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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
闇の胎動
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闇の胎動~その⑩~更に強く(エピローグ)

 大会最終日の一波乱が終わり、事態も終息した夜…


「えー、なんやかんやで閉会式も中止になってしまったけど、取りあえずはお疲れ様」


 ホテルのパーティー会場を借り切って、代表選手たちと学園生たちとで、ささやかな宴がもよおされていた。


 何故か司会進行をやるハメになった誠は、グラスを持ちながら挨拶を行っている。


「こういう場で、長話しをするよりも、みんなで食べて騒いだ方が親交も深まると思うので、乾杯の音頭だけ取らせてもらいます……カンパーイ!」

「「「「「乾杯ッ!!」」」」」


 前夜祭での殺伐とした様子は、この大会期間を経てだいぶ和らいだのか、お互い全力を出し切って戦った者同士で話をしたり、選手の元へ率先して近づいて親交を深めようとする学園生徒もチラホラといる。


 そして、そんなパーティー会場において、姿を見せない者もいたりする。


「え~っと、参加していないのは、五月女凌駕と八神熾輝、あとは…」


 参加者名簿を確認する誠。そもそも何故、主役の一人であるハズの彼がこんな雑用をしているのだろう。


「ホラホラ、仕事が遅いですよ。まったくマコト様は、女に手を出すのだけは早いなんて言われないように、キビキビと働いて下さい」

「そう言っているのは、鞘香だけだからね?ていうか、手伝ってくれないかな?」

「厳正なジャンケンで負けたのは、マコト様でしょう?試合にも負けてジャンケンにも負けて、アナタはココに何をしに来たのですか?」


 どうやら、誠が雑用をこなしているのは、ジャンケンで負けたかららしい。


「今でも信じられません。マコト様が学園生全員にジャンケンで負ける何て」

「俺が一番信じられなかったよ!」


 彼らが行ったのは、いわゆるジャンケン大会方式というもの。

 一言でいうと、1人がグーチョキパーのいずれかを出して、勝った者から抜ける事が出来る。

 そして、代表者としてマコトがグーを出し、他全員がパーを出した結果…


「あの場合って、もう一回するものじゃない?」

「あれ程見事な負けを晒して、もう一回なんて男らしくないですよ」

「いや、あれは鞘香が―――」

「負け犬は、負け犬らしく勝者に従うものですよ?」


 いつも通りの冷たい目を向ける鞘香。マコトは『うぐッ』と何か言いたそうにしている上に目頭が思わず熱くなる。


「頑張れ俺!頑張れ!俺は長男だから耐えられる!次男だったらきっと耐えられない!」

「いやいやマコピーに弟や妹は、いぃへんやろ?」

「それに、案外いつも耐えられていないよね?」


 鞘香に弄られる誠の傍へやって来た生唯と流唯のツッコミに思わず…あ~!負けそう!挫けそう!――と、床を叩くのであった。


「乳くりあいやがって……死ねばいいのに」

「なんてことを言うんだ!死ねなんて簡単に言うな!」


 そんな様子を恨めしそうに眺めていた威吹鬼は呪言を吐き捨てた。


「だいたい威吹鬼には、響鬼がいるだろう!」

「お前……俺に妹に手を出せと言うのか?」

「変態野郎」

「マコピー、そりゃないわぁ」

「信じてたのに」


 勢いで口から出てしまった言葉に対する、周りの反応はドン引きだ。

 だが、一度口から出した物は飲み込めない。

 誠が己の失言を悔いようとも、過去は戻って来たりはしないのだ。


「さぁみなさん、こんな変態クソ野郎は、放っておいてパーディーを楽しみましょう」

「そやな、早よせんと、美味しい物がのうなってまう」

「お姉ちゃん、まだ食べるの?」

「ま、まってくれみんな~……」

 

 もはや彼女たちの視界に誠の姿は映っていなかった。

 そして、1人置き去りにされた誠は、打ちのめされた様にうな垂れていた。しかし…


「心を燃やせ、歯を食いしばって前を向け!」


 うおおおぉッ!と、膝に力を入れて胸を張り、誠は立ち上がった。


 その姿はまるで、乗ったら眠くなる列車で戦う鬼狩りの様だ。


「よし!俺は俺の責務を全うする!」


 雑用という仕事にすら力を抜かない!何故なら辛い現実を忘れられるように!


