ヴェスパニア騒乱編~その⑲~デュアルフォース
「――お前だけは絶対に許さないッ!!」
怒りの形相…
デュアルフォースを纏った熾輝の身体からは、常に放電現象が巻き起こっている。そのせいなのか、その様は、まるで雷神のようだ。
「許さないだと!言ったはずだ!俺は暴れたいから暴れる!俺の自由をテメエが否定してんじゃあねえ!」
襲い掛かる重金の化物。その圧倒的な力はヒドラによって強化されており、並の達人ですらミンチに変える暴力を宿している。
しかし、そんな化物が目の前から襲い掛かってきているというのに、熾輝の眼には、まるで脅威に映っていない。
デュアルフォースの発現に伴い、期せずして、星の瞳の力が一定段階まで引き出された事により、引き延ばされた時間の中で、メガロスの動きが、まるで止まっている様にしか見えないのだ。
「自由とは、他を害さぬ全ての中にあるんだ。お前のそれは、自由ではなく、横暴と言うんだ!!」
放電が勢いを増し、右手に集束されていく。
腰高に構えられた拳が重金の化物へと振り抜かれる。
―――審判ッッ!!!
たった今、熾輝によって編み出された技が火を噴いた。
「グハッ―――!!!!」
身体中から発していた放電を右手に集束させ、プラズマとなったそれがメガロスの内部を駆け巡り、貫通する。いわゆる感電のようなものだ。
しかし、その効力は、ただ単に敵を感電させるだけの物では無く、真の力は…
―――バッカ…なッ!能力が強制的に解除されただと!!?
能力の無効化。だがこれは、デュアルフォースの恩恵という訳では無い。
熾輝の能力である【波動】を同時に打ち込む事で、能力を強制解除させたのだ。
「ちっくしょうッ!能力が発動しねえ!!クソックソッ!俺はまだ暴れたりねえんだ!そうだろオイ!ヒドラ!もっと俺に力を貸しやがれ!!!」
最後の足掻きだったのだろう。しかし、その怨嗟の声にヒドラが脈動し、応えたのだ。
人体組織の至る所が黒く結晶化していたそれは、一気に身体全体を覆い尽くし、メガロスを本物の化物へと変質させた。
「ヒャハハハッ!!すんげえ力が漲ってくるぜッ!今ならどんな奴にも負けねえ!……お前にもな!!!」
まるで呪いを結晶化でもしたかのような悍ましい力だ。
メガロスの足もとから植物が腐り、空気が淀んでいく。
「AAAAAAAIIIIIIIッ!!!!AIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIAIッッッッ愛ーーーー!!!!!!!」
この世の生きとし生きる物を殺す。文字通り死の権化となり果てたメガロスが、憎き敵へと襲い掛かる。
しかし、熾輝の形相は、変わることはない。それどころか…
「外道め!命をもって、その罪を償え!!」
ミストルテインの刀身が真紅に染まる。その輝きは、まるで太陽の如き!
―――断罪ッッ!!!
振り抜かれる一刀が、メガロスの脳天から股下へと到達。
一切の抵抗を感じることもないそれは、まさに斬鉄剣を彷彿とさせる。
刀身に纏っていた真紅のプラズマが轟音を撒き散らし、天へと昇っていく。
文字通り、真っ二つになったメガロスが、左右に別れ、ヴェスパニアの大地に転がった。
メガロスの亡骸は、まるで雷に打たれたように焼け焦げており、彼を覆い尽くしていた黒い結晶は、色が抜け落ち、透明な水晶へと変質していた。
「ハァ…ハァ…ハァ………うおぉおおおおおおッ!!!」
戦いによって滾った感情が爆発したかのように、熾輝は咆哮を上げた。が、遂に限界を迎え、足元から力が抜け落ち、グラリと、崩れそうになる。
「シキーーッ!」
それを支えたのは、この戦いの一部始終を見守っていたソフィーだった。
「シキッ!シキッ、シキィ」
抱き留めた熾輝の身体は、ボロボロだ。全身に重度の打撲や骨折、そして目に見えて酷いのが右顔面の擦過傷だ。
あんなにも綺麗な顔をしていたのに、今は、皮膚がベロリと剥がれ、見る影もない。
―――どうして、そこまでして!何も知らないアナタが!
