第三六話
一瞬ではなく刹那の時間
それは、人間が認識できる時間の感覚を超えた僅かの隙間
先程まで自分たちが居た会議場は、何処にも見当たらず、ある山の頂上に文字通り瞬間移動していた。
各々は、自分達の置かれている状況をそれぞれ確認し始める。
一人は、携帯電話を取り出して位置情報の確認を
一人は、周囲の山々を見たり、転がっている石の質感の確認を
とそれぞれが確認する中、これが幻術の類では無い事を数人の者が看破していた。
「瞬間移動・・・これが神足通ですか。」
【神足通】とは自在に身を移動させたり、宙を歩行する六神通の一つであり、円空はこれを使って清十郎を暁の夜明けの総帥室へ運び、風間とその部下達をアジトの付近まで運んだのだ。
「身の証といえば、神通力が最もシンプルで分かりやすいじゃろう。さて、儂の身分にあっては、これで納得して貰えたか?」
ドヤ顔をしたまま円空は十傑に尋ねる。
「・・・そうですね。先程のオーラと仙人にしか扱えない神通力を見せつけられたのでは、疑う余地すら無いと思いますが、いかがでしょう皆さん。」
十傑の各々が、御代の投げかけに首を縦に振る。
「そうかい、そうかい。だったら一安心だ。ならば脱線させてしまった話を元に戻すとしようかの。」
改めて話を再開させ様とする円空に御代が先に意見を述べる。
「そうですね。しかし、円空様これだけは、はっきり言っておきますが、いくらあなた様が少年の保護者といえど、我々の意見を捻じ曲げることはなさいませんように。」
「わかっておる。儂もそこまで無粋ではない。ただお主らのこの会議自体が無駄に終わっちまうかもしれんがな。」
「どういう意味ですか?」
会議に意味が無いと言わんばかりに円空が十傑全員に声を発する。
「あんた等のいう様な奇跡の力は、あの子に備わっていないからだ。」
たった一言で結論を口にした。
実際、揃い過ぎてると言ってもいい状況証拠ではあるが、そこから導き出される答えは黒でしかないハズなのに、ここに居る全員が呆気に取られている。
「し、しかしそれは在り得ない」
十傑の一人が声を上げる
「なぜじゃ?」
「説明が付かないからだ・・です。いくら状況証拠だけとはいえ、それではあの大規模な魔術の説明がつかない。」
男の申し立ては尤もであり、むしろ、そうでなければおかしいのは、誰に聞いてもそうなるだろう。
「至極その通り、ならば、ここは実際に試してみたらいい。」
「試す?」
その言葉の意味は、文字通り熾輝を核として魔術を発動させるというものだ。
「ここからは、俺が説明させてもらうぜ。」
先程まで黙っていた木戸が再び十傑の前で発言を再開する。
「実際、あんた等に会議を続けられていちゃ、確実に坊主が封印指定にされる。そのために結成された追跡隊やら捕縛隊やらが動き始めたら、後はだれにも止められない、この国の怖い連中を敵に回して戦争が始まっちまう。」
現在、熾輝の保護者は5人の師匠達と、熾輝を守ろうとする者が僅かに居る
十傑達は、熾輝の傍には、清十郎が居ることまでは掴んでいたが、その他に4人の化け物がいることまでは、知らなかった。
実際、円空のことでさえ彼らは先程まで知らなかったわけで、暁の夜明けも掴んでいた情報は、清十郎と葵の存在までである。
「そうなる前に止めに来た俺に感謝して欲しいが、それを言うとまた話が脱線しちまうから置いておくとして、実証をここに居る十傑の方々に証明していただこう。」
「木戸どの、実証とはいかがするつもりか?」
議長の言葉に待ってましたと言わんばかりに円空が声を出す。
「アンタがさっき言ってたとおり実に単純明快!熾輝を使った魔術の発動だ!」
解を求める式は既にあると言わんばかりの回答
そこに改めて御代が確認をとる
「成程、それが一番わかりやすいですね。だけど、証明された際は、少年の引き渡しを素直に出来ますか?」
「おう!してやるしてやる!つーか、さっきも言ったが、会議は無駄に終わると言っている時点で、答えはわかるであろう?」
そう、既に円空達は、彼らに対して正答を示している。
口頭で、信じろと言う一方的な物だが、無駄であると。
「それとな、あんた等が一方的に熾輝を封印指定にして埒しようとしていた手間を省く分、こちらの要求を飲んでもらいたい。」
ここで新たに円空が彼らに対し取引を持ち掛けた。