「どうでも良いけど、結城達は学園長に呼ばれて遅れるらしいぜ?」

「……わかった!」


 どうやら、威吹鬼はそれを言いに来たらしい。が、余りにも羨ましい光景が広がっていたので、からかってやった次第である。


 未だ出席していない数名のリストを確認した誠は、自分を負かした相手の姿を探す。


 本当は、彼ともっと話してみたいと思って、キョロキョロと視線を動かす。


 不意に、隣にいた威吹鬼も似たような行動をしていた事に思わず微苦笑したのだった――。




◇   ◇   ◇




 所変わって、ホテルの展望台…

 宴で騒ぐ若者たちの笑い声がここまで聞こえてくる。

 そんな楽しそうな声を聞いて、今回の事件で、誰一人として死者が出なかったことに安堵しながら熾輝は1人、夜景を見つめていた。


黄昏たそがれているのですか?」


 そんな熾輝の背後から近づいてきたのは、ローブを目深に被った人物、鬼鳥だ。


「…場の雰囲気を壊さない様にしているだけだよ」

「あれ程の死線を超えた者同士が集まって、壊れる様な空気ではないでしょう?」

「俺がいるだけで楽しめない人は、必ずいる」

「かも知れないですが、気にしなければ?」

「それが出来る程、俺の神経は図太くはない」


 鬼鳥の言葉を聞いて思わず溜め息を吐いた熾輝は、『そんなことより』と言葉を続ける。


「いつまでそんな変装をしているつもりだ?…遥斗」


 クスリと笑みを浮かべてローブを脱ぐと、鬼鳥としての雰囲気が消えた。…正確に言うと、声音や体格、臭いに至るまで、人の存在を形成する気配がガラリと変わった。


 そこに在るのは、熾輝の友人である空閑遥斗の姿だった。


「魔道具としては、高級品だったんだけどなぁ。やっぱりキミのは誤魔化せないか」


 やれやれと、脱いだローブを畳んだ遥斗は、熾輝の隣に立つと、共に展望台の外を眺めると…


「で?お偉いさんから呼び出しを受けていた様だけど、要件は何だったの?」

「………」


 大会後の騒動を終えた後、熾輝はVIPの者達から呼び出しを受けていた。

 達というのは、もちろん複数人からの呼び出しであり、今まで熾輝が面識を持ったこともない様な人達だ。


 熾輝は、呼び出された理由について、ゆっくりと語り始める――


『――熾輝くんを学園に?』


 呼び出された場所には、熾輝の師である葵、昇雲、白影の姿があった。

 そして、学園の長である沢田豊子からの言葉に反応したのは、葵だった。


『今更どういうつもりだい?アタシの記憶じゃあ、この子の入学を拒否したのは、そっちだろう?』

『その通りです。当時は、彼を恨む者も多く、命を狙われる危険があったので、彼の入学を拒否しました』

『物は言いようだね?アタシはてっきり、この子の命より、学園生が刃傷沙汰を起こす事自体を嫌ったように思っていたよ』


 嫌味たっぷりに言ってのけた昇雲。しかし、それで学園長の心は子揺るぎもしなかった。


『もちろん、それもあります』

『あ゛あ゛?』


 青筋を浮かべながら、まるで、どこぞのヤンキーの様にメンチを切る昇雲。


『こちらの考えは、アナタ方もよくご存じのハズかと。当時、彼を入学させれば、どのような問題になるかなど、言うまでも無かったと思いますが?』


