第三七話
実証は、終わった。
結果的に言えば熾輝の力は、今となっては仮設の域を出ない。
しかし、日本における最高峰の魔術師達が、熾輝の二つの異能を認めざるおえなかった。
一つは、過去、熾輝にはどんな魔法でも発動する事が出来たころ。
一つは、現在、熾輝の魔力は、どんな魔法にも適合しないということ。
以上のことから、現在の熾輝に価値を見出す事が出来なくなったため、魔術結社及び十傑とその傘下の一族は、熾輝の力を欲しがることをしなくなる。
「―――この実験の結論は、既に出ました。議長、採決をお願いします。」
御代の呼び掛けに応え、議長である老人が、声を出そうとしたとき、何人かの十傑が声を上げた。
「ふざけるな!こんな実験は、無効だ!」
「どんな魔術にも適応しない?そんな魔力があってたまるか!」
「魔術を発動出来ない魔力に一体なんの価値がある!?我々は一体この日をどれだけ待ったと思っているんだ!!」
それは、とても日本の一族達をまとめる十傑の言葉とは、思えない物だった。
「だいたい、五十嵐殿!何を平静に採決を取ろうとしているのだ!」
「そうだ、彼方が我々にそこの餓鬼を封印指定にするべきだと話を持ち掛けて来たのではないか!」
その言葉に一番驚いていたのは、十傑五月女重吾であった。
彼は、五十嵐御代に対し、口では非情な事を言っていても、何か考えがあってこの封印指定という制度に熾輝の名を出したと信じていたかったからだ。
しかし、その希望的観測はみごとに裏切られた。
「まるで、私が悪い様な言い方は、止してください。確かに封印指定の話を持ってきたのは、私です。しかし、この少年が日本にとって大きな災いの種になると本気で思っての事。結果、現在この少年に力が無い事が分かってよかったと、胸をなでおろしているところですわ。」
御代は涼しい顔をして言い放った。
自身の孫の事など何とも思っていない口ぶりで。
「貴様っ!我等の思いを知っていてよくそんな事が言えるな!」
頭に血が上っているのか、顔を真っ赤にして、男は睨みつける
「ご子息を神災で亡くされたことは、お悔やみ申し上げますが、我々は、そういった私情を挟まずに務めを果たさなければならないのではなくって?」
「このっ!!~~っ。」
ぐうの音も出ない男たちは、それ以上なにも言い返す事が出来なかった。
そこで、ようやく溜息をついた議長は、十傑全員に向かって採決を執り行う旨を申し立てた。
「――――では、異議のある者はこの場で申し立てよ・・・・・・無いようだな。」
最後に議長は、木戸に視線を向け、それに答えるように木戸も首を縦に振った。
「以上をもって、今議題である封印指定は否決とし、更に八神熾輝の両親の式神を少年本人に変換するものとする。これにて閉廷!」
議長の一言で、十傑会議が一旦の幕を閉じた。
そして、丁度タイミングを見計らったように、木戸の携帯が着信を知らせる音が鳴り響く。
「おう、俺だ。――――。」
携帯電話を取り出して、通話を始める木戸は誰かと話している。
恐らくは、魔術結社のアジトへと向かった風間と会話をしているのであろうと熾輝は思った。
清十郎の事であれば心配いらないと他の師から言われているが、熾輝も向こうの状況が気になっている。
木戸が電話の向こうの人物と話していると、熾輝に近づいてくる一人の老人がいた。
その老人は、先程まで車椅子に座っていた五月女重吾だ。
今は、両足の義足と杖をつかって、よろよろと歩いているが、その顔からは、曇りのある表情が見て取れる。
「君が熾輝君かい?」
先程、自身との血の繫がりを確認し、魔法発動実験の際、熾輝に触れていて、わざわざ確認する必要があるのか、熾輝には疑問だったが、重吾の質問に素直に答えることにした。
「はい。僕が八神熾輝です。あなたは?」
熾輝が目の前の重吾に名前を聞いたのは、別に不思議なことではない。
記憶を失った熾輝にとって初めて会う相手であり、師達から自分の祖父が十傑のメンバーであることは、知らされていなかったのだ。
「あ、ああ。これは失礼したね。」
重吾は、多少狼狽えながらも、自身の名を口にする。
「私の名は、五月女重吾・・・君の父方の祖父だ。」
「僕のお爺ちゃん?」
「ああ、こうして話をするのは実に何年振りかな?もっとも君が記憶を失っていることは、和也から聞いていた。だから覚えていないのは無理も無い。しかし・・・。」
言葉を切った重吾は、熾輝の事を見つめ、目を潤ましている。
