第三三話
アジトの場所を教えろ
その言葉に対する風間の答えは、当然NOであった。
「いいじゃねえか、ケチ臭いこと言いっこなしだぜ?」
「いや、ケチとかそういう話じゃなくてですね。」
尚も引き下がろうとしない円空に対し、風間は困り果てていた。
「こっちとら、連中に迷惑を掛けられたんだ、お礼参りするくらい、お天道様だって笑って許してくれると思うぜ?」
「何を軽く言っちゃってるんですか、出来るわけないでしょう、一応一般人の彼方達にそんな危ない事をさせるわけには行きません!」
一般人とは、言うが風間の前に居るのは、世界でも最強の一角と言っても過言ではない5人だ。
しかし、公務員の風間にとって、如何なる組織にも属さず、権力を持ち合わせない彼らを一般人と呼んでも、あながち間違いではない。
魔術や能力者である事を除けば。
「だけどよ、一応十二神将の就任前とはいえ、アンタらの身内が家の弟子に手を上げたことは事実だ。その事についてどう思うんだよ?」
痛い所を突いてくる円空に対し、流石にこればかりは言い逃れが出来ない。
「そ、それは、申し訳ないと思ってます。」
「そうだろう?迷惑を掛けた相手にそれ相応の誠意を見せるのは、今も昔も変わっていないと俺は思う。」
「し、しかし、それとこれとは話が、『別じゃねぇ。』」
風間の講義を最後まで言わせず、円空が言葉を放つ
「仮にも十二神将になろうって男が暁の夜明けっていう魔術結社に手を貸したんだ。てことは、それを放任したあんた等も受け取り方によっちゃ、あいつ等に手を貸したと思われても仕方がない事だよな?」
「!?それは、あのバカが勝手にやった事で、対策課は関係ありません!」
気が付かない内に風間の声は大きくなっていく。
「なるほど、だけどな兄ちゃん、組織の者が不祥事をやらかしておいて、組織は関係ありませんなんて通ると思ってるのか?」
「・・・思ってはいません。」
「だよな。曲がりなりにもあんた等は公務員だ。不祥事を起こした人間が居たら組織全体が責任を負うのが通であって、それこそが筋ってもんだろう。」
痛いところを間髪入れずに突きまくる円空は、風間にとっては相手にしたくないというのが、正直な気持ちである。
不手際を起こした者達にとって、正論を言われたらグウの根も出ない。
「・・・・。」
押し黙ってしまう風間を見て、ここだと言わんばかりに円空は掌を返す。
「悪かったな、兄ちゃん。」
「え?」
「別に兄ちゃんに怒っている訳じゃないんだ。それに今、そちらさんにも人手が足りないって事も良く分かっているつもりだ。」
円空の甘い言葉に風間は、救われる気持ちだった。
さながら目の前に垂らされた一本の糸を登る様な心情で。
登った先が罠だとも知らずに。
「あの神狩っていうガキもまだ若いし、俺達はあのガキがやらかした事に関しては無かったことにしても良いと思っている。」
「しかし、それでは!」
「無かった。何も無かったんだ。」
皆までいうなと言わんばかりに、円空は右手を突き出して、風間を黙らせる。
「もしも兄ちゃんが悪かったと思ってくれているのなら、あのガキを再教育して真っ当な人間にしてくれれば、俺達はそれで満足だ。」
「なっ!?なんと広い心だ!あなたは菩薩様ですか!?」
同僚の不祥事を無かった事にしてくれると言う円空の申し出を聞いて、風間から見た円空が仏に見え、背後からは後光が差している。・・・・様に見えた。
「いやいや、誉めても何も出ないぞ?ただな・・・・」
「?何でしょう菩薩様。」
風間の頭の中では、円空改め菩薩として名前が上書きされている。
「家の子の事情は、アンタらも知っているとは、思うが、今後、こういった連中に狙われてしまうと思うと気が気ではない。」
頭を悩ませている(振り)円空を見て風間が水を得た魚の様に胸を叩く。
「ならば、俺達にお任せください!こんな年端もいかない無垢な子供を狙おうとする連中の魔の手から救うは、我々の使命であります!」
釣れたとばかりに心の中でホクソ笑む。
「本当か?」
「勿論です!こんな子供にまで罪を押し付けようとするなんて間違っていますし、奴らが狙う魔法の痕跡何て不確かな物で、未来ある雛鳥を凌辱する権利何て誰にもありません!」
「だけどのぉ。儂等は何処までその言葉を信じて良いのか分からんし・・・」
「信じてください!何なら十二神将のトップに俺が直接話を付けて見せます!」
何も考えずに突っ走り、話を誘導されていると気が付かない風間は、傍から見たらただの馬鹿に見えなくも無いが、彼はただ単に正義感に熱いだけなのである。
ただ、この場合において、彼の正義感が仇となっている事に彼自身気が付いていない。
「わかった!お主を信じよう!」
「ありがとうございます菩薩様!」
