間の一人を沈めたのだ。


そして極め付けは、今、彼等が居るエコノミークラスの状況だ。


周りを見渡せば、他の乗客はおらず、彼等を取り押さえるには絶好のタイミングだった。


「このっ、餓鬼!」


「今です!」


熾輝の合図に合わせて捜査官が動いた。


完全に熾輝に意識を向けてしまった彼等は、背後から迫る捜査官への対応が遅れた。


女性捜査官は、目の前の男の背後から履いていたヒールの踵で思いっきり殴りつけ、銃を奪い取り、殴られた男に押し倒される様に犯人グループのリーダーが横倒しにされる。


「くそっ、何をやっているうっ!」


起き上がろうとした時には既に遅く、女性警察官に銃口を突き付けられていた。


「大人しく銃を捨てなさい。」


「・・・。」


犯人は観念したのか、両手を上げて降伏をした。


そして、残るはあと一人


正直、ここまでくれば、後は逮捕したも同然だと思ったが、そうは行かなかった。


「このっ、大人しくしろ!」


「バーカ、捕まると分かっていて、誰が大人しくするかよ。」


声の方を見て見れば、犯人グループの飄々とした男と男性捜査官が相対している真っ最中であった。


犯人の手に銃は握られておらず、おそらく最初の隙を見せた時に、どうにかしたのだろう。


「鈴木君!何をしている!早く取り押さえろ!」


「分かっていますよ、係長!」


捜査官が両腕を犯人に対し伸ばす。


恐らく柔道の組手から入って、相手を投げようとしているのだと熾輝は理解した。


しかし、


―――――――いけない、それは悪手だ。


広い空間においての投げ技であれば、あるいは有効に働いただろう。


しかし、ここは狭い機内。しかもエコノミークラスの通路は、投げ技を出来るほど余裕あるスペースでは無いのだ。


だが、そんなことは、そもそも関係なく、捜査員と犯人の力に差があり過ぎていた。


捜査員が犯人に掴みかかろうとする僅かの時間、一本の線が捜査員の顎を撃ち抜いた。


捜査員は、自分が何をされたのか分からないまま、膝を折る。


「な、なにが?」


再び立とうとするが、膝に力が入らず、三半規管が麻痺しているのか、視界がグルグルと回っている。


「鈴木君!」


「へっへぇ♪こう見えても、昔プロのボクシンサー目指していたんだぜぇ♪」


そう、犯人に掴みかかろうとする腕の間をすり抜けて、鈴木という捜査員の顎を撃ち貫いた正体は、男のジャブだった。


「さてと♪」


どうやら撃ち落とされていたらしい拳銃を拾い上げた男は、楽し気に銃をもてあそび、藤井に銃口を向けた。


犯人の一人に銃を向けていた藤井は、当然応戦する事は出来ない。


もしも、目の前の男から銃口を外せば、ここぞとばかりに目の前の男が銃を拾い上げ、結果、二人から銃を突きつけられる事になる。


「あ~、いや、先にこっちを始末するか☆」


そういって、犯人は今も座席で座ったままの男へと銃口を向けた。


「悪いけど、上の命令なんだ。運が悪かったね♪」


「ひぃっ!」


男の悲痛な叫び声を聞きながら、犯人はトリガーをゆっくりと引き絞る。


そして、


誰もが此処までと思った瞬間、銃を握る犯人の腕に向かって、何かが弧を描いて激突した。


「え?」


腕を跳ね上げられた男は握っていた拳銃を払われ息着く暇も無く、何かが男の身体に密着する様な体制から攻撃を放ってきたのを確かに見た。


その瞬間、男の顎に激痛が走り、気が付けば、顔が跳ね上げられ、続いて金的、鳩尾といった急所への連撃の痛みに耐えきれず、攻撃を受けた箇所を抑えながら膝を付いた。しかし、それで攻撃が終わることは無かった。


喉、鼻、目といった人間の急所を確実に捉え、続いて、肩、鎖骨、肋骨といった間接や骨に攻撃が加えられる。


まるで金づちで打ち付けられている様な攻撃は、男の骨をやすく砕き、内臓に深刻なダメージを与えていった。


「ヴぁヴぁッヴぁヴぁッヴぁッヴぁああああああっヴぁっ!」


喉を潰され、顎を砕かれ、眼球が破裂した男は、何も見えない暗闇の中で繰り返される容赦のない攻撃に恐怖していた。


―――殺される。このままだと殺されちまうよ!