 学園長の言葉に、昇雲は『チッ』と舌打ちをして、食い下がる。が、昇雲は何も学園長の話が判らない訳ではない。

 むしろ、最初から判っていて、尚、喰ってかかったのは、親心故だろう。


 昇雲が大人しくなった事を確認した学園長は、当事者なのに、蚊帳の外だった熾輝に向き直り、言葉を紡ぐ。


『八神熾輝くん』

『…はい』

『今回の大会、そして騒動で薄々気が付いているとは思います』

『……はい』

『アナタを慕う彼女等の力によって、学園生徒は大きく変わり始めました』


 彼女たちと言われ、熾輝の頭の中に真っ先に、その姿が思い浮かぶ。


 それと同時に、学園の変革をまさか彼女たちが行っていたなんて思いもよらず、二重の意味で驚きを覚えた。


『その証拠にアナタの傷を癒した生徒は、神災で両親を失った生徒です』

『ッ――!』

『彼女だけでなく、他の生徒も以前は、憎しみを糧にして腕を磨いてきたのです。しかし、そんな子たちがアナタを助けた。その意味は私が説明しなくてもさといアナタなら判りますね?』

『………』


 学園長の言葉に対し、素直に返事を返す事を躊躇ためらった。


『何も今すぐ返事をという訳ではありません。ただ、アナタの事を想い、行動してきた彼女たちに対して、いずれは答えを出して欲しいと、一教師として願っていますよ?』

『それには、必ず応えます』


 躊躇いがちだった熾輝は、学園長が最後に言った願いには、迷いのない目で応えた。


『そうですか。では、私の話しはこれで終わりです』

『あの、学園長…』

『はい、何でしょう』

『俺の身体を治療してくれた人達に、感謝していますと伝えては頂けませんか?』

『それは……』

『本当は自分の口から言うべきなのが礼儀だと判っていますが、お互いに、今は合わない方が良いと思うので』

『…そうですね。彼らも自分の行動に戸惑っているかも知れません。少し時間をおく必要があるでしょう。…判りました、後で必ず伝えます』

『お願いします』


 折り目正しく頭を下げた熾輝の姿を見た学園長は、『では、私はこれで』と言って、同室で待っていた他のVIPに話を引き継いだ。


『初めまして八神熾輝くん、私はアメリカ代表チームの監督をしているヤナギと言います』


 流暢な日本語なのは、目の前の御仁が生粋の日本人だからだ。

 彼の経歴を掻い摘んで言うと、アメリカ人の国籍を得た帰化人なのだ。


『初めまして…』

『早速ですが、私から提案します。君、アメリカに移住しませんか?』

『え――?』


 ニッコリとした表情を浮かべて話しかけるヤナギという人物の口から飛び出した言葉に、その場の誰もが驚愕した―――。


「――ちょっと待って、何か凄い事になってない?」

「うん、怒り狂った師範が今もヤナギさんと揉めてる」

「いやッ、そうじゃなくて!」


 まさかの大国からのスカウト、しかし当の熾輝はどこ吹く風だ。


「アメリカに行くつもりは無いよ」

「…でも、あの国は、ここよりは安全だと思うけど?」

「だとしても、ここには大切な物が沢山あるから」


 言って、熾輝は少し寂しそうな表情を覗かせた。


「どうしたの?」

「…この2年、必死だった」

「………」


 遥斗や咲耶、燕と可憐、そして朱里たちと別れるとき、熾輝は誓いを立てた。


――絶対に強くなるッ、今度こそ絶対に守れるようにッ!


