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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【上】
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第四一話【ディアボロスの帰還Ⅱ】

早朝、熾輝はいつものように白影と修行を行い、いつものように限界を超えるまでしごかれ、立てなくなった所で早朝の苦行が終了した。


そして、蓮家の人達と共に朝食をとる際に、少年は告げる。


「老師、叔父様、叔母様、依琳、お話があります。」


普段の無感情な声とは違い、僅かに緊張した声に蓮家の皆が、熾輝に視線を注ぐ。


白影だけは、どこか覚悟をしていた様な面持ちで、熾輝の言葉を待っていた。


「突然の事で申し訳ありません。僕は日本に帰ります―――」


場に一瞬の静寂が訪れる。


しかし、その静寂は本当に一瞬だった。


―――――――――――――


「熾輝様、本当に宜しいのですか?」


スーツケースに少ない荷物をしまい込む熾輝に問いかける双刃


よく見れば、少年の顔には薄らとした痣が幾つも出来ていた。


「良いんだ。もう決めた事だし、きっと依琳もいつか分かってくれる。それに―――」


言葉を区切った熾輝は、作業の手を止めて溜息をつく。


ここで過ごした1年間を思い出し、熾輝の心に僅かな戸惑いが湧き上がる。


しかし、そういった感情に気が付かないフリをした少年は、再び作業を続けた。


「熾輝様―――。」


そんな少年の心中を察してか、彼の式神は、それ以上は何も言えなかった。


大方の荷物をスーツケースにしまい込んだ少年は、他に忘れている物が無いかと、辺りを見回していると、1年だけではあるが、彼が使っていた机の上に置いてあった写真立が目に入る。


そこには、上海に来て初めて撮った写真が飾られていた。


中央には右眼に眼帯をした無表情な少年、その隣には楽しそうに笑う少女、そして、彼等の回りには、少年を自分たちの息子の様に受け入れてくれた夫妻と、少年の師の姿がそこにはあった。