今にも泣いてしまいそうな顔だ。
そして、熾輝の前で突然跪いた。
「すまなかった!」
「?」
突然の重吾の行動に熾輝はどうしたらいいのか迷っている。
「君にはつらい思いをさせてしまった。5年程前、君を魔界から連れ帰った清十郎が、何年振りかに五月女に帰って来て初めて一族を頼ってきた。それなのに一族の者が君にあのような仕打ちを・・・それに、そんな大事な時、儂は傍にいてやることすら出来なかった。」
5年程前、熾輝が人間界に帰還して、清十郎に連れていかれたのは実家である五月女家だった。
しかし、一族の中には神災の被害、つまりは熾輝の両親が発動させた魔術により死んだ者の家族がいた。
その者達によって熾輝は殺されかけ、葵によって命を救われたことになっている。
しかし、その事件の際、重吾は病院のベッドで意識を取り戻さないままの状態が続いていた。
「・・・お爺ちゃん頭を上げて下さい。」
そう言って、熾輝は両膝をついて、重吾の傍で語り掛ける。
「あの時、ああなったのは、きっと仕方のない事なんだよ。」
「っ!」
仕方のない。
その言葉を聞いた重吾は、ハッとして熾輝の顔を見る。
熾輝の表情は、いたって普通だった。
特に何かを感じている訳でもなく。
何かを納得したような、そんな顔だった。
「僕は、ついさっきまで自分が何であんなことをされたのかとか、何で魔術結社に狙われたのかを知らなかった。でも本当の話を叔父さん・・・師匠から聞かされた時に納得できました。」
納得できた。
そんな馬鹿なことあってはならない。
重吾の心の中に、熾輝が殺される理由なんて一つもありはしなかった。
「だって僕の両親は、それだけ酷い事をしたんでしょ?だったら僕を殺そうとする人がいるのは、自然なことなんだから。」
「なにを」
目の前の少年が何を言っているのかが分からない。
熾輝の言葉を聞く度に、重吾は混乱するだけだった。
「なぜそんな考えに行きつくんだ?」
「あれ?僕なにか間違ったこと言いましたか?」
唖然とした。
熾輝が感情を失った事は、もちろん重吾も知っていた。
だが、それは、少しずつ戻り始めているとも聞いていたことから、あれから5年近く経ち、
熾輝の感情も元に戻っているものかと思っていたが、そうでは無かった。
基本式は、物事の文章から何が最も適した答え方なのか、どう返したらいいのかを判断する。
ただ、そこに熾輝の一切の感情が入り込む隙のない受け答えなのだ。
確かに感情は一番最初、つまりは、熾輝が感情を失ったころに比べれば少しは感情が出てきているだろう。
しかし、それは熾輝がもっとも親しくした者達に対してや繰り返される物事に対する物に対してだけだ。
例えば熾輝の5人の師匠達に対する思い。
例えば修行を行って強くなれない、才能が無い、強くなりたい。
といった、反復性からようやく思うところがあるといったレベルである。
だから熾輝は、自身で興味を持つということは無いし、師匠達からの言いつけが無ければ何かに興味を示す事はない。
以前、料理の手伝いをした時もどんな味がするのかとか、どんな食感がするのかという普通の人がもつ些細な疑問ですらも持たない。
だが、師匠達に目についたものに興味を示せと言われても良く分からなかったが、目についたものを知ろうとしなさいと言われてからは、熾輝は目につくもの全てを知ろうとした。
だから、熾輝の頭の中には、色々な知識が詰め込まれ、その情報や文章を総合して話を理解する。
故に熾輝は、自身が置かれている状況を自身のしる情報と話から仕方の無い事と結論付けているのだ。
「―――いや、そうでは無い。そうでは無いが・・・熾輝君」
重吾は先程の泣きそうな顔から一変、顔に力を入れ、キリッとした表情になり、何かを決意した。
「私の元に、五月女家に戻ってきなさい。」
重吾の言葉に熾輝は一瞬目の前の老人が何を言っているのか理解できなかった。
しかし、それは熾輝の脳内の情報から答えを導き出している途中の停滞時間である。
「ごめんなさい、それは出来ません。」
「・・・何故かと聞いてもいいかな?」
重吾は、穏やかな声で自身の孫に問いかける。
「僕が五月女家に行くと、誰かが僕を殺そうとします。」
「儂がそんな事はさせない。今度こそ守って見せる。」
「でも、僕が居る限り、その人たちは、ずっと恨みを抱えながら生きていくでしょ?復讐の相手が目の前に居てそれが出来ないのは、きっと辛い事のはずです。」
