ヴェスパニア騒乱編~その④~自由は英語にするとフリーダム
行き交う銃弾、炸裂する手榴弾が和やかだった公園を戦場へと一変させた。
「グアッ――!?」
「ちょこまかとグッハ――!?」
ソフィーを物陰に隠した熾輝は、銃器を装備した黒服の一団を相手取る。
銃弾は縦横無尽に動き回る熾輝を捉える事が出来ずに、空を虚しく走るだけ。
標的目がけて投げられた手榴弾も地面に落下するころには、既に熾輝は遥彼方。
一人、また一人と確実に地面に沈めていくなか、熾輝は違和感を覚えていた。
――なんだコイツ等…
弱すぎる…と、決して油断している訳では無いが、銃器を装備しているにしては、彼らの実力は素人に毛が生えた程度。
公園に人払いの結界を敷いているところを見るに裏社会の人間であるのは、まず間違いないのだが、それにしたって、熾輝との実力差を計れていない時点で、数時間前に遭遇したヤクザ以下だ。
――それぞれが崩れか…
敵に対する総合戦力の解析を終えた熾輝の行動は、迅速であった。
奪った銃を使い、右手のリボルバー、左手のオートマチックをまるでマシンガンの如き連射で敵を撃ち抜いていく。が、決して致命傷を負わせずに正確な射撃で沈めるそれは、蓮白影からの教えあってこそだ。
そして、仙術を封じているとはいえ、それを抜きにしても気配察知能力は、ずば抜けていると自負している。
例え、物陰に隠れているスナイパーだろうが、ライフルの照準が光るのを探すよりも簡単に見つけ出し、落ちている石ころ1つを投げるだけで全て事足りる。
「キ、…貴様、いったい何、者だ…」
地べたを舐める様に這いずる黒服の男は、信じられないと言いたげに問いただした。
「ただの武術家の卵だ」
「ふざッ――!?」
ふざけるな!――と、怒りをぶつけるよりも前に、男は熾輝が放つ威圧によって意識を奪われた。
「……さてと」
周りを見渡せば、黒服たちの死屍累々(誰も死んでない)が転がっている。
敵勢力と装備からプロの殺し屋かと警戒していたものの、蓋を開けて見れば三流以下の烏合の衆。
彼らがいったい何者で、何故ソフィーを狙ったのかは、正直熾輝には何も判っていない。
熾輝が判ったのは、黒服が纏う殺意、そして、上手く隠しているつもりだろうが、ソフィーから感じ取った僅かな恐怖のサイン。
それだけで、彼女が危険であり、尚且つ、彼女は自身の命が狙われていると知っていながら、身を挺して熾輝から彼らを遠ざけようとしてくれていたと直感した。
「終わったよ、ソフィー」
もしも、熾輝の直感が間違いで、思いもよらぬ、それこそ、のっぴきならない理由が彼女と黒服たちにあったのなら、とりあえず謝る覚悟は出来ている。が、銃を乱射して手榴弾を使ってくる連中が敵でない可能性はゼロである。
桜の木の陰から覗き込んでいたソフィーと目が合い、その驚いて目を丸くしている彼女を見て、熾輝は思わず微苦笑を浮かべた。その時だ――
『――接近警報!!』
唐突に告げられたミネルヴァからの警報と同時、熾輝の探知範囲内に敵影が侵入した。
――頭上ッ!!?
