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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その㉖~再会

 里に到着した熾輝はソフィーと別れ、今は瘴気に侵された里の者を診るために診療所へとやってきていた。


「――これで良しっと」


 診療所には多くの患者がベッドに寝かされており、熾輝は次々と治療をしていく。


「沼の瘴気を祓った時も思ったが、凄まじいな」


 重度の穢れを瞬く間に治療してしまう熾輝のチカラを目の当たりにして、頭領はさっきから感嘆しっぱなしだ。


「たまたま俺の能力との相性が良かっただけですよ」

「謙遜するな。宝具クラスの呪具を祓い清めるなど誰にでも出来ることではない」


 頭領の見解は正しい。

 いかに相性の良い能力といえど、普通ならば何らかの代償を支払うもの。ましてや、相手は宝具クラスの呪具、それを清めようと言うのであれば、それこそ同等の宝具を用いなければ対処など不可能だ。


「なんていうか、コツを掴んだ感じかな」

「コツ?」

「うん、負のエネルギーをマイナスとするなら、それを反転させてプラスのエネルギーである正にする…みたいな?」

「……理論は判らんが、お前がとてつもない奴だという事は理解できた」


 頭領の言葉に対し、熾輝は心の中で「まわりからは無才って呼ばれているけどね」とつぶやく。が、それを言っても詮無いことだと割り切り、微苦笑を浮かべておくことにした。


 だが、実際に熾輝の能力は、ヴェスパニアに来てから驚くほどに急成長を遂げている。


 今回の呪具を祓い清めたのは、熾輝が有する能力【波動】によるもの。

 本来、この世界に存在する力は、【生命力】【魔力】【自然エネルギー】に分けられる。

 稀に3つのエネルギーの派生として【神聖力セイクリッド】や【神気】などの特殊な力を有する者も現れるが、基本的には3種類の何れかにカテゴライズされている。


 しかし、熾輝が有する波動は、3種類の何れにも当てはめる事が出来ない。元は能力である以上、生命力にカテゴライズされると考えられていたが、熾輝は波動という第4の力として捉えている。


