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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
修行編
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第三九話(修行編完結)

―――――ここを出て行く。


その言葉の意味するところは、ただ単に出かけてくるという意味合いの物とは違い、文字通りの意味だと言う事は、幼い熾輝にも分かった。


清十郎と出会って、約5年の月日は、感情の無かった熾輝にとって、彼という存在は既に少年の中で特別な物へと変わっていたのだ。


「師匠、ここを出て行くって、どういう事ですか?」


明らかなる動揺


熾輝には感情が無かった。


しかし、少年はある事柄においては少しだけの感情が湧いてくる。


それは、大切な人への思いだ。


月日を重ねる事により、熾輝は清十郎が大切な人だという感情を獲得していた。


その彼が、自分の前から居なくなろうとしている。


かつて、魔界で出会った女の子との別れの際に味わった気持ちが再び甦る。


「お前を魔界から連れ戻す前に、ある任務を受けていてな、今夜がその約束の日なんだ。」


清十郎は嘘を言っていない。


しかし、熾輝を助けるため天上人と契約を交わしたことは黙っている。


「任務って・・・直ぐに戻ってくるんですよね?」


不安そうな顔をして清十郎に問いかける。


こんな顔をする熾輝を清十郎は、今まで見たことが無かった。


見たことが無かったからこそ、彼の中で不安と安堵が入り混じった感情が交錯する。


「おそらく直ぐには戻ってこれない。恐らく何年も掛かる任務になるからな。」


「そんな、急に」


「すまないな、今まで言えなくて。実を言うとお前にこの事を言うのが怖かったんだ。」


清十郎の言葉の意味するところが熾輝には分からなかった。


なぜ師匠は怖いと思ったのか、少年からは疑問符しかあがらない。


「えっとだな、まあなんだ。」


「?」


煮え切らない清十郎は、中々話を続けようとしない。


「あああもうっ!恥ずかしがらずに言えばいいでしょう!嫌われると思ったからって!」


そこへ、乱入してきたのは葵だった。


「なっ!?」


彼にしては珍しく狼狽えている。


ここ数年一緒に居て彼のこんな顔は今まで見たことが無く、少年は少し驚いていた。


「葵お前いつから聞いていた!?」


「最初からよ。そもそも何時からも何も、まだ大した話なんてしていないじゃない。」


彼女の言う通り、清十郎はまだ一言二言ぐらいしか話をしていない。


「ごめんね熾輝君。君の叔父さんってクールに見えて実は口下手なだけなのよ。」


「・・・・。」


何も言い返せないところを見ると図星らしい。


しかし、話の腰が折れてしまったままでは、居られないため、話を元に戻した。


「師匠、僕が師匠を嫌いになるなんてことはありません。むしろ尊敬しています。」


「・・・そうか、ありがとう。」


いくらか話の軌道が元に戻ったところで、清十郎は話を続ける。


「お前には、俺の剣技の殆どを叩きこんだ。あとは自分で磨くことだ。それと、お前の今後の事は、4人に任せてある。だから、俺が居なくなっても修行は毎日欠かさずやるように。」


「・・・。」


「どうした?」


熾輝にしては珍しく清十郎の話に反応しない。


「師匠、本当にその任務というのは、師匠が行かなければならないのでしょうか?」


僅かな期待を込めた眼差しが清十郎に向けられる。


「ああ。俺でないと務まらない。下手をすると何億という人間が死ぬことになる。」


何億という表現はいささか言い過ぎなようにも聞こえるが、天上人から聞いた話では、実際その通りの事が起きると言われていたため仕方がない。


「だけど、師匠は僕に剣を教えてくれるって約束したじゃないですか。」


「・・・そうだ。約束した。」


「だったら、何で僕を置いて行こうとするの!?」


「「っ!!」」


声を大きくし、感情を表に出した熾輝を見た清十郎と葵は思わず驚いてしまった。


この子が今までこのように感情を表に出して、しかも子供の様に嫌がる様子を見たことが無かったからだ。


「嫌だよ叔父さん、僕もっと頑張るから・・・ずっと一緒に居てよ。」


「・・・。」


だが、清十郎は困惑したまま固まっている。


今、この子の傍を離れて本当にいいのか。


この子には、自分しか居ないじゃないか等の感情が清十郎の中で駆け巡っているのだ。


尚も引き下がらない熾輝に何を言ったらいいのか分からない清十郎の横を葵がすり抜けて、熾輝を優しく抱きしめた。


「熾輝君、聞いて。」


葵は怒るでもなく、無理やり言い聞かせるでもなく、優しく熾輝に教え諭す。


「清十郎がこれから行く場所は、下手をすれば魔界以上に危険な場所なの。それに彼が行かないと、沢山の人達が死んでしまう事にもなるわ。それは、熾輝君や私、法師たちだって例外なく死んでしまうかもしれない。彼はね、自分の大切なものを守るために行くの。」