「・・・だったら君からその者達を遠ざけよう。儂にはそれが出来る。」
「そうでしょうね。」
「では」
重吾の言葉を肯定する熾輝の言葉に、五月女家に来てくれるという期待が篭る。
「でもそれは出来ません。しちゃいけないです。正しくありません。」
「正しくない?」
感情のない熾輝の言葉とは思えない一言に重吾は再びの思考停止に陥った。
「前に叔父さん・・師匠が言っていました。『自分の利益のために誰かを虐げるような真似をするな。例え自分が虐げられても許せる人間になれ。』って。」
それが熾輝の中での基本思想
それに基づいた熾輝の行動原理の一つ
この五年の間で、師達から与えられた熾輝の行動原則は、複数存在する。
だから熾輝が行動する時、判断する時の材料としてその原理が中軸となる。
しかし、そこに熾輝の意志は関係ない。
「だが、それでは、君が余りにも不憫じゃないか?」
「・・・。」
熾輝は答えない。正しく言うのであれば答えられなかった。
少年の中に重吾からの問い掛けの答えが無いからだ。
少年は、今まで一度として自分を中心に物事を考えたことが無い。というより出来ない。
だからこそ自分を不憫という重吾に対して答えられる情報がない。
「熾輝君、私の申し出に対して君は、自分の気持ちや考えを持たず、誰かから言われた事を実行しようとしているだけではないのかい?」
その通りだった。
重吾の言葉は的確に熾輝の今の現状を見破ったものだった。
重吾は、熾輝の肩に義手でない方の手を置いて諭すように語り掛ける。
「きっと、この問題は、君の様な子供が簡単に答えを出して良いものでは無いし、ましてや周りに言われた事をただ実行に移すだけでは、君という一人の人間は将来不幸になってしまう。」
「不幸?」
「そうだ。そこに君の意志が無い以上、君だけではなく、君の回りの人間までも不幸になってしまう。だから・・・」
だから自分の元へ来い
そう言いかけた重吾の言葉を否定する声が二人の会話に割り込んだ。
「いいかげんにしろ親父。」
後ろを振り向けば、いつの間にやってきたのか、清十郎の姿がそこにはあった。
身体の所々に誇りや汚れが目立つが、怪我どころか、ただの一つだって傷を負っていない。
「清十郎お前、いつの間に・・・」
そこで、清十郎の後ろに佇む円空を視界の端に捕えた重吾は、直ぐに理解した。
恐らく先程の木戸に掛かってきた電話と関係していて、円空が清十郎を迎えに行ったのだと。
そして、ズカズカと清十郎は、己の父親の前まで歩いてきた。
「親父、久しぶりだな。身体の方はもういいのか?」
「ああ、少し不自由することはあるが、これくらい大した事は無い。」
数年振りの家族の会話であるはずだが、清十郎はあからさまに社交辞令をとおしているような声色で話しかける。
「親父、単刀直入に言うが、この子を五月女にかかわらせるつもりはない。」
「・・・何故だ?」
我が息子の言葉を聞いて、重吾は思うところはあったが、黙って理由を聞くことにした。
昔、息子の言葉を聞かずにただ言い聞かせようとしたため、この親子の関係は完全に破たんしてしまった。
重吾の中では、それが過ちだった事を十分に理解しているため、やり直したいと思っているが、どうやら清十郎にそのつもりがない様にもみえる。
「あの家の中では、熾輝は殺される。以前の様に命を狙われるだけじゃない、熾輝という一人の人間が、存在が、あの家では殺されるんだ。」
清十郎の余りにも過激な言葉に、普通の者が聞けば、そんな非常識な事はあるはずが無いと思うであろうが、五月女家という一族を知る重吾に、それを否定する事は出来なかった。
五月女家は、古来から日本の霊的秩序と防衛を担ってきた一族であり、五月女の中では、力こそが絶対とされている。
だからこそ、一族の中で力を持たない者は、力を持つ者に蔑まれる。
そして、ここに居る清十郎こそが一族の、しかも直系として生まれながら力を持たない者として生まれた本人なのだ。
彼の兄は、一族の中でも歴代トップクラスの才能に恵まれていた。
しかし、弟である清十郎には才能が無く、一族の中で蔑まれ続けてきたのだ。
「アンタが気が付いていたかどうか知らないが、俺はあの家では、居ない者として扱われ、直系であるのに才能が無いと言う事で物扱いされた事もあった。」
だが、彼は一人の師と出会う事が切っ掛けとなり、今の強さを手に入れた。
「そんな家に熾輝を放り込んでみろ、きっとこの子は五月女に殺される。」
