ヴェスパニア騒乱編~その⑱~前人未踏の領域
その一撃は、鉄の堅さと重さを兼ね備えた。まさに、破壊の権化そのものだった。
「ぐッ!!!」
「くははッ!!痛てえか!破壊力ってのは、重量×スピード×堅さってな!」
言ったメガロスの変化にもっと早く気が付くべきだった。
その光沢は、鉄の鈍い光り。極意による輝きによって、それがうまく隠されていた。
「これが俺の能力【重金属】!判りやすく言うと、全身を金属に変えるんだよ!」
厄介極まりない。
生身にくらべ、重量も堅さも桁違い。なのにスピードがまったく衰えていない。
金属なのに普段通りに動けるのは、能力が故なのだろう。
「さぁ、続きだ!」
ステータスだけを見れば、熾輝に分がある。
しかし、圧倒的な破壊力と耐久力は、メガロスが遥かに上をいっている。
そして、達人同士の戦いと言うのは、ステータスで決まるものでは無い。
判りやす例えるならば、詰将棋が良い例だろう。
常に攻撃の先の先まで読んで、攻撃、防御などを行う彼ら。
故に、いくら熾輝がスピードで翻弄しようが、攻撃のタイミングを読まれれば、必ず捕まってしまう。
「ひゃっはああぁああAAA―――♪」
「がああぁああッ!!」
圧倒的防御力で攻撃を受けたメガロスは、熾輝の頭蓋をわし掴むと、地面に叩きつける。
そのまま顔面で地面を抉るように擦り付け、投げ飛ばす。
「AAAIIIIッ!」
「ゼアッ!」
高く跳躍したメガロスが熾輝を踏みつけようとして、蹴りのカウンターを顎に喰らう。が、やはり、ヘビメタの能力によってダメージが通らない。
それどころか、頭部をフルスイングさせることによって、顎に入れたカウンターが、逆に返される形になってしまった。まさにカウンター返しだ。
「今の骨がいったんじゃあねえか!?」
「こんなもので折れるか!」
ハッタリである。
骨折に至らないまでも、ヒビは入ってしまった。
しかも・・・
「ずいぶんとハンサムになったじゃあねえか?」
さきほど、顔面を地面に擦り付けられたことにより、右顔面の皮膚がベロリと剥がれてしまっている。
これまでのメガロスとの戦いで、熾輝は左腕、右足の骨にヒビ、肋骨数本の骨折、全身打撲に加え、顔面の皮膚の擦過傷。
甚大なケガとまではいかないまでも、大きなダメージを折っていることには、変わりない。
――80%じゃあ、今のメガロスにダメージを与えられない。
「おいおい、いきなり口数が減ってきたじゃあねえか?」
メガロスが熾輝の状態に配慮なんてするハズもない。
能力の強みなのだろう、防御を完全に捨てての突進。
通常ならば、カウンターを入れれば、大ダメージを与えられるハズの戦術もヘビメタを使用しているメガロスには、意味が無い。だったら…
「90%おぉおおッ!!」
出力を上げて対抗する他に方法はない。
――馬鹿正直に真っ向から受けるな!躱しながら攻撃を叩き込め!
剛腕が空を切り、次いで横合いから連撃を叩き込む。
「AAAAIIIIッ!!」
「くッ!」
威力もスピードも増した。それでもメガロスはお構いなし。熾輝の攻撃がまるで効いていない。
「ひゃくッ%オオオォオオオッ!!!」
「AAAAIIIIIッ!!!」
仙術の出力限界まで力を引き上げての渾身の一撃!
互いのフルスイングが激突し、とてつもない轟音を森中に撒き散らす。
「UWWWWWWWWWッ!!!」
「AAAAAAAAAAAAIッ!!!」
渾身の一撃は、やがて力の押し合いへ!
熾輝の肉体…正確に言うと、筋繊維と骨からビキビキと言う悲鳴が聞こえ始める。
これ以上、出力を上げれば、身体が崩壊する。
まさに限界ギリギリで戦っている状態なのだ。にもかかわらず、力の押し合いは、徐々に熾輝を飲み込もうとしていた。
「ぬははは♪なんだ、もう限界か!」
「うるッせええぇえええッ!!」
「声だけか!?全然力ァ上がってねぇぞ!!!」
―――押し負けるッ!考えろ!考えろ!この一撃は、喰らう訳にはいかない!間違いなく致命傷になる!絶対に負ける訳にはいかないんだ!