「・・・先程木戸殿がおっしゃっていた、少年の両親が残した式神のことでしょうか?」
ここで、先程木戸が議題に上げた熾輝の封印指定の他に、式神の返還という議題が再び持ち上がる。
「左様じゃ、実はあの子には親の形見となる物が何一つとして残っておらんのじゃ。話を聞くと、どうやらあの子の両親が使役していた高等式の式神が保管されていると聞いての、もしもあの子にそんな力が無いと分かったあかつきには、それを返してくれ。」
「・・・・わかりました。では、件の少年を魔術の核として、魔術発動実験を元に今回の議題の決議を取り、少年に力が無いと実証された際は、少年に式神を返還する―――と言う事でどうでしょうか議長」
「そうですね。皆さん、この意見に異議のある者は、申し出て下さい。」
「「「「「「「「「・・・・・・。」」」」」」」」」
「宜しい。では実験後、この議題に対する議決を行うものとします。それで円空様、件の少年は、今どこに?」
実験を行うのだから、当の熾輝本人が居なければ話にならないのは当然のことである。
もちろん円空もその辺の事を理解して準備だけは、抜かりなく行っていた。
「ちゃんと準備をさせておる。そのためにアンタ等をここまで連れてきたのだからの。」
そう言った円空は、親指を突き立て、自身の後ろを指さした。
そこには、いつの間に居たのか気が付かなかったが、葵と白影に付き添われる形で熾輝が立っていた。
「熾輝!こっちに来い!」
そう言って、歩き出した熾輝を確認し、改めて十傑に向き直る。
「さて、今歩いて来ているのが件の少年、八神熾輝だが、確認はどうやってとる?一応言っておくが影武者じゃないからの。」
偽物では無い事をあらかじめ申し立て、熾輝本人である事の確認をどうやって取らせるかを問いかけると、それには御代が答えた。
「確認は、こちらが行います。簡易術式で私とそこに居る五月女殿のDNAを照合します。幸い、そちらには名医が居ますから血を抜く作業は行ってもらえるんでしょうね?」
「勿論じゃ。しかし・・・アンタ等が、熾輝の縁者か?」
「そうですが、何か?」
「・・・・いや、どうでもいいただの興味本位じゃ、気にしなさんな。」
御代のそっけない態度に対し、色々と思うところはあるが、円空の視えない眼は、じっくりと御代の本質を見抜いていた。
そして、もう一人の縁者は、歓喜に震える身体を必死に抑えながら遠くから近づく熾輝を凝視し続けている。
余程孫と再開できる事が嬉しいのか、今にも泣きそうな顔をしているが、隣にいる十傑メンバーが咳払いをすることで、気を持ち直し、前のめりになっていた背筋を正して、熾輝が来るのを待つことにした。
「お待たせしました法師。」
ようやく円空の元へと来た熾輝は、注目の的になっている事に気が付き、集まっているメンバーを見渡す。
「熾輝よ、森で儂が話した事を覚えているな?」
「はい。僕を核とした魔術の発動の実験です。」
「よろしい。その前にお前さんの髪の毛を一本貰うぞ。」
そう言って、熾輝の髪の毛を一本切った円空は、十傑の議長へと手渡した。
続けて、昇雲が葵に熾輝本人の確認のために五月女重吾、五十嵐御代から血液を採取し、簡易術式によるDNA検査を行う流れを説明した。
血液採取は、滞りなく終了し、十傑の一人が簡易術式を展開発動させ、空中に三つの円柱が浮かび上がった。
熾輝の髪の毛を真ん中の円柱の中に入れ、その両隣には五月女、五十嵐両名の血液を流し込む
「真ん中の試験管型の魔力容器は、現在赤色です。両隣の血液は、それぞれ黄色と青色ですが、これが真ん中の赤色と同じになれば、御二方とも少年の縁者であると確認ができます。」
この術式事態は、そう珍しくも無く難しい物でもない。
昔の魔術師の風習で、血縁関係にあるものにしか、魔術を教えないと言う風習があった時代、正妻が他の男との間に出来た子供では無いかと疑った術者が開発したそうだが、今はそんな話はどうでもいい。
検査の結果は、直ぐに出た。
両隣の試験管型魔力容器が赤色に変わり、熾輝が両名の縁者であることが判明した。
「・・・確認いたしました。それでは、続いて魔術を・・・はて?」
議長である男がDNA鑑定の結果を確認し、十傑の各々も確認が終わると、いよいよ魔術発動実験を開始する目前まで来て、議長は、困った声を上げた。