「ならば何故お前は、この子を魔界から連れ戻した時に五月女家に連れて来た。」
「連れて行きたくは無かった。だが、俺が何年も家を空けている間に、もしかしたら、あんたが当主となった五月女家ならきっと何かが変わっているはずだと期待していたんだ。」
五月女の闇、それは重吾も幼き日より感じていた物だ。
だからこそ、重吾が当主になってからは、そういった事の無いように努めてきた。
結果として、それは改善の兆しをみせた。
だが、重吾が不在の数年の間にそれは、簡単に崩れ去ってしまい、今も五月女の闇は残ったままである。
「結果は直ぐに分かった。あの糞爺と取り巻きの幹部どもを見れば一目瞭然だった。」
前当主が熾輝を家から追い出すといい、それに対し反対意見を言わない幹部、それは清十郎が五月女と完全に袂を分かつ決定打であった。
「だから絶対に熾輝をあの家には行かせない。この子の家族は俺達だけだ。」
いつの間にか清十郎と熾輝の後ろには、葵、円空、昇雲、白影の4人の師が立っていた。
「・・・ただの跳ねっ返りだと思っていたお前がここまで成長していたとはな」
重吾は小さな声で呟く
過去の清十郎を思い出したのか、僅かに顔をほころばせた彼は、真直ぐ清十郎を見つめる。
「悪かった。清十郎、熾輝君年寄りの妄言だと思って聞かなかった事にしてくれ。だが、何かあった時には、儂を頼ってくるんだぞ。」
重吾は最後、自分の孫にそう言い残して、その場を離れて行った。
――――――――――――――――――――
十傑をもとの会場へ送るため、円空が熾輝達の元をいったん離れていた頃、風間は目の前の光景に頭を悩ませていた。
「構成員の捕縛を最優先にしろ!」
「怪我人!?そんなの縛り上げて一箇所にまとめてろ!」
部下たちの慌しい声も今の風間の耳には入って来ない。
彼の目の前には先程まで魔術により視覚化されていなかったビルがむき出しにされている。
だが、そのビルは見るも無残に崩壊し、今は何かの建物があった事くらいしか分からない状態だ。
少し視線を外したその先にはビルを囲んでいたハズの山々がごっそりと削り取られたかのような爪跡が刻み込まれている。
「・・・はぁ」
彼はこの日いったい何度目になるか分からない溜息をついて、ようやく行動を起こす事にした。
しかし、動きを妨げるように彼の携帯電話が鳴り響く
「もしもし」
電話の相手は彼の上司である木戸伊織だ。
風間は、現状を木戸に伝えると同時に後ろで瀕死の状態の老人に視線を向けた。
そこには暁の夜明け総帥が見るも無残な状態で放置されている。
『そうか、ご苦労だったな。一応、応援部隊をそっちに送ったからお前さん等は部隊が到着次第、構成員をつれて戻ってこい。』
「分かりました・・・。」
『風間』
「はい?」
『あれは俺達とは別次元の存在だ。無い物ねだりはするな。』
木戸は、風間の心中を見透かした様な言い方をしたが、風間の中の炎は決して消える事は無い。
彼が今日みた男の強さは、間違いなく彼の憧れとなっていた。
「木戸さん、オレは負けませんよ。」
『・・・そうかい。まぁお前さんはまだ若いんだ、己の限界に見切りをつけるにはまだまだ早るな。さっきの言葉は忘れてくれ。』
そう言って、通話を切った木戸ではあるが、部下の成長を喜び、一人ほくそ笑んでいた事を風間は知らない。
数時間後、応援部隊が到着したため、風間達は構成員を本部まで護送する運びとなった。
彼の頭の中には、濃密すぎる今日一日の出来事が回想されていた。
狙われていた少年の傍にいた化け物達のこと。
逃げる少年を保護するためとはいえ、魔術を放ち、先輩と老人二人に説教された事。
そして、彼の憧れとなった男の戦いを目にしたこと。
彼は、十二神将に抜擢されて日も浅い。
というのも神災で、前任者達が全滅して、急きょ彼がその役職についたのだ。
だから、現在の十二神将の中で、前任者と同等の力を持つ者は、木戸伊織くらいしかいない。
今後、彼は様々な経験を積み、おそらくは今よりもずっと強くなるだろう。
だが彼にはやらなければならない事が一つだけ残されていた。
「木戸さん・・・次いでとばかりにあの馬鹿の教育係を俺に押し付けたなぁ。」
彼は今一度溜息をもらして、帰路につく。
彼の頭の中では、先程の高揚感を塗りつぶす程の怒りが燃え上がっていた。
「神狩の馬鹿をどうしてくれようか。」
気が付けば、彼の脳内では同僚となるはずの男をどうやってシゴクか、そればかりを考えていたのである。
 




