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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その⑮~お互いの事を知りましょう

 熾輝達の進行は、概ね順調であり、このまま行けば明日の夕刻までには、王都入りを果たすだろう。


 その予定を聞かされたソフィーは今、夜空を見上げながら、色々な思いを巡らせていた。


「――眠れないの?」

「体は疲れているんですけど、なんだか目が冴えてしまって」


 このサバイバル生活で、2人の距離はかなり近づいたものになっていた。


 完全では無いが、最初の頃に感じていた心の壁は、かなり取り払われ、ソフィーは熾輝に対して心を許せるようになってる。それは、熾輝も同様である。


「ねぇ、シキの事を教えてくれませんか?」


 ここにきて、ソフィーは熾輝の事を知りたくなった。

 正確に言うと、本当はもっと前から気にはなっていた。

 だが、それを知るのが怖かった。知ってしまえば、その人を理解し、大切に思ってしまうから。


 彼女にとって、それは恐怖と同義。なぜなら、大切な者を失う苦しみをソフィーは、身をもって理解しているから。


 しかし、彼は何かが違う――。

 これまでの経験から、自分にそう思わせてくれていた――。


「別に言いたくないのなら――」

「俺の両親は、神災を引き起こした犯人だと疑われている」

「え――?」


 その経歴は、ソフィーが思っていたものとは、あまりにも掛け離れ過ぎていた。


「――とまぁ、そんな感じで、今は学校にも行かずに、不登校じみたことになっているんだ。」


 ソフィーは、熾輝が話してくれた事をずっと黙って聞いていた。

 熾輝にとって良かったのは、彼女がちゃんと話を聞いてくれて、その上で考えてくれている事だ。


「熾輝は、両親の事を恨んではいないのですか?」

「判らないんだ。恨むべきなのかどうなのかも。俺に親の記憶がないから。…でも、師匠達は両親の事を信じているから」

「………」

「例え自分が信じられなくても、師匠達が信じる両親の事を信じるって決めたから」

「熾輝は強いのですね」


 自分はそういうふうには出来ない。

 どれほど信じていても、大切な者を失ったとき、自分は…


―――嘘つき!守るって言ったのに!どうして―――……


「…ワタクシには、信頼できる人達がいました。」

「・・・」

「王の近衛をこの国では守護騎士ガーディアンと呼び、その称号はヴェスパニア最強を意味します。」

「ユニオンのオヤジさんも言ってたよね。確か【盾】のシュタイナーと【剣】のベアトリクス」


 微苦笑を浮かべながら『よく覚えていますね』とソフィーは感心した。


「2人は夫婦で、その子供はワタクシと幼馴染…彼はアナタとも会った事があるハズですよ?」

「俺と――?」

「覚えていませんか?魔闘競技大会でお母様の護衛を勤めていたときに」

「ああッ!あの時の彼か!名前は確か……シンク」


 たった一度の邂逅、そして言葉を交わした事もない。

 あの時は、ソフィーの母、サクラ王女にいきなり話しかけられて、返事をしたときに『無礼者!』と叱られた記憶しかない。


「そうです。…あの日、シュタイナーとベアトリクスは、お父様の命令で、王都の外へ任務に出ていました。そして、2人の代りにシンクと城の兵士で護衛任務をすることになったのです」


 あの日と言うのは、ソフィーの両親が殺された日を指すのだろう。


「しかし、守護騎士ガーディアンの不在を狙われた事により敵の侵入を許してしまいました」

「その敵が【メガロス】か」

「はい。…奴は城に駐屯していた者達を片っ端等から虐殺し、そして、お父様とお母様……シンクをッーーー」


 彼女は声を震わせながら当時の事を語っている。


「もういい!ソフィー、無理をして話さなくてもいいんだ」

「いいえ、アナタには聞いて欲しいのです」

「ッ、だけど…」

「大丈夫です。…心配をしてくれてありがとう」


 いったい、彼女が何故そこまでして、当時の話をしようとしているのか、熾輝には判らなかった。


「シキ、これが何か判りますか?」


 言って、ソフィーの手の上に現れたのは、質素で飾り気もなく、まるで色が抜け落ちたかのような白亜の杖だった。


 それを熾輝は、手に取り、じっくりと見分した。


「これは…凄まじいエネルギーが内包されている。それが大地に属するたぐいの力とまでしか俺には判らない」

「驚きました。精霊術師でもない者が、そこまでこの杖を知ることが出来るのですね」


 感嘆するソフィーを前に、熾輝は僅かに照れた様子を見せながら、杖を返した。


「この杖の名は【星降らし】と言い、大地の精霊王より賜わりし、ヴェスパニア王家に代々受け継がれてきた宝具であり、王を選別するための選定の杖です」

「選定の杖?剣じゃなくて?」


 熾輝の問いにソフィーはクスリと微苦笑を浮かべながら『残念ながらカリバーンでは、ありませんので』と応えた。


「初代国王、おばあ様、お母様を経てワタクシへと……しかし、ワタクシは王にはなれないのです。」

「ソフィ――、」

「どんなに頑張っても!何度やってもダメなのです!この杖は、ワタクシを認めてくれない!」


 星降らしが認めた者が王の資格を得る。それは、正確ではない。

 魔術を秘匿する以上、表立ってそんな選定方法を明かす訳には行かず、正確に言うのであれば、星降らしを扱えるようになって、裏社会に生きる者を認めさせることが出来るという事だ。


