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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その⑫~文化は英語で言うとカルチャー

 咥えたタバコに火を付ける。

 尖端からジリジリと葉が燃える音が聞こえ、肺に取り込んだ煙を次の瞬間には口から吐き出す。


「――予想はしていたけど、ムスカってのは相当なゲス野郎だね」


 ムスカ…それはソフィアの叔父であり、ヴェスパニア公国軍部のトップ。

 

 王と王女を殺害した黒幕として容疑が掛かっている相手だ。


 ムスカ自身に誰かを殺害するだけの力量は無いが、権力という力をもっている。

 彼は権力を利用し、何者かに2人を殺害させたという容疑がマックスの証言から濃厚になった。

 何者かと言うのは、護衛部隊の調査から【メガロス】という異名を持つ者が実行犯であると判明している。

 しかし、メガロスことジェイカトラーの消息は未だ掴めておらず、加えて言うのであれば、ムスカが黒幕だという証拠は依然として掴めていない。


「歯がゆいね、何か決定的な証拠でもあれば、アタシが引導を渡してやるのに」


 メキィッと拳を握っただけで関節を鳴らす昇雲の腹は、3ヶ月前の王・王妃殺害のニュースを見たときから、既に煮えくり返っている。


「…双刃、悪いがアンタにはもう少し辛抱してもらうことになる」

「承知しております。熾輝さまが双刃に任せると言った以上、主の信頼に全力で応えてみせます」

「結局、あの子にも無茶させてしまった。師匠として不甲斐ないよ」

「昇雲どの……」


 本来、ソフィアを守るべき自分が、主無き城に居座り、代りに弟子がその役目を負っている。

 その事実に昇雲は、滅多に覗かせない、弱り切った表情を浮かべている。


「昇雲殿、だい―――」

「あッ!こちらにいらしたのですね!」


 大丈夫と、励ましの声は年若い女性の声に掻き消された。


「…たしか、エマ殿でしたね。いかがしましたか?」

「申し訳ありません、大臣様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」


 エマは、ソフィアの侍女をつとめる18歳の女性だ。

 王族の侍女をつとめるだけあって、その立ち居振る舞いは、実に板についている……が、今はなにやらキョロキョロと落ち着かない様子だ。


「承知しました。……えっと、何かありましたか?」

「あっ、いえ、大した事では無いのですが……」


 気になって質問した双刃に対し、エマはどうにも歯切れが悪い様子。


「言うだけ言ってみな。もっとも、こんなクソババアに出来るかどうかと思われても仕方ないかもだけどね」

「昇雲殿、いいかげん元気を出して下さい」

「そッそんな!昇雲様の実力を疑う者は、ここには居ません!」


 若干自棄になっている昇雲にエマは、慌てた様子で首をフルフルと横に振る。


「実は、アスラン……姫様が大事にしているペットの姿が無いのです」


 アスラン…その気品溢れる名のとおり、黄金のたてがみをもつライオンのことだ。


「城に着いた時は、確かに姫様の部屋にいたのですが、少し目を離した隙に居なくなっていて。同僚と一緒に城内をくまなく探しましたが見つからないのです」

「そりゃあ…」

「かなりヤバイ状況では?」


 飼いならされているとはいえ、アスランはれっきとした肉食獣だ。

 もっと言えば、百獣の王と言われる動物界の頂点。

 それが姿を消し、もしも街中を歩き回るようなことがあれば、大混乱は必至だ。


「ああぁ!どうしましょう!ただでさえ、情勢が悪いと言うのに、このままでは姫様のお立場が!」

「…あのアスランと言うライオンが人を襲う事はまず無いとは、思いますが……わかりました。双刃が協力いたしましょう」

「い、いけません!双刃様は姫様の影武者を努めてもらわなくては!」


 慌てるエマに対し、双刃は『心配無用です』と言って、唇を尖らせ、軽く口笛を吹き鳴らす。すると、近くに居た野鳥達が彼女の周りに集まってきた。


「こ、これは!?」

「双刃の能力さね」

「ある程度、知能のある動物と話をする事ができるんです。地上を探すより、この子たちに空から探してもらった方が良いかと」


 双刃は、集まってきた野鳥たちに何かを伝えると、ふたたび口笛を吹き鳴らした。途端、野鳥達はいっせいに空へと飛び立っていった。


「……これでアスランの行方もいずれ判りましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「とりあえず、鳥たちに任せてアタシ等は大臣の元へと行くとするさね」

