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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その⑬~それってもしかして労働組合?

 結局のところ熾輝とソフィーが訪れた村に宿屋などという上等なものはなかった。しかし…


「まさか、こんなところにユニオンがあるなんて…」


 いま、彼らの目の前にあるのは、料理屋……しかも、世界的に馴染みにのある中華料理屋だ。


「なにをいっているのですか?」


 意味が判らないのは当たり前

 ソフィーからしたらただの中華料理屋。しかも超ボロい。


「宿が無いからといって、料理屋でやっかいになるつもりなのですか?」

「まぁ、ここは任せてよ」


 言って、熾輝は中華料理店の中へとソフィーを誘う。

 その店の看板には蓮の華のマークが彩られていた…


「いらっしゃい。…おや、子供が2人とは珍しい。金はあるのかい?」


 入店早々、態度をガラリと変えた店主にソフィーは顔をしかめた。


「あります。まずは花茶ほあちゃを頂けますか?」

「…あいよ」


 席に着いた熾輝とソフィーの前に出されたのは、ガラスのコップに注がれたお茶。

 ただ、そのお茶の中には一輪の見事な花が咲いていた。


「きれい…」


 思わず声を漏らしたソフィー。その横でシキは小指をお茶に付けると、まるで拭き取る様にテーブルの端になすり付け、花茶のコップに蓋をした。


 マナーとしてはあまりにも行儀が悪いとソフィーが思ったそのとき、店主がズイッと熾輝の前に歩み出た。


 これは流石に怒られるだろうと思ったソフィーだったが…


「――師は誰か?」


 険しい表情を浮かべる店主の質問に思わず「?」マークが浮かんだ。


「影は黒、しかし色は無し。泥をすするも大輪の花を咲かせるソレは蓮」

「?????」

「………」


 何かの呪文?を唱える熾輝の口上を聞いた店主は…


「よく来た!家族よ!」


――へ?と、ますます訳が判らなくなるソフィー


謝謝シェイシェイ


 胸の前で拳を包み込み頭を下げるという中国式の挨拶をした熾輝に対して、店主も同様の挨拶を返す。


「白影老師が日本のある少年を弟子にしたという話は、噂で聞いていたが、坊主が…」

「はい。八神熾輝と申します」

「ちょ、ちょっとシキ!何がどうなっているの?この人とは知り合いなの?」


 状況が飲み込めないソフィーは、我慢の限界を迎えて、とうとう口を挟んでしまった。


「いいや、今日初めて出会った人だよ。この人は僕の師匠の一人である蓮白影氏が代表を務める中国武術連盟の組合ユニオンの方だ」

「初めてお会いしたのに、その方が組合員だと何故わかるのですか?」

組合ユニオンは、世界中にあって、組合員にしか判らない秘密のしるしを家や店の前に出しているんだよ。そして、組合員は助けが必要な時、秘密の暗号で相手に知らせる」

「秘密の暗号……それって、さっきのお茶のときの?」

「正解。他にも色々とあるんだけど、あまり第三者に教えられないから秘密にしてね」


 そう言った熾輝は、さっそく店主にこれまでの経緯いきさつを語り始めた。もちろんソフィーの正体については隠したままにだ。


「――なるほど、要人の護衛任務中に本隊とはぐれてしまったか…」


 店主は、『そうか、そうか、それは大変だったなぁ』と、話を信じてくれている様子なのだが、それを静観していたソフィーは『いや、飛行機から自由落下した少年少女の話なんて信じるの?』と、心の中でツッコミを入れている。


