第三五話
十傑の会議場に乗り込んできたのは、十二神将の頭である木戸伊織、そして・・・
「ほう、こやつらが現十傑か?」
聖仙、佐良志奈円空と
「懐かしい顔が揃っているねえ」
心源流27代目昇雲師範である。
突然の部外者の来訪に戸惑うというより、殆どの者が五柱の来訪に戸惑っていた。
しかし、ここに居る全員が昇雲を知っていても、その隣にいる円空については誰も知らない。
なぜなら彼は、数世紀にわたり、公の場に出た事が無く、こうした場に姿を見せるのは、実に数世紀ぶりのことなのだ。
佐良志奈円空という伝説上の名を知っていても実在するかまでは、皆が等しく知らない。
「木戸殿、お待ちしておりました。昇雲殿も来るとは聞いていませんでしたが、それに、そちらの方はどなたですか?」
議長が木戸に説明を求め、視線を円空へと向ける。
議長だけでなく、この場に揃った全員が円空に注目していた。
「おっと、いけねえ。この人は、『木戸殿!』」
木戸の説明を待たずして、一人の男性が声を荒げた。
「ここは、十傑だけの会議の場ですぞ!今回は、議題に関係あるという事で、彼方を招きましたが、五柱といえど、昇雲殿やどこぞの馬の骨とも知らない者をこの場に連れてくるとは、どういうつもりですか!?」
男の怒声にその場が静まり返る。
「兄ちゃん、随分元気がいいな。」
「なに!?」
場の空気などお構いなしに、円空が話しかける。
見た目、円空は40代だが実年齢は目の前の男の何十倍も生きている。
が、しかし、実際若く見えてしまう円空が目の前の男(見た目60歳位)に兄ちゃん呼ばわりをして、相手が怒こらないハズが無い。
「分をわきまえろよ若造、貴様は誰を前にしていると思っている。」
頭に血が上った男の身体からは、次第に魔力が放出され始める。
「おいおい、今の十傑っちゅうのは、こんな奴等なのか?」
円空が呆れ顔で、隣の昇雲に問いかける。
「今のは、法師が悪いです。デリケートな話をしているのに空気を読まないから、あの者は怒っているんですよ。」
根の深い話だからこそ、十傑の全員がピリピリした空気の中で会議を行っていた際の3人の登場、そして、それ以上に一悶着あったばかりの議会のメンバーは、正直なところ、怒りだした男と同じ気分であり、男がいち早く怒鳴らなければ、その他大勢も同様の行動をおこしていたでああろう。
「静粛に!皆も少し落ち着きましょう。」
議長の言葉で、先程まで怒りを表していた男も、すごすごと着席をした。
「失礼しました。それでは、木戸殿、そちらの二人の事は、一先ず置いておいて、今回の件の事情説明をお願いします。」
円空と昇雲を放置するという議長の言葉に流石の木戸にも疑問が浮かんだ。
「そりゃ、そのために来たんだけどよ、こっちの二人の事は、いいのかい?」
「あなたが此処に連れてきた時点で、今回の件にどうせ関わりある人なのでしょう、だったら居て貰っても構いません。」
「どうせって・・・・まあいいや。」
若干投げやりとも取れる議長の台詞を聞き流す事にして、木戸は今回の経緯を説明した。
「――――以上が今回の一件の概要だ。」
木戸の説明に対し、この場にいた者の反応は、思っていたより薄いものだった。
というのも、彼らは彼らなりに情報を集めていたのか、木戸の話の大半は、既に掴んでいたのだろうが、だからといって、木戸が話した内容の全てを知る訳でもなく、木戸も彼らが知っているであろう情報とそれを補足する内容しか話していなかった。
「・・・それでだ、ここからが本題なんだが、」
会議場に居る十傑達の意見を待たずして、木戸は話を進める。
「件の少年、八神熾輝に対する封印指定の棄却と少年に対する一切の不干渉及び両親の式神を少年に返却を求めるってのが、俺の要件だ。」
木戸は、あらかじめ熾輝の5人の師から受けていた要望をこの場で口にした。
だが、ここで反対の声が上がる。
「木戸殿、彼方は何を言っているのか、わかっているのか?」
先程、円空と一悶着を起こした男性が、食って掛かる。
「勿論だ。だいたい何であの坊主をアンタ等は、封印指定なんていう制度の対象にしたのかが、俺には疑問だ。」