脅威度を示す針が自身の中で振り切れた次の瞬間、
「トゥウウレヴィアアアァンッ!!!」
と、甲高い声を上げながら、まるでミサイルの如き勢いで誰かが地面に着地…否、着弾した。
あまりの勢いに爆発のような音と土煙が辺りに舞い上がる。
時を待たずして、土煙の中から長髪を丁寧に編み込んだ髪型をした、女の様な綺麗な顔立ち…しかし、性別は男であろう、が現れた。
その男は、キレッキレのターンをかまし、一言…
「お初にお目にかかります、プリンセス。早速ですが、アナタを殺します」
流麗な動作で一礼をしたその男が、先程の黒服たちとは次元が違う、…それこそ一流の殺し屋であるのだと、熾輝は考えるよりも先に感じ取った。
「プリンセス――?」
「ッ、――」
男が漏らした言葉に、反応したのは熾輝だ。そして、それを受けて、ソフィーは苦い顔を浮かべる。
「おんや?何だいキミ、彼女が何者か知らないで、守っていたのかい?」
「………」
飄々とした…ともすれば2人をおちょくっているかのような言い方をする男は、まるでスキップでもしているような独特なステップで、近づいて来る。
――プリンセス、……そう言う事か。
熾輝の中で答えが導き出された。
師匠である昇雲が何の為に、この大阪に来たのか。
そして、何故、彼女が狙われているのか、それら全てが1つの事柄として統合された。
「ぷはははッ!流石はプリンセス!知略、謀略はお得意なんだろうぜ!なにせホテルから逃げ出したは良いものの、一人じゃ何にも出来ず、こうして利用できる駒を傍に置いているんだからね!」
「違うッ、わたくしは――」
「まぁ、色々と策を労したところで結局、君も両親の所へ逝くんだけどね」
「ッ――!!」
そう、彼女の両親は、3カ月前に何者かによって殺された。
何の目的で2人が殺されたのかは、今も判っていない。
彼女は、殺しの魔の手が自身にも向けられるのではと恐怖していた。その予感は、この日、現実の物となって彼女へと牙を剥いたのだ。そして…
アデュー―――と、別れの言葉と共に、まるでハヤテの如き動きで男は迫り、確殺の一撃を放ったのだった―――。
「……驚いた、まさかボクの一撃を止めるなんて」
男の踵落としを熾輝は頭上に構えた十字防御で防ぎ、ソフィーを守ったのだ。
「常人なら、ガードごと身体を真っ二つにするボクの一撃。それをキミみたいな少年が受けきるなんて……ちょっぴりプライドを傷付けられちゃったなああぁ!」
「いつまで人の頭上に足を置いたまま話している!」
十字防御をハサミの様に閉じて、男の足を絡めようとしたが、それよりも先に男はクルクルと宙返りをキメながら後退した。
「ボーイ、名を聞こうか!」
「…八神熾輝」
「ヤガミシキ?何処かで聞いた気がするがまぁいい」
『おんや?』と聞き覚えのある響きに一瞬、男の頭上に「?」が浮かんだが、サラリと捨て去った。
「ボクの名はジャン・ジャック・クリストフ!またの名を【自由な殺し屋】!!」
高らかに名乗りを上げたクリストフは、まるで舞台俳優の様に手を広げ、天を仰ぎみている。
「自由な殺し屋……フランスの殺し屋か」
「ほっほう!ボクの事を知っているって事は、ボーイは裏社会の人間かい?」
コチラ側も何も、人を真っ二つにするような一撃を防いだ時点で気が付けと、心の中でツッコミを入れつつ、コクリと首を縦に振って肯定を示す。
「自由な殺し屋、その名のとおり、何処の組織にも属さない殺し屋。金の為なら子供でも容赦なく殺す。そして、契約意外の事は絶対にしない」
「よくご存じで。そして、今回の契約にボーイは含まれていない。故にここで逃げても後でボクに殺される心配はないぜ?」
「だから何だ?」
「んっん~、キミは頭が悪いのかな?親切に教えてあげているのに。つまり邪魔だから何処かに行ってなさいってことさ。邪魔すればキミを殺さなくちゃならないんだ」
いちいち説明させるなよと、ため息を吐き散らかすクリストフ。しかし…
「関係無いな」
「ハイィ――?」
「関係無いって言ったんだ外道!例えお前の標的が俺じゃないとしても、俺の友達を標的にした時点で、お前は既に俺の敵なんだよ!」
ソフィーを背にしていた熾輝は、既に覚悟は決まっていると言わんばかりに、内なるオーラを爆発的に放出した。
「…やれやれ、金にならない殺しは好きじゃないんだけどなぁ」
仕方が無さそうに…それこそ面倒臭いと言いたげに、クリストフ…自由な殺し屋は、歩みを進めた。
「一応言っておくけど、ボクはこれでも一流の殺し屋だ。そのボクを前に生きて帰れるとは思わない事だね」
同じくオーラを放出した自由な殺し屋は、ギラギラと殺意の篭った眼を熾輝に向けた。
実力の足りない相手なら、彼の一睨みで失神するか、恐怖で呼吸困難に陥る事は必至だ。
故に、熾輝の背に隠されたソフィーもご多分に漏れず、自由な殺し屋の威圧にあてられて、呼吸困難に陥り掛けていた。しかし…
ほう――と、感嘆の息を漏らしたのは、意外にも自由な殺し屋だった。
「大丈夫だソフィー」
「シ、…キ…」
「キミのことは、必ず守る!」
自由な殺し屋の威圧からソフィーを守り、次第に彼女の呼吸が楽になった。
「思いあがるなよ少年!たかが一撃を防いだくらいで、勝てると思ったか!」
熾輝の態度が余程、気に入らなかったのだろう。自由な殺し屋は、先程とは別人の様に怒り狂い、襲い掛かった。
スラっと長い、そして、女性の様にしなやか筋肉から繰り出される蹴りは、見た目からは想像を絶する威力を孕んでいた。しかし…
「なッにいいいぃ――!!?」
嵐の如く放たれるその蹴りを、熾輝は捌く捌く!そして捌く!