気になった木戸は、議長にどうしたのかと尋ねたが、なんとも間抜けな答えが帰ってくる。
「発動させる魔術の用意が出来ていませんでしたな。どの様な魔術を発動させればいいのか。」
核となる熾輝に対し、魔術を選んでいないと語る議長は、どうした物かと考え込むが、そこで御代から声が掛かった。
「こんなのは、どうでしょう。偶然この場に居る十傑は、魔術を使える者ばかりです。ならば私たちが順番にそれぞれの秘術を発動させて確認しては?」
「成程。いかがかな皆の衆。」
異議の無い事を確認し、続いて円空達にも確認を取るが、問題ないと言われ、それぞれが己の秘術と呼ぶべき魔法を使う事になった。
こうして聞いてみても、何の不公平性もない提案に聞こえるが、彼女【五十嵐御代】の思惑どおりに事が運ばれていた。
御代は、十傑の自分の息のかかっている者に目配せをし、お互いの意思疎通を図る。
彼らが行おうとしているのは、高度で威力の高い術式の発動である。
通常、魔法には魔法式が必要とされ、それが高度になればなるほど発動が難しく威力も変化していく。
だが今回の場合、熾輝を核とする以上、魔法式は術者である彼らが構築し、それを熾輝に転写して発動のトリガーを術師が引くだけだ。
つまり、十傑のメンバーは、魔法式の組み立てと魔力使うだけで良く、発動自体は熾輝の干渉能力と処理能力を使うだけなのである。
勿論魔力は、術者本人の物を使うが、一度核である熾輝に流し込むため、形場熾輝が発動させている事になり、威力は熾輝の素養に左右される。
さらに付け加えるのであれば、今回のこの実験に対し、彼らの内何人かは、誰もが使え、且つ高威力の術式を用いて、熾輝の危険性を実証しようとしているのだ。
秘術ではあるが、誰もが使えると言うのは語弊があるが、彼らの秘術の中には難易度こそ高いが、実際に使う者を選ばないと言われるものがある。
それは、彼らの歴史上においての魔術に対しての考え方などが関係してくる訳だが、とりわけ、ここで話す必要もないので、割愛する。
「話は済んだかの?こちらの準備は、とっくに出来ておるよ。」
そういって、円空は熾輝の背中を軽く叩いて、十傑の前へと歩かせた。
「お待たせしました。ではこの度、この議題の議長である私が一番手を務めます。」
そう言って、前に出てきた老人を見上げた熾輝は、ペコリと頭を下げた後、背中を向ける。
議長が熾輝の背中に右手を置き、魔法式の構築を開始した。
誰が見ても高度に組み上げられた術式、その魔術が発動されれば間違いなく大威力の現象が起こるであろうこともここに居る全員が理解できる程の秘術。
だが、秘術であるからこそ、読み解くことは出来ない。
ただ、彼らはその秘術の威力や規模を何となくだが認識できる。それが十傑の実力だから。
しかし、この場において一人だけ、十傑の秘術を完全に把握している者が居たことを彼らは気が付いていなかった。
術式の構築が終わり、転写を開始した。
熾輝の身体には、組み上げられた術式が光となって浮かび上がり、強い発光現象が起きている。
あとは、トリガーを引いて魔術を発動させるだけである。
「さて、ここまでは、通常通りの運びとなりましたが円空様、魔術は何処に向かって放てばいいですかな?」
「そうじゃの、ここら一帯に人や動物は寄せ付けてないから、あの山でいいんじゃねえか?」
そうやって指さした先には、現在熾輝達が居る山の頂上から見える隣山が存在していた。
「・・・わかりました。それでは、行きますよ。」
言葉と共に老人はトリガーを引いた。
放たれた魔法は、熱戦となり隣接する山に直撃、みるみるうちにその山頂部分を熱で溶かしていき、溶けた岩々がガラス状になって、山の中腹までと流れて・・・・いかなかった。
「・・・。」
何が起こったのか、いや、実際何も起きていないのだが、この状況に理解できないでいる老人は、ただ黙り込んでいた。
「何をやっているんですか、議長?」
「いやいや、議長もお歳ですから失敗するときもあるでしょう。」
魔術が発動しなかった事に対し、議長をフォローする十傑達は、議長と順番を変わり、熾輝の元へと歩く。
次の者に順番を譲って、立ち去る老人は、奇妙な違和感を覚えていた。
「気が付きましたか?」
そう議長に話しかけたのは五月女重吾である。
