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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その㉕~精霊の里

 ヴェスパニアの大地に突如として現れたけがれ、それは呪詛の黒曜石ダインスレイブと呼ばれる呪具によるものであった。


 穢れによって生み出された瘴気しょうきの沼、その中心部分に今は、ぽっかりと穴が開けられている。


『――彼が心配かい?』


 穴の方を見つめるソフィーにアスランの身体に降りている精霊王が話しかける。


「いいえ、シキなら何とかしてくれる…そんな気がするのです」


 アスランからの問いに、ソフィーは首を横に振って答えた。


 現在、熾輝は瘴気の沼にある呪具を何とかするために精霊の民の頭領と共に沼の中心部へと向かっている。

 ラドとルーメンは、事の詳細を説明するため、今も瘴気の沼を押し止めようと、沼の周りで奔走している里の住民たちの元へと走っている状況だ。


 ちなみに沼の中心部分に開いた穴は、精霊の民の頭領が所持する戦斧によるもの。


 何を隠そう、頭領が所持する戦斧は、ソフィーが持つ【星降らし】同様に大地の精霊王から賜わった宝具なのだ。


 その名も【重力の戦斧グラビティコア】、能力は重力操作であり、頭領は沼の汚水を押しのけて熾輝を沼の中心部分まで運んだのだ。


「精霊王、なぜワタクシには【星降らし】を使いこなす事ができないのですか?」


 ソフィーは、目の前で宝具を自在に使いこなす頭領を目の当たりにし、王の証たる王杖の使い方を教示してもらえないかと、すがるような気持ちで問いかけた。


『【星降らし】を使いこなすには、資質ではなく資格が必要になってくるのだよ』

「資質ではなく資格…わからない、ワタクシにはいったい何が足りないと言うのですか?」

『それはキミ自身が気付かなくてはならない事なのだよ』

「ですがワタクシには、時間が無いのです。こうしている間にもムスカはッ……あの男をこれ以上、野放しにすることはできません」

『親の仇だからかい?』

「そうです、仇の1人であるメガロスは、シキが討ってくれました。次はあの男に己の罪を償わせるのです!」


 ソフィーの言葉には、必ずやり遂げるという強い意志が込められていた。

 しかし、それには力が足りない。だが【星降らし】を己が物にする事が出来たのならば、彼女は力を得ることが出来る。


 それは単に宝具としての力だけではなく、ヴェスパニアの裏社会に住まう者達を認めさせ、従わせる事もできるという意味も含まれている。


―――そうすれば、きっとベアトリクスだって帰って来てくれる。

『…ならば資格とは何か、その答えを考え続けなさい。その答えに辿り着いたとき、王杖はきっと君に力を貸してくれる』


 そう言ったアスランは、不意に沼へと視線を向けた。


 先程まで沼の中心地から溢れ出していた瘴気しょうきが一転、清浄なる気に変化した。


 それはまるで波紋が広がる様に、中心地を発生源として瘴気の沼が清められていく。


『どうやら上手くいったようだ』


 沼の清浄化を見届けた精霊王は、その場に座すと、次第に気配が希薄になっていく。

 どうやら憑代にしていたアスランの身体から離れようとしている様だ。


「まって下さい!ワタクシはどうすれば良いのですか!」

『ソフィー、大丈夫だ。その答えは――――。ただ、今はそれが――――いるだけなのだよ――』


 直接頭に語り掛けてくる声が段々と小さくなっていき、ついには何も聞こえなくなってしまった。


 崩れ落ちるように膝を折ったソフィーは、精霊王が憑代としていたアスランをただ見つめる事しか出来なかった。


 すると、『クゥ~ン』と意識が覚醒したアスランが心配そうに彼女にすり寄ってきた。


「大丈夫、ワタクシには、心強い友達が傍にいてくれるから…」


 ソフィーは立ち上がり、今は清らかとなった湖へと視線を向けた。


 その瞳は覚悟の灯を宿していたが、しかし、以前のような負の感情を内包した物とは違っていた事を、アスランは動物的な直感で理解していた。



◇   ◇   ◇



「――なんていうか、もっと原始的なイメージをしていたよ」


 熾輝とソフィーは頭領たちに連れられて精霊の民の里へやってきていた。


 なにせ現在、王都はムスカによって支配されており、身を隠す場所として、ここはうってつけの場所といえる。


「なんだ?よもや我々が洞窟にでも暮らしているとでも思ったか?」


 熾輝の反応がよほど面白かったのか、頭領はニヤニヤと笑みを浮かべている。


「令和の時代にそんな暮らしをしているのは、どこぞの部族くらいなものよ」

「我々は、精霊崇拝をしているが、だからといって自然崇拝という訳ではない」

「それに、社会に適応せねば、生きてはいけないし、森を守る事も出来ない。要は【無知は罪なり】ってやつだ」


 ルーメン、ラド、頭領の話を聞き、熾輝は「なるほど」と納得しつつ、ソフィーと共に里の中心地へと向かって歩いていく。


 里の地面には、石畳が敷き詰められていて、とても歩きやすいし、等間隔に電信柱が設置されている。