少年は、ひたすらに写真を見つめていた。


そんな彼の心の中には、自身でさえ理解が出来ない何かが湧き上がっているのを感じていたが、結局それが、どういった感情なのかは、当の少年には分からなかった。


だが、そんな訳の分からない感情を抱いた熾輝は、気が付けば、部屋を飛び出して走り出していたのだ。


「熾輝様!?」


後ろで、少年の名を呼ぶ双刃の声ですら今の彼の耳には入っていない。


そのまま少年は、家を飛び出し、街の中を駆け抜ける。


彼の大切な者の居る所まで。


――――――――――


上海に面した海には、世界中からやってくる船を迎えるため、かなり大きな港が設置されている。


そんな港の外れで、一人の少女は、泣き腫らした顔を俯かせて海とにらめっこを続けていた。


そんな少女の後ろでは、どう声を掛けたらいいのか困り果てていた少年が一人


「イ、依琳。いい加減に帰ろうぜ?」


劉邦は普段、少女が見せる事のない顔を見かけて、ここまで追ってきた。


少女が泣いていた理由は、泣きじゃくる彼女から聞いていて、おおむねの事情は理解している。


「仕方がないだろ、熾輝だっていつかは日本に帰らなきゃならない事は、お前だって分かっていたんだから。」


「・・・りゅうほう」


ようやく自分の問い掛けに反応してくれたと思い、「何だ?」と声を掛けようとした矢先、彼女から負のオーラの様な物を感じ、息が詰まる。


余談ではあるが、依琳は熾輝の様にオーラを使える訳ではない、ただの一般人に分類される。


「アンタどっちの味方なの?」


今この場において、少年は目の前の少女から恐怖しか感じていなかった。


普段、何かと依琳から酷い目に遭わされているが、それは単に少年が女性には決して手を上げないというポリシーからのもので、自力では圧倒的に劉邦の方が強いのだ。


しかし、そんな彼でも今の依琳には勝てないのでは?と思う程に恐怖していた。


「そ、それはモチロン依琳さんです。」


決まってるじゃないですか、姉御~みたいな口調で軽口を叩く劉邦、いつもならここで依琳の拳が飛んでくるが、今日に限っては、飛んでこなかった。


どうも調子が狂うと思っている少年は、おそらく空気を読むのが苦手なのか、時折悪乗りをして、その場を誤魔化そうとする癖があるようだ。


「・・・嘘つき。」


いつもの覇気がない彼女を見かねたのか、頭を掻きむしり、意を決して少女に再び声を掛ける。


だが、今度は彼女を気遣うような言葉では無く、少年の正直な気持ちだ。


「あぁもうっ、本当いい加減にしろよな!」


突然怒り出した少年の言葉を少女は、海を見たまま背中で聞く。


「こればっかりは、しょうがないだろ?お前が駄々をコネても熾輝の帰国が無くなるわけがないんだ。どうせお前の事だから熾輝が日本に帰るって言った瞬間に暴れたんだろ?それでも帰国しようとする熾輝を絶対に殴っているハズだ。いいや殴っているね。」


普段、彼女に痛めつけられている少年の言葉には重みがあった。


実際にその通りであり、散々駄々をコネて、それでも帰国すると言った熾輝に対し、家の家具を投げつけるわ、押し倒して殴りつけるわ、罵声を浴びせるわと酷いものであった。


現在、蓮家のリビングは使用人と家の者達が総出となって家の片づけを行っている状況である。


「俺なんかは、普段から殴られていて慣れっこだけどな、アイツは違うぞ。いつも優しいからって、そんな事をされても優しいままでいて貰えるとは、思わないほうがいい。お前がどんな風に熾輝を殴ったのかは知らないが、絶対に嫌われたな。」


あ~あ、やっちゃった。俺知らねぇ。―――などと少女を責める少年ではあるが、正直なところ、早く目の前の幼馴染は仲直りをして欲しいと願っているのだ。


少年にとっては、不器用な激励のつもりだったが、意外に依琳の心を深くえぐってしまう結果になってしまう。


気が付けば、大量の涙と鼻水を流して泣き始めた依琳。


――――やべっ、言い過ぎた!?


少年が後悔しても時すでに遅し、劉邦は長い付き合いで彼女の性格を良く知っているつもりでいた。


だから、激励をすることによって、立ち直ると思っていたのだが、実際は、打ちのめされて再起不能に陥ってしまった。


――――勘弁してよぉ、攻撃的な癖に意外と撃たれ弱いんだよなぁ。


少年としては、奮起するラインを把握していたつもりで煽っていたのだが、どうもボーダーラインを越えてデッドラインまで足を踏み入れてしまったらしい。


「どうしよう私、熾輝に酷いこと言っちゃった。」


え?言っただけなの?と思いつつも少年は黙って彼女の声に耳を傾ける。


「死んじゃえって、あんたなんかキライって、本当はそんなこと思ってないのに、物を投げて殴り倒しもした。」


嗚咽交じりに語る少女の言葉を聞いて、一瞬「ですよねぇ、依琳さんが殴らない訳ないよねぇ」と心の深いところで思いつつも、普段こんなに泣いたりしない彼女の対応に四苦八苦させられていた。


「わたし、絶対に熾輝に嫌われた。」


そう言うと、さらに大声を出して泣いた。


海は穏やかで、波の音が彼女の泣き声を消してくれることは決して無かった。


そんな時だ


「嫌いに何てなれないよ。」


件の少年、八神熾輝がそこに立っていたのだ。


―――――――――――――――――――――


家を飛び出した熾輝は、依琳を探していた。


しかし、何処を探しても彼女の姿は何処にもない。


いつも一緒に遊ぶ場所、彼女の学校、街の中や公園等々。


だが一向に彼女の姿はおろか、見かけたと言う人すらいない現状のまま少年は、上海の街を走り回っていた。


これ程に探していないと言う事は、彼の知らない場所にいるか、かなり遠くに行ってしまったと言う事なのだろうかと思考すること数分、少年は、人通りの多い通りから離れて、街の外れのまでやってきていた。