少年から坊主へと呼び方を変えたのは、会議の議題を申し上げる際の礼儀であり、この辺のことは、木戸もわきまえていたが、議題を申請してからは、木戸も会議に参加する一メンバーに過ぎなかったためであり、ここからは、彼の本来の喋り方で話を始めたのだ。
付け加えて、熾輝が封印指定の対象になる理由については、木戸も把握していたが、5人の師匠達しか知らない情報を得たため、敢えて彼は口にした。
「疑問だと!?」
他の十傑達が思っていた事を男は代弁するかのように声に出す。
「木戸殿、今回の封印指定の対象になった少年は、ご存じのとおり、未知の魔術発動の際の核の役目を担った。」
議長を務める男は、食って掛かる男を落ち着かせるように、確認をする意味で話を始める。
「そいつぁ、俺も知っている。だけどよ、魔術の核になったってだけで、坊主がその未知の魔術とやらを発動出来る訳じゃないだろ?魔術そのものを発動させたわけでもないし。」
「確かにその通りです。付け加えるなら、通常封印指定とは、力を秘めた呪具や危険視される能力者の能力を縛るための制度」
「だったら、今回坊主に対し封印指定の制度を適用させるのは筋が通らないだろう。実際、坊主が何らかの危険な能力を所持しているって確認も取れていないし、ましてや危険指定される魔術の取り締まりはあるが、封印指定になった魔術なんてものは無い。」
「そうですな、魔術自体は封印指定制度の対象外です。」
議長は、自ら熾輝が封印指定の対象外になるという話をするが、これには続きがあった。
「しかし、件の少年は、未知の魔術、それも100万人の人間と大きな街一つを消滅させる魔術の核となった。魔術を発動させる際の核とは、何でも良いという訳ではなく、それに見合った物が必要になってくる。本来それは術者自身が核となり発動させるが、今回の場合、少年の両親は、自身を核とはせず、その子供に役割を担ってもらった。」
確認するかのように、男は一つづつ、神災時の紐を解いていく。
「回りくどい言い方だな、だからその役割を担わせたからって、坊主が魔術を発動させたわけじゃないだろう。仮に核となり、間接的とはいえ魔術発動の一旦を担ったからって、今回の制度の対象にするってのは、筋が通らないって言っているんだ。」
丁寧に話をしていた議長に対し、木戸は早く結論を言えとばかりに話をせかす。
なぜなら、彼の少し後ろでは、今にもこの場に居る全員を皆殺しにせんとばかりに殺気を必死に堪えている昇雲が居るからだ。
「(勘弁してくれよ姉ちゃん、少しはこっちのペースってものを考えてくれ。)」
心の中で一人、現状の挟み撃ちにされて、心穏やかではいられない木戸は、いい年して、今にでも泣きたい気分だった。
「一旦を担った・・正確には担えてしまったと言った方がいいでしょう。あれ程の大規模な被害をもたらした魔術の核、それは、十分に危険視出来るレベルです。今まで魔術に耐える事が出来なかった核、あるいは術者は大勢います、何よりそういった魔術を発動させるために必要だった核の役割を担えてしまう。それは、つまり封印指定の魔導書や禁忌とされてきた術式に匹敵あるいわ対応できる程の価値が少年にはあると言う事。よって、当議会は、少年を封印指定の呪具やレリックと同じ扱いになる可能性の元、会議を進めてきました。」
長々と話しているが、議長が話した内容をまとめると、
○ 熾輝がどんな魔術でも発動できる程の核の役割を担える
という事だ。
暁の夜明けは、熾輝に神代の魔法の鍵が眠っていると言っていたが、本来魔術を発動後、その術式が永遠に残る訳ではない。
では、何故魔術のエキスパートである彼らが、その様なこと、まるで熾輝の身体に神災時の魔法式が隠されているような言い方をしたのかという点についてだが、実は世界には、人間が発動させる事の出来ない魔法式が存在する。
数が多い訳ではないが、大規模な組織である彼等、暁の夜明けは、その一つを有していた。
魔法式はあるが発動出来ない。それは、魔法式自体が何の意味も無いただの式の様な物だと思うかもしれないが、そもそも魔法とは、人間が世界に干渉することによって引き起こされる現象である。
そのため、人間の限界を超える現象を引き起こす事は出来ない。
例え話として、
人間は火を起こす事が出来る=人間は火を魔法によって起こせる
