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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その⑯~それぞれの戦い

 薬品がメガロスに注入された直後、彼の身体が薄らと緑色に帯びる。

 まるで身体が脈動しているかの如き痙攣が、薬物による影響だと言う事は、考えるまでもない。


「――どいつもこいつも、何であんな物を…」


 メガロスが使用した薬物を熾輝は知っている。経験則から知っていた。


 緑光する液体、肌が薄緑色に変色、自我の喪失、その後、桁外れの力と引き換えに命を失う。


 魔術によって作られた魔薬…


「ヒドラ――」

「AAAAAAAIIIIIIIッ!!!」


 咆哮と共に爆発的なオーラの奔流が一面を埋め尽くした。


 ああなっては、ただの獣だな。―――と、互角に渡り合っていたハズのメガロスが、何故に魔薬に頼ったのか、もはや熾輝が知ることは出来ない・・・そう思っていた。


「AAAAIIIIIいいいッ!!!良いいいッ!!最高の気分だ!!」

「ッ!お前、意識が――!?」

「飛んでねえぇえよ!最高にハイな気分だがな!」

「信じられない、ヒドラを使用して、意識を保っていられるなんて」

「なんだぁあ!お前、コレを知ってんのか!だったら判るだろ!判るよなあぁあ!俺が今、どんだけ強くなったのかが!」


 判っている。なにせ以前、ヒドラを使用した格下の相手によって散々苦しめられた経験を持っているから。

 そして、最近では、魔闘競技大会に乱入した族もヒドラを使用していたという情報を手にしている。


「けど、コレだけじゃねえぇえッ、俺とお前の土俵は、もっと上の領域ステージにあるもんなぁあああッ!」

「まさかッ――――!!!?」


 ブチブチという筋繊維が引きちぎれる音、べリべリと皮膚が張り裂ける音が辺りに不快感を撒き散らす。

 メガロスはまるで人体模型のような顔貌がんぼうに豹変した。その光景は、目にしていたソフィーの口から、先ほど食べた物を戻させる程に酷い物だ。


 そして、壊れた肉体は瞬時に回復、メガロスの変身が終わる…。


 相変わらず肌は薄緑色に染まっているが、その変化は、熾輝が知っているヒドラ使用者とはあまりにもかけ離れていた。


 覚醒した意識、完全に制御されたオーラ、そしてなにより、そのオーラは緑光を帯びていた。・・・つまりは極意の発動、達人の領域に在るということだ。


「言うなればッ、【天地魔闘】の極み!」


 体長2メートル超えだったメガロスが、ヒドラによる筋肉増加で、さらに巨大に見える。


「さあッ!続きと行こうぜッ!ヤガミシキーーー!!!」


 目の前から迫るのはメガロスと言う1人の敵であるはずなのに、熾輝の眼には明確な死の化身が大口を開けて来ている様にしか視えなかった―――。




◇   ◇   ◇



 

 熾輝とソフィーがメガロスと対峙した、丁度そのころ、昇雲たち一行は、城から脱出後、王都近郊にある農村に身を隠していた。


「――やれやれ、まさかあのムスカという男、ここまでの事をしでかすとは、思ってもみなかったよ」


 ムスカは、王都にテロを仕掛け、それを王女派閥によるものと公表し、即座に制圧すると言う演出を行った。


 今やソフィーは、ヴェスパニア国民の敵であり、ムスカは乱心した王女軍を打倒した英雄という地位を手に入れていた。 


「感心している場合ではありまえんぞ!これは由々しき事態です!」

「例え姫様を無事に保護できたとしても、これでは・・・」


 事の重大さに大臣とキースは、今後の方針を決めかねていた。

 そして、その暗い雰囲気は、周りにも伝播し、重苦しい空気が漂う。


「なんだい、大の大人が揃いも揃って情けない」

「ちょっ、お母さん、今大事な話を――」

「お黙り、大体、お前もお前だよエマ!アンタが付いていながら姫様を守れないなんて!」


 重苦しい雰囲気の中に、一人だけカラッとした声を上げたのは、ソフィアの侍女であるエマの母である。


「奥方、申し訳ない。今は少し席を外してもらえないだろ――」

「何を言っているんだい。ここはアタシの家で、アンタ等は姫様1人守れない役立たず共じゃないか。そんな連中に尽くす礼儀なんて、持ち合わせちゃあいないよ。匿ってあげているだけどもありがたいと思いな!」