そこで、立ち止まり上がった息を整える。


そして、ゆっくりと目を閉じた。


―――――やるしかないか。


意識を集中させ、熾輝は上海の街の中からたった一つの気配を探る。


神通力の修行を初めて5年、未だに習得には程遠いが、それでも彼が唯一使える力を発動させた。


探知の力、現在の熾輝は、1年前とは違って、正確に把握できる探知範囲は約150メートル程であるが、人が殆どいない森の中での探知とは違って、ここは多くの人が行きかう街中、そんな中で探知を行うのは相当な集中力を要するが、魔力やオーラに対して鋭敏な感覚を持つ熾輝にとっては、気配が多ければ多いほど、負荷が大きくなる。


その上、彼の探知範囲外に少女が居た場合、普通は探し出す事など出来ないハズだ。


だが、それを承知で彼は力を使った。


―――――その他大勢の気配は無視しろ、正確な場所なんて分からなくていい。ただ依琳の居る方角さえわかればいいんだ。ずっと、一緒にいた彼女の気配だけを探せ!


気配は人によって異なる。だからこそ誰が何処に居るのかという特定が出来るのだ。そして上海で過ごした1年で、誰よりも彼の傍に居た彼女の気配が分からないわけがない。


そう自分に言い聞かせて、少年はひたすらに彼女の気配の痕跡、彼女の気配そのものを探し続けた。


少年がその場で動かなくなって、およそ10分が過ぎただろうか、額には大粒の汗が浮き上がり、次第に彼の精神力が削られていく。


そして、更に時間が過ぎていく中、少年はゆっくりと瞼を開いた。


「―――――みつけた。」


探し始めたのは昼頃だったと言うのに、日が傾きかけもうじき日が沈む上海の街を少年は再び駆けだした。


―――――――――――――――


上海の港、その外れに位置する場所で、大泣きする少女をようやく見つけ出した熾輝は、少女の悲痛な言葉を聞く。


そして、ゆっくりと近づいて言葉を発した。


「嫌いになんてなれないよ。」


大声で泣いていた少女と、熾輝の突然の声に一緒に居た少年が後ろを振り向く。


そこに立っていたのは、右眼に眼帯をつけ、顔面にうっすらと痣をつくった少年の姿だった。


熾輝を見る劉邦の目は、まるで同志を見つけたかのような視線と表情を浮かべているが、それには苦笑いで返しておく。


それよりも今は目の前の少女とどうやって向き合うかが問題になっている。


ゆっくりと彼女に近づきながら、何と説得したものか考えていた時、以外にも彼女の方から声を掛けられた。


「シキぃ・・・痛かった?」


余程気にしていたのか、熾輝の顔面に出来た痣を視た少女は、不安が混じった声で問いかけてくる。


「うん。依琳のパンチ効いたよ。流石老師の孫だね。」


そんな少年の冗談をどう捉えたのか、ジト目で熾輝を見つめる少女の視線から目を逸らす。


「・・・熾輝の冗談なんて初めて聞いたわ。」


「僕だって言う時は、言うよ。」


「それって、冗談を言った時に使う台詞じゃないわよね?」


「ごめん・・・泣き止んでほしかったんだけど、上手く言葉が見つからなかった。」


そう言って、依琳の傍まで来た熾輝は、少女の頭に軽く手を乗せて、優しく撫でた。


「誤魔化そうとしてない?」


「・・・僕は、大切な人には誤魔化さない。だから聞いて欲しい事がある・・・いや、依琳には知っていて欲しいんだ。」


「何のこと?」


依琳は知らない。


何故、熾輝が日本を離れ、中国に来た理由を。


彼の師である蓮白影は、彼女の両親に事情を説明しており、夫妻はそれを知った上で熾輝を受け入れてくれた。


ただ、まだ幼い依琳には言うべき事では無いと判断したため、今まで黙っていたのである。


そして、何故、熾輝が日本に帰ろうとしている理由も彼女はまだ何も知らない。


ここに居るのは依琳と劉邦の二人だけ、熾輝は自分の大切な人に包み隠さず、全てを話したのだ。


「何よそれ!熾輝は全然悪くないじゃない!」


「それって、本当にお前がやらなきゃいけない事なのか?」


話を聞いた二人からは、それぞれ別の言葉が投げかけられた。


そして、熾輝は二人の言葉に対し、真摯に答える。


「ありがとう依琳。だけど、僕の両親がやった事とはいえ、息子である僕が無関係をとおす訳には行かないんだ。」


「なんで、親がやった事を子供の熾輝が責任を取らないといけないのよ!?」


「きっと責任は取れない。きっと、僕以外の誰にも責任を取ることは出来ないし、人の責任能力を超えている。だけど、被害者の家族にそれは通用しないし、責任がとれないからといって、何もしないわけにはいかないんだ。」