あの日の誓いをたがえぬよう、自分自身を鍛え上げてきた。それは一重に彼女たちに害をなす全てのものから守るために、そして一緒にいられるようにだ。しかし…


「守りたいだなんて言えるほど、彼女たちは弱くなかった」

「…そうだね。彼女たちも見違えるほどに強くなっていた」

「うん。…弱かったのは俺の方だった。独りが怖かっただけだった」

「熾輝くん……」


 思いあがっていた訳でも、彼女たちを弱いと見下していた訳でもない。


 ただ一緒にいたいと、それだけが熾輝の願い。


 だけど、たったそれだけの願いも許されない。


 たとえ、彼女たちが環境を整えていてくれたとしても、今の熾輝には、そこに…彼女たちの元へ行く勇気が無かった。だから…


「もう一度、一から鍛え直しだ」


 そう言った熾輝は、きびすを返し、展望台の出口へと歩いていく。


「熾輝くん!」


 あぁ、彼はこのまま行ってしまうだろう――という確信が遥斗にはあった。


 きっと、どんな言葉をかけようと、今の彼を止める事は出来ないし、彼を取り巻く環境がそれを許さない。


 そのことは、熾輝も遥斗も判っている。ならせめて……


「必ず帰って来い!僕が……僕たちのいる場所が、君の帰る場所だから!」


 決して止まらぬ歩み。扉を開けて、出て行く際に、熾輝はたった一言…


「ありがとう――」


 そう言って、展望台を後にした。彼女たちに何も告げずに―――。


「――そっか、行っちゃったんだ」

「…うん」


 熾輝が立ち去ったあと、遥斗のいる展望台にやってきた咲耶たち。

 そして、事の顛末を聞いた彼女たちは「そっか、そっか…」と、同じような反応をしている。


 遥斗としては、行ってしまった熾輝の事を告げるに際し、結構勇気がいったんだが、意外と彼女たちの反応が淡白だったことに意外感を覚えていた。


「怒ってないの?」

「え?なんで?」

「いや、君たちに何も言わずに行っちゃったからさぁ…」


 遥斗の問いに咲耶はキョトンとした表情をして応えた。


「だって、二度と逢えない訳じゃないし」

「そうだよ。それに、会いに行こうと思えばいつだって逢えるもん」

「え――?」


 意外だったのは、彼女たちの口ぶりは、まるで熾輝の居場所を把握しているようなところだ。


「私達、さっき学園長に呼び出されたんだけど、そのときに昇雲師範が言っていたのよ」


――おそらく、あの子は何も言わずに行ってしまうだろうけど、暫くはアタシの家で一緒に暮らす予定さね。だから、いつでも遊びにおいで。


との朱里の説明であった。


「な、なるほどぉ…熾輝くんは、師範がまさか居場所を漏らしているとは思っても無いんだろうなぁ…」

「そのうち、こっちから逢いに行って、めっちゃ驚かせてあげちゃうんだ」

「ははは…」


 ニカッと笑顔を浮かべながら喋る燕に対して、遥斗は『程々にね?』といった意味の苦笑いを浮かべる。


「それに、例え居場所が判らなくても、熾輝くんがピンチの時は、直ぐに駆け付けるんだ」

「そうだね、私たちは、それだけの事が出来る力をめっちゃつけたんだもん!」


 臆病な熾輝とは正反対に、彼女たちの心は、本当に強くなったものだと、遥斗はつくづく思った。そして、そんな彼女たちの想いに応えるのは大変だなと、既にこの場にはいなくなった友に対してエールを送るのであった――。