「ご迷惑は、なるべくお掛けしないよう心がけます。ただ、王都まではだいぶ距離もあるので、休息の為の宿を提供しては頂けないでしょうか?」

「恩人の弟子の頼みとあっては、断れねえな!お安い御用だ。しばらく使っていない部屋があるから、そこを使えばいい。この村にいる間の衣食住は俺に任せておけ!」

「感謝します。…恩人ですか?」


 ふいに店主が言った言葉に熾輝は、疑問符を浮かべた。


「あぁ、もう何十年も前の話だ。俺達は白影氏に命を助けられ、この王国へとやって来た」

「店主はヴェスパニア人では、ないのですか?」

「おう、…つうか、俺達の殆どは自分の故郷が何処なのか判る者は、いねぇ」

「俺達と言うことは、他にも?」

「この村には俺一人だが、国中の至る所に組合ユニオンはある」

「あなたは、……いや、あなた方はもしや――」

「そうだ、ガキのころ、奴隷商人に捕まっていた俺達は、白影氏に助けられた。俺達が今、こうしていられるのもあの人と先々代の女王陛下のおかげだ」

「おばあ―――」

「先々代というと、サクラ王女の母上ですか?」


 思わず『おばあさまの?』と口走りそうになったソフィアの声を制して熾輝が問いかける。


「…あぁ、当時、俺達の殆どは、4つか5つくらいのガキだった。白影氏に助けられはしたが、みんな身元が判らず、親元に帰ることが出来なかった。そんな俺達の面倒を白影氏は、見てくれたんだ。けど、あの人にはやらなきゃならない事があった。そんなとき、どんな経緯があったのかは知らねえが、この国の女王様が俺達を受け入れてくれたってわけさ。」


 ヴェスパニアに点在するユニオン達の話を聞いて、自分のしらない国の一面を見た気がしたソフィー。


「今でも各地の同胞との交流は続いているんだぜ。もし寄るようなことがあるのなら、王都のユニオンにも顔を出してくれや」

「是非、ご挨拶をさせていただきます」

「おう、白影氏の弟子が来たって知ったら、みんな歓迎してくれるだろうよ」


 ニカッと嬉しそうに喋る店主。しかし、不意にかれの表情に影がさす。


「…あんな事件がなければ、アイツらも喜んだだろうに」

「アイツらですか――?」

「…お前さんには、話しておいた方が良い気がする。この国には任務で来たって言っていたが、もしかしたら関係あるかもしれねぇからな」


 任務の内容はたとえユニオンであろうと明かす訳にはいかない。それを察してくれてのことだろう。店主は何も聞かなかったが、必要そうな情報を熾輝に聞かせてくれた――。



◇   ◇   ◇



 ヴェスパニア国内のとある場所…といっても街や村と言った人が集まるような場所ではなく、海沿いに面した場所にある洞窟。 そこに自作したと思われる隠れ家に一人の男が数ヶ月の間、生活をしているなんて、誰が予想できるだろうか。


「――おい、…おいっ、…なんだよ、くたばっているのか?」


 隠れ家を訪れた一団は、いかにも怪しい風貌の者達ばかりだ。


 しかし、その中には見覚えのある顔がチラホラとある。


「ボーイ、気を付けたまえ。それ以上は彼の間合いだよ」

「あ?」


 隠れ家のなかでぐったりとしているように見える男に近づこうとした【宗像むなかた】の肩を掴んだ【自由フリー】が彼と入れ替わるように前に出た。


 直後、鼓膜を破る勢いの破裂音が洞窟内を埋め尽くした。


「ヒュー♪僕の蹴りを相殺するとは、やるねキミ☆」

自由フリー……名うての殺し屋が俺に何の要だ?」


 睨み合うように相対する2人。1人は女性の様な美貌としなやかさをもった男、そしてもう一方は、山籠もりの修行をしているかのように着ている服がとにかくボロく、髪はボサボサ、髭も伸び放題、そしてろくに風呂にも入っていないのだろう、とにかく臭い。