何度も激しい強打が男を襲い、後ろに倒れそうになるたびに、腕を引かれて自分を強打する元凶の元へと引き戻される。


そして、再度後ろへ倒れ込もうとした男の腕が掴まれた瞬間、男は砕かれた顎をパクパクさせながら必死に訴える。


「も、もう、ゆるひて。」


許してと、男は泣きながら許しを請う。


だが、再び引き寄せられ、元凶の身体に自身の身体を預けるようにうな垂れた時、男の耳に届いた声は冷たく、まるで一切の感情が無いかの様な少年の声が鼓膜を震わせた。


「何度その言葉を聞いたか知らないが、言われたお前がどうしたか思い出すんだな。」


そう言われ、元凶から身体が離されたと思った瞬間、止めといわんばかりに、男の顔面に拳がめり込んだ。


犯人の男が記憶しているのはそこまでであり、次に目を覚ました時には、おそらく視力を失った暗闇の世界で恐怖する日々が続くだろう。


結局、顔面を撃ち抜いた攻撃を最後にし、熾輝は、男が持っていたケースを奪い取ると、ファーストクラスへと歩を進め始めた。


「ちょっと待って。」


進めた歩をいったん止めて、後ろを振り向くと、女性捜査官が犯人に銃を突きつけたままの状態で、困った顔をしていた。


「急いでいるところ悪いんだけど、犯人達を拘束するから手伝ってくれない?」


「・・・分かりました。」


そう言われて、熾輝は女性警察官が銃口を突き付けている男に近寄ると、首に腕を巻き付け、ものの10秒で犯人の意識を奪った。


「暫く目を覚ましません。その間に拘束してください。あと、ビジネスクラスに退避させた乗客に声を掛けてくるので、拘束は彼らに手伝ってもらって下さい。僕は、早く上に戻らないといけないので。」


手にもったケースを藤井に見せた熾輝は、足早にその場を立ち去った。


残されたのは、気絶した犯人達と未だ立つ事が出来ない鈴木捜査官と護衛対象、そして彼女だけだった。


藤井捜査官は、立ち去っていく少年の背中をポカンと見つめながら暫く動くことが出来なかった。


「まったく、あの子は一体何者なんだ?」


あの時、突如として熾輝に声を掛けられた彼女は、トイレまで一緒に行った際、警察官だと見抜かれ、乗客を何とかするから、犯人を取り押さえるように言われていた。


そして、少年が言ったとおり、乗客達は綺麗さっぱり居なくなり、少年が隙を作り、何とか犯人を検挙する事が出来たのだ。


この後、溜息を吐いていた彼女の元に、熾輝が呼んだ乗客が次々に駆けつけて、気絶した犯人達を拘束していった。


――――――――――――――――――――――――――――――


熾輝がファーストクラスへ戻ってみると、こちらの方でも動きがあった様だった。


コクピットの扉が重機か何かでこじ開けられたかのように引き剥がされ、中に居た犯人の仲間のパイロットは、気絶して床に沈められている。


そんな状態で、誰が機体を操縦しているのかと、視線を向ければ、そこには黒コートを着込んだ2メートルを超える大男が操縦席に座り、インカム越しに誰かと話をしていたのだ。


「熾輝様!」


コクピットに目が釘付けになっていたが、双刃の声に反応し、視線を向ければ、不安そうな顔で近づいてきた少女が、熾輝のあちこちをペタペタと触り、無事を確認し始めた。


「双刃、大丈夫だよ。怪我はしてないし、犯人も取り押さえられたから。」


「無事で良かったです熾輝様!いえ、あのような雑兵如きに熾輝様が遅れを取るとは、これっぽっちも思ってはいませんでしたが、かといって、不安でないと言うのは嘘であって――――――――。」