「ソフィーは、王になりたいの?」

「…なりたいとかは、関係ありません」

「なんで?」

「それは、…ワタクシがヴェスパニアの姫で、ヴェスパニアにはこの杖の力が必要だから……」

「それって、楽しいの?」

「楽しい……?」


 ソフィーは、星降らしを扱うため、厳しい修練に耐えてきた事を思い返す。

 そこに楽しさなど微塵も無く、ただただ、杖を扱うための苦しい思い出しかなかった。


「楽しく、ありません」

「なら、止めてしまえばいい」

「え――?」


 熾輝の意外とも言える発言に、ソフィーは困惑した。

 だがしかし、王座を諦めたのなら、今みたいに命を狙われるようなことも無くなるし、国民から小娘を王にするなという非難の声を聞かずに済む。しかし…


「そしたら、ワタクシは、何のために生まれてきたのか…」

「なら、やりたい事をやればいい」

「やりたいこと?」

「うん。だって、その方が楽しいし、面白い」

「ワタクシのやりたい事…ワタクシが、本当にやりたい事………わからない、ワタクシは、何がやりたいのか、わからない――」


 己の使命感のみに突き動かされて来た彼女にとって、熾輝からの言葉は、心を突き刺すものがあった。


 ソフィーの眼からは、涙が溢れだし、とめどなく流れ落ちてくる。


「ソフィー、俺は―――」

「こんな所に、子供が2人、これはもしかして大当たりだったかああぁあ!!!」

「「ッッッ―――!!!?」」


 割って入って来た男の声。そして次の瞬間には、衝撃と爆音が森に響き渡った―――。



◇   ◇   ◇




 熾輝とソフィーの前に現れた男の一撃は凄まじく、大地は割れ、陥没箇所から四方八方に亀裂が走た。


「んん?殺ったと思ったんだけどなァ」


 攻撃の瞬間、熾輝はソフィーを抱えて跳躍することで、ギリギリ躱していた。


「シキ!アレは――」

「口閉じてて!追手だ!」


――俺の探知に引っ掛からなかった!?しかもこの殺気!


「ソフィーは距離をとって身を隠して――」

「おいおい、逃げる事ァねえだろう?ターゲットは女だけど、俺はお前と戦いたいんだ」


 着地した熾輝は、ソフィーに離れた場所に行くよう指示を出していた。しかし、敵の注目は彼女よりもむしろ熾輝にこそ強く注がれていた。


「ッ!!?おまえッ――!!!」


 その男を一言で表すならば巨人。2メートル20センチという身長と、巨大な筋肉マッスル


 人は彼を畏怖を込めて、こう呼ぶ―――


「メガロス!!!」

「ッ、アイツが!?」

わりいが姫さん、アンタは後だ!まずは昇雲の弟子いぃいい!俺とりあおうぜええぇええッ!!!」


 爆発的とも言えるオーラの膨張。それに伴い、メガロスの筋肉が膨れ上がった。


――直線的な動きだ!螺旋カウ気流ンタで迎え撃つッ!


「ああああぁああああいいいいぃいいいいッ―――――!!!!」

「ッッッッ―――――!!!!」


 突進から右の振り下ろし。

 技と言う枠組みから外れたただの力技。

 テレホンパンチにも等しいそれ。しかし、どういう事か、防御力と耐久力に絶対の自信がある熾輝が自ら横に跳んで躱した…正確に言うと回避たのだ。


――嘘だろ!これが通常の力だっていうのか!?


 熾輝が元いた場所とメガロスの拳の直線状の木々がへし折れ、薙ぎ倒されている。

 その恐るべき破壊力を目の当たりにして戦慄が走った。


「シキ――!」

「来るなソフィー!隠れてろ!」

「でもッ、」


 現状、熾輝の選択肢は2つ、『ソフィーを背負って逃げる』か『ここでメガロスを倒す』

だ。


――コイツ相手にソフィーを背負って逃げ切るなんて無理だ。ならッ!