――この餓鬼!ボクの攻撃を読んでいるのか!
自由な殺し屋の蹴り技は、なるほど、確かに一撃一撃が確殺の威力。
しかし、熾輝は彼が放つオーラの気配…つまりは氣の起こりを読み取ることで、その尽くを捌いているのだ。
これは、4カ月前の魔闘競技大会において、五月女凌駕が使用していた物を、熾輝もあの試合を経て会得していたのだ。
――見えた!
攻撃の際、人は無意識に防御を疎かにする場所がある。その一瞬、オーラによる防御が最も薄い場所を狙い撃つ。それが…
――心源流…無窮一閃ッ!!!
嵐のような自由な殺し屋の蹴り技の中、まるで針の穴を通すようにして放たれた熾輝の足技が交錯した。
「ぐっっっはああああぁッ!!!!」
見事!自由な殺し屋に熾輝の必殺の技がヒットして、彼を吹っ飛ばした。
「やっ―――」
「グフゥッ――――!」
やった!と、言おうとしたソフィー、しかし、彼女の声を熾輝の呻き声が掻き消した。
なんと、あの一瞬、熾輝が放った一撃に、遅ればせながら自由な殺し屋は、浅かったとはいえ、カウンターを入れていたのだ。
「シキッ――!?」
目の前で吐血し、膝をついた熾輝に駆け寄ろうとして、しかしその前に手を突き出され、『来るなッ!』というサインにソフィーは、足を止めた。
「トレヴィアーン……まったくもって素晴らしいよ、ヤガミシキ」
「アレを喰らって、まともに歩けるとか、…アンタどんな身体してんだよ」
「ンッン~♪いやいや、とっても痛いよ?おかげでアバラにヒビが入ったし、しっかりと内臓にもダメージが通っている」
熾輝が与えたダメージは、どんなに屈強な戦士でも悶絶する程の威力だったハズ。
もちろん、まともに受けた自由な殺し屋にも同等の痛みが襲っている。
しかし、世界には稀に、怒りや何らかの興奮状態になる事によって、痛みを感じなくなる者がいると聞く。そして、この男、ジャン・ジャック・クリストフもその一人……
「痛くて痛くて!泣きそうだよオオオォッ――!!!」
ではないらしい。一応は脳内麻薬を大量に分泌させて、痛みを鈍くしている。だが、それでもメチャクチャ痛いのは、彼の怒りからも判るとおりだ。
そして、次いで放出された彼のオーラが山吹色の輝きを放った。
――極意…
それは、オーラの極地…
裏社会に能力者は数多く存在する。…が、その領域に到達出来る者は、限られている。
「ヘイッ!クソ少年!思い出したぞ!」
先程までの飄々とした雰囲気が吹き飛んで、言葉も口汚くなった。
「日本には【無才の天才】と呼ばれる12歳の少年がいやがるって!」
正確には13才…あの大会から、熾輝も1つ歳を重ねたのだ。
そして、それを聞いたソフィーは、「なにその滅茶苦茶矛盾した二つ名は!」と心の中でツッコミを入れると同時に、母から伝え聞いたその少年の事を熾輝と重ねた。
曰く、その者に武の才能は無く、故に無才。
曰く、その者は無才の身で天才を打ち砕く。
曰く、その者は無才の身で達人の領域に至る。
自由な殺し屋とソフィー、2人の予想を裏付けるかのように、熾輝のオーラに変化が起きた。
すうううぅ―――と、まるで身体中の細胞に火を灯すように、思いっきり息を吸い込む。
そして、朱く、赤く、紅く…オーラが色濃く彩られ、やがて紅蓮の輝きを放つ。
「行くぞ、自由な殺し屋。全身全霊をかけて、お前を倒すッ!」