「おらおら!早くしねえとすり潰しちまうぞ!」
「ッ~~~!!!」
最早なりふりを構ってはいられない。許容限界である出力を更に引き上げて対抗する他は…
「シキーーッ!お願い!もういいから!彼方だけでも逃げて!!」
激突しあう二人!そこへ、この戦いの一部始終を見守っていたソフィーが悲鳴をあげる。
「うるっせえぞ!お前は、後で殺してやるから!待ってろ!な!な!」
―――殺させて、たまるかよ!
出力を上げて、もしもメガロスを倒す事が出来なかったら、ソフィーの命が奪われる。
この戦いで熾輝の最低限の勝利条件は、ソフィーを守り、自分が行動不能にならない事なのだ。故に…
「潰れっちまえ!AAAAAAIIIIーーーーーッ!!?」
全力で熾輝を潰しに掛かっていたメガロス。しかし、突如、付き合わせていた熾輝の拳から力が無くなった。何が起きたのかを理解するよりも早く、メガロスの顎に凄まじい衝撃が走った。
―――螺旋気流脚ッ!!
ここへきて、熾輝の伝家の宝刀炸裂!
メガロスの圧倒的パワーを利用して放たれた必殺の一撃は、今までにない確かなダメージを与えていた。
―――ここで終わらせるな!連撃を叩き込め!
気流脚の回転はまだ終わっていない!この回転エネルギーを利用して、心源流の技を連続発動させる!
―――疾風怒濤ッ!
身体を回転させることにより、その威力は徐々に増していく。
しかも、その威力は、気流脚から繋げる事によって、初撃の力を優に超えている!
「ちぃッ!ヘビメタの耐久力を上回りやがった!!」
「うおおぉおおおッ!!!」
迎え撃つメガロスの拳!しかし、先程まで圧倒的だったその一撃は、まるでピンポン玉を打つかのように弾かれる。
――こりゃヤベエッ!!
もらえば終わると、判断してからのメガロスは、ここへ来て、初めての後退!
「逃がすか!」
熾輝から間合いをとりながら後退!それを追う熾輝!
形勢は完全に逆転した!
「…と思ったよな?」
「ッ!!?」
間合いをとっていたメガロスの足が止まった。
何を企んでいる?と思った矢先、熾輝は目を疑った。
なんと、メガロスの身体が更に肥大したのである。
種を明かすならば、メガロスは、前もってヒドラが入ったカプセルを体内に仕込んでいたのだ。
それが時間経過にともない体内で効力を発揮したのだ。
ただ、先ほど熾輝の一撃を喰らって嘔吐したときに、カプセルが体外に排出されなかったのは、メガロスの悪運の強さと言わざるを得ない。
「楽しかったぜ、ヤガミシキ」
これで終わりだと言わんばかりの思いが、その音声に込められていた。
―――修羅霞極ッ!!
完璧なタイミング…
威力は語るまでもなく、圧倒的
避ける事は叶わない
即ち、熾輝の敗北。意味するのは
―――ダメだ、死ッーーー!!!
◇ ◇ ◇
――――情景が切り替わった。と、不思議と認識することができなかった。
まるで夢でも見ている様な感覚。
どこかの教室の一番後ろに何故か一人だけ立っている。
生徒達は、それぞれに談笑したりと、実に平和で微笑ましい。
そんな中、自分一人が除け者にされているという不安があった。
それが怖くて、辺りをキョロキョロと見渡せば、見知った顔がある。
「…咲耶、燕、可憐、朱里」
少女たちの顔を見つけて、近寄ろうとする。しかし、足が動いてくれない。自分がいる位置から移動する事ができない。
4人は今も楽しそうに、お喋りを続けている。
すると1人、コチラへと視線を向け、手を振ってくれた。その事に安堵して、声を掛けようとした途端、横合いから、違う人物たちが彼女等の元へと歩み寄っていく。
自分ではない他の誰かだ。
「…あぁ、そうか。」
判ってしまった。
それが一番よくて、正しい在り方なのだと。
自然と俯き、身体が震えだす。
「…ごめん…ごめん…みんな。俺はもう、…もどれない」
これはきっと夢だと、ようやく理解すると同時に、死の間際に見る走馬灯…いや、臨死体験という物だと思い至った。
自分は、ここで死ぬのだと理解し、脳が見せる幻に囚われる。
「たった1人の女の子すら、守れなかったッ!俺にもっと力があれば!俺に才能があれば、もっと違っていたハズなんだ!」
誓いも果たせず、結局は、ソフィーも殺される。
情けなくて、涙が零れる。
ごめん、ごめん、ごめんなさい。と、後悔を口にする熾輝。そこへ…
