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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その㉗金色の姫覚醒~

 敵を駆逐するさなか、双刃は熾輝の動きに違和感を覚えていた。


 銃の構え方、狙いを定めるまでの時間、適確に敵を射抜く命中精度と身のこなし。


 それら全てが双刃が知っている熾輝を遥かに凌駕していたのだ。


――あれではまるで、


 兵器体系ウェポンシステム…熾輝の師である蓮白影の能力を見せつけられているようだった。


「グアッ!」


 そんな考えを巡らせながらも最後の1人を無力化した双刃、その彼女の元へ熾輝がやってきた。


「手伝おうと思ったけど、その必要はなかったね?」

「いえ…あ、はい。」

「どうしたの?」


 歯切れ悪く答える双刃に熾輝の頭に疑問符が浮かんだ。


「…熾輝さま、いったい何があったのですか?」

「ん?」

「恐れながら、双刃の知っている熾輝さまと今の熾輝さまでは、あまりにも違い過ぎていて、少々戸惑いを感じております」

「あぁ、それは――」


 双刃の疑念に対し、熾輝は彼女等と離れてからの詳細を話した。


 メガロスとの死闘において、チカラの核心に触れたこと。追手との戦闘で、その核心と新たに目覚めた自身の能力についてを…


 その話を聞かされた双刃は、驚愕すると同時、片膝を地面に付けて主への礼を尽くした。


「おめでとうございます!熾輝さまは、その歳で達人の領域の更に上へと上り詰めたのですね!」

「ありがとう。でも、まだまだ師範達の足元にも及ばない。これからもっともっと修行しなくちゃ」

「その向上心に感服致します。しかしながら、チカラの核心に触れた今の熾輝さまならば、せきを切って流れる水の如き速さで長年の努力が実を結ぶ事でしょう」


 双刃の称賛に対し、熾輝は素直に嬉しかった。

 今まで散々才能が無いと言われ続け、達人の領域に足を踏み入れていたとしても、そこが自身の限界かも知れないと、心の何処かで思っていたからこそ、その喜びは尚更だ。


「シキー!シキー!お願い!早く来て!」


 と、喜びも束の間、難民たちが集まる場所からソフィーの悲鳴のような声が聞こえてきた。


「どうしたソフィー!」


 慌てて駆け付けた熾輝の目の前には、横たわり、腹部を押さえて苦しんでいるエマの姿。そして、彼女が抑えている箇所からは血が流れ出ている。


「いったい何が…」


 敵の流れ弾が当たったのかという考えが過ったが、今はそれよりもエマを助ける事の方が先決だ。


 熾輝は応急キッドを取り出して、患部を処置するためにエマの服を乱暴に破いてから傷口を確認した。


 そこには刃物の様なものによってできた刺し傷が確認できた。


「お、俺は悪くねぇ…そいつらを差し出せば、俺達は助かると思ったんだ…」


 エマ達の直ぐ傍には血の付いたナイフを握りしめている男が立ち尽くしていた。


――言霊ことだまの効きが弱かったか?