「だが、お主らばかりに危険な思いをさせる訳には行かん故、そこに居る五柱の一人、五月女清十郎を此度の結社検挙に同行させよう!確かにワシ等は、何の権限も持たない身の上ではあるが、五柱は国の要請あれば、手を貸す事が出来る特殊な位置づけ、存分にお主の正義を貫きとおすが良い!」
「何と!?あの五柱の派遣まで?あなたは、やはり菩薩様なのでは?」
ガハハハハと笑う円空を熾輝と清十郎が少し冷たい目で見つめていた。
「茶番だな。」
「あれ完全に仙術使ってますよね?」
【他心通】、それは、人の心を知る力。
だが、この力は、ただ単に相手の心を知るだけの力では無い。
応用しようとすれば、他人の心を誘導することも可能なのだ。
『その話乗った!』
突如、響き渡った声
その音源を辿れば、一匹の鷲が上空から降下してくる最中だった。
鷲は、降下速度を緩め、熾輝達が居る場所を見下ろせる一本の木の枝に降り立つ。
「木戸さん、どうしてここへ?」
鷲に向かって話す風間は、話しかける。
決して、彼がおかしくなったわけではなく、木戸と呼ばれた鷲の声は、しっかりとこの場に居る全員にも聞こえていた。
「あれは、式神ですね?」
「そうよ、式神を通して術者が話をしているの。(木戸のおじ様がどうして十二神将の風間君と話をしているの?)」
熾輝の言葉に答えたのは、葵だったが、何か様子がおかしい。
『昇雲のねーちゃんと葵の嬢ちゃんは久しぶりだな。あとの面子は初めまして。俺は十二神将の頭を張らせてもらっている木戸ってもんだ。』
十二神将の頭、つまりは風間の上司に当たる人間
どうやら昇雲と葵の知り合いらしい。
『風間、ご苦労だった。神狩の馬鹿は、部下に任せてお前さんは、連中のアジトまでそこの怖い兄ちゃんを案内してやんな。』
「え?」
「おお、話が早くて助かるのぉ。」
『こっちも、馬鹿が迷惑を掛けたんだ、ある程度の話は飲ませて貰うぜ。ただし部下が危ない橋を渡らなければの話だがな。』
式神越しに話をする木戸という十二神将のトップは、余程豪胆なのか、普通では拒否してもおかしくない話をトントン拍子で進めていく。
「危ない橋を渡らせる気はない。こっちはただの返礼に行くだけで、俺一人が殴り込めば話が早い。あんた達は、黙ってみていればそれでいい。」
『それでいい。五月女の昇り龍の実力をウチの部下達の眼にしっかりと焼き付けさせてもらうよ。』
どうやら、清十郎が敵のアジトに殴り込みに行く算段は、付いたようだが、それに待ったを掛ける人間が居た。
「ちょ、何言ってるんですか!一人で何て無謀すぎるでしょう!」
風間である。
『風間、お前も黙って見学させてもらえ。それにこれは上司命令だ。お前が口出しして良い話じゃねえ。』
風間の講義に耳を貸す事なく木戸は、彼の言葉をバッサリと切り捨てた。
「随分と偉そうだが、伊織、隠居したお前さんがどうしてまた十二神将なんかに抜擢された?」
「そうですよ!おじ様、もう若くないんだから、余り無理をされたらお体に障ります。」
この場には、1000年以上も生きる伝説と、もうじき100歳を迎える老人が居るが、そんな事はお構いなしに葵が話しかける。
『いやぁ、隠居してみたは良い物の毎日つまらなくてよ。そんな時、お偉いさん方が声を掛けてくれたのさ。まぁ、俺は、次のトップが決まるまでの繋ぎってところだな。ついでに俺の好きにさせろっていう条件を飲ませてやったけど。』
その結果、木戸は好き放題に職務を行い、風間達部下は、かなりこき使われているのは事実であるが、彼が就任後は今までにない検挙率を誇っている。
『それと、ここに式を送ったのは、ちょっと、ねーちゃん達の耳に入れておきたい事があって来た。』
「ほう、話してみな。」
『・・・実は、そこの坊主に関する事でよ、日本の一族間の取りまとめである十傑が動きをみせている。』
「・・続けな。」
『どうやら連中の中には坊主を強制的にでも封印指定扱いにして、その調査を行おうって動きが見られる。しかも半数以上の可決できる人員がすでに揃っている。』
【封印指定】とは、危険性のある呪具や能力を縛り、その解明を行うための制度であり、日本の霊的秩序を維持するため、国家が秘密裏に設けた法律である。
「ふざけた真似を。」
「どうやら、儂らとガチで戦争がしたいようだの。」
「久々に血の匂いが恋しくなってきましたわい。」
「私も本気出しちゃうよ?」
「私等を怒らせると国が亡びるよ?」
木戸の話を聞き、既にこの場にいる熾輝の師である5人は、今からでも戦争に行く気満々である。
『ねーちゃんの怒りは尤もだし、俺もおかしいと思う。ただ怒らないで聞いて欲しい。』
下手を打てば自分もこの場に居る化け物連中の標的にされかねないが、木戸は意を決して問いかける。
『その坊主は、本当に安全なのか?』
熾輝が男の質問の意味を知らされたのは、この後すぐのことだった。