人間は重力を状況を整えて重く出来る=人間は重力を魔法によって制御できる
というように、仕組みや理解の範囲で人間はその事象を魔法という力で顕現出来る。
もっとも、炎の魔法が使えても太陽を生み出す事が出来ないのは、人間の限界を超えているからである。
だが、仮に太陽という大いなる力を発現出来る術式が存在していたのならば、熾輝はその術式を発動するのに必要な【核】すなわち【鍵】の役割が出来るのだ。
それ故に彼ら暁の夜明けは熾輝に神代、つまり人間に扱えない魔術の鍵が眠っていると言ったのだ。
「・・・一人の子供を物扱いかよ。」
議長の言葉を聞いた木戸の感想は、その一言に集約される。
彼とて、彼らの言い分は分かっていた。
分かっていたが納得できない。
「木戸殿、そういう言い方はやめていただきたい。我等とて、このような事が許されるのかと問われれば、誰も答えられない。しかし、誰かが声に出してやらねばならないし、その責を負うのも我らの役目と理解していただきたい。実際、事は起こってしまった。神災という名も分からない神の猛威を止めるためとはいえ、犠牲は余りにも大きすぎた。だからこそ、その犠牲になった人々とその家族に対して、我らは何らかの形を示す必要がある。」
議長の言い分は、最もだ。
組織や社会においては、何か不足の事態が起きた際、説明と責任を負う必要性が出てくるのは当たり前、今回の場合、責任の一端、つまりは間接的とはいえ魔術発動の大きな役割を担ってしまったのが、熾輝であり、熾輝にしか出来なかったというだけの事。
説明においては、魔術自体、世界で秘匿している事柄のため、神災の原因については、国が原因不明と公表している。
「だがよ、坊主がそんな魔術の核を担えたってのは、確認とれてない訳だろ?ましてやこの事件の唯一の生き残りってだけの状況証拠に過ぎない。仮に百歩譲って坊主がそんなすげえ魔術の核になれるとして、封印指定の後はどうする?呪具とは違って、厳重に封印を掛けて保管なんてことは出来ないし、制度上、能力者の封印指定はあっても、それを実行した試しがない。」
木戸のいう、封印指定の制度には、危険な能力者にたいする措置の事だが、今現在、この制度によって封印指定を受けた者は、未だかつていない。
その理由としては、能力者の能力は、魔法同様で、人間の限界を超える能力を発揮させることが出来ない故、魔力を必要としない便利な力としてしか見られていないためである。
表向きには
「そうですな。木戸殿の言う通り、状況証拠に過ぎないのは認めましょう。しかし、だからといって、そんな危険な存在が裏の結社の手に落ちた際、悪用されでもしたらどんな事になるのか、想像は、難しくないでしょう。それに少年を封印指定にした際は、しかるべき調査を行い、文字通り封印あるいは、力の消去を行うつもりです。」
「しかるべき調査ってのは、具体的に何をするんだ?」
「それは、至極簡単な事、実際に少年を核にして魔術を試すのです。」
当然と言わんばかりに議長も、この場に居る十傑の殆どがうなずいている。
今回、議会が問題視しているのは、熾輝がどんな魔術でも発動させることの出来る核であると言う点
つまりは、その一点さえ解決出来れば、この問題は解決する。
だが、状況的にこの問題をクリアするための突破口、熾輝の能力について確実とも言える状況証拠がそろい過ぎている。
○ 魔術を発動させたのは熾輝の両親であること
○ 神災の唯一の生き残りが熾輝であること
○ 調査によって、魔術の発動の中心地に居たのが熾輝と両親であること
以上のことから、議会は状況証拠とはいえ、確実に熾輝がそういった力を身に着けていると確信している。
しかし、ここに彼等が知らない情報を持った者達が居た。
「カッカッカ!なるほど、そりゃそうだ!確かにその方法だったら誰が見ても一目瞭然で白黒はっきりするわい。」
突然話に入ってきた円空に対し、先程の男が文句を言おうとしたが、議長が手で制したことにより、浮かしかけていた腰を再び下ろして、事の成り行きを見定める事にした。
「そうですね。あなたが何者なのか、そろそろ教えて貰えますか?」
そう言って議長は、チラリと木戸の方へと目線を向ける。