 難民たちが襲われている現場に到着して直ぐ、熾輝は彼らを落ち着かせるために言霊を行使した。


 しかし、熾輝が到着するよりも前に男はエマを刺していたため、言霊の効きが弱かったという事はない。が、今はそれどころでは無い。


 近くにいた護衛隊の者が男からナイフを取り上げて、人垣の奥へと連れて行く。


「シキ!お願いします。エマを助けて!」

「大丈夫、任せてくれ」


 熾輝は応急キッドの中にあった消毒液を傷口にドボドボと掛ける。そして傷口から指を差し込むと触診により内臓の損傷具合を確認した。


―――内臓が傷ついている。出血も多い。間に合うかッ…


 状態はかなり危険な状況と判断した熾輝は、癒しの波動をフル稼働させて、全力でエマの治療に当たった。


「姫、…様」

「エマ!喋ってはいけません!」

「せっかく会えたのに、申し訳、ありません…」

「何を言うのです!大丈夫!あなたは助かります!」


 ソフィーはエマの手を握って、必至に励ましている。が、彼女の顔からは血の気がどんどん無くなり、土気色になっていく。


 熾輝の癒しの波動は、傷を回復させる事は出来ても、失われた血液を元に戻す事は出来ないのだ。


「あの頃は、みんな…笑っていました。国王様と王妃様、シュタイナーさんやベアトリクス様…姫さまもシンクーも……」


 意識が途絶え始めているせいか、エマは虚ろな目をしている。


「また、あの頃に戻りたいなぁ………」

「任せて下さい。ワタクシがあの頃のようにして見せます。だからエマもワタクシの傍に――」

「…………」

「――エマ?」


 返事が返って来ない。それどころかソフィーが握っていたエマの手から力が完全い抜けている。


 ソフィーは震えながら熾輝の方を見た。


「……大丈夫、意識を失っただけだ。」


 見ると、エマの腹部は完全に癒えており、熾輝はその場に尻餅を付いたのち、深い息を吐いた。


「取り敢えずは安心していい。けど、血を失い過ぎているから早く設備が整った場所で休ませてあげないと」


 その言葉を聞いて緊張の糸が解けたのか、ソフィーはへたり込むと、大粒の涙を流して泣き始めた。


「ラドさん、ルーメンさん――」

「悪いけど、私たちじゃ勝手に決められないわ」

「だが、手当てのための機材を提供するぐらいなら頭領も許可を出してくれるだろう」


 熾輝が頼みずらそうに、再度里への立入について聞こうとして、譲歩案を提示された。


「…判りました。では、里の付近まで行ったら頭領に口添えをお願いしても宜しいでしょうか?」

「わかったわ」


 ひとまず、エマや双刃達との合流に成功した熾輝とソフィーたち一行は、再び精霊の里へと向かう事になった。



◇   ◇   ◇



「――手当てをしてやるだけも破格の事だ」

「そこを何とかお願いします!」


 里の前まで来た熾輝たち。

 難民の中にはエマを含め負傷者も出ていたため、手当てはして貰えた。しかし、頭領は難民達の受け入れを拒んだのだ。


「この方たちは、もう動けないのです!いま森に放り出されたら…」


 それは言うまでもなく死を意味する。

 ヴェスパニアの国土は、殆どが森林地帯。自然保護と言えば聞こえはいいが、ひとたび森に足を踏み入れれば、獰猛な猛獣だって生息している。


 弱りきった難民たちが森を彷徨う事になれば三日を待たずして、自然の餌食になるだろう。


「何故こだわる?コイツ等は、お前をおとしめ、女王と認めず、挙句、お前の侍女を殺しかけたのだろう?」

「それは、ワタクシにもよく判りません。しかし、放っておけないのです」

「…背負う事が出来るのか?これだけの命を」

「ッ、……」

「コイツ等を助けるという事は、そう言う事だ」


 頭領の問いかけに、ソフィーは息を詰まらせる。しかし、


「…ワタクシは、約束したのです。父と母が居たあの頃のように、みんなが笑っていられるようにすると」


 それは、ソフィーがエマとした約束。

 瀕死の彼女を繋ぎとめるための言葉だったかもしれない。

 しかし、その約束は、彼女にとって歩み出す切っ掛けとなっていた。


「みなさん、聞いて下さい。ワタクシはヴェスパニアの女王、ソフィア・ヴェスパニアです!先王を失って、国のまつりごとを取り仕切っていたワタクシは、良き王ではありませんでした。それ故、皆を苦しめました。」