◇   ◇   ◇




 熾輝と同じく、宴会に参加していないもう一人。


 今大会の優勝者である五月女凌駕は、なにやらムスッとした表情を浮かべていた。


「で?お前は、何処で何をしていたんだ?」

「え?ホテルの部屋で凌駕様の雄姿を観ていたよ?」


 事件が一段落して、ホテルの自室に戻ってきた凌駕は、お菓子の袋をパーティー開けして、映画鑑賞をしていた付き人、倉科香奈を睨み付ける。


「細かい事を気にするとハゲるわよ?」

「…お前も何で日本ココにいるんだよォ」


 香奈と一緒に部屋でゴロゴロとしているのは、煌坂きらさか紫苑しおんだ。


「あれ?言って無かった?私、五十嵐家に連れ戻されて、1ヶ月前から日本にいるのよ」

「は――?」


 言葉を失った凌駕は、その場でフリーズした。


 凌駕が知る情報では、五十嵐家の当主である五十嵐御代と紫苑は、絶縁状態だったハズ。


 故に、紫苑は五十嵐家の力が届かないイギリスの魔術協会に身を寄せていたのだ。なのに…


「まぁ、アレよね。私の才能?を欲しくなったらしくて、お金払うから我が家に来てって言うからさぁ」


 これが結構な額なんだわ♪と嬉々として語る紫苑に対し、凌駕は開いた口が塞がらない。


「おまッ、そんなんで五十嵐の家に入ったのか――?」

「んなわけねぇーー」

「………」

「結論から言うと、あの子が力を付け始めて、おまけに魔眼なんかも開眼したじゃん?」

「………」

「それをあのババアが面白く思わないんじゃないかと思って、内側に入り込むことで、守ってやろうじゃんか!って思った訳よ」


 ペラペラとここまでの経緯を語る紫苑に、呆れながらも、取りあえず…少々無理やりな納得をする。


「実際さぁ、私が危惧していたとおりよ。あのババア、熾輝の事を目障りに感じていたわ!」

古代エンシェント魔道具アーティファクトも一瞬で解析しちゃって、面子も潰されたしねぇ」


 まるで一部始終を視ていたかのように語る香奈の言葉。おそらく彼女の能力が関係するのだろうが、それはそれ、凌駕は彼女の報告を初めて聞いて驚いていた。


「そこまでの解析能力……お株を奪われた五十嵐は、黙ってねえな」

「まぁ、何かしらの動きはあると思うけど、そこはホラ、私がいるから」


 任せなさいと、胸を張る紫苑に凌駕は『まぁ、そうだな』と相槌をする。


「しかし、当面の問題は良いとして、熾輝の魔眼…アレはなんだ?」


 実際に戦ってみて、熾輝に宿る魔眼の能力をボンヤリとした輪郭だけ把握していた。


「血筋柄、魔眼についての知識はある方だと思っていたが、あんな魔眼は知らん」

「それって、完全未知の魔眼…オリジナルって事ですか?」


 魔眼を宿す五月女の一族ですら把握出来ていない熾輝の魔眼。それは、彼だけが持つ世界で唯一の魔眼と言う事になる。


「別に珍しい事じゃあ無い。世界的に見れば、開眼する事例は、案外多いしな」

「じゃあ、何が気になるんです?」

「………」

「凌駕様――?」


 沈黙の意味を香奈は計りかねていた。

 戦いを観戦していた香奈や他の者から見たら、熾輝の魔眼の能力は、五月女家のモーションサイトと類似する能力であると思った事だろう。

 故に、五月女の血筋である熾輝が開眼していても、なんら不思議では無いと言うのが香奈の考えだ。しかし…


「あの魔眼は、何を視ているのかって事かしら?」

「え――?」


 したり顔で応えた紫苑に対して、香奈は「?」を浮かべる。


「…戦ってみて判ったんだが、熾輝が魔眼を使用した直後、アイツの時間の進みが変わった」

「え?え?」


 疑問符を大量生産する香奈の様子を視て、フッと微苦笑した紫苑が説明を始める。


「魔眼って言うのは、つまり【見る】という力なの。見切るとか見破る意外にも、見るだけで呪いを発現させたり、見るだけで物を燃やしたりと、幅広い」

「にも関わらず、熾輝の魔眼は少し…いや、大分毛色が違う」

「それは、凌駕様が感じた様に、熾輝くんの時間の進みが早くなったから?」


 香奈の疑問に「あぁ」と短く応える。

 そんな彼らを前に紫苑はというと…