その後、長くなりそうだった双刃の話を右から左に流しながら、乗務員に薬を渡して、乃木坂という老人は事なきを得た。


老人の顔色がみるみる内に回復したことを確認した熾輝は、ここへきて、ようやく何があったのかを双刃から聞いた。


どうやら、熾輝がエコノミークラスで戦闘を開始した様子を感じ取った羅漢は、それと同時にコクピットの扉をこじ開け、犯人の男を締め上げてから、機長を救出し、自らが操縦を始めたとのことである。


――――旅客機の操縦何て出来るんだ。


関心する熾輝は、コクピットに近づき、犯人が捕まった事を告げようとした時、何やらインカム越しに羅漢が言い争いをしていた。


「――――漢が細かい事を一々気にするものでは無い。当機はハイジャックされ、パイロットが操縦出来ないため、私が代わりに操縦しているのだ。さっさと航路の誘導を開始しろ。」


何やら不穏な感じを漂わせているコクピットでは、珍しく羅漢が怒った様な声をだしていた。


床で気を失っていた犯人からインカムを外し、熾輝は、自分の耳元で会話を聞いてみると、管制台の方でも混乱が起きているのか、羅漢をハイジャック犯の一味だと思っているようだった。


―――ハイジャック犯と間違われて怒っているのか。


羅漢の性格を考えれば、彼が怒るのも無理も無い話であるのは、熾輝とて分かっているが、ただ、相手は通信機越しに話している得体のしれない相手に不信感しか抱いていない。


―――この場合、どうやって相手を信用させるかだけど・・・乗務員さんに話をしてもらっても、脅されていると思われるかもしれない。


インカムを耳に当てながら、思考する熾輝ではあるが、どうやってもうまい方法が見当たらず、ダメもとで羅漢に近づいて声を掛ける。


「羅漢、先ずはこっちの身分を証明しなきゃ、相手もこちらを信用してくれないよ。」


「先程からやっている。しかし、あちら側がそれを信用しないのだ。」


相当怒っているのか、言葉の節々の語気が荒く感じる。


「ちなみに何て言ったの?」


「名前を名乗り、操縦技術に心得があると伝えた。」


「それだけ?」


「それだけだ。」


漢は背中で語るもの。―――――  一昨日の羅漢の言葉が熾輝の中で反響していたが、この場合、彼の口数の少なさが仇となっている。


「聞いておきたいんだけど、羅漢はどうして操縦が出来るの?」


羅漢は押し黙り、仏頂面のまま答えない。


――――怒らせた?


そんな考えがよぎったが、一泊置いて羅漢から帰ってきた。


「昔、アメリカ空軍の友に飛行技術を学んだ。」


「本当に色々な事に挑戦しているね。」


「漢は、常に挑戦し続ける物だ。」


なるほど。と思いつつ、同時に彼らしいと思う熾輝であったが、現状をどうにかしないと、飛行機はこのまま着陸地点を見失い、最悪の場合墜落の恐れがある事から、羅漢に相手が信用出来るような話をする様に促す。


「・・・いいだろう。」


どうやら、羅漢も現状が変わらない限り、自分達はおろか、他の乗客にも危険が及ぶことを理解しているのか、再び管制台との通信を再開する。


「管制台、私の身分については、アメリカ空軍シリウス ブラットレイ将軍が保証してくれる。急ぎ、彼に確認を取ってくれれば、私がハイジャック犯でない事は明らかになる。尚、私と彼との関係は国際法に基づき守秘義務が課せられるため、詮索を控えるよう進言する。・・・こちらも永久に飛行をし続けられる訳ではないため、乗客の安全を考えたうえで、最善の判断を期待する。」


なにやら、熾輝ですら知らないワードが多数含まれていたが、この際そういった情報は、全て無視する事にし、管制台の判断を待つことにした。


『・・・了解した。302便、こちらで確認を―――ガガガ、ガ』


―――なんだ?


