ヴェスパニア騒乱編~その⑭~秘密をどうしても言いたくなっちゃうときって、あるよね?
―――ヴェスパニア公国の王を守護する近衛のことを守護騎士と呼ぶ。
ガーディアンの役目は、王の剣であり盾だ。シュタイナーとベアトリクス…この2人がこの国唯一の守護騎士であり、ヴェスパニア最強だ。
しかし、王と王女の殺害を防げなかった2人は、あの日以来、表舞台から姿を消し、未だに消息不明となっている―――。
ユニオンの一員である男から聞いた話は、事前に情報収集を行っていた熾輝ですら知らなかったものであり、何よりも以外だったのが、ヴェスパニア最強の2人が、その昔、蓮白影に救われたユニオンの組員であったこと。
その事実は、隣で聞いていたソフィーですら知らなかったことだった。
「――あと2日もすれば王都に到着だ」
飛行機から落下して、歩き続けてきたが、ようやくゴールが見えてきた。
しかし、ソフィーの表情はどこか暗い影がさしていた。
「…少し休憩しようか」
昼時にはまだ少し速いが、彼女の様子を考慮して、熾輝は小休憩を提案した。
手早く食事の準備を進める手際は、さすが山で修行を積んでいただけのことはある。
途中、ユニオンがいた街でアウトドアに必要な鍋等の道具一式や食料を譲り受けたおかげで、食事の幅が広がり、そういったストレスは感じる事はなくなった。
「はい、冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
甘い果実が入ったリゾットを手渡されたソフィーは、ゆっくりと口に運ぶ。
おいしい――と、自然にこぼれた言葉を聞いて、熾輝は少し安心する。
「もう少し頑張れば、キミを家に送り届けられる。そうすれば――」
「それでもワタクシは、命を狙われ続けます」
彼女の立場を考えれば、たとえ送り届けたとしても刺客に狙われ続けるのは必定。
「だからこそ、元凶を絶たなければならない」
「…ムスカ」
「飛行機の中でも話したけど、ソフィーの叔父上であるムスカとサクラ王女との間に衝突があったのは、知っている。その争いの原因が近年発掘されたマテリアであることも」
マテリアとは、魔術用語で精霊石のことを指す。
精霊石は、魔術の触媒としてあらゆる用途に使う事ができるうえ、通常精霊術師のみが扱う事が出来る精霊術を誰もが行使できるという。
そして、その産出量は世界的にみても乏しく、今回ヴェスパニアで発見された鉱山は、世界産出量の50倍以上だと言われている。
「平和主義のサクラ王女、そして軍部のトップであるムスカ、一つ一つのピースを繋ぎ合わせていくとムスカの目的は、精霊石の軍事利用?」
これは、あくまでも熾輝の推測だ。だから実際のところは、どうなのかというメッセージを込めてソフィーへと問いを投げた形になる。
「シキの予想は、正しいと思います。叔父は、昔から軍部の強化をお父様に何度も進言していましたが、その度に断られていました。」
「なるほど、だから今回、精霊石鉱山の発見は、ムスカにとってチャンスだったわけか」
精霊石は、その多様性、実用性、そして産出量からみてもとても価値があるものだ。
軍事利用をしたら強力な兵器が、それこそ、いくらでも生産可能なのだ。
「だけど、そうなってくると…」
「なんでしょう?」
「ムスカは精霊石を使って、どんな兵器を作ったというんだ?」
「え――?」
「だってそうだろう?精霊石が発掘されたからといって、即座に軍事利用という訳にはいかない。兵器を作るには、それなりの研究施設も必要な訳だし、見通しがたっていなければ、軍事利用なんてただの机上の空論だ」
「故にシキは、精霊石を使った兵器開発が既に可能な段階だと?」
「ああ――。」
