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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
ヴェスパニア騒乱編
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ヴェスパニア騒乱編~その②~悪い奴はどこにでもいる

 大声の響いた場所、そこには人だかりが出来ており、先ほど聞こえた少女の声の他にも、ドスの聞いた声も聞こえてきた。


「トラブルかな?」

『…どうやら、そのようです』


 人だかりのせいで、何が起きているのかは熾輝からは見えない。


『複数の成人男性が子供を取り囲んでいます』


 しかし、ミネルヴァは付近の防犯カメラをハッキングすることで、視点を変え、状況を確認した。


 彼女からの報告に、熾輝はオイオイ――と、白昼堂々なにをやっているんだと、呆れていた。


『既に通報され、警官は5分で現着します』


 なんでそんな事がわかるのかって?それは警察のネットワークをハッキングしたからさ。――と、聞けば、あっけらかんとした答えが返ってきそうなので、あえて熾輝は深くは考えない事にした。


 とにかく、お巡りさんがくるのなら、あとはこれ以上、火種が大きくならない事を祈るばかり、だったのだが…


「ゴルアアァ!ババア!人様にぶつかっておいて、謝罪も無しかアアアぁ?」

「ぶつかってきたのは、アナタ達でしょう!お婆さんに謝りなさい!」

「こちとら骨が折れたんだよ!慰謝料よこせやアア!」


 当事者の口論が聞こえたことで、この場の全員がトラブルの原因を把握した。


 しかし、今どきそんな使い古された因縁いちゃもんを使う者がいようとは、もしかしてドラマの撮影?――と、熾輝は思わずカメラを探してしまった。


「ばあちゃんしっかりしろ!立てるか!」

「オイイィ、餓鬼!家の電話番号教えろやアァ!テメエの両親に慰謝料払わせたらアァ!」

「ひぐッ――!」

「やめなさい卑怯者!お年寄りと子供を脅すなんて、恥ずかしくないのですか!」


 ヒートアップする彼らの声を聞いて、これは間に合わないなと、ため息を吐いた熾輝は、人だかりの隙間を縫うように歩き始めた。


「ああぁん!?餓鬼がいっちょまえに大人に口ごたえしてんじゃねぇよ!」

「そうだぜ!俺たち清流会の縄張で盾突くなんざバカだな!」

「この辺の連中は、俺たちにビビッて何も出来ないんだぜ!」


 どうやら、彼らはヤの付く人達らしい。

 しかも、清流会といえば、日本の暴力団の中でトップの勢力を誇る組織だ。

 3年程前に、熾輝も清流会の構成員と飛行機の中でやり合った事があるが、今はどうでもいいことだ。


「皆がそうだと思っているのなら大間違いです。アナタ達の様に任侠心の欠片もないヤクザは、グレているだけの大人じゃないですか」


 先程までの大声は何処へ行ってしまったのか。まるで、この場の誰もが彼女の言葉に引き付けられたように息を詰まらせた。


 それは、憤怒といった威圧的なものでは決してない。その凛とした真直ぐに透き通った声に魅了されたと言っても過言ではない。


「ば、ばあちゃんをイジメるな!いてこますぞ!」


 彼女に続くようにして、小さな男の子は、涙を堪えて、自分よりも大きな敵を睨み付けた。

 奥歯をガタガタと鳴らし、膝をガクブルさせながらも、男の子は大好きなばあちゃんを守ろうと必死だ。


「だからよォ、お前等みたいなのがバカだって言ってんだ」


 ついにヤクザの一人が暴力に訴えた。

 男の子の傍まで近づいて足を後ろに大きく振りかぶった。まるでサッカーボールでも蹴るかのように。


「やめッ――」


 少女は咄嗟に男の子とお婆さんに覆いかぶさった。これから来るであろう痛みに歯を食いしばり、しかし、決して卑劣な者から目を逸らすまいと睨み付けた。…が、いつまで経っても痛みは来ない、それどころか――


「…え――?」


 疑問と共に信じられない物が少女の目の前で起きていた。


 例えるなら鉄棒の前回り。先のヤクザが、何も無い場所でクルクルクルルンと連続前回りをしているのだ。


 もちろん比喩である。道のど真ん中に鉄棒なんてある訳がないし、人間が浮遊する訳がない。故にヤクザの高度は徐々に落ちていき、顔面から地面に落ちた。


「なッ、なんだテメエ!」

「………」


 彼女の目の前に現れたのは、同い年くらいの少年。身体の線は細く、物腰が柔らかく、物静かな印象を受けた。


 そんな少年の足元に沈んでいる男は、顔面を地面に打ち付けた衝撃で気を失っており、怒り狂った仲間たちが詰め寄ろうとしたときだ、


――ッッッ!!?