 その理由として、波動は生命力、魔力、自然エネルギーに干渉可能であるということ。

 そして、波動の能力者にしか波動と呼ばれるエネルギーを感じ取ることができないのだ。


 故に、今回の呪具に対し、熾輝は波動のエネルギーに干渉し、力を反転させることにより、瘴気を祓い清めるに至ったのだ。


「さぁ、君で最後だよ」


 ベッドに寝かされている少年の患部に手を添える。

 熾輝には、穢れから放たれる瘴気の波動が手に取る様に判る。その負のエネルギーに干渉し、力を反転させる事で…


「よし、これで穢れは清められたよ」

「…痛くない、お母さん、もう痛くないよ!」


 最後の患者を治療し終えた熾輝は「ふぅ」と、肩の力を抜いた。


「沼の一件、そして今回の件といい、お前には大きな借りが出来てしまったな」

「借りだなんて、俺達も里にやっかいになっている身だし、それで貸し借り無しに――」

「いいや、足りんな。そんなことでは、精霊の民の名折れだ」


 頭領は、よほど今回の礼がしたいのか、断るろうとした熾輝の言葉を遮って、「なにがいいか」とブツブツ考え始めてしまった。


「あの、本当に――」

「よしッ!決めた!ヤガミシキ、お前を私の婿むこにしてやろう!」

「……ん?」


 あまりの出来事に熾輝の思考が停止した。


「おぉおッ!頭領に春が来た!」

「こいつぁめでてえ!」

「お母さん、頭領結婚するの?」

「そうねぇ、まだ結婚できる歳じゃないから、許嫁かしらね」


 熾輝の思考中に診療所に居た里の民たちがワイワイと騒ぎ始めている。


「ちょッ、待って!何でそういう話に!?」

「私は自分で言うのも何だが、結構良い女だぞ?」

「いや、聞いてないから!だから、何でそんな話になってるのさ!」

「そりゃあ、お前のガキを産みたいと思ったからだ」

「…へ?」


 恥ずかしげもなく語る頭領のなんと堂々としたことか。周りからは「キャー!頭領がプロポーズしたーー!」と、黄色い叫び声があちこちから聞こえてくる。


「それとも何か、お前は心に決めた女でもいるのか?」

「それは……」


 ズイズイと迫ってくる頭領の言葉に、熾輝は目を泳がせている。


「…なるほど、そこまでとは行かずとも、遠からずな者が居るわけか」

「ッ!!?」


 野性の勘か何かなのか、頭領の意外と核心を突いてくる発現に、流石の熾輝の動揺が先程から激しい。


「ククッ、まぁいい。婿入りの話し、考えておいてくれ」

「………」


 嬉々として語る頭領に対し、熾輝は「勘弁してくれ」と、心の中でつぶやく事しかできなかった。そんな時…


「――頭領!」


 1人の男が診療所に駆け込んできた―――。



◇   ◇   ◇



「――姫様、ここは通せねえ。許可が無いと、この門は開けられねえんだ」

「行かせてください!わたくしは、行かねばならないのです!」


 診療所に駆け込んできた男の案内で来てみれば、里の出入口で門番とソフィーが何やら言い争いをしていた。


「どうした?」

「頭領、それがこちらの姫様が門を開けろと――」


 頭領は事の詳細を把握するため、まずは門番から聞き取りを行っている。

 すると、屋敷の方から話を聞きつけて、あわててやってきたルーメンが何やら耳打ちをして始めた。


「ソフィー、何があったの?」

「シキ、…それは……」


 何やら言いよどむソフィーの様子から、言いずらい事だということだけは理解した。しかし、その内容までは熾輝に予測する事が出来なかった。


「――なるほどな」


 話を聞き終えた頭領は、熾輝とソフィーの元へとやって来ると、事の詳細を聞かせてくれた。


「どうやら森の中で王都から追放された民間人が何者かに襲われているらしい。その中には、ソフィー姫の侍女と数名の護衛達の姿もあったらしい」

「エマさん達が?」


 なぜソフィーが安全な里からわざわざ抜け出そうとしているのか、熾輝にもようやく理解できた。


「ごめんなさいシキ。彼方がせっかく頭領たちに里に入る許可をもらってくれたのに、ワタクシはッ!」


 本来なら匿われている立場なのだから、おとなしくしていなければならないし、下手な行動で里にも迷惑を掛ける訳にもいかないのだ。


「ソフィー、俺は傷ついたぞ」

「ッ!ごめんなさい、ごめんなさい!でも、ワタクシは――」

「どうして一番に俺を頼ってくれなかったんだ」

「……え?」


 てっきり怒られると覚悟していたソフィーであったが、熾輝からの言葉に、下を向いていた顔がようやく上を向いた。


 そこには、優しい瞳で見つめる熾輝の顔があった。


「エマさんは、ソフィーにとって家族同然なんだろう?」

「…はい」

「なら助けに行こう」


 熾輝にとって誰かを助けるのに十分過ぎる理由だった。例え安全地帯から離れる事になろうとも。


「頭領、そんな訳で俺達は行きます。短い間でしたがお世話になりました。どうか門を開けて下さい」


 もはや里を出る事は決定事項であるかのように語る熾輝に対し、頭領はヤレヤレと溜息を吐いた。


「いいだろう。しかし、難民たちを襲っている者達の事も気になる。ラド、ルーメンお前達もヤガミシキと同行し、事の顛末を見届けてこい」

「了解した」

「判ったわ」


 言って、頭領は門番に開門を命じると、固く閉ざされていた門が音を立てて開き始めた。


「方角は南西5キロ地点、ここからだとどうしたって時間は掛かるぞ」

「そうねぇ、ましてやお姫様を連れてだとなおさら…」


 到着までかかる時間を心配していたラドとルーメンだったが、里の奥の方から何かが急速に迫ってくるのが見えた。


「アスラン!」

「ガルルル!」


 どうやら置いていかれそうになった事を怒っているらしい。が、アスランは主人であるソフィーの足元まで来ると、身体をスリスリと擦り始めた。


「とりあえずソフィーの足は、これで確保できたね」

「え?もしかして、この猫ちゃんに乗る気なの?」

「大丈夫です!アスランは、いつもワタクシを乗せて草原を駆け回っていますので!そこら辺の馬よりも早いのですよ!」


 自慢げに語るソフィー。

 しかし、一度は精霊王が降りてきたライオンだ、精霊信仰の民からしたら御神体として崇められてもいいのだが、果たして乗り物として乗り回すのは如何なものなのか?