突如、通信機から異音がしたため、一瞬故障かと考えたが、その理由は、直ぐに解ける事となった。


『こちら、アメリカ空軍所属、シリウス ブラットレイ将軍である。』


通信機の向こうから渋い、それでいて流暢な日本語が聞こえだした。


そして、通信相手の名を聞いた熾輝は、思わず羅漢を見つめると、顔をほころばせた彼の顔が目に入る。


『空の案内人よ、安心してくれ、ソヤツは間違いなく我が友である。』


『なっ、通信機に割り込みを掛けたのか?いったいどうやって?』


突然の通信ジャックに戸惑う管制台だが、そんな事は関係なしにと、シリウスと名乗る老人の声が続く。


『ふははははは。我が軍の技術力をもってすれば、お茶の子さいさいだ。』


気分よく笑っているが、思いっきり国際問題に発展しそうな過激な発言に、珍しく熾輝は驚いているのか、顔が固まったまま動いていない。


「久しいな、友よ。」


『おお!羅漢、何年ぶりだ?』


「こうして話すのは、実に10年ぶりだ。」


『もう10年か?なんぞ、最近の事に思えるぞ。それはそうと羅漢、一先ず安心して良い、今、部下を使って、役人共に話を通させているから、もうじきお前らの機体は、日本に着陸できる。』