 一瞥、少年の眼が彼らを捉えた、ただそれだけで、まるでヘビに睨まれたカエルの様に、動けなくなった。


「大丈夫?立てる?怪我はないですか?」


 近づき、しゃがみこんで、男の子とお婆さんの目線に合わせて声をかけた彼の音声おんじょうから、本気で心配をしてくれているのだと、直ぐに理解できた。


「お、オレは大丈夫。でもばあちゃんが…」

「大丈夫や、ちょっとビックリして、腰が抜けただけや」


 老婆は彼らとぶつかって倒れた様だ。しかし、本当に驚いて立てなかっただけで、怪我をしている訳では無いことに安心した。


「キミ、名前は――?」

「え?…こ、浩太こうた

「そうか浩太か、良い名前だな。よくお婆ちゃんを守ったな。偉いぞ」


 微笑んで浩太少年の頭を撫でた熾輝。

 その間も、熾輝の後ろでは、複数人のヤクザ達が睨み付けている。…が、今の彼らに出来るのはそれだけだ。


「よし、浩太。俺はこれから、アイツらと話をしてくる。その間、お婆ちゃんと、そこのお姉ちゃんを守れるか?」


 急な展開に声をかけるタイミングを失っていた少女は、とつぜん親指でさされ『え?』となる。


「大丈夫だ!婆ちゃんと姉ちゃんは俺が守ってやる!兄ちゃんもヤバくなったら助けてやるからな!」


 目頭に溜め込んでいた涙をグシッと拭い、精一杯笑って答える少年に熾輝は、優しく微笑みで答える。


 そして、振り返ったその先では、まるで化物にでも遭遇したかのような心境で、息を殺しているヤクザたちの姿があった。


「お、おめぇさん…いったい何者だ?」


 彼らの兄貴分と思しき男の精一杯の声に、熾輝は先程からひそかに放っていた威圧を僅かに弱めて微笑んだ。

 それは、彼らからしたら、不気味意外の何物でもない。おそらく少年から放たれているであろう正体不明の威圧感に、彼らは動けばられると直感していた。


 そんな彼らの心境など意に介さず、熾輝はリーダー格の男の前に立ち、他の誰にも聞こえない様に、そっと声を掛けた。


「やるなら潰す。退くなら追わない。そっちも面子があるだろうが、狭量を見せつけるより、器のデカさを見せた方が良いんじゃないか?」

「………」


 突き刺さる視線と冷たい音声が男を襲う。

 ゴクリと喉を鳴らして、一拍――『わかった』と、目の前の少年にだけ聞こえる声を発した。


「いくぞ――!」

「あ、アニキ!?」

「いいんですかい!?」

「チッ、餓鬼や年寄りをいたぶって男が上がるかよ」


 男の子分どもは、先程まで自分たちを縛る正体不明の威圧を正確に理解していなかった。

 ただ、ヤクザと言う生き物は、相手の強さや危険性を本能で感じ取ることに優れている。それ故、たとえ頭で理解していなくても、本能で察していた。


 彼らのアタマである男は、しっかりと、そこらへんを認識していたが故に引き際をわきまえたのだ。

 子分たちも渋々だが、納得をしている様子からみるに、ヤクザとしての修羅場を幾度か経験していると見える。

 ただ、熾輝にノックアウトされ、いまも倒れ込んでいる男だけは、ヤクザとして日も浅く、おそらくは、そのへんの分別ふんべつがつかない下っ端だったのだろう。

 だからこそ、熾輝は、後々の話がこじれないように、あえて意識を刈り取るに至ったのだ。


「アニキ、餓鬼に尾行をつけますか?」

「止めておけ、アレは俺たちが手を出して良い相手じゃねぇ」


 耳打ちしてきた側近の言葉が熾輝に聞こえてやしないかと肝を冷やしながら止める。


 集まってきていた人垣をかき分けるように進み、その場を後にする男の後ろを、子分たちが気絶している下っ端を担いで付いて来る。


 その様子を見た男の視界に、男の子と老婆の元に帰る熾輝の姿が映った。


「…あの餓鬼、どっかで見覚えがあると思ったら、前にオヤジに連れて行かれた地下闘技場の闘技者じゃねぇか」

「それって、1人で組1つを簡単に潰せる化物みてえな連中が集まる――!?」

「あぁ、オヤジから、あそこの連中とは絶対に揉めるなって念押しされている」

「あんな餓鬼が……」


 今になって、自分たちがどれ程の者を相手にしていたのかを理解した男たちは、無事に生還できたことに対し、これまで経験してきたどの修羅場よりも生の喜びを実感したという――。