 聞いたところによると、電気は水力と風力、太陽発電でまかなっているらしく、あらゆるライフラインは、極力自然に配慮した造りになっているとのことだ。


「にしても、Wi-Fiまで飛んでいるとか……ここまでに立ち寄った村との落差が激し過ぎない?」

「シキ、もしかしてまたディスってますか?」

「だって同じ国なのに、ここまで生活水準に差があるって変でしょ」

「ふふ、シキは世界を知らなさすぎです。都市は繁栄しているのに近隣の村が栄えていないなんて、良くある話です。例えばタイの首都は栄えているけど、首都から一歩外に出てみれば、本当に同じ国なの?っていうような場所なんていくらでもあるんですからね?」


 日本人として育ってきた熾輝には判らないだろうが、ソフィーの言っていることは、おおむねその通りである。


「まぁ、ヴェスパニアは、創立して100年も経っていない若い国なのだ、生活水準が他国に追いつくのは、何年も先の話になるだろうよ」


 流石、若くして頭領になった者の言葉は違うと感心する一方、はたして目の前の女性の歳は、いったい幾つなのだろうと気になる熾輝。


 だが、女性に対し年齢を聞くことは、世界共通で失礼だと言う。ならば、ここは聞かぬが吉だろうと、決意した矢先…


「アナタいったい幾つなの?偉そうな事を言っていますけど、ワタクシのご先祖様たちが、いったいどれ程の苦労をしてヴェスパニアを発展させてきたのか、お分かり?」


 頭領の物言いが気に入らなかったのか、ソフィーは腰に手を当てて、珍しく怒りながら声を張り上げている。


「さてな、ワタシには想像もできない事だが、少なくともお前に王は務まらない事だけは、判るぞ?」

「なんですってッ――!!」

「ちなみにワタシは、お前達と同じ13歳だ」

「「ッ――!?」」


 まさか、自分たちと同い年で、里の頭領を勤めているという。

 その事に驚く2人であったが、ソフィーは自然と劣等感を覚えずにはいられなかった。


「話が逸れてしまったな。これからワタシの屋敷に来てもらうが、その前に合わせたい御仁ごじんがいる――」


 言って、一行が辿り着いたのは、里の学校らしき場所。言っても、小規模な物で、イメージ的には庭つきの集会所の様なところだ。

 そこでは、子供たちと先生らしき男性が校庭で遊んでいるのが見える。


「――やーい、シュタイナーが怒ったぞー!」

「コオォオラアァア!待たんか坊主どもおぉお!」


 そこには遊んでいる…いや、からかわれて子供たちを追い掛け回す男の姿があった。


――シュタイナーって、確か王の盾の?


 その名は、この国に来てから何度か耳にした。熾輝はまさかと思い、隣に居たソフィーに目をやった。


「シュタイナー……シュタイナー!!」


 どうやら王の盾、ヴェスパニア最強の1人であるシュタイナーに間違いないらしい。


「ぬ?……ッ!!?」


 呼ばれて振り返った男は、ソフィーの顔を見ると、目を丸くして驚いた表情を浮かべた。


「ひ、姫さま…」

「シュタイナー、わたくしは彼方に――」

「御免ッ!」


 ソフィーが何かを伝えようとしたときだ、彼は急に背中を見せて脱兎のごとく、その場から逃げて行ってしまった。


 シュタイナーの意外な行動にソフィーは「え?」と、何が起きたのか判らず呆然と立ち尽くしたまま動けないでいた。


「あらら、逃げちゃった」


 いったいどうしたら良いのかと立ち尽くすソフィーの横で、ルーメンとラドは肩をすくめていた。そして「はぁ~」っと、ひと際大きなため息をついたのは頭領であった。


「…あれでも、ましになった方なんだ」

「どういう意味ですか?そもそも、何故シュタイナーがこの里に?」

「二月程前に森で行き倒れになっている所を拾った」

ひろッ!?」

「最初は、いくら呼びかけても無反応でな、まるで生きたしかばねのようだったよ」


 シュタイナーの近況を聞かされたソフィーは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。


 彼がそのような状態になってしまった事に責任を感じているのだろう。


「王を守れず、最愛の息子を失い、挙句の果てにお前からの叱責…心が壊れるには十分な理由じゃないか?」

「ッ―――!」


 たっぷりの皮肉を込めた言葉に、ソフィーは何も言い返す事が出来ず、唇を噛みしめて耐える事しか出来ない。


「頭領、あんまり責めちゃ可哀想よ。お姫さまは、まだ子供なんだから」

「フンッ、私が頭領になったのは、コイツよりも幼かった頃だ。上に立つ者として苦言を呈して何が悪い」


 精霊の民の里の頭領というのは、世襲制せしゅうせいという訳では無い。

 大地の精霊王より賜わりし宝具【重力の戦斧グラビティコア】を継承した者が頭領になる事ができるのだ。

 そして、継承の義は、里の実力者同士が試合をし、勝ち抜いた者に与えられる。


 ヴェスパニア公国の王族が代々受け継いでいる【星降らし】とは、継承方法が全く異なるのだ。


「とにかく、恩人であるヤガミシキの頼みで、お前をこの里に匿う事を許したが、王でもないお前には、何の利用価値もないし、面倒を見る義理もない。精々我等の邪魔をしないように、端っこで大人しくしていろ」