「魔眼であるいじょうは、【見る】という大前提から切り離せないわ」

「なら、アイツの眼には何が映っているっていうんだ?」

「ズバリ、【時間流】よ!」

「それって、第二魔法の理論に出てくるヤツ?」

「そう、それそれ」

「「………」」


 第二魔法とは、古の昔から研究されている時間操作に関わる研究分野だ。


 現代魔術では、実現不可能とされている事から、魔術ではなく魔法と呼ばれている。


 とどのつまり、この第二魔法が完全完成すれば、時間旅行なども可能になる訳だ。


「え~、それはちょっと、話を飛躍しすぎじゃ――」

「有り得る話だ」

「え――?」

「戦闘中に感じた熾輝の動き…時間操作にまつわる能力なら【高速行動】にも合点がいく。それに、最後に見せた技は、明らかに人間が発現出来る能力スペックじゃあない」

「平行世界からの召喚ね?」

「あぁ、あれらは間違いなく本物オリジナルの熾輝だ。この眼で視たから間違いない」


 いつの間にか結論が出ていた事に香奈は『うそ~』と、まだ信じられない様子だ。

 実のところ、熾輝ですら自身の魔眼の全容は掴めておらず、精々が【高速行動能力】だと思っている状態。


 偶然生まれた新技【虚像エア実存アル】は、彼の技量と魔眼が合わさって始めて駆使する事ができるのだ。


「まぁ、熾輝の話はここまでにして…」


 どうやら結論付ける事が出来てスッキリ!とはいかないのは、凌駕だけな様子。


「今回の事件の事について、色々と話てくれるんだろうな?」

「ありゃ?気付いてたの?」

「付き合いも長いからなァ」


 今回の事件に関して、紫苑が何かしらの形で関与していると考えているのは、完全に凌駕の勘だ。

 確証があるわけでも、証拠があるわけでもない。だがしかし、それでも紫苑が動いているであろうという事は、見抜いていたのだった―――。



◇   ◇   ◇



―――痛てぇ…痛てぇよォ……


「しっかりッ、しっかりして下さい宗像むなかたッ」


 朦朧もうろうとする意識の中で、仲間が声をかけている。


 意識を手放しても、激痛で即覚醒し、発狂したくなる。


 しかし、ヒュドラを乱用した副作用で暴れることも、それを成す体力もない。


 そもそも、彼…宗像の四肢は先の戦いで千切れ飛び、胴と頭しかない状態だ。


 そんな状態で生きているのが不思議なくらいだが、あと数刻もあれば彼は確実に死に至る。


ァ……」

「喋らないで!本部に戻ればまだ助かります!」


 千々石の能力は空間移動。移動距離に制限はあるが、連続使用を行えば、そこらの飛行機より早く移動できる。


 その驚異的な能力を駆使し、2人が組織の根城まで辿り着いたのは、逃亡を開始して2時間後のこと。


「そんな……」

「抜け目ねぇよなァ」


 2人の目の前に飛び込んできたのは、本部が完全に破壊されている光景だ。


「まだです!アナタをこんなところで死なせる訳には――」

「お前達だな。会場から逃走したという2人組は」

「ッ――!!?」


 本部倒壊を目の当たりにして、動揺していたとはいえ、近づいて来る気配に気が付く事が出来なかった。


 2人の目の前には5人の男…おそらくは対策課か依頼を受けた十傑傘下の一族だろう。


 見る限り、1人1人が相当な手練れ。仮に警戒を解いていなかったとしても彼らの接近に気付く事が出来たのか怪しいところだ。


「逃げろ゛、千々石ァ…おまえ1人なら逃げられるだろォ」

「誰が――」

「おっと、涙ぐましい友情には感動するが、コレも仕事でね」

「ッ――!!!?」


 いつの間にか包囲されていた事にも気付く事が出来ず、背後から忍び寄ってきた男が千々石を一瞬で昏倒させた。


「お前達の能力については、報告を受けている。逃げられても厄介なんで、先にこの……なんだ?コイツ、男装しているが、女じゃないか。しかもまだ子供だ」


 倒れた千々石の髪を掴み上げた男は、千々石が所持していた魔道具を発見すると、それを取り上げる。とたん、魔道具に付与されていた認識阻害の効力が切れて千々石の素顔が明らかになった。