 案の定、ラドと頭領は微妙な顔をしていた。が、気にしていては、時間がもったいないので、熾輝は見なかった事にした。


「さて、それじゃあ行きますか」

「「「はい!ええ・オオ!・ガルルウ」」」


 かくして、熾輝達一行はエマ達の救出へと向かうのであった。



◇   ◇   ◇



「――くそぉ、なんなんだアイツら!」

「何で俺達ばかりがこんな目に!」


 森の中では、数十名の一団が一塊になって何かに怯えていた。

 その中には怪我人も多くいて、早めに治療しなければ、命の危険すらある。


「お水です、ゆっくり飲んで下さい」

「ぁぁ、すまねぇ」


 ソフィーの侍女であるエマは、そんな怪我人たちの介抱に当たっていた。


「双刃殿、やつ等は?」

「…変わらず一定の距離を取って、こちらの動きを観察しています」

「やっかいですね、こちらから攻めようにも、彼等がいては守りに徹するしかありません」


 数刻前、ソフィーと熾輝捜索の任に付いていた双刃たちは、森の中で何者かに襲われている一団を発見し、これを救出した。


 話を聞いてみれば、彼等は王都のスラム街や爆破テロで住む家を失った王都の住人だと言う。

 そして、新たに国のトップとなったムスカによって王都を追放されてしまい、付近の村に移住するため森を歩いていたところを襲われていたらしい。


「だからと言って、弱き者を見捨てる事は、なりません」

「そうですね、彼らを見捨てたとなれば、姫さまに顔向けできません」


 双刃と数名の護衛たちは、彼らを守るという意思確認を改めて行い、警戒を続ける。


 しかし、その時、数名の住人が騒ぎ始めた。


「こんな事になったのも、全部あの小娘のせいだ!」

「そうだ!ソフィア姫なんかを国の代表にしたせいで、テロなんかが起きたんだ!」

「おいッ!アンタはソフィア姫の侍女だったんだろう!」

「コイツが生きてるって事は、もしかしてソフィア姫も生きているんじゃないか?」

「そうだよ、あの小娘を捕まえて王都に引き渡せば、褒賞ほうしょうで俺達はまた王都に住めるんじゃないか?」

「だったら、コイツも俺達の手で捕まえてしまえば…」


 良くない流れだ。


 極限状態によって彼等の不満が爆発し、味方であるハズの自分たちにまで敵意を向け始めている。


「待って下さい!今はそんな事を言っている場合ではありません!」

「そうです!それに襲ってきている連中の目的がハッキリしない以上、我々という盾を失えば、あなた達の命が危険に――」

「うるせえッ!だいたい、お前達、国の役人たちがしっかりしないから、俺達がこんな目にあっているんじゃないのか!」

「そうだ!責任とれ!」

「こいつ等を捕まえて、襲ってきているやつ等と交渉すれば、何とかなるかもしれねえぞ!」


 もはや暴動が起こる寸前だ。


「――チィッ、このタイミングで!」


 難民たちの騒ぎに乗じて敵が動き始めたのである。

 このままでは、諸共に崩壊してしまうことは明白だ。


 エマや護衛たちが難民たちを何とか落ち着かせようと必至に訴えているが、敵は待ってはくれない。


「双刃殿、このままでは――」

「判っています。最早やむを得ません、私が先陣を切って少しでも敵の注意を引き付けます。その隙に皆さんは散り散りに森へ逃げ―――ッ!!?」

「双刃殿?」


 犠牲を覚悟した双刃が護衛たちに指示を出していたとき、彼女の言葉が途切れ、そして強張っていた表情から笑みが浮かんだ。


『――落ち、着け――!』

「「「「―――――、」」」」


 それは、突如として難民たちの頭上に躍り出た人影が放った言葉。


 その言霊を聞いた誰もがパニック状態から平常心を取り戻したのだ。


「熾輝さま!」

「双刃!シルバーとスコーピオンを!」

「承知致しました!」


 現れた熾輝の指示に即座に反応した双刃は、影の中に閉まっていた2つの巻物を己が主へ向かって投げた。


 空中キャッチと同時に巻物を開き、魔術によって収められていた熾輝の愛銃であるシルバーとスコーピオンが姿を現した。


 愛銃を両手に収めた熾輝が着地すると同時、双刃と視線を合わせる。


「前方の敵は俺が引き受ける、後方の敵を頼む!」

「委細承知!」


 たったそれだけの言葉を交わした二人が端を発したように動き始めた。


 熾輝は前方180°に展開した敵を探知能力をフル活用して位置を瞬時に把握するとシルバーとスコーピオンの引き金を引いた。


 マズルフラッシュが夜の闇に咲き、次々に敵を倒していく。


 視界が悪い夜でも熾輝は、探知能力によって敵の位置を完全に把握。そして、波動の併用により木々や岩といった障害物の位置も三次元的に認識する事ができている。


 それによって、敵は闇の中を一方的に攻撃されている形となっている。


 森のあちこちで、敵の悲鳴と呻き声が上がり、制圧するのにさほど時間は掛からなかった。

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