「そうだな、この二人といっても、片方はご存じかと思うが、言わずも知れた五柱、心源流27代目昇雲師範だ。そして、こちらの御仁は、件の少年の保護者の一人で・・・」
突然言葉を切った木戸を不審に思ったのか、議長がどうしたのかと疑問を口にした。
「いや、まあ正直この御仁とは俺もついさっき知り合ったばかりで、正直俺もまだ信じられないんだが、」
なんとも歯切れの悪い言い方をする木戸は、実のところ円空について確信はしていても、この場に居る者達を信じさせるだけの自信がないのだ。
何しろ、佐良志奈円空は、世間一般では実在しない五柱の一人として、認知されているのが常識なのだ。
もっといえば、古文書を引っ張り出してきても、その存在は、既に語られており、有史以前の神様ではないのかとさえ囁かれている程に、現代人の円空に対する認識は、薄いようで、かなり濃い。
「話が進まん、早く名乗ったらどうなんだ。」
十傑の一人がそんなことを言ったのを皮切りに、円空は自ら名乗りを上げる。
「ならば、名乗りを上げよう、姓は佐良志奈、名は円空。人呼んで【聖仙】佐良志奈円空じゃ!以後お見知りおきを」
再び現場は沈黙し、各々正気を取り戻すのに数秒掛かっていた。
「は、はは。何を言い出すかと思えば、佐良志奈円空だって?・・・我々を馬鹿にしているのか!」
「そうだ!嘘にしても程がある!」
「こんな頭のおかしい男を神聖な場に連れてくるとは、木戸殿は我々をコケにしているとしか思えんぞ!」
口々に怒りの言葉をぶつけてくる一同に対し、やっぱりこうなったかと内心で予想通りと思う木戸であったが、前もってこうなる事は予想されていたため本人からは、どうにかするから安心しろと言われているので、木戸も敢えて何も言わずにただただ待ったのだ。
「随分短気な連中じゃのう。人が名乗ったと言うのにのっけから儂を全否定とは・・・あんまり調子に乗るなよ餓鬼ども。」
それは、一瞬の事だった。
一瞬で、空間を支配したかのように、円空のオーラが広い会議場を満たしたのだ。
先程まで、円空を罵倒していた面々は、言葉を失い、息をすることさえ忘れてただ凍り付いたかのように動くことが出来ず、まるで自身の急所の至るところに刃物を突き付けられているかの様な恐怖に襲われている。
「ここは、話し合いをする場です。相手を脅すような真似をする様なら即刻立ち去って下さい。」
空間を支配する程のオーラを纏った円空に対し、至って冷静に意見する者が居た。
十傑、五十嵐御代
彼女は、いつもと変わらず、すまし顔のまま円空を見つめていた。
「ふ、フハハハハハハ!なに、冗談じゃ、冗談。いやしかしすまなんだ、ちょっと、今の十傑がどの程度の強者揃いなのか興味が湧いての!ついつい無礼者共に殺気を放ってしまったわい。」
相変わらずの大声で笑う円空は、纏っていたオーラを消して、話の席に着いた。
「成程、確かに彼方は、とてもお強いようですね。日本にもまだ、これ程の使い手が居るとは、世界は広い物です。しかもこれ程の実力があるのに、我々が知らないとは、案外本当にあの聖仙なのかもしれませんね。」
十傑の誰もが言葉を失う程に強烈なオーラを当てられて、各々言葉を発することの出来ないこの状況において、日常会話をするかのように、御代は円空と会話を続けている。
「聖仙なんぞという呼び名はあまり好かん。」
「では、なんとお呼びすれば?」
「円空で構わん。」
「円空ですか。・・しかし、先程無礼を働いた者同様に、彼方があの佐良志奈円空だという証明ができますか?」
証明
それは、現代社会において、人が人を信用するための証
しかし、円空は己の身分を証明するための物を一切持っていない。
持っていないからこそ、行動で示すのが円空の流儀である。
「そうじゃのう、儂は自分の証を何一つ持ってはおらん。」
「それでは、彼方を信用するには当たりませ『だったらこれはどうじゃろう。』」
パンッ!
部屋全体に響き渡る程の大きな音を立てて、円空は両手を打ち合わせた。
刹那
会議場の風景がガラリと一変した。
「・・・これは、いえ、此処は一体・・・。」
御代を含めた十傑と、会議場に居たすべての人間が知らない場所に居た。
 