「謝っていないで、さっさと起きろ」
なつかしい声が聞こえてきた。そして同時に思う、夢ならば覚めないで欲しいと。
「師匠…」
熾輝が師匠と呼ぶ人物は、この世でただ1人。五月女清十郎だけだ。
「いいか熾輝、耳の穴かっぽじって、よく聞け」
現れるなり、ズイッと、眼前に顔を近づけて、清十郎は、何かを伝えようとしてくる。
「お前は、魔術もオーラも仙術も知識も俺達に叩き込まれてきたんだ!才能がない事を言い訳にするのはもうやめろ!」
最後の最後、尊敬する人物からの言葉が説教とは、我ながら情けない…
「思い出せ、今持つ自分の力が通じないなら、どうするべきなのか!」
忘れるハズがない。
故に、メガロスとの戦闘中も仙術と言う力を行使したんだ。
「限界に挑戦する事と、新しい物を生み出そうとする事は、全く違うことだ」
「え…?」
言われて思い出す。
死ぬほどの修行の中で、そして、五月女凌駕との戦いの中で、自分が何をしたのかを…
「お前になら出来るハズだ。かつて誰も無しえなかった事…前人未踏の領域にだって―――」
清十郎の姿が揺らぎ始める。
「お前は、1人じゃない。俺、達が…付いている……―――」
夢が終わりを迎える。
目の前から清十郎の姿が完全に消失して、その先には、熾輝が戻りたい場所が映し出され、やがて消えていく――――――。
◇ ◇ ◇
「――――潰れっちまえええぇえええッ!!」
意識が覚醒し、眼前には不可避の死が襲い掛かっている。
――――今の力が通じないなら、新しい力を作れば良い!
【魔力】+【オーラ】
かつて、誰も成し得なかった領域。
魔力とオーラという相反する力の融合。
師佐良志奈円空ですら、ついには到達しえなかった。
幾人もの達人、魔術師が挑戦し、実現すること叶わず。
理論的には可能なそれは、誰も実証出来る者がおらず、界隈からは、空想の産物として揶揄されてきた。
しかし今日、ここに、人類至上、誰も成し得なかった前人未踏の領域に踏み込んだ者がついに現れたのだ。
―――【魔力】+【オーラ】……ではなく、【魔力】×【オーラ】!
これが正しい方程式なのだと、核心をもって、2つの力を融合させる。
その力の名は…
「双極融合ッ!!!」
突如、熾輝の身体から雷鳴が轟いた!
体内で集束し、加速され、衝突した力と力がプラズマを引き起こし、周囲を余すことなく吹き飛ばした。
オーラの色彩は、紅蓮から更に深みと輝きを増した真紅!
熾輝が発するエネルギーと空間との間に摩擦が生じ、絶えず放電現象が観測される。
「テメエッ、いったい―――」
デュアルフォース発現時に、吹き飛ばされたメガロス。しかし、彼が言葉を発するよりも早く、熾輝は動いた。
「ちぃッ―――!!!」
ヒドラと言う切札を全て使い切ったメガロス。
しかし、その切札を惜しみなく使っていても、なお、目の前の少年との衝突を避けるべきだと、本能で理解した。
故に、彼がとった選択肢は、逃げの一手だ。
―――なんだありゃあ!クッソ、力を上手く読み取れねえッ!
森の木々を上手く利用して、蛇行しながら後退するが、速度は圧倒的に熾輝が上をいっている。
徐々に距離を詰められることに焦りを感じたメガロスは、ここに来て、初めて気功弾を放った。
「無駄だ!」
次々と放たれる気功弾。それを左手に巻いていた木製のブレスレッド…ミストルテインを刀に変形させて、切り捨てていく。
「ならコッチは、どうかな!」
幾ら放ったところで、足止めにもならないと理解したところで、メガロスは、その狙いを熾輝からソフィーへと切り替えた。
「テメエは、大丈夫でも、お姫様は無事じゃあ済まねえぞ!守る者があると、大変だよなア!!!」
「キャーーッ!!」
降り注ぐ気功弾がソフィーへと殺到する。しかし…
「ミストルテインッ!力を貸してくれ!」
―――樹海降臨ッ!!!
手にしていたミストルテインを大地に突き刺した途端、森がうねりを上げてソフィーを守る盾となって顕現した。
着弾した気功弾…しかし、その尽くが樹木の盾に傷すら付けられていない。
「バカなッ!!?」
ただの植物が自分の気功弾を防いだという事実が信じられなかった。
しかし、その事実を受け入れる事よりも、彼には差し迫った危機が、音をたてて現れたのだった―――。




