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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
修行編
29/295

第二八話

天から降り注ぐ雨は、次第に勢いを増していく。


まるで、二人の男の咆哮をかき消すように。


それは、とあるビルの屋上での死闘


異形の男と一人の人間が己の力をぶつけ合い戦っている。


異形の男から発せられる妖気が、大気に干渉し幾つものカマイタチを生成していく。


それは、直ぐに放たれる事無く男の身体にまとわりつく。


互いを牽制しながら常人には、決して追えない動きで何度も衝突を繰り返し、相手の隙を探り合う。



「何故だ!何故アイツを憎む!」



清十郎の真剣が空を切り、それを交わした男は、すかさず真空の刃を連続に叩き込む。


だが、切り返した刀でそれを打ち払い、間合いを取ろうと後ろへ下がった男を追撃する。



「アイツが生まれたせいで、俺がどんな思いをしてきたか知らないくせに!」



先程までの片言だった言葉とは、打って変わって、確かな口調で言葉を返す。


間合いを詰めた清十郎は、男に向かって刀を振り下ろす。


しかし、再び風を纏った腕に阻まれ、刃が男に届くことはなかった。



「どんな思いをしてきただって?お前は妹をいつも大切にして来ていたんじゃないのか!?」



阻まれていた刀に力を入れ、強引に風の防御を破ろうとする。


しかし、纏う風の量を増やした相手によって、後方へと飛ばされ、体制を崩した清十郎へとカマイタチを乱射する。


「大切!?違うね、俺はアイツが可哀想で、あわれで・・だから面倒を見ていてやっただけだ!」


カマイタチの乱射を跳躍により回避するが、上空で身動きの取れなくなった隙を狙い、追い打ちを掛けるように風の刃を清十郎目がけて放出する。


「可哀想?哀れ?お前は、本当にそんな事を思っていたっていうのか!?」


襲い来る風の刃を刀で受け止めるが、踏ん張りを聞かせることの出来ない身体は、風の衝突と同時に勢いよく後方へ飛ばされ、ビルの枠から身を投げ出される。



「そうだよ!アイツのせいで、父さんも母さんもアイツだけ見ていた!アイツのせいで貧乏になった!なにも出来ないアイツは、弱いアイツは俺が守ってやっていた!あの頃のアイツは可愛かったんだ!何も出来ないから弱いから、俺の言う事を従順に聞いていた!なのにお前が現れてから全てが変わってしまった!何も出来なかったアイツは、お前のせいで変わってしまったんだ!お前さえ居なければ、弱いアイツは従順なまま俺に守られていたハズなんだ、なのにお前のせいで変わってしまい、あいつは可愛くなくなった!」