「だけど、そんな動きがあれば、お父様達が黙っている訳が……ぁ」
「おそらくだけど、それを察知されて2人は…」
殺された―――とは言わずとも、ソフィーは察したようだ。
「だとしたら、ここ数ヶ月の間に我が国で起きている液状化被害も何らかの関連性があるやもしれません」
「否定は出来ないね。あまりにもタイミングが良すぎる」
熾輝がミネルヴァを使って知り得た情報の中にも【液状化】というニュースがあった。
これは、裏社会的な情報ではなく、何処にでも出回っているニュースサイトのもの。
「ただ、これは通常の液状化問題よりも質が悪い。」
ネットワークに繋がっていなくても、必要情報が詰まった携帯端末を確認しながら熾輝は続ける。
「何らかの汚染物質が流入、環境への影響…人体被害…」
「我が国でも調査を続けてはいますが、今のところは原因が判らず、汚染の拡大を抑えるために被害現場の封鎖を行っています」
もしも、これがムスカが意図した事であるのなら、彼の罪を暴いた時、全てが解決へと向かうハズ…熾輝は、そんな淡い期待を思い浮かべた。
「まぁ、何にしても、今は師範が王都にいてくれている。もしかしたら既にムスカの悪事を暴いているかもしれないよ」
「だと嬉しいのですが…」
「大丈夫、言ったろ?あの人を前に悪なんてものは、儚い存在なんだって」
「言いましたっけ?そんなこと」
「言わなかった?」
あれれ?と、珍しくおどけてみせる熾輝に、ソフィーは薄く笑って見せた。
◇ ◇ ◇
ヴェスパニア、緑豊かな自然に囲まれたこの国は、人と自然の共存を目指すと言う理念が根強く息づいている。
そんな理想的な国の中枢である王都において、突如として火の手が上がったのは、熾輝達が王都到着2日前を目前とした日の昼頃だった。
「――これは、どういう事ですか!ムスカ様!」
声を上げたのは、老齢の大臣である。
「それは、こちらの台詞だ大臣。どこで仕入れたかは知らんが、ソフィーの影武者を使い、この私を謀りおったな?」
「何をッ!?」
謁見の間に次々と武装した兵士達が雪崩れ込み、あっという間に包囲が完了する。
「危うく騙されるところだったよ。私の部下では見破れなかったが、彼らの眼は、そうもいかなかったな」
「彼ら?…なッ、あなた方は!」
兵士たちの間を縫うようにいして現れたのは、目深のローブを着込んだ3人。
ローブのせいで性別までは判らないが、大きな図体の者が2人と小柄な者が1人。
「何故、あなた方がこんな真似を――」
「それは、こちらの台詞だぞ大臣。先に盟約を破ったのは、其方らではないか?」
大臣の言葉を制するように、3人の内の1人、最も小柄な者が声を上げる。
その声は、凛としていて、謁見の間に良く響き渡る。そして、それが少女の物だと直ぐに判った。
「何を――」
「違うと言うのなら、【紡ぎ手】と【星降らし】を今すぐに我等が前に持ってこい!」
「ヌッ!!」
少女の発した声に、大臣は言葉を詰まらせる。
(――奴ら、いったい何者だい?)
(彼らは、いわゆる先住民です―――)
【精霊の民】…それが彼らの名称であり、この国の半分を管理する者の名だ。
ヴェスパニア王国の半分以上、正確に言うと国土の75%が森林地帯であり、50%の森林地帯を精霊の民が管理を行っている。
彼らが管理する土地において、国は一切の不可侵を誓っている。
そして、精霊の民は、【大地の精霊王】を崇めており、彼らは余さず精霊術師なのだ。
(そんな連中がいたのかい。…それで、【紡ぎ手】と【星降らし】っていうのは、何なんだい?)
(星降らしは、大地の精霊王より賜わりし宝具。紡ぎ手とは星降らしの所有者を指します)
(なんとなく察したが、あの姫様かい?)