「・・・いや、気が付かなかった。というよりむしろ訳が分からない。」
未だ困惑する議長は、己の手をまじまじと見つめていた。
「確かに儂の腕を伝って魔力は供給されていた。秘術とはいえ、長年修行してきた術式を発動に失敗したなどという事は無い・・・はずでした。」
老人は、魔術において絶対の自信を持っていたが、ここにきて発動しなかった事に納得がいっていない。
確かに魔術は、失敗すれば発動しないが、今回の場合、この老人の魔法式は完璧だった。
なら、何故発動しなかったのか。
それは、ただ単に、熾輝に十傑達の言う力が無かっただけの話とは、訳が違う。
通常、魔法の成功に伴い、魔法は確実に発動されるのは、言うまでもないが、実際今回の魔法式を老人自身が発動させていれば、超威力の魔法が発動していただろう。
仮に、先程の術式を熾輝以外の魔術師Aさんに転写してトリガーを引けば発動する。しかし、老人が放った物とは違った威力になる。これが魔術師B、魔術師Ⅽでも同じことだ。
だからこそ老人は違和感を覚えた。
「・・・魔術が発動しないなんて、あり得るのか?」
それを聞いて重吾は、答える。
「私には、魔術を発動する瞬間、魔法式が弾けたように見えました。」
それを聞いて老人は、驚いたように顔を歪ませた。
そんな話をしている内に、次の十傑が老人と同じように魔術のトリガーを引いた瞬間に、魔術が発動せずに式だけが弾けた。
次の者もそして次の者も、とうとう十傑メンバー全員が熾輝の実験を行い、全て魔法が発動しなかった。
「一体どうなっている!?」
魔法が発動しない事に苛立ちを見せた十傑の一人が、騒ぎ出したのだ。
「何故魔法が発動しない。威力に違いは出ても、発動しないなんて事が在り得るのか!?」
男が口に出した事は、ここにいる十傑全員が等しく思っている。
「私が説明しましょう。」
混乱する十傑達の前に葵が進みでた。
「何故、魔法が発動しないのか、それは、この子の素養によるものです。」
「素養だと?神災のような魔術を発動させるのに何か条件があるのか?」
「違います。文字通りこの子の才能によって魔術が発動しない・・・簡単に言えばこの子の魔力では、魔法が一切使えないのです。」
魔法が一切使えない。
その言葉に、ここに居る全ての者が耳を疑った。
「馬鹿な。何を言い出すかと思えば。」
「そうだ!魔法を発動させることの出来ない魔力があるものか。」
魔術には魔力が必要。
これは魔法を発動させる上で、絶対条件である。
「私も最初は、驚きました。過去に特定魔術を発動することの出来ない事例は、存在します。だから私も熾輝君も同じタイプの魔力だと思っていました。しかし、どんな魔術を試させてみても、この子は魔術を発動する事が出来ず、魔法式を構築して、発動させた途端に式そのものが、崩壊してしまうのです。」
「だが、この子を核とする以上、使用しているのは、我々の魔力だぞ!?」
「確かにその通りです。しかし、使用する魔力は、一度熾輝君の体内に送り込まれます。」
「・・・なるほど、通常人を核として魔術を発動させる場合、必ず本体に魔力を供給する。そしてその魔力は、本体の魔力コアを通過する。その際に、魔力は核の物へと変換されるわけですね。」
葵の話を聞いた御代は、己の推測の確認を取る。
「ご名答です。」
「だけど、そうなると神災の説明が付かなくなるわね・・・。」
御代は、考え込むようにして、口元に右手をもってくる。
「その件にかんしては、皆さんが予想していたとおり、熾輝君にはあらゆる魔術を発動できる才があったと思います。」
先程、葵自身が熾輝に才能が無いと言った発言を撤回するかのような言動に、全員が耳を疑った。
「あったとは、どういうことかしら?」
「実は、熾輝君が魔力に目覚めたのは、5年程前になります。その時の、魔力コアは眠ったままでした。つまり、熾輝君の眠っていた魔力コア内の魔力は、どんな魔術にも適合しない力。一方熾輝君自身の力はどんな魔術でも発動させることの出来る力だったと推測されます。」
「つまり、魔力に目覚めたせいで、その才能を完全に殺していると言う事なのね。」
「その通りです。」
五十嵐御代は、考え込む。
過去の出来事の仮設と、実証された事実。
それらを総合的に判断し、言葉を紡ぐ。