 そんな事を思われているとは、露知らず、戻ってきた熾輝に対し、男の子は感激の声を上げていた。


「兄ちゃんスゴイ!どうやって連中を追っ払ったの!」

「大した事じゃない。もう直ぐお巡りさんがくるぞって、言ってやっただけだ」


 熾輝の言葉に『えー』と、少々残念な感じの男の子であるが、人垣の向こうから、タイミングよく警官の声が聞こえてきた。


「俺はもう行かなくちゃ。浩太はお巡りさんに事情を話して、家まで送ってもらえ」

「兄ちゃん、もう行くの?」

「ホンマに助かりました。せめて名前だけでも…」


 無用なトラブルを避けるため、警官が来る前にこの場を去ろうとする熾輝を2人が呼び止める。


「名乗る程の者じゃありません。通りすがりのお節介な男です」


 たったそれだけ言い残すと、熾輝は人垣を縫うように、まるで意にも介さずに去って行った。


「ホンにカッコイイ兄ちゃんやったね」

「うん!あ、姉ちゃんもありが……あれ?姉ちゃん?」


 自分たちを助けてくれた熾輝を見送った男の子は、もう一人、ヤクザたちから守ってくれた少女にお礼を言おうとして、振り向くも、その場にあの少女はいなくなっていた――。



◇   ◇   ◇



 トラブルの現場から離れた熾輝は、何事もなかったかのように大阪観光を続行使用として…


「え~っと、まだ何か?」


 後ろをピタリとくっついて来る少女に声を掛けた。

 その少女は、先ほどヤクザ達に絡まれていた内の1人だ。


「少し文句を言いたくて」

「文句――?」


 はて?と思わず疑問符が浮かんだ。

 先ほど、熾輝はヤクザに絡まれていた少女たちを助けた。

 お礼を言われるならともかく、文句を言われる筋合いはないハズ。にも関わらず、目の前の少女は、眉間にシワを寄せて怒っている様子だ。


「アナタ、何故あの者たちをやっつけなかったのですか?」

「…いや、無茶を言わないでよ。俺みたいな子供が大人に敵うわけがない」

「嘘よ、だってアイツらの1人をやっつけたじゃない」

「あれは……」


 熾輝は確かにヤクザの下っ端を倒した。

 しかも、常人であれば我が眼を疑う見事な技量によってだ。


「たまたまだよ」

「そんな嘘が――」

「いやいや、本当だよ。止めようとして蹴り足を、こうクイッと払ったら、凄いことになっちゃって、俺もビックリしちゃったんだから」

「いえ、でも――」

「それに、止めに入ったのも、近くにお巡りさんが来ているってわかったからで、アイツらが本気で向かってくるようだったら、逃げるつもりだったし」

「………」


 誤解ですから!と言い訳をする熾輝の態度に、少女の追及も減速する。

 もしも、目の前の少年が大人相手でも戦える強者つわものであるのなら、ここまでの否定をはしないものだ。

 強者とは、力を誇示してこそ、無用な争いを避ける傾向がある。というのは、彼女が育ってきた環境による価値観。


 対して、熾輝は彼女の価値観とはまったく関係なく、変に疑われて、興味を持たれることを避けるため、弱者を装っている様子がある。


「確かにアナタ、強そうではないですね」

「…強くは、無いです」

「身体も細いし、モヤシみたいです」

「言い過ぎじゃない?」


 弱者を装う熾輝の思惑にハマっている。しかし、先程から少女の言葉にグサグサと精神力が削られていく。


 確かに熾輝は武術家として、まだまだ一人前には程遠いし、自身を強者と論じるほど思いあがってはいない。

 身体の線が細く見えるのは、着痩せするタイプで、『脱いだら凄いんだよ?』とは、この際、言わないのが吉だろう。


「しかし、敵わぬと判っていて、立ち向かった気概は、あっぱれでした」

「…そりゃどうも」


 それにしても、先程から目の前の少女からは違和感を感じる。

 話し方が妙に上から目線というか、気品があるというか、なんとも変な喋り方。

 そのくせ、装いは短パンとジャージにキャップ帽と、だいぶラフな格好なのに、身体の使い方がまるでドレスを着込んでいるかのように優雅…そして、彼女を見ていると妙な既視感を覚える。


「じゃあ、そういうことで、俺は行くから」


 話は終わり…というより、何か嫌な予感がした熾輝は、これ以上、絡まれて時間を費やすより、目的の大阪観光に戻ろうとしたそのときだ。


「お待ちなさい。アナタ、私をエスコートしなさい」

「え――?」


 イヤな予感が当たったと、振り向いた熾輝の目に、微笑んだ少女が映り込んだ――。 


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