(はい、【紡ぎ手】で、【星降らし】も姫様が持っております。)
キースは苦虫を噛み潰した表情を浮かべながら昇雲に説明した。
「――どうした?出来ないか?そのような張りぼての影武者なんぞを用意して、我らが眼を欺けると思ったか!!」
言って、玉座にいたソフィー(双刃)に向かってナイフを投擲した。
「…ほう、ただの影武者ではないな?」
フードから覗かせた口角を上げた少女と視線がぶつかる。
「当たっていたら死んでいましたよ?」
「…ぬかせ」
少女が投げたナイフを首を僅かに傾ける事によって避けた。椅子の背もたれには深々と突き刺さったままのナイフ。
「精霊達が教えてくれた。お前は偽物だと。」
「………」
「正体を表せ!悪霊ッ!」
合図を受けたかのように、両脇の2人が飛び出した。
跳躍して玉座に座っているソフィア(双刃)に襲い掛かる。しかし…
「「ッッ――!!?」」
「漢が徒党を組んで女を襲うとは…恥ずべきことだ」
空中で割って入った羅漢によって阻まれる。
「そうかい、なら女同士ならいいよな!!」
少女が床に触れた途端、大地が隆起して、石柱が襲い掛かる。が、やはり羅漢が割って入り、ソフィア(双刃)の盾となる。
羅漢に衝突した瞬間、腹に響く鈍い音が鳴り、石柱が砕けっ散った。だがしかし、この程度で彼には傷一つとして付ける事は出来ない。
「どんだけタフなんだよ」
質量に物を言わせた攻撃は、たいていの相手には深手を負わす。だが時折りその枠の外にいる者には通用しない。
「相手の力量を見誤ったか」
「頭領、やむをえない。アレをやるぞ」
「チッ、しかたない!」
言って、3人が取り出したのは、ビー玉程の大きさがある宝石。
そこに何やら粒子状の光りが集まり出した。
「なっ、それは精霊石!いったい何処でそれを!」
「聞くだけやぼってもんだろ!」
瞬く間に精霊石の光りが臨界へと達したことにより、術が放たれる。
―――ドカーーーーーーンッ!!!!
高質量による衝撃波が城から鳴り響いた。これをくらって無事な者は、おそらくいないだろう。しかし…
「―――逃がしたか」
土煙で覆われた玉座の間には、既に昇雲たちの気配は消えていた。
「ラド、ルーメン、おそらくはそう遠くへは行っていないハズだ追うぞ」
追手として行動を起こそうとした3人であったが、それは予想外の人物から阻まれた。
「…何のつもりだ?」
先程まで協力関係にあったハズの兵士たちは、今度は3人を取り囲んでいたのだ。
「君たちの協力は、感謝する。おかげで姫様の名を語る不届き者を追い出すことに成功した。しかしながら、ソフィア姫を殺し、テロをしかけた下手人をこのまま逃がす訳にはいかんのだよ」
「言っている意味が判らないね。」
「そもそも協力要請をしてきたのは、そちらであろう」
「まさか、最初から我らを陥れるつもりで?」
言っている傍から、激しい爆発音が街の至る所から聞こえ始めた。
「ッ、貴様正気か!」
「街には罪もない者もいるのだぞ!」
「ふははは、そんな事は百も承知だ。だが事態は直ぐに沈静化される。ソフィア姫亡き後、この私が政務の全てを取り仕切り、テロリスト共を撃ち倒す!そうする事によって、国民は私こそがヴェスパニアの王だと認めるだろう!」
高らかに笑いながらムスカは、己の計画を晒した。
「なるほどね、やはり王と王女を殺した黒幕は、アンタだったか」
「ふん、それが判ったところで、今更だろう?」
「しかし、詰めが甘いな。我等は精霊の民の中でも精鋭だ」
「兵の数はいるようだが、この程度で、我らが負けるどおりは無い!」
「ああ、だからコチラもカードを切らせてもらうとしよう」
ニヤっと笑みを浮かべ、右手をパチンと鳴らした彼の後方から、ツカツカと床を鳴らす足音が聞こえた。
「バカな!?なぜ貴公がソチラ側にいるッ!!?」
余程衝撃的だったのだろう。ラドは声を荒げて、彼女を見つめた。
「王に守護騎士がいるのは当然だろう?紹介しよう、我が最強の剣【ベアトリクス】だ!」