 年の頃は18歳前後だろうか、女性特有の顔の造りと膨らみから千々石が女である直ぐにわかる。


「触んじゃねええよおおッ!」

「コイツ――!」


 四肢の無い状態で、首と顎の力だけで地面を這いずりながら宗像が叫びだした。


「……はぁ、何を勘違いしているか知らんが、俺たちをお前達の様なクズだと思うな」


 男は、この一団のリーダーな様で、部下達に対し速やかに2人を拘束するよう指示をだす。


「女の方は、命に関わるような怪我はなさそうだな。コッチは……眠らせて生命維持を最優先にしろ。会場に残っていたサンプルから、どうやらただの魔法薬じゃないと報告が入っている。絶対に死なせずに研究機関に引き渡すよう、上からの命令だ」

「やめろッ!俺に触るな!離せ!」

「暴れるな。とは言っても、そんな状態じゃ喚くのが精一杯か」


 男は顎をクイッと動かし、部下が用意していた麻酔導入マスクを付けさせるよう指示をだす。


「殺してやる!お前等全員殺してやる!」

「一応言っておくが、ここにいる連中は、対精神干渉用の魔道具を持っている。お前の能力で気を狂わせようとしても無駄だ――」


 だから大人しくしてくれと、言葉を続けようとして、男の天地が突如として逆転した。


「え――?」


 グルグルと回る視界がようやっと止まり、そこで男は認識した。己の首が落とされている事に…


「ぁ、あッ、ああああああぁぁ――!!」

「うるせぇよ」


 グシャっと、まるでスイカをプレス機で潰したときのように男の頭が四散した。


――だ…れ、だ?


 麻酔導入マスクからガスを吸ってしまった宗像は、薄れゆく意識の中で確かに視た。


「き、貴様ッ何もの――」

「おのれ――」

「ててて、敵襲――」


 混乱する男たちの首を息つく暇もなく、一瞬で刈り取る。


「遅い遅い、判断が遅いんだよ」

「ぐあッ――」

「ぎゃッ――」


 まるで呼吸をするかの様な自然な動きで、次々と首を飛ばしていく。

 防ぐことも反撃することも出来ず、歴戦の戦士たちは、その男1人によって、命の灯を吹き消される。応援に駆け付けた者も等しくだ……


「――おーい、生きてるかぁ?」

「ぅ……ぁ……」

「おおッ、生きてるじゃんか!上々上々」


 既に意識を手放していた宗像の生存を確認し、その男は実に愉快そうだ。


「オーガ様、奴らの掃討、完了しました」

「仕事が早いねぇ」

「いえ……」


 オーガと呼ばれた男は、背後に控える部下を茶化すように褒める。


「ところで、ソレの処分は如何しますか?よろしければ、私めが――」

「おいおい、せっかく新しい玩具を手に入れたのに、即捨てようってか?」

「…失礼しました」

「まったくだよ。こんな面白そうな玩具は、中々手に入らねぇ。それも2つもだ」


 ウハハハと、豪快に笑うその男は、宗像と千々石を担ぐと歩き出した。死屍累々の上を…


「いやぁ、コレで他の連中の手前、面目がたったぜ。なにせ急に弟子を取ろう何て言い出すからよぉ。柄じゃねえってのにな!」

「いえ、面目は潰されたままです」

「……あ~、怒ってる?」

「私如きがオーガ様に怒りを覚えるなど畏れ多い。しかし、遊び道具欲しさに十傑や対策課、果ては世界中のトップ達に喧嘩を売る形になったのです。他の司教の方々に文句を言われぬよう、面子は守っていただきたい」


 部下の小言にオーガは『わーった、わーった』と苦虫を噛み潰したかのような顔をして応える。


「なら、大会に参加していた国の面子を1つ潰しておくとしますか?」

「それならば宜しいかと」


 オーガの言葉に同意を示した部下の態度に、ほっと息を吐くと、2人は闇の中へと消えていった。宗像と千々石を連れて……




 そして、ヴェスパニア公国の王と王妃が暗殺されたという悲報が世界に知らされたのは、その1ヶ月後の事だった。

 



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