「・・・・。」


ビルから投げ出された清十郎に駄目押しとばかりに攻撃の体制をとり、腕に集中させた風を標的に照準を合わせる。


「今度のは、ただの風の刃とは、わけが違うぞ。」


その瞬間、魔術が発動する。


腕に巻き付いた風は、一直線にまるで槍の様に清十郎へと向かう、そして魔術干渉を受けた風には炎が纏われた。


「喰らえ!風炎槍!」


貫通力を持った風と炎の槍が清十郎へと襲い掛かる。

しかし、


「ふざけるな、お前こそアイツを分かってないじゃねぇか。」


声は決して大きく無かったが、その声は、確かに男に届いていた。


ビルの外に投げ出された清十郎は、通常であれば、そのまま自由落下して死んでいただろう。


だが、凶暴な風炎が迫る中、彼は身を縮めた。


そう、まるでこれから跳躍をするかの様な体制だ。


「無駄だ!いくら身を小さくしても、俺の風はお前を捉えてる!」


「真空三角飛び」


勝ちを確信していた男は、次の瞬間、驚きを隠せなかった。


空中で身動きを取れなかったはずの清十郎が、空中で跳躍し、彼が元居た場所を風炎が虚しく通過する。


「なんだと!?」


跳躍した清十郎は、まるでソコに足場があるかのように、何もない空間を更に蹴って、ビルの屋上へと舞い戻る。


「ペラペラペラペラと勝手なことばかり言っているようだが、自分の何が分かるのかだって?ざけんな、お前は葵の何を分かってやったって言うんだ?」


「なにをっゴハッ!」


一瞬だった、一瞬で間合いを詰めた清十郎は、男の顔面に拳を叩きつけた。


通常の人間よりも大きかった巨体は、その一撃で簡単に後方へと飛ばされた。


そのまま、何度も地面を回転した男は何とか体制を立て直して再び風の刃を生成する。


相手が倒れているからといって、目の前の男は決して手を抜いたりすることは無いと分かっているから、即座に対応しなければならない。


案の定、男を殴りつけた直後、清十郎も殴り飛ばされた男を追撃に掛かっていた。


「何を分かってやっただって?他人のお前が分かった風な口を聞くな!」


風の刃を迫る男に放ち、直後、男も動き出し、再び両者の攻防が開始される。


「分かるさ、いや、他人の俺が分かっているんだ、きっとお前の両親だって気が付いているんじゃないか?」


風の刃を薙ぎ払い、それに混ざって貫通力のある風炎の槍を交わしながら徐々に間合いを詰める。


「何を言っている!」


「お前がどうしようもない駄目兄貴だってことがさ!」


「な、なんだとーー!」


駄目という言葉に過剰に反応した男は、先程まで狙いを定めて放っていた攻撃とは打って変わって、ただ威力だけを高めた風の攻撃を出鱈目に放つ。


「お前に何が分かる!十年以上俺は、耐えてきた!アイツの能力のせいで両親は、アイツだけを気にかけていて、俺の心配は二の次だ!アイツばかりが親の愛を受けていた!」


出鱈目に放つ風の刃の合間を縫い、自らも清十郎へと間合いを詰め、怒涛の攻撃を仕掛ける。


「それに、アイツのために一体いくらつぎ込んだと思っている!そのせいで家の家計は火の車になって、俺には欲しい物すら買ってもらえなくなった!回りの連中からは貧乏だと馬鹿にされた!」


風の刃、風炎の槍、そして自らも攻撃を加え、その攻撃が四方八方から襲い掛かるため、流石の清十郎も守りに徹する他ない状況で、男の言葉に耳を傾ける。


「両親からは、妹を守れと言われた、実際俺はその通りにしたぜ!その時のアイツは俺の言う事を何でも聞く従順な奴だったからな、まだ可愛げがあったから俺もにはしなかった!だけど・・・」


一泊置いて、男は清十郎を睨みつけた。


「何なんだよ、お前は!急に現れて、俺の役割を奪いやがって!能力だぁ?才能だぁ?アイツの力がそんな物だと知らなかったら、アイツは変わらずに俺の可哀想な妹でいられたんだ!それがアイツの才能だと分かった途端、全てが変わった!」


四方からの攻撃が一瞬解けたと思った矢先、上空からの突風が清十郎を襲う。


ダウンバースト、下降気流が地面に衝突した際に四方に広がる破壊的な力。

知ってか知らずが、男はこの上からの風の衝突により、清十郎は膝を付き動きを封じられる。


「アイツに力を教えて救ったつもりか?家の借金をなんとかして救ったつもりか?お前は何様だ!救われねえんだよ俺が!アイツに力があると分かってからは、俺はずっと惨めでしょうがなかった、俺にも力があると思って魔術を学んだが、全く才能が無かったんだ!もう俺は・・・『無様だな。』」


上空からの風により、地面へと落ち潰されていた清十郎は、目の前の男の悲痛を切り捨てた。


「あ?」


「結局お前は自分のことだけしか考えていない。十年以上耐えてきた?それは、お前だけか?違うだろ。」


自身を押しつぶす風に逆らって、清十郎は渾身の力で立ち上がる。


「まだ年端もゆかない女の子が10年以上もの間、誰とも話す事も無く言葉を封じ込め、誰とも係わりを持たないように自ら孤独に生きる事を選んだ。そんな絶望がお前はわかってやったのか?」


「ないを?」


「あいつは、葵はな、弱くなんかない。自分から孤独を選んで誰も傷つかないように、誰も傷付けないように、たった一人でそれを背負える強い奴だ!」



上空からの風圧により動きを封じられていた清十郎は、刀を天に掲げオーラを爆発的に放出し、次第に刀へと集中していく。


「アイツが何も言わずにお前たちの言う事を聞いていたのも、これ以上迷惑を掛けたくなかったからで、弱かったから、何も出来なかったからただお前たちの言う事を素直に聞いていた訳じゃない!」