熾輝と出会ってから、それほど長い時は過ごしていない。
精々が10日程度の付き合いだ。
自分と彼の間に命を掛けるだけの絆なんてない。それなのに、幾度も自分を守ってくれた。
―――彼なら…シキになら、私は
誰にも心を開こうとしなかったソフィー、しかし、今、彼女の心が、目の前の少年になら心を許せるのかもしれない。そう思った――
「――ソフィー、…急いで、ここから離れよう」
「え?でもシキ、こんなボロボロの状態じゃ、動く事なんて――」
「大、丈夫。幸い、骨折しているのは、肋骨が数本だけで、腕と足はヒビが入っただけだ。身体は、打身程度だから、移動に何の支障もない」
熾輝の容体を聞いた限り、ソフィーからしたら十分い重症では無いだろうかという疑問が浮かぶ。
「それよりも、動けるうちに王都から離れないと」
「王都から離れるのですか?」
「そうだ。メガロスが追ってきたってことは、他の追跡者の存在が気になる。メガロスとの会話で、仲間がいるような口ぶりだった。下手をしたら、王都側の追跡者と挟み撃ちにされる危険がある」
「しかし、…ならワタクシ達は、これからどうすれば?」
「一旦、身を隠せる場所を探そう。そこで、回復をまって、俺が王都の偵察に行く」
とりあえず、今はそれで納得してくれ。と、これ以上は、ここで議論している余裕がない旨を伝えると、ソフィーは、不安そうな表情を浮かべるも、一拍おいて、熾輝の提案を了承したのだった。
「ソフィー、済まないが時間が惜しい。俺の背中に乗ってくれ」
「わ、わかりました」
熾輝はソフィーを背負うと、全速力でこの場を離脱するのだった―――。
◇ ◇ ◇
熾輝とソフィーがメガロスとの死闘を終えてから、時間はさほど経過していない。
「…なんだよこれ。ひでえ有様だな」
宗像の視界には、先程まで森だった場所が広がっている。
木々は薙ぎ倒され、大地は抉れ、岸壁は割られている。
「いったいどんな戦い方をすりゃあこうなるんだ?」
戦闘の跡地を観察する様に歩く宗像。そんな彼に声が掛けられた。
「宗像、こっちに来てください」
彼を呼んだのは、パートナーの千々石だ。
彼女の呼びかけに応え、近づいた宗像は、訝し気な表情を浮かべる。
「こいつぁ…メガロスか?」
「おそらく」
彼らの目の前に横たわっているのは、文字通り真っ二つにされたメガロスの亡骸だ。
「マジかよすげえな。先生の予感敵中じゃんか」
「感心している場合ではありません。こうなった以上は、我々でソフィア姫を処理しなければならないのですよ」
「そりゃあ、そうなんだけどさ。どうやって追うよ?このオッサンには発信機を持たせていたから、ここまで追って来れたけどさ、お姫様には、そんなもん付いちゃいないぜ?」
この広大なヴェスパニアの森で人を探すとなると、不可能に近い。しかし、千々石は、そうは思っていない様だ。
「そうでしょうか?」
「あん?」
「見て下さい。何者かの足跡が北東へ向かっています」
「…よくみつけたな。てか、コレ1人分だぜ?お姫様は、護衛と2人で行動しているんじゃねえのかよ?」
「足のサイズと歩幅からして男性の物。そして足跡の付き方が僅かに深い…つまり――」
「つまり護衛が姫様を背負って逃げてるってことか?」
ご名答と、千々石が応えると、宗像は口角を上げてニヤリと笑った。
「なら追えないってことはねえな」
「はい。そして今なら相手は手負いです。足運びからして、だいぶふらついているご様子」
「殺るなら今ってことだな」
「ええ。メガロスの死も無駄ではなかったという事です」
「美味しいところは、全部俺等が頂くけどな!」
宗像と千々石は、直ぐに行動を開始した。
足跡を追い、ソフィーと熾輝に追いつくのに、さほど時間は必要なかった。
◇ ◇ ◇
メガロスとの戦いの後、移動をしていた熾輝とソフィー。しかし、その足取りは徐々に重くなり、遂には限界を迎えてしまった。
現在は、天然の洞窟に身を隠し、体力の回復に勤めている。
「――酷い熱だわ」
洞窟の奥で横たわる熾輝は、先の戦闘によるダメージで、発熱をしていた。
「心配ない、これくらい、修行をしているときは日常茶飯事だ」
「ですが…」