「そうか、感謝するぞ友よ。」


何やらとんとん拍子に話を進めていく通信機の向こう側に居る人物が、余程の影響力を有した人物である事を理解し、熾輝は、一先ず安心していた。


『―――302便へ、こちらで確認が取れた。このまま空港までの航路を此方でエスコートするが、宜しいか?』


そんな折、ようやく管制台に話が通ったのか、熾輝達を乗せる旅客機を誘導する連絡が入る。


『どうやら、滞りなく済んだようだな。ではな友よ、いずれまた何処かで会おう。』


「ああ、友よ感謝する。」


その言葉を最後に、アメリカ空軍シリウス ブラットレイ将軍との通信が切れた。


「こちら302便、エスコートを頼む。」


『了解、302便、これより空港までの航路の確保を行う。乗客の命、彼方に預けます。』


「承った。」


そして漢は、力強く操縦かんを握り直し、パイロットらしい一言を告げる。

「I have control.」

こうして熾輝達を乗せた旅客機は、再び日本へと針路をとった。



―――――――――――――――――――――――




「痛って~。」


「鈴木君、大丈夫かい?」


コクピットでの一悶着が丁度終わっていたころ、エコノミークラスでは、男性の捜査官が顎を抑えながら、上司に介抱されていた。


勿論、犯人グループ達の拘束が終わり、一息ついていた時の束の間の時間帯である。


「大丈夫です。すみません。完全に油断しました。」


「いや、全員無事でなによりだ。」


少々、痛みが残るものの、大した怪我では無いようで、藤井捜査官も安堵していた。


「それにしても、あの少年は、一体何者なんですか?」


「さぁね。私には分からんよ。」


「でも係長は、あの少年と話をしていたから、犯人確保のタイミングを事前に打ち合わせ出来たんでしょ?」


少年と話をした事は、確かに事実ではあるが、藤井捜査官も実際、一方的に熾輝に説明されただけなので、熾輝の事は何もわかっていない。


「私が少年と打ち合わせをしたと言っても、一方的に向こうから話を進めてきただけに過ぎない。」


「・・それで、よく信じる気になりましたね。それに、あの子はどうやって僕らの事を見抜いたのでしょう。」


鈴木捜査官は、熾輝がどのようにして自分達の正体を見破ったのかを疑問視していたが、その答えは、直ぐに上司がくれた。


「それは、先程少年が犯人グループに指示をだしていた通りだろう。」


「途中までは分かりますけど、最後に僕たちの前に来たとき、あの子、護衛対象をはっきりと断言していたんですよ?」


「ああ、そのことか。」


藤井捜査官は、あらかじめ熾輝から聞かされていたネタバレを自分の部下にすることとなる。


結論から言うと、熾輝は対象の探索では無く、捜査官である彼らを探していた。


そして、先に述べた通りの方法で熾輝は3人まで乗客を絞り込み、その内の一人、鈴木捜査官が直ぐに警察官であることがわかったのだ。


理由としては、まず最初に鈴木捜査官が吐いている靴だ。彼等警察官の貸与品の中には靴が含まれており、全国の警察官は全て同じ種類のそして、安価な靴を支給されている。


そのため、熾輝は靴を見て、鈴木の年齢にしては安そうな靴を履いているというところに着目した。


しかし、それだけで彼を警官だとは断定できなかったが、彼の靴底の減り方が他の乗客に比べて早いということが視て分かった。


普通の会社員などと比べて、警察官は足で捜査する職業であるため、この時点で熾輝は鈴木がかなり高い確率で警察官であると思っていた。


そして、決め手になったのは、彼のネクタイピンだ。


パッと見はよくわからないが、しかし、そのシルバーのネクタイピンには、薄らときょくじつしょうが刻まれている。


旭日章とは、分かりやすく言ってしまえば桜の代紋の事である。


それを身に着けていると言う事は、警察関係者の証であると睨んだわけだ。


ちなみに藤井捜査官については、これといって警察官の証となる物は無かったが、強いて言うと年相応の女性とは思えない程に薄すぎる化粧と、マニキュアや付け爪の類が一切無い指で辺りを付けたらしい。


服装は、バリバリのキャリアウーマンなのに反し、女性特有のオシャレを一切そぎ落としたかのような格好は、熾輝から見たらかなり浮いているようにも視えたし、その二人が席を挟むように座っているのなら、これはもう決まりだと熾輝は確信した。


「―――というわけだ。鈴木君、以後私服で勤務する際は、そのネクタイピンは付けない方がいいな。」


「・・・気を付けます。」


そう言いながら鈴木は付けていたネクタイピンを外してスーツのポケットへと放り込んだ。


「それともう一つ、分からないのは一体奴らはどうやって機内に武器を持ち込んだんでしょう?いくら航空警察を買収していても、それだけで機内に持ち込めるものなんでしょうか?」


「それについても、少年が教えてくれた。おそらく飛行機の整備士を買収して、機内の何処かに銃を隠しておいたという事らしい。完璧に思える飛行機の荷物検査も検査する側の人間たちを仲間に引き入れれば訳ないということだとさ。」


まさに完璧なシステムと思わせる検査の内側から仕組まれていた抜け穴にまんまと騙された気分だった。


「さてと、まぁ今回のハイジャックは一件落着したが、護衛の他に私たちには、まだ仕事があるようだ。」


「何かありましたっけ?」


「犯人達の逃走ルートを潰す。ここまで大がかりな犯行をしておいて、自分達が逃走する手段を用意していない訳が無いだろう。空港に行けば必ず捕まる事は奴らとて承知しているハズだ。ならばどうやって逃げるかだが・・・」


「まさか護送要員ですら買収している?」


「だろうな。空港で起きる事件は基本的に航空警察の管轄だ。だから奴らはきっと航空警察の誰かを買収しているだろう。・・・まったく、あの短い時間でここまでの推理をするとは、本当にあの子は名探偵か?」