世界の厄災


かつて天上人が清十郎に言った言葉、それは例外なく人を殺す


それを止められるのは清十郎ただ一人。


「・・・守るため?」


「そうよ、誰でも出来て、誰かがやればいいことは沢山あるけれど、これは清十郎にしか出来なくて、清十郎じゃなきゃ駄目なことなの。だからお願い、彼を安心させてあげて。このまま熾輝君の事を心配した状態で任務に行ったら、彼は失敗するかもしれない。」


葵の話を聞いていた時、熾輝は自分の頬に落ちて来た雫に気が付いた。


それは葵の涙、震える身体を必死に耐えるように、より一層熾輝を強く抱きしめる。


それを目にした熾輝は、自分の大切な人の悲しみを止めてあげたいと心から思った。


「叔父さん。」


熾輝の声に反応して清十郎が見つめる。


「絶対帰って来てくれる?」


「ああ、帰ってくる。」


「また僕に剣を教えてくれる?」


「ああ、教えてやる。」


「その頃には、僕の方が強くなっているかもしれないよ?」


「だが、その頃には俺は、もっと強くなっている。」


「それと・・・」


まだ何かあるのかと聞いた清十郎は、少年の次の言葉に対し、今までに無いくらい狼狽してしまう。


「帰ってきたら葵先生をお嫁さんにしてくれますか?」


「「~~~っ!!!!?」」


誰も予想をしていなかったその言葉に聞き耳を立てていた家の中の3人は、口の中の者を盛大に噴き出していた。


ここ数年、葵に対する清十郎の接し方、そして清十郎に対する葵の接し方は誰が見てもお互いの事を意識した物だった。


そんな事は、子供の熾輝にすら分かっていたのだから、他の師達も気が付いていないハズが無いのだ。


恐らく葵は、清十郎が好きで、清十郎も又、葵を好いている。


そんな推測をしていた熾輝は、このまま二人を離れ離れにしてはいけないと、子供心に思ったのだ。


だからこそのこの突拍子もない言葉は、熾輝らしからぬ発言だった。


そして、当の本人たちは、冗談にしては、冗談に聞こえない、少年の純真無垢な言葉に何と答えていいのか迷っていたが、首元まで真っ赤にした葵から、その拮抗は破られた。


「じゅ、・・・・十年までなら待っててあげるわ。」


一瞬の空白、だが男の中で、これまで鍵を掛け、封じ込めていた気持ちの錠が音を立てて砕けていった。


「・・・帰ってくるさ、必ずな。」


とても晴れやかな顔をして男は答えを返した。





――――――――――深夜、日付が変わろうとするころ、その人物が光の船に乗って現れた。


清十郎の横には、ソファで眠る甥っ子の姿があり、見送りたいと言っていた少年は、つい数分前に睡魔に襲われて眠りについてしまったのである。


清十郎は、甥っ子であり、愛弟子である少年の頭を優しくなでて、席を立った。


「それでは、後の事をよろしくお願いします。」


4人に一礼して、彼の愛する人たちと視線を躱し、愛する女性を抱きしめた彼は、名残惜しみながら踵を返し、外に出た。


光量を増した光の船は、男の乗船が済むと、一気に高度を上げて空の彼方へと飛び去って行った。


気が付けば外に出ていた葵は、空を見つめたまま動かない。


彼との出会いは、彼女の人生そのもの


初めて好きになって、初めて嫌いになり、そしてまた好きになっていた。


彼女は待ち続ける、愛する人の帰りを何年もの間


「バイバイ、私の王子様。」


誰にも聞こえない声が満天の星空の中消えていく。




――――――――――――――――――――――――――


満天の星空の元、それは立ち尽くしていた。


そこは、つい一日前まで見えないビルがそびえ立ち、辺りを山々に囲まれていた場所


しかし、今は見る影もなくビルは崩壊し、山々は何か巨大な生物が通り過ぎたかのようにえぐられていた。


人の形をした何かは、一冊の本を抱きしめている。


だがその本に内容は掛かれていない白紙の状態である。


人型のそれは、長い金の髪を靡かせてただ星空を見つめていた。


膨らんだ胸から、それは女性であると分かるが、みる者が視れば人ではないと直ぐに気づくであろう。


その表情からは寂しさや虚無感、悲しみといった負の感情しか読み取ることが出来ず、彼女はたった一言だけ呟く。


「・・・・ィ、私また一人になっちゃったよ。」


歩みだしたその先に何があるのか、今の彼女には見当もつかない。


ただ一つ言えることは、彼女は熾輝の敵になると言う事だけだ。


―――第一章【修行編】完結。

結構長々と修行編を書きました。

初めての執筆でまとまらない部分もあったと思いますが、次回からはもう少しまとまった内容を書いていけるように心がけます。

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