「「「「「・・・・」」」」」


 言われてグゥの根も出ない一同は、押し黙ってしまう。


「まぁ、いい大人が雁首揃えて、ジッとしている訳にはいかんだろう。時が経てば追手もこの村にやってくるハズさね」

「…今の我々の戦力では、迎え撃つ事は不可能です」

「少数精鋭と言えば聞こえはいいが、やはり数には敵わない。ならばどうする?」


 追手に捕まる前に、動き出さなければならない。

 ならば方針を決めて、即座に行動しなければ、自分たちを匿ってくれているエマの故郷が戦場になってしまう。


「手がない訳ではない。しかし……」


 言いよどんだのは、大臣だった。


「言ってみな。万に一つでも可能性が残っているのなら、掛けてみるべきだ」

「……先々代様にご助力いただくのだ」

「エレオノールにかい?」


 先王エレオノールとは、ソフィアの祖母であり、先王サクラの母親でもある。


「左様、エレオノール様は、隠居した身であれど、今なお慕う者が多く、その発言力はサクラ王女に匹敵していた。サクラ王女亡きあと、ソフィア様が王としてギリギリやってこられたのは、エレオノール様がご助力して下さっていたところが大きい」

「なるほど、エレオノールの言葉は、ムスカも無視できない」

「なるほど、上手くいけば、王権をムスカに奪われず、エレオノール様に返上する事も可能かもしれない」


 ヴェスパニア王位継承権は、第一位がソフィア、第二位がムスカとなっている。

 しかし、その更に上位に位置するのがエレオノールという事になる。


「ただ、エレオノール様は、既に御高齢。最近は身体を悪くし、表には滅多に出る事が出来なくなっている。」

「それでも、いま頼れるのは、エレオノールだけだ。ひとまず会ってみようじゃないか」


 挽回の一手としては、なんとも頼りないが、今打てる手はコレしかない。

 方針は決まったが、未だ皆の雰囲気は重いままだ。


「エレオノール様は、王都から少し離れた田園地帯の村で静養なされている」

「ここからだと、王都を挟んだ真逆の場所だね」

「となると、少数とはいえ、ぞろぞろと動いては、敵に発見されてしまう恐れが増します」


 ならばと、今いる人数を分ける必要がある。


「キース、警護隊の隊長であるアンタが編成を決めな」

「…承知しました」


 昇雲から促され、若干の間を置き、返事をしたキースが編成を行った。


「まず、エレオノール様の場所へ向かうのは、昇雲様・大臣・私の部下数名でお願いします。昇雲様はエレオノール様との面識もあり、戦力としてもエレオノール様や大臣を守っていただきます。そして交渉事は大臣に任せます」

「承知さね」

「任せるである」

「次に陽動役を3班に編成する。リーダーは私、部下のジャック、そして羅漢殿、お願いできますか?」

「了承した。」

「そして最後は、姫様の捜索部隊として双刃殿にリーダーを任せたい」

「必ず見つけ出し、無事に送り届けましょう」


 即座に編成を行ったキースの案に、誰も文句は言わなかった。

 特に陽動を任された隊員の表情に、迷いなど微塵も無く、皆が覚悟をもった表情を浮かべていた。


「出発は15分後。皆、それまでに準備を済ませておけ。」


 時間を短くしたのは、彼らを匿ってくれているエマの故郷を戦場にしないため。

 そして、敵にコチラ側の動きを読ませないためだ。


 各々がスムーズに準備をするなか、エマは台所で食事の支度をしている母の元へ行った。


「お母さん――」

「ヤレヤレ、急にこんな人数に押しかけられちゃあ、手が足りないよ」


 まったく――と言いながら、歩きながらでも食べられるように、握り飯を何個も作り上げていく。


「アンタもそんな所に突っ立ってないで、手伝っとくれ」

「聞いてお母さん、私、姫様を助けに行きたいの」

「なに言ってるんだい。アンタが行っても足手まといにしかならないよ。」

「そんなことない。私は姫様の侍女よ。いざという時は、私が身代わりになってでも姫様を守ら――」

「やめとくれ!」


 母親から発せられた強い口調にエマは、身を固くした。


「子供の死ぬ覚悟なんて聞きたかぁないよ!」

「お母さん……」

「アタシも若いとき、サクラ王女の侍女をしていたからアンタの気持ちは判っているつもりだ。でもね…これ以上、ソフィア様から大切な者を奪っちゃいけないよ」

「ッ――!」


 母から言われて気付く事が出来た。大切なのは―――


「お母さん、私行ってきます。」

「…はいよ。帰りはいつ頃になりそうかい?」

「出来るだけ早く帰ってくるからね」


 そう言って、昇雲一行は、エマの故郷をあとにした。

 ソフィア捜索部隊の中には、侍女であるエマも同行したのだった―――。




◇   ◇   ◇



 

「――マジで言ってんのかよ先生!」


 数日前のこと、洞窟でメガロスと別れた直後の宗像は、通信機越しに不満を漏らしていた。


「大マジだ。王都では、既にクーデターが始まってる。姫様側の人間は蜘蛛の巣を散らす勢いで逃げてる。残党狩りはムスカの野郎にまかせりゃあいい。お前は、未だ消息が判らない姫様の捜索に行け」

