第二九話
力を手に入れるため、ある男の実験に協力した。
『この核は、妖怪の能力を人間に移植するために開発しました。』
それは、男の師
『数多いる人の中でも魔術を扱える我々は選ばれた人間と言えます。』
師の言葉が男の記憶から呼び起こされる。
『しかし、その選ばれた人間の中にも更に選ばれた特別な能力【固有魔法】を持った人間は、僅か』
師の講義に目を輝かせて聞き入る男
『そして、その希少な能力が受け継がれる事なく人生と共に失われるのは、もったいないとは思いませんか?』
師の言葉は男の力への欲求を次第に駆り立てる
『だから私は、求めるのです、今は妖怪特有の言わば『固有能力』を人間に移植し、その能力を発現させるまでしか出来ていませんが、いずれは、人の能力の移植を・・・・』
そして、男は、師の研究に手を貸す代わりに風を操るという能力を得た。
人間を捨てる事になるとは考えもせずに。
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「魔力暴走?だがこれは・・・」
清十郎の目の前では、大気の魔力が男の体内に吸収され、膨張し、本来交わる事のない妖気とが混ぜ合わされ、暴走を起こしている。
『ピリリリリリ、ピリリリリリ』
そこに携帯電話の着信が告げられる。
男に警戒をしながら清十郎は、電話を耳元にあてた。
『清十郎様、ご無事ですか?』
「和也か、こちらの状況は把握できているか?」
『はい。恐らく大気中の魔力を吸収したことによる暴走反応です。』
「どういう事だ?大気の魔力を取り入れたからって、あれは異常だろ。」
『本来、大気中に存在する超自然魔力というのは、人間が扱える部を超えたもので、それを多量に吸収すれば、暴走を起こし、死に至ります。更に状況が悪い事に彼は妖気と魔力そして超自然魔力を吸収したことにより何時、暴発してもおかしくありません。」
「暴発?」
『彼はレベル4まで力を得た妖怪・・・おそらく半径300メートルの建物は軽く消し飛ぶでしょう。』
「止める方法は?」
『・・・・核となる妖怪を殺すしか方法はありません。』
和也の話を聞いた清十郎は、携帯電話の通話を切り、考え込む。
だが、答えを出す事が出来ない。
「あと少しだったんだ、あと少しでアイツを連れ戻せるところだったのに!」
『いいんだ、殺してくれ』
不意に呼びかけられた言葉に清十郎は顔を上げる。
『こうなったのは、全部俺のせいだだから。』
「ふざけるな!諦めろっていうのか!お前はそれでいいのか!?」
『いいんだ。このまま俺を放置すれば街にも被害が広がる。それに・・・葵がここに向かっている。』
「!?なんで、」
『俺が呼んだんだ。このままだと葵を巻き込んでしまう。そうなる前に・・・頼む!』
男の願い、それは清十郎にとって、到底受け入れられる事が出来ない願いだった。
「出来るわけがない、何のために俺が此処に来たと思っている!アイツと、葵と約束をしたんだ!大丈夫だって!必ずアンタを連れ戻すって!」
『五月女清十郎!!』
力を込めて目の前に居る男の名を呼ぶ。
『葵を守ってくれ。馬鹿な兄貴にはもう出来ないんだ。葵を愛してくれている君だから頼めるんだ。』
覚悟した男は、その目を逸らすことなく、真直ぐに清十郎へと向ける。
その覚悟の瞳に応えるように刀の柄に手を添える。
抜刀の構え
清十郎からは、これまでとは比較にならないオーラが放出される。
『やっぱり、手加減していたのか。男として手を抜かれていたのは正直悔しいけど、君になら葵を任せられる。』
膨大な妖気と混ざり合う魔力が膨張を続ける中、清十郎のオーラが刀へと収束されていく。
そして、清十郎のオーラが男の魔力暴走を遂に上回った。
だが、
『どうした!?なぜ刀を抜かない』
「・・・出来ない。」
『何故だ!君は「出来るわけがない!」』
清十郎の悲痛な声が木霊する。
「惚れた女の家族を斬る事なんて出来ると思っているのか!?俺はそこまで強くない!いくら腕っぷしが強くても、非情になりきることが出来ない!」
清十郎にとっては、和也以外に初めて心を開いた他人が葵だった。
彼は、次第に葵に惹かれ、気が付けば好きになっていたのだ。
『優しいな君は、非情になる必要なんか無い。ただ、君の優しさで僕を殺してくれ。葵を僕に殺させないでくれ。』
既に覚悟は決まっている男は、最後の願いを口にした。
その思いを受け取り清十郎は、刀を握る手に力を込める
「ウオオオオオオオオオオオオオオ」
男の咆哮
己を奮い立たせるため男は叫ぶ
『斬れ!五月女清十郎!!!』
ビルの死闘は幕を閉じ、暴走により収束されていた超自然魔力は大気へと戻っていった。
その場には、倒れた男と血の付いた刀を持った清十郎、そして、泣き崩れる葵の姿。
翌日、清十郎は真実を誰にも語らないまま、日本を離れた。
せめて、もう二度と彼女の前に姿を見せ無いようにするため、兄の姿を彼女の思い出のままにするために彼は、五月女清十郎は東雲葵の前から姿を消した。