一閃


刀を振り下ろした途端、清十郎を縛っていた風が刀に絡め取られた。


「な!俺の風を!?」


「風はお前だけの物じゃ無いんだよ!」


切っ先を向けた刀を突きの要領で虚空に放つ


その瞬間、膨大な風の塊が一つの弾丸となって男を襲う


男は、風の防壁を張るべく大気中から風をかき集めようとした


しかし


「風が、集まらない!?」


男が操ろうとした風は、男の言う事を聞くことなかった。


更に驚くべきことに、操作する事が出来ない風は、全て自身に迫る脅威の弾丸に絡めとられ、その威力を大きくしながら迫っていた。


回避は不可能、防御は無意味


絶望の弾丸は男を捉えて風爆した。



倒れた男は、動けない身体を何とか上半身だけ起こし、一歩、また一歩と歩を進める清十郎の眼光によって射抜かれ、自然と後ずさる。


「生まれ持った才能が、必ずしも自身を幸せにしてくれるわけじゃない。」


「?」


「葵があの力を持って生まれなければ、俺達の世界を知ることも無かったし、ましてや孤独に絶望することも無かった。」


「何を、何を言っているお前は!?」


男の怒声など知ったことかと、清十郎はただひたすら一人の少女の事を語り続ける。


「才能があっても、それをコントロールするのに、一体どれ程の時間が必要なのか、お前は知らないだろ?」


「はっ、知ってるさ!1ヶ月もあれば十分なんだろ?実際にアイツは一ヶ月で力を物にしたじゃないか。」


「一生だ。」


「は?」


「能力者はその一生を掛けて自らの力を治める。それでもある程度のコントロールをするのに常人天才を問わず十年以上の歳月が必要になると言われている。」


「なんで今更そんな話を俺に聞かせる。アイツがとんでもない天才だったて認識でもさせようっていうのか!?」



そして、清十郎は再度言い放つ「お前は知らないだろう」と



「師範の所へ連れて行った際、コントロールに十年は必要になると知った時のアイツの顔を、それでも血反吐を吐く様な、それこそ強い信念が無ければ死にたくなるような修行をアイツは自ら行って手に入れたのが葵の真の能力だ。」


「・・・。」


「十年を一ヶ月にまで縮めたあいつは、なるほど、何も知らない連中から見ればとんでもない天才なんだろうさ。だけどな、天才なんて言葉を葵の前で軽々しく吐くんじゃねえ!アイツが血反吐を吐いてのた打ち回り、身体を襲う激痛に耐えて手に入れた力を軽く見るな!」


「それでも、アイツはその力があったからこそ今のアイツが居る、魔術にも出会えた。俺には何も無い、俺はアイツと居るだけで自分が惨めに思えて仕方がないんだ。」


「・・もう一つ教えておいてやる。葵は能力を完全にコントロールしている訳じゃない。」


「え?」


「普段言葉にする一言一言に気を配って葵は話をしているんだ。葵の能力である【言霊】は、本人も意図しない形で顕現される事が多い。だから他愛ない会話の中でも葵は言葉を制限される。お前は聞いた事があるか、葵が誰かを好きだと言っているところを。」


それを聞いた男は、はっとした。


「・・・無い、それどころか、自分の気持ちを言おうとしたことすら無い。」



「だろうな。それは言葉によって相手の精神さえも支配してしまうからだ。その内コントロールをする事ができるだろうが、それが何時になるか、あるいわ一生掛かっても自分の気持ちを言う事は出来ないかもな。」


「だけど、アイツなら、そんな努力をしてきたアイツなら大丈夫だろ!?」


「あんな修行をしていたら、葵はいつか死ぬぞ。」


「そんな、アイツはそんな事一言も・・・」


「言えるわけがない。ようやく自分の訳の分からない体質の正体が掴めたのにそれでも尚も家族に心配を掛けてしまうと思えば」


「・・・俺は本当に自分のことばかりじゃないか・・・かっこ悪すぎだろ。」


「それとな、」


まだ何かあるのか?と言いたげな顔で清十郎を見つめる。


正直これ以上は勘弁してほしいという心情の男は、気が付けば、心がへし折られ、あまつさえ、先程まで殺意を向けていた妹の心配をしていたのだ。


「アイツになんでそんなに頑張るのか一度だけ聞いたことがある。」


「・・・。」


男は黙って清十郎の言葉を待つ。


「『小さいころ、私を守ってくれるって約束した大好きなお兄ちゃんとパパとママが家で待っているから。私はあそこに帰りたいの』だとさ。・・まぁ葵を突き動かしていた原動力っていうのは、結局お前たちだったんだよ。」


そんな約束を確かにしたのを覚えている。

男の眼からは、再び涙が流れるが、今度は赤い血の涙では無く、正真正銘人の流す美しいものだった。


「もういいだろ?葵が待っている、一緒に帰ろう。」


「・・ああぁ。」


男からは既に毒気が抜かれ、あれほど禍々しかった妖気もすっかり失せた


様にみえた。


「あ、がが、あがああああああ!!!」


「っ!?なんだ」


突如として荒れ狂う妖気が、周囲の風を狂わせる。


そして、大気中に存在する魔力が男の身体の一点目がけて吸収されていく。


「どうなってやがる!?」


その間も男の絶叫は止まらない。


狂った力の暴走により、彼の意識は次第に妖気飲まれていく。


「(あ、おい)」



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