 そして、何よりも目を疑うべきは、その体躯のデカさだ。


 2メートルを優に超えるその身長は、実に2メートル20センチ…


「はは~ん、国王と王女を殺したという【メガロス】がどんな男かと思えば、…まるでホームレスだね♪」


 クスッと笑いながら挑発する自由フリーに対し、まるで死んだ魚のような目を向ける男。


「俺を殺しに来たか?それとも殺されに来たのか?まさか、国がお前の様な男を差し向けるとはな」


 鍛え抜かれた肉体が隆起し、一気に臨戦態勢へと移行するメガロス。しかし…


「まてよ、俺達は教団からの命令を届けに来たんだ」

「…お前のような小僧を寄こすとは、教団は人員不足なのか?」

「ア゛ァ゛!?」


 宗像を一瞥したメガロスは、興味が無いといわんばかりに視線を外した。


「まぁまぁ、そう言ってやるな。確かに実力は全然足りていないが、あのオーガのお気に入りらしいぜ?」

「オーガの……」

「お前等、俺を馬鹿にするのもいい加減にッ――」

「宗像、任務を忘れないで」


 自分を軽んじる2人にキレそうになった宗像をいさめたのは、【千々石ちぢわ】だった。


「メガロス、教団からの指令を伝えます。現在、ヴェスパニア公国のソフィア姫が護衛1人と共に森林区域に潜んでいます。あなたにはソフィア姫の抹殺をしてもらいます」

「…国王達の次は、姫の殺しか」

「不服ですか?」

「まさか……一つ聞いて良いか?」

「なんでしょう?」

「なぜ姫は、王都を離れて森林区域なんかにいる?」


 当然の疑問である。

 状況を何も知らないメガロスは、ともかくとして、現在王都に滞在している昇雲たちは完全に敵をあざむいていると思っている。

 にもかかわらず、欺かれていない者達がいたのだ。


「掻い摘んで説明すると、姫と護衛が飛行機から落ちて、見事に生き残ったんだよ」

「…なんの冗談だ?」

「だよね~♪僕も報告を受けて驚いた。でも事実だ。どうやって生き残ったのかは判らないけどね☆」

「その情報は確かなのか?」

「まず間違いなく確かだ。何故なら僕の部下が命懸けで情報を届けてくれたからね♪」


 言って、自由フリーの肩の辺りを飛び回る一匹の虫。


「部下は虫使いでね。特別な飼育方法で造られたコレ等は、とても優秀だ」

「部下というより虫が優秀なのか?」


 メガロスの一言に自由フリーの表情筋がピクッと動いた。


「失言だった様だな」

「あぁ、思わずぶっ殺してしまうところだったよォ☆」

 

 どうやら現在、昇雲たちに捕縛されている彼の部下というのは、余程大事にされているらしい。


「そんな訳だから、キミはとっとと任務を実行してくれたまえ」

「おい、アンタはどこ行こうとしてるんだよ!」


 言うべきことは言ったとばかりに、自由フリーは、踵を返して、その場を立ち去ろうとした。


「僕の部下を迎えに行くに決まっているだろう?」

「勝手な行動は困ります。あっちは、別動隊が行動を開始すると上から報告を――」

「それは君たちの都合だろう?僕は依頼があった仕事ころしをするだけだ。」


 自由フリーの単独行動を止めようとした千々石は、彼の気迫に思わず息を飲んだ。


「仕事はキッチリとこなす。そっちはそっちでやりたまえよ」


『じゃあね♪』と、言い残して自由フリーは、洞窟から出て行ってしまった。


「チッ、その仕事をしくじったのは、どこのどいつだってんだ」

「そう言わないでください。彼は我々にとって大事な囮になってもらわなければなりませんから」

「わかったよ。まぁ、昇雲のババアの足止めなんて、出来るとは思わねぇけどな」

「昇雲?心源流がこの国に来ているのか?」


 先程まで死んだ魚の目をしていたメガロスの瞳に生気…いや、狂気が宿る。


「言ってなかったか?ちなみに姫の護衛をしているヤツは、昇雲の弟子だ」

「ほう、それは楽しみだ。仕事が早く片付いたら、俺も昇雲の相手をしてもいいか?」

「…たくッ、あんたら武術家って人種は、なんでそうなんだろうな」

「まぁ、良いでしょう。彼方が仕事を終えた頃には、教団の目的も完遂されているでしょうから、あとは勝手にしてください」


 了解をえたメガロスは、隠れ家の荷物をまとめ始めると、ソフィー達の予測進路の説明を千々石から受けた。


「ここからなら、ギリギリ王都到着前に接敵できるかもな」

「しかし、この広大な森林で標的2人を探し出すのは困難なのでは?」

「伊達に3ヶ月も籠っていない。ここは既に俺のホームグラウンドだ」

「地の利があると?」

「まかせろ、昔から狩りは得意なんだよ。」


 そうですか――と、言って千々石は、宗像へと視線を向けた。


「チッ、…先生からの餞別せんべつだ」


 言って、渡されたのは、なにやら怪しさ満点の薬品が入ったケースだ。


「太っ腹だな」

「アンタも数少ない適合者なんだってな。」

「あぁ、コイツのおかげで、俺は更に強くなれる」


 言って、メガロスは受け取った薬品を注入器にセットし、首筋に当てると、プシュー―ッっとした。


 血管を通して薬物が巡っていく感覚に快感を得ているかのような、締まりのない表情を浮かべる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛……」

「コイツッ――」


 ただでさえ巨体だった身体が、薬物を投与した途端、更に膨れ上がる。


「これなら、休まずに走り続けられる。案外すぐに仕事は片付くかもな」

「「………」」


 言いながらメガロスは、洞窟の出口へと向かった。

 その様子を見守る…いや、警戒している宗像と千々石は、彼が放つ禍々しいオーラにあてられて動くことが出来なかった――。

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