熾輝に対し、脱帽するばかりの彼等二人であった。


そして、もう1人の物語。そう、今回の騒ぎのきっかけとなった男もまた、目の前で起きた、まるで映画の様な出来事に心を動かされていた。


目の前で必死に自分を守ろうとしてくれていた警察官の行動。


そして、銃を持った犯人に臆することなく立ち向かった一人の少年の勇ましさ。


その全てが彼の灰色だった世界に色を塗り付けて行った。


彼は誓う。自分も彼らの様な正義の味方になると。圧倒的な悪に立ち向かう少年のように、誰かを守ろうとした警察官のように――――



――――あぁ、これがこの人が言っていた事なのか。


幼き日に、誰もが思い描いた理想のヒーロー像、彼は今まで生きて来て初めて本物のヒーロに出会った。



だが、彼を含めて旅客機に居る誰もが知らない。熾輝にはそのような正義の心が存在しない事を―――――だが、その心に熾輝が目覚めるのはもう少し後の話だ。




――――――――――――――――――――




「うぅ、気持ち悪い。」


「自業自得だよ。朱里みたいな子供が、あんな凶悪な犯人をどうにか出来る訳が無い。」


羅漢が操縦する飛行機が順調に日本へと進む途中、気絶していた朱里が目を覚ましたが、電気ショックを浴びた彼女は、酷い吐き気をもよおしていた。


「・・・そうね。少し調子に乗っていたかも。」


「結局、下に居た警察官に犯人は取り押さえられたから良い物の、一歩間違えれば殺されていたかもしれないんだから、肝に銘じておくように。」


犯人達を拘束する際、一役買ったことは、敢えて言わない上に自分の事を棚に上げにしている熾輝は、彼女に対し、少しキツイ物言いを続けていた。


しかし、彼女自身も熾輝が言っている事が正しいと理解しているため、反論はしていない。


「・・・だめ、吐きそう。」


無言でエチケット袋を差し出すが、人前で嘔吐することを彼女のプライドが許さないのか、意地でも吐かないとばかりに、必死で耐えている。


「意地を張らずに、吐いてしまえば楽になるよ?」


青くなった顔は、涙目になりながも首を横に振り、それを拒否する。


「・・・こんなんじゃ、ディアボロスを倒すことなんて出来ないわ。」


「え?」


心の声が小さく口から出ていたが、熾輝には聞き取る事が出来なかった。


「何でも無い。」


一行に吐き気と闘う朱里は、まだ身体の痺れが取れていないのか、歩いてトイレに行くことも出来ずにいる。


そして、彼女の心中には、魔術を使えない一般人に負けた事の口惜しさと、これから日本で自分が成そうとしている事への不安が入り混じり、余計に朱里の心を締め付けていた。


気が付けば、ポロポロと涙がこぼれ、自分の情けない姿が余計に惨めに感じた。


すると、頭にとても暖かい感触を感じた彼女は、その感触の正体をしる。


「泣かないで、朱里には笑顔が似合うよ。」


朱里の頭を優しく撫でる熾輝は、彼女を落ち着かせようと、出来るだけ優しい声で語り掛けてみせる。


「・・・レディーの頭に気安く触ると引っ叩かれるわよ。」


ジト目で熾輝に視線を向けて、精一杯の強がりを見せる朱里だったが、それでも熾輝は少女の頭から手を退けようとはしなかった。


「覚悟はしている。」


そう言って苦笑いを浮かべ少女と視線を交わす。


その途端、朱里の頬が朱色に染まり、熾輝と目を合わす事が出来なくなった。


「も、もう大丈夫だから、手を退けてよ、恥ずかしいから。」


そう言われて彼女の頭から手を退けた熾輝は、密かに彼女の身体を癒すために送り込んでいたオーラを打ち切り、言葉を紡ぐ。


「もうすぐ日本に到着する。短い間だったけど、楽しいフライトと言ったら嘘になるけど、それでも朱里との時間は楽しかったよ。」


手を差し伸べた熾輝に合わせて、少女もまた少年の手を握りしめる。


「私もよ熾輝、いつか偶然日本で会う事があったら、またチェスで勝負しましょう。その時こそ、私が勝たせてもらうわ。」


「・・・うん。約束だ。」


間もなく彼等を乗せた旅客機は、空港に着陸する。


熾輝を乗せる旅客機ハイジャック事件は、おそらく偶然の出来事だったのだろう。


しかし、この旅客機で出会った者達は、これからの彼の物語に大きく関わってくる事になる事は、当の熾輝ですら知る由も無い。


そして、これから始まる熾輝の戦いにおいて、これはただの序章に過ぎなかったことも。



次回からは、いよいよ熾輝の日本での話になります。

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