額を触ればわかる尋常ならざる熱量。
先のメガロスとの戦いがどれ程の死闘だったかを物語る痛ましい身体。
「幸い、食料も水も2日分ならなんとかなる。これくらいのダメージなら明日には動けるようになるから、そしたら近くの集落に移動して、王都の情報を集めよう」
「・・・・」
命を賭して戦ってくれた熾輝。今も自身の事よりもソフィーの事を考えてくれている。
しかし、そんな熾輝を見ていると、自然と涙が出てくる。
「大丈夫、絶対に君を守って見せるから――」
「違います!」
「…ソフィー?」
「どうして!どうしてアナタ達は、そうなのですか!自分の事よりも誰かの事を守ろうとしている!普通は自分が一番かわいいものでしょ!ワタクシは死にたくないし、命をかけてまで、誰かを助けようとは思わない!なのに、どうしてシキは、そんなになってまで…」
熾輝とソフィーは、出会って10日ほどしか経っていない。故にお互いの事を深くは知らないし、ましてや命懸けで守ろうとするほどの何かがある訳でもない。
なのに、どうして目の前の少年は、自分を守ろうとするのかが理解できなかった。そして、自分の為に危ない目に遭って欲しくないと思っているのだ。
「ソフィー、俺にはとても大切な友達がいるんだ。」
「…それは、以前話していた?」
「うん。みんなは、俺の両親の事を知っても、変わらずに傍に居てくれた。俺が酷い事をしても許してくれた」
「良い、友達なのですね」
「あぁ、だから俺は、強くなるって誓った。みんなを守れるように」
熾輝が強い事は知っている。あのメガロスですら倒して見せたのだ。なのにどうしてだろう、熾輝がこの話をしているとき、とても悲しそうな顔をするのは…
「でも、本当は俺なんかが守らなくても、みんなはずっと強かったんだ。そして、守られていたのは俺の方………、俺はソフィーが思っているよりも、ずっと弱くて、すごく情けない男だよ」
「そんなこと…こんなにも傷ついて、何度も命を救ってくれた。そんな彼方が、そのような事を言わないで下さい」
「それでも、俺は怖いんだ。ソフィーを守れなかったらどうしよう。ソフィーが傷ついたらどうしよう。俺が死んだらソフィーが……さっきの戦いの時もそんな事ばかり頭に過っていた」
「どうして?ワタクシはを責めたりしません。逃げたっていいじゃないですか」
「そうだね。でも、ここが―――」
言って、熾輝は自分の胸元を握りしめた。
「とても苦しくなるんだ。自分の大切な人が危ない目にあっていると思うと、苦しくてたまらない。……ごめん、色々と考えてみたけれど、ソフィーの疑問に応えることができないや」
「シキ……」
「結局、俺は自分自身のために君を守っている。自分が怖いから、苦しくなりたくないから……俺はとんでもない偽善者なんだ」
「そんな事はありません!誰かが傷つくのが嫌なのは、痛みを知っているから!心が苦しくなるのは、優しいから!アナタ自身が偽善者と言うのなら、この世に本物の善人は存在しません!」
初めて彼女とあった日、似たようなことを話したと思い出す。
あの時は、ソフィーが熾輝を助けようとしてくれていた。そして…
「シキが言ってくれた言葉、今度はワタクシが彼方に贈ります。彼方の想いは本物で、美しいものなのです。だから誇って下さい。彼方の偽善は誇るべきものなのです。」
今、彼女の心の中で、何かが変わった。そう確信した熾輝もまた、長い間、心の中に抱え込んでいた何かが吹っ切れた。そんな気がしたのだった。
「じゃあ、俺達2人とも、とんでもない偽善者だな」
「わ、ワタクシもですか?」
「だって、そうじゃん?」
微苦笑を浮かべる熾輝に、「そうですね」とソフィーも笑い返す。
「……わるいソフィー、少し眠る」
「はい。ゆっくりと休んでください」
ついに限界を迎えてしまったのか、熾輝は洞窟の中で、深い深い眠りに入った。
「ありがとう、シキ――」
きっと彼女の声は、深い眠りに入ってしまった熾輝には届いていないだろう。
だけど、想いは通じていると、彼女は確信を持っていた―――。
そして、熾輝が眠りに入って数刻後、何者かが2人のいる洞窟内へと侵入してきたのだった―――。