 冷たく付き放つ言い方にソフィーは、言い返す事ができなかった。


「はいはい、頭領もそのくらいにして」

「恩人をこんな道端で立たせておくのは、精霊の民の名折れだ」

「…そうだったな、すまないヤガミシキ。この里にいる間は私の屋敷で過ごしてもらうが、休息をとったあと、沼の穢れにおかされた者たちを診てもらいたいのだが、頼めるか?」

「休息後と言わずに、今から診ましょう」

「それは助かる!是非診てくれ!こっちだ!」


 熾輝の答えに頭領は、表情をパッと明るくさせると、熾輝の手を取ってグイグイと引っ張っていく。


「お前達、そこの女を私の屋敷に案内してやれ!ついでに風呂にも入れろ!臭くて敵わん!」


 ラドとルーメンにソフィーを託した頭領は、そのまま熾輝を連れて、あっという間に何処かへと行ってしまった。


「…なんて野蛮なの!」

「すまんな、アレも元々は、あんな性格ではなかったのだ」

「え?」

「前の頭領が年老いて動けなくなった時、あの子が10歳で頭領の座に就いたんだけど、まだまだ子供でしょ?里のみんなも不安で、それがあの子にも伝わって、…きっと、どうにかしなきゃと思ったのね。以来、男勝りに振る舞うようになったのよ」

「本来であれば、蝶よ花よと愛でられ、女としての幸せもあったろうに。それを全て捨てて、アレは里の民を守れる存在になることを選んだ…選ばざるを得なかった」

「その気持ち、貴女なら少しは判ってあげられるでしょ?」


 ルーメンの言葉にソフィーは答えることが出来なかった。

 自身には王になる決意も無ければ、頭領のように全てを捨てる覚悟も無いのだから―――。



 一足先に頭領の屋敷に到着したソフィーは、旅の疲れを癒すために風呂に浸かっていた。


『――ソフィーは、王になりたいの?』


 先程の話を聞いたせいなのか、不意に熾輝から言われた言葉が頭をよぎった。


『…なりたいとかは、関係ありません』

『なんで?』

『それは、…ワタクシがヴェスパニアの姫で、ヴェスパニアにはこの杖の力が必要だから…』

『それって、楽しいの?』

『楽しい?……楽しくありません』

『なら、止めてしまえばいい』

『え?……そしたら、ワタクシは、何のために生まれてきたのか…』

『なら、やりたい事をやればいい』

『やりたいこと?』

『うん。だって、その方が楽しいし、面白い』

『ワタクシのやりたい事…ワタクシが本当にやりたい事……わからない、ワタクシは、何がやりたいのかわからない―――』


 考えた事もなかった。

 自分はいずれ、王位を継ぎ、この国の王になる…それ以外の選択肢など、最初から無かったのだから。


―――本当に?


 湯船に浸かりながら自問自答を繰り返すが、結局答えは出てこない。


 そうしている内に身体はすっかり熱くなり、少しクラクラとしてきた。

 思いのほか長く湯船に浸かっていた為、どうやらのぼせてしまったらしい。

 ソフィーは風呂から上がり着替えると、火照った身体を冷ますために何か飲み物が無いか、屋敷まで案内をしてくれたルーメンに尋ねようとして屋内を歩き回っていた。


「――そのまま監視を続ける様に伝えなさい」


 屋敷の奥からルーメンの声が聞こえる。


 どうやら誰かと話をしている様だ。


「お姫さまには悪いけど、これ以上、部外者を里に招き入れる訳にはいかないわ」


 盗み聞きをするつもりは無かったが、話の内容的に自身に関係のある話をしている様だったので、ついつい聞き耳を立ててしまった。


「王都から追い出された難民の保護なんて無理よ」


 話の内容からして、どうやら彼ら、精霊の民は森に入り込んだヴェスパニア国民の監視、あるいは助けを求めてきた国民の受入を拒否しているようだ。

 現状、ソフィーと熾輝も無理を言って里に置いてもらえているのだ、これ以上のわがままは里にも迷惑が掛かってしまうため、彼女が口を挟むことは出来ない。しかし…


「難民の一団が襲われていることは、私から頭領に伝えるわ。くれぐれもコチラから手を出すことが無いようにしなさい」


 ルーメンの言葉を聞いて、ソフィーの鼓動が跳ね上がった―――。

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