 先王が亡くなって以来、ソフィーは王族に名を連ねる者として、その責務を全うしてこなかった。

 それゆえ、国民からの反発は大きく、また、今回のような難民たちは財政難に陥り、職を失い、スラム街で生活をしていた者が多く居る。


「未だに恨んでいる者もいるでしょう。…本当に申し訳ありませんでした!」


 ソフィーは、そんな彼らに対し深々と頭を下げる。

 難民の中にはエマを刺した男の姿もあった。しかし、そうさせたのは、自分であると、今のソフィーは、そう考えている。


「しかし、もし、あなた達が機会をくれるならば、ワタクシは王でありたいのです!今までの過ちを正し、民を見、その声を聞き、皆を導けるような…そんな王にッ!」


 本当は王になる事が恐ろしくて堪らなかった。

 いつ、如何なる時も命を狙われ、自分を守ってくれる様な人は、もう何処にもいない。

 しかし、今はもう、そうは思わない。遠い異国の地で出会った少年は、全身全霊を掛けて自分を守ってくれた。

 ならば、自分はその少年、そして国民に応えたいのだ。


「ワタクシは今、ここに誓います!この命を掛け、あなた達を守ると!だから、あなた達の命をワタクシに預けて下さい!」


 守ると言う行為が至難の技であることを熾輝をみて思い知らされている。

 だが、やらねばならない。


「頭領、お願いします。この者達を暫く匿って下さい!」

「ソフィー…」

「姫、さま…」


 頭領の前で、膝を付き、改めて懇願する。その姿に熾輝は、胸の中で熱いものを感じていた。

 そして、不意に横を見れば、元王の盾であるヴェスパニア最強の騎士【シュタイナー】が体を震わせて、その光景を目に焼き付けていた。


「それは、ヴェスパニアの王としての願いか?」

「そうです」

「…ならば立つがいい」


 頭領に促され、ソフィーは立ち上がる。


「我が国を取り戻したあかつきには、森の精霊石マテリアに手出ししない事を約束します」

「出来るのか、お前に」

「出来ます。いえ、やって見せます。ワタクシを信じなさい!」

「覚えているだろうな?我らを裏切ったらどうなるか」

「誓いましょう。精霊の民の頭領」

「…ならば信じよう。ヴェスパニアの女王、ソフィー・ヴェスパニアよ」


 頭領は、ソフィーの願いに了承したという意を示すため、手を差し出した。

 それに応えるように、ソフィーも手を出し、お互いに握手を交わす。


「女王――」

「女王陛下―――」

「女王様―――」


 その光景を目の当たりにしていた難民たちは、ソフィーを姫ではなく、自分たちの王であると認め、彼女を女王と呼び、誰一人欠けることなく跪いたのだ。



◇   ◇   ◇



「――熾輝さま、難民の受け入れは無事に完了しました」


 あれから、エマや負傷者は、しっかりとした医療施設に移され、治療を受けている。

 他の者達も里の集会所を開放し、今はそこで休息を取っている状態だ。


「それで熾輝さま、王都での出来事、そして今後についての話をしてもよろしいでしょうか」


 双刃の問いに、熾輝は首肯して応えた。


「まず、熾輝さまと別れた我々は、王都でムスカ・ヴェスパニアについて、徹底的に調べ上げました」


 ムスカ・ヴェスパニアは、ソフィーの叔父であり、先王暗殺を企てた容疑者として、最も疑わしい相手だ。


「残念ながら先王暗殺に関わる証拠は、見つかりませんでした。しかし、ヤツは我々がヴェスパニアに到着した時には、既に軍の6割を掌握しており、官僚達の過半数をも寝返らせていました」

「…ムスカが軍務のトップに据えられていたからといって、先王が殺されてから3ヶ月でしょ?この短期間にそこまでの事が可能なの?」


 軍の6割を掌握、そしてまつりごとを司る官僚の過半数をも味方に付けたムスカは、ヴェスパニアを手中に収めたに等しい。だがしかし、ムスカの政治的思想を知っている者からしたら、平和主義者である先王の政治と真逆の事をしている彼に賛同してくれる者が、はたしてどれくらいいるだろうか。


「その事については、ソフィア姫…いえ、ソフィア王女の護衛を勤めていたマックスから話を聞き出せました」

「マックス…って、誰だっけ?」

「おそれながら機内でソフィア王女の暗殺を企てた男です」


 双刃からの答えに熾輝は「あぁ、あの人か」と当時の事を思い出す。


「マックスからの聴取によると、どうやらムスカは官僚達の家族を人質にして、自身の派閥に取り入れたようで、彼の妻と娘も人質に取られ、ソフィア王女の暗殺に加担したそうです」

「………」


 双刃からの報告を聞いて、熾輝は押し黙り、胸の内から煮えたぎる怒りを無理やり抑え込んだ。


「すまない。続けてくれ」

「人質が監禁されている場所の洗い出しは、完了しました。しかし、その場所は王都に14箇所存在し、明らかに軍の者では無い手練れが常に駐留しており、人手も足りなく、救出が困難な状況でした」

「賢いやり方だな。どれか一つでも襲撃を受けると連鎖的に他の人質の命が危険に晒される」

「はい。ですので、救出には相応の実力者の確保と同時突入が必須条件なのです」

「駐留している敵の戦力は?」

「三人一組で、どの監禁場所にも下級の達人マスタークラスか、それに近しい実力者が必ず1人は駐留しています」

「一国が保有する達人マスタークラスの比率から考えてもヴェスパニアの正規軍とは考えずらいな。いったい何処の所属なの?」

「…おそらくは、先の魔闘競技大会に乱入した組織の者かと」

「それは、何かの確証があるんだね?」

「はい。ミネルヴァからの調査によるとムスカは過去に何度か外部の者と連絡のやり取りをしており、その者達と自国の軍事施設を利用して例の魔薬【ヒドラ】の研究をしていたことが判りました」


 ヒドラは過去にKGBが開発し、近年では能力者の力を底上げをする魔薬として出回っており、件の魔闘競技大会に乱入した者達が乱用していた。


 そして極めつけは、メガロスと宗像だ。この2名はヒドラを使用していたことから組織がこの国の一件に加担している事を示していると言える。


「詳しい資料を御覧いただきたいのですが…」


 言って双刃は自身が所持している端末に目を落した。そこにはバッテリー残量がゼロを示したディスプレイが表示されており、あいにく熾輝の携帯端末も現在は充電中だ。


 そのため、双刃は今現在の昇雲や羅漢の同行を説明したのだった。


「――オーケー。どちらにせよ、今は師範との連絡を取る事が最優先だ。通信が出来次第、…というより師範達の状況によって方針を決める事になるかな」


 一息ついた熾輝は、昇雲の無事を祈りながら、窓の夜空を見上げるのだった。

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