依琳の言う事は正しい、親の責任を息子である熾輝がとる必要なんてきっと無いのだろう。


しかし、この問題は彼が責任を取れないからといって放っておいていい事でもないのだ。


それが、熾輝が心から思っている事では無くても、いずれはどうにかしなければならない彼の問題である限り、一生少年は枕を高くして眠ることは出来ない。


「俺には難しすぎて良く分からないんだけどよ。だからって、日本に帰って何かが変わるのか?その・・・ローリーの書って言ったっけ?それが一体、何だっていうんだ?話を聞いた感じ、お前の叔父さんの後始末みたいに聞こえるけど、そんな事をして何になる?」


疑問の多い劉邦に対し、熾輝が答えたのは一つだけ。


その一つが全てで、その一つが全てに繋がっている。


「ローリーの書は、ただの魔導書とは訳が違う。その魔導書には、エアハルトローリ―が生み出した秘術の全てが内包されていると言われているんだ。僕が日本に行くのは、そのローリーの書によって引き起こされている事件の終息だけじゃなく、本当の目的はローリーが残したある秘術の収拾だ。」


「ある秘術?」


「ヒストリーソースの秘術―――簡単にいうと、対象の履歴を知ることの出来る魔術・・・つまり、僕の失われた記憶と、あの時の真実が明らかになるかもしれない。」


あの時、熾輝の両親がどのような理由であのような魔術を発動させたのか。


そして、なぜ100万人の犠牲を払って熾輝を生かしたのか。


その話を聞いて、依琳はどこか悲しそうな憤っているような、何とも言えない表情をし、劉邦は納得したのか、肩を落として語り掛ける。


「そっか、熾輝の過去をしるには、その方法が一番手っ取り早くて、一番確実な方法ってことか。」


劉邦の言葉に対し頷きで返事をする。


しかし、熾輝の中では確実性については、それほど高くないと思っていた。なぜなら、彼に魔術は使えない。それは、例え魔導書を手に入れたとしても、熾輝に使う事が出来ない事を示していたからだ。


しかし、彼の師には魔術のスペシャリストが居るため、その事については、それ程高いハードルとは思っていない。


そして、熾輝は自分の思いを口にする。


「・・・依琳、僕は正直ここを離れたくは無い。だけど、僕が逃げている限り、きっといつか皆に迷惑を掛ける事になるんだ。そうなった時、僕はきっと今日本に行こうとしなかった事を後悔する。」


大切な者の事に対し動く熾輝の心


これは決して依琳を説得するための文句ではなく、熾輝の正直な気持ちだった。


「・・・直ぐに帰ってこれるの?」


「分からない。もしかしたら何年も掛かるかもしれないし、もう帰って来れなくなるかもしれない。」


「・・・。」


「それでも、蓮家の人達が僕の事を家族って言ってくれた事がとても嬉しかった。だから、僕も依琳を家族と思いたいし、依琳もそう思ってくれるなら分かってほしい。」


「・・・熾輝は、ずるい。」


「え?」


「私が熾輝の事を家族って思わないわけがないじゃない!そんな言い方たされたら、私は・・・わたしは・・・。」


再び泣き始める依琳の肩は、僅かに震えていた。


そして、キッ!と睨みつけるように熾輝と視線を合わせる。


しかし、そこにあるのは怒りの感情ではなく、不器用な彼女がこれ以上涙を流さないために堪えている表情


「熾輝!いいこと!例え日本に行っても、私たちが家族であることは変わらないわ!」


「依琳・・。」


彼女は、きっと納得はしていないのだろう、しかし、熾輝の事を思えば送り出してあげなければならない事は、幼い彼女にも分かっていたのだ。


だから日本へ行く彼には、わかったとも、理解したとも、ましてや別れの言葉すら言う気はない。


その代りの彼女らしい激励の言葉が用意されていた。


「この先、アンタに何かあって、私たちとの縁を切らなきゃいけなくなったとしても、切ってあげたりなんかしないんだから!それ程にこの絆は強いと知りなさい!それと、アンタが困った時は、蓮一族で日本に乗り込むんだから!来ないでって言っても無駄だからね!」