「はい!」


 双刃の命を受けた鳥たち。しかし、この国の空を自由に飛ぶ彼らは、ただ単に百獣の王を探すだけに留まらない―――。



◇   ◇   ◇



 薄ぼんやりとした頭の中で、嫌な物を見ている自覚があった。


『お任せください!父と母の名において、王と王女は自分が守ります!』


 そう言った彼は、鼻息を荒くして、これでもかというくらいに胸を張った。


 自分と侍女のエマは、そんな彼を見て苦笑いを浮かべている。けれど、自分たちは彼を信頼していた。


 幼いころから自分たち3人は、とても仲がよく、お互いを大切に思っていた。


――あぁ、これは悪い夢だ。早く覚めて欲しい。


 あの事件から何度もみる悪夢。この結末は決して変わらない。例え夢の中の出来事でも、これは現実にあった出来事……


『――嘘つき!守るって言ったのに!どうして守ってくれなかったの!どうして!』


 父と母の変わり果てた姿を前に、彼の両親に向かって酷い言葉しか出てこなかった。


 彼らだって大切なものを失ったと言うのに―――。


「――フィー、ソフィー」

「ッ――!!」


 熾輝の声にハッとして、目が覚めた。


「大丈夫?うなされていたけど」

「…ごめんなさい。悪い夢を見ていました」


 悪い夢…確かにそうなのだろう。しかし、彼女にとってそれは、現実にあった出来事を夢で見せられていたのだ。


「無理もない、こんな状況じゃ悪い夢だってみるさ」

「……えぇ、そうですね」


 悪夢に引きずられているせいなのか、心配そうにする熾輝に対して心の中では


――何も知らないくせに


 と自分の中で薄汚い感情が湧いてくる。


「ねぇ、シキは誰かを憎んだことがある?」


 いったい何を聞いているのだと言う自覚があった。無意識に誰かの汚い部分を聞いて、同族嫌悪にでも浸りたかったのか…いきなりの質問にシキもキョトンとした表情を浮かべている。


「いえ、何でもありません。忘れて――」

「あるよ」


 己の言葉を取り消そうとしたソフィーであったが、真剣に応えてくれた。


「今までに殺したいほど憎んだ相手は2人いる。その2人は、俺の大切な人を傷つけた。だから俺も殺そうとした」

「…殺そうとしたって事は、殺していないってことですか?」


 ソフィーの問いに、熾輝は曖昧な表情を浮かべるも、コクリト首肯して答えた。


「なぜ?あなたほどの実力でも出来なかったのですか?」

「苦戦はしたけど、最終的には可能だったろうね」


 では何故?という疑問を口にするよりも前に熾輝は応える。


「やめてくれって、言われたんだよ」

「………」

「俺の大切な人は、殺されそうになっておきながら、ソイツ等を庇って、俺を踏みとどまらせてくれた」


 熾輝は遠い星空を見上げる。その表情は、まるでそのときの事を懐かしむようであった。しかし…


「そんなの、本物の憎しみではないわ」

「………」

「本物の憎しみは、何があっても揺らがない。揺らいじゃダメなのよ」


 彼女の両親に何があったのかは、飛行機の中で行われた会議に参加していた為、当然把握している。…正確に言えば、会議で聞くよりも以前に事前調査により把握できていた。


「もちろん、世の中には救いようのない悪が存在している事は理解している。そんな連中が目の前に現れたとき、俺は迷いなく力を振るう。そして、俺の大切な人達を絶対に守って見せる」