「大丈夫!絶対に守って見せる!」

「いぃいぞ!それでこそ心源流!」


 オーラの奔流が熾輝から迸り、肉体の制限を取り払うライオンハートを同時発動させた。


「あああぁあああいいいぃいいいッ!!!」


 メガロスは、またも右の振り下ろし!対して熾輝は…


――虚空閃ッ!


 両者の拳が激突し、衝撃波がまき散らかされる。


 お互いの拳からは、薄らと血が滲み、それでも戦いになんら影響はない。


 つまり、今のぶつかり合いは、拮抗したということだ。


「一点集中の技を俺の拳に当てて、相殺したってところか…んが、それだけじゃあ、こうも拮抗しねぇ。それはお前の筋肉マッスルに秘密がある」


 客観的にみればメガロスと熾輝の体格差は、おとなvsこどもだ。

 にも関わらず、お互いの攻撃が拮抗したのは、熾輝の肉体に秘密があると見ているのだ。


「一発、打ち込んできな」


 なんのつもりか?まるでプロレスショーの一幕を見せられているようだ。


 メガロスは両手を広げて完全無防備の状態になった。


 罠か?と考えが巡るかと思いきや、熾輝は迷いなく踏み込んだ。


――虚空閃ッ!


 先と同じ必殺技!

 未だ不完全である心源流・虚空閃。これは簡単に言うと貫通力のある突き技。


「いい具合だ…がッ!!」

「ッ――!!!?」


 鳩尾に直撃したハズの熾輝の攻撃を受け、それでもメガロスの身体に傷一つ付いていない。それどころか、熾輝の胴体に向かってラリアットをかましてきた。


 ギリギリで両腕を滑り込ませてガードを固める。吹き飛ばされないように踏ん張りをきかせていたが、あまり意味を成さなず、両足のワダチが地面を抉るように出来ていた。

 今も衝撃が身体全身を駆け巡り続け、次の動きへと移ることが出来ない。


 その隙を見逃すほど、メガロスは甘い相手ではない。


 下肢が膨張し、次の瞬間、爆発的な推進力を得たままの状態で突っ込んできたのだ。


「ガッ――!!」


 まるでラグビーのタックルの如き体当たりが熾輝を捉えた。

 そのままメガロスは木々を薙ぎ倒し、絶壁の崖に熾輝ごと突っ込んだ。


 とてつもない衝撃と音が周りに響き、崖の四方八方に亀裂を走らせる。


 崖に衝突させられた熾輝に向かって右の打ち下ろしが叩き込まれる。


「ッ――!!?」


 だが、それよりも先にメガロスの顔が跳ね上がった。

 崖に押さえ込まれたまま、熾輝の蹴りがメガロスを捉えたのだ。


 ふらつきながら退がるメガロスの隙を突き、熾輝が前に出た。


 疾風怒濤ッ!!!――――ライオンハートを常時発動させている状態でのラッシュ技。


 一撃一撃が重く、鋭く、変幻自在ッ!それがメガロスに襲い掛かる。


「ッッッッーーーー!!!!!」

「ッ!?」


 ニヤリ―――と、ラッシュを全身に受けているメガロスの口角が上がった様に見えたのは、錯覚ではなかった。


 次の瞬間、熾輝の頬に右の張り手が押し付けられ、激しく飛ばされる。


 いかれた耐久力だな!―――と、心の中で毒を吐きつつ、その視線を決して外さないのは、お互い様だ。


 ペッ!と、口の中から唾液に混じった血を吐き出したのは、熾輝だけではない。


「良い筋肉マッスルだ。俺と互角に渡り合うという事は、筋肉マッスルが上質ということなのだろう」

「師匠が良いんだよ」

「師とは昇雲のことだな?」


昇雲だけではない――とは言わず、熾輝は黙って首肯する。


「なるほど、流石は心源流。流石はあの男、雲海うんかいの縁者ということか」

「雲海?お前、誰の事を言っている?」


 メガロスが発した名は、熾輝にも判らない者の名前だ。

 この男は心源流について、熾輝が知らない何かを知っている。

 だが、それを応えようとはしない。


「なぁ、お前の名は何という?」

「…八神熾輝だ」

「そうか、八神熾輝……映画は好きか?」

「……?」


 唐突な話題転換に思わず疑問符が浮かびあがる。


「俺ァよォ、ハルクっていう映画が好きなんだ。なんの力も持たなかったヒョロガリな科学者がある日突然開発した薬で、筋肉の化物になって、軍隊ですら蹂躙するんだよ」


 メガロスが何を言わんとしているのかが判らず、思わず訝しげな表情を浮かべる。


「つまりよォ、きんにくこそがパワーって言いてぇんだよォ!俺わあよおぉお!」


 息をするかのような自然な動作で、気が付くのが遅れた。

 メガロスの手に握られた注入器が、首筋でプシューッという音をたてて彼の身体に巡っていく―――。

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