彼女の言葉は、滅茶苦茶だった。


しかし、滅茶苦茶な言葉の中に彼女の思いが沢山詰まっている。


この時、熾輝は中国に来て、初めての笑顔を見せた。


「ありがとう依琳」


そして、3人は夕日が沈んだ上海の街を歩きはじめる。


彼らの後ろには、世界でも有数のスポットとして知られる100万ドルの夜景が広がっていた。


熾輝が上海に来て1年が経過していたが、この景色を見るのは初めてで、絶景と呼ぶにふさわしく、まさに100万ドルの価値があるのだろうと思わせられたが、今日、彼が得た物には、計り知れない価値があった。


――――――――――――――――


上海国際空港、そのロビーで、一人の少年を送り出すために、沢山の人達が顔を出していた。


今まで世話になった蓮家やその親戚の人達、近所の人や、武術連盟の老若男女等々、いったい、子供一人を送り出すのに、どれだけの人が集まるのか、分かったものでは無い。


―――さすが老師の人徳はすごいな。老師の知り合いがこんなに集まってくれてる。


熾輝は、自分のために集まっているとは毛ほども思っておらず、皆、師である白影の弟子が帰国するからわざわざ足を運んできてくれたと思っていたが、そのように思っているのは、彼だけである。


皆、老師のためではなく、熾輝のために集まっている。


「熾輝!頑張りなさい!舐めた真似をしてくるような奴は、片っ端等からぶっ飛ばしてやりなさい!」


最後まで元気な依琳に苦笑いで返す。


「おい熾輝、まだ勝負は付いていないんだ。次合う時は、俺が必ず勝つ!それと・・・」


再戦の約束、そして彼が手渡してきた物。


そこには、お世辞にも上手とは言えない小さな手作りの人形が握られていた。


「アイツの母ちゃんから預かってきた。・・・3人の約束、忘れるなよ。」


3人の約束、それは、依琳も知らない、熾輝と劉邦、そしてもう一人の約束。


人形をしっかりと握りしめて、劉邦と視線を交わす。


「忘れない、絶対だ。」


男同士の秘密の約束とでも言うのか、いつもならここで、依琳が「わたしにも教えなさいよ!」と出てくるところだが、既に彼女は大泣きをしていて、それどころではない。


「熾輝さん。」


「老師」


最後に出てきたのは、師である白影


彼は、いつものように穏やかな心で熾輝に声を掛ける。


「身体には気を付けるんですよ。それと、修行は毎日行う事。あと疲れたらしっかりと休むことも覚えなさい。君は、真面目なのはいいが、少々難しく考えるところがありますから、時には立ち止まるのもいいでしょう。」


「はい。」


「えーっと、それから――――」

その後、幾つもの言葉を白影からもらった熾輝ではあったが、いい加減長すぎる話に業を煮やした他の見送り人達によって、白影の話は強制的に終了させられた。


そして、熾輝が搭乗する飛行機の出発時間のアナウンスが流れる。


「――――皆さん、この一年本当にお世話になりました。いつになるかは、分かりませんが、きっとまた帰ってきます。」


ペコリと一礼し、熾輝の最後のあいさつでは終わったが、この辺りのあいさつは、慣れていないため、完結に言って、別れを済ませた。


そして、歩き始めた熾輝の後ろでは、見送りに来てくれた人たちの声が空港内に響き渡る。


搭乗し、離陸を開始した機内から、少年は外の風景を袖を引かれる思いで見つめる。


―――――――また、来れるといいな。


自然とそんな思いが浮かんできた少年は、目的地である日本へと飛び立った。


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