 真直ぐにソフィーを見つめる熾輝の眼には、揺るぎない本物のの覚悟が宿っている。


 そして、彼の『守る』という言葉に嘘はなく、実際にそれを実現してきた実績もある。しかし、その言葉は彼女にとって悲しい出来事を思い起こさせるトリガーでもあった。


「…ごめんなさい。変な事を聞きました」


 言って、ソフィーは再び横になると、熾輝に背中を向けた。


――この小さな背中にどれ程の物がのしかかっているのだろう。どうか、少しでも彼女が救われる未来を…と、思わずにはいられなかった。


「おやすみソフィー…」


 熾輝は彼女の寝息を確認するとテントの外に出た―――。



◇  ◇  ◇



 飛行機から落下して5日目、熾輝とソフィアは、ようやく人が住む村へと辿り着いた。しかし…


「何となく予想していたけれど…」

「どうしましたか?」


 ソフィアは悩まし気な表情を浮かべる熾輝を覗き込む。


「なんというか…、文明レベルが予想以上に低い!」

「酷くないですか?」


 頭を抱え込み、その場でふさぎ込む熾輝は、『なんてこった!』と大地に向かって叫ぶ。


 それもそのハズ。今、彼らの目の前にある村には、電線はおろか、自動車すら走っていないのだ。


「おかしいと思ったんだ。村に近づいているのに、電線や電波塔らしき物が全く無いなぁって…この国の生活水準どうなってるの?」

「この国の姫を前にディするのは、やめて下さらない?」

「……ン~、ごめん。少し狼狽うろたえてた」

「シキにもそういう時があるのですね?いつも冷静な感じがして、冷めてるのかと思っていました」


 あの夜に話した事について、追及されたり、言い合いになったりはしていない。

 というか、お互いに意識して、その件については、まるで無かったかのようにしている。


「冷静さと冷めているのは、違うでしょう?俺だって普通の男子なんだよ」

「能力者を普通の男子とは言いません。…でもまぁ、わたくしが知っている同年代の能力者に比べれば、達観した感じはしますね」

「褒め言葉として受け取っておくよ。…しかし、こうなると師範達との連絡手段は、もっと先の事になるなぁ」


 悩ましそうにしている熾輝は、気持ちを切り替える様に「よし!」と顔を上げた。


「ひとまず宿泊できる施設を探そう」

「良いのですか?まだ日の高いうちに先へ進まなくても」

「今までずっと歩きとおしだったからね。後半にへばって動けなくならないように、しっかり休息をとって身体を休めることも重要だ」


 なるほど――と相槌をうつソフィー


「ところで、シキはこの国の通貨を持っているのですか?」

「もちろん。出発前に空港で両替は済ませている」


 旅の基本でしょう――と言いたげに財布をパカっと開いて、中身を見せる。


「あとは、ソフィーの身元がバレないようにしないとなんだけど…」


 彼女は一国の姫様、この国の者が視れば一発でバレるうえに大騒ぎになってしまう。


「それなら大丈夫かと」

「ん?」

「わたくしの国では、王家に連なる子弟は、一定の年齢に達するまでメディア等には出ないのです」

「つまり顔バレする恐れは無いと?」


 そう言う事です――と、コクリと首を縦に振って応える。


「オーケー、ならあとは宿泊施設を探そう。あ、子供2人だけっていうのも怪しまれるだろうけど、言い訳は任せてくれ」

「シキは嘘がお上手なのですか?」

「日本には『嘘も方便』という言葉があって、物事が円滑に進むなら可愛い嘘も許されるっていう文化があるんだ」

「な、なるほど…文化ならば仕方がありませんね。」


 物は言いようである。

 ソフィーが、その言葉の意味を知るのは、暫く先の話―――。



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