「つっても、姫様の始末は、あの野郎メガロスがやるんだろう。俺が行ってなにすりゃあいいんだよ?」


 既にメガロスがソフィー暗殺に向かっているにも関わらず、自身を向かわせる意図がまるで理解できない。


「悪りぃが、俺の勘だ。メガロスは心源流の名前を聞いて目の色を変えたんだろう?」

「あぁ…」

「万が一にも得物を取りこぼされてもかなわねぇ。すまねぇが、お前と千々石ちぢわでサポートしてくれ」


 保険役として、自分たちは派遣される訳か…と、心の中で愚痴をこぼしつつも、宗像は素直に従う。


「でも先生、メガロスが何処に行ったかなんて、検討がつかないぜ?」

「そりゃ心配いらねぇよ。アイツに渡したケースには、発信機が付いている。それを辿ればいいってだけの話だ。」


 準備がいいな――と、思う一方で面倒臭さを感じる。


「まぁ、なんにせよ姫様には生きていてもらっちゃあ困るんだ。よろしく頼むぜ」

「…わかったよ」


 宗像が返答すると、通信が切られた。


「たくっ、コレ絶対に先生の仕事を押し付けられてるぜ」

「文句は止めましょう。オーガ様は私たちの恩人。あの人が白と言えば白になるし、黒と言えば黒になる」

「はいはい。お前は先生大好きだもんなー」

「・・・」


 愚痴をこぼしながら荷物をまとめる宗像と千々石。

 発信機が示すオーガの位置を確認すると、その方角へ向けて歩き出すのだった。



◇   ◇   ◇

 


「AAAAAIッ!!!」


 ヒドラによって強化されたメガロスの攻撃。

 その一撃は、木々を容易く薙ぎ倒し、岩を砕き、大地を割る。


「何だよヤガミシキッ!逃げてばかりじゃあ、全ッ然つまらねえぞ!!」


 回避に全力を注ぐ熾輝に苛立ちを感じているメガロスは、「撃ってこいよおぉお!」と、しきりに挑発をしてくる。


 だが、その挑発に乗る訳にはいかない。何故なら、彼の一撃をまともに喰らえば最後、致命傷を負う事は火を見るよりも明らかなのだ。


「んだよ!お前が相手をしてくれないなら、先に殺ることを殺っちまうぜ!」


 熾輝にばかり意識を傾けていたメガロスの視線が、茂みに隠れていたソフィーに向けられた。


「――ッ!やめろおおぉお!!」

「そうくるよな!お前はああああ!」


 メガロスは、ソフィーを狙う振りをして、熾輝を自分の間合いに誘い込んだ。

 得物を一撃で仕留めるための【溜め】は、既に完成させているメガロス。対して回避に全神経を集中させていた熾輝。

 攻撃のモーションはメガロスが先を行っている以上、後手に回るしかない。


「AAAAAAAAAAI」

 完全にメガロスの間合いに入り込んでしまった熾輝に、メガロスの一撃が叩き込まれた。…かに思われた瞬間、メガロスの拳が文字通り熾輝をすり抜けた。


「ッ!!?」

「うおおおぉおおッ!!」


 攻撃によって重心が前方へと移動したのを利用し、メガロスを背負い投げた。

 もちろん、これでダメージを与えられるとは思っていないが、距離をとることには成功した。


「…威圧とフェイント、そして緩急を付ける事によって、残像をつくりだしたのか」


 未だ地べたに大の字で横たわるメガロスは、熾輝が使用した技について、解析を行う。

 実際、メガロスが口にした事は正解だ。

 威圧とフェイント、緩急による残像は、熾輝が魔闘競技大会でも使用していた幻幽拳という技だ。


「理論を口にするのは容易い。しかし、それを実際に使えるかは、別問題。…貴様、良くぞそこまで上り詰めたな」


 大の字から起き上がったメガロスは称賛を口にしているが、その言葉には粘着性がある。


「しかしよぉ、いい加減、お前も本気を出してくれよぉ。もうそろそろいいだろうぅ?」


 まるで、イヤイヤと駄々をこねる子供の如き態度。

 ハイになったり、雄弁な口調になったり、かと思えば駄々をこねる子供…この男には、一貫性がないのだ。


 薬の影響かとも思ったが、それを考えていても詮無いこと。

 それよりも、先程みたく回避を続けて入れば、またソフィーが狙われるかもしれない。

 それだけは、絶対に避けなければならないのだ。


「いいよ。見せてやる。これが俺の全身全霊だ――」


 言って、熾輝は極意を発動させたのだった――。

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