闇の胎動~その⑨~二つ名は無才の天才に決定!
時間は少し遡り、熾輝が燕たちと別れて、VIPルームの前に辿り着いたのは、わりと直ぐのことだ。
「――熾輝くん?」
「先生!無事ですか!」
ワンに背負われた熾輝は、室内にいた葵や他の賓客の無事を確かめる。
VIPルームの扉は開け放たれており、中の様子も窺える。
しかし、部屋と外を境に結界が敷かれ、彼らは外に出られない。
「みんな無事よ。それよりアナタは?怪我は大丈夫なの?」
「はい、学園の生徒が応急処置をしてくれたので、動ける様になりました」
動けるようにはなったと言ったが、もちろん激しい動きは厳禁だ。
故にここへ来るまでは、ワンに背負われていた訳なのだが、今はそれらを説明している暇はない。
「それより先生、この結界は、中からは解除できないんですか?」
閉じ込められているのは、世界屈指の魔術と武術の達人たちだ。彼らが手を拱いて大人しくしていたとは、考えずらい。それ故に湧き上がった疑問だったのだが…
「中からの解除は不可能よ。私たちの魔力とオーラが封じ込められて、結界に干渉する事が出来ないの」
葵の答えを聞いて『なるほど』と納得を示した熾輝は、ワンの背中から下りて、結界に近づくと、おもむろに観察を始めた。
「………朱里、この術式に見覚えはある?」
「いいえ、無いわ。おそらくローリー式以前の術式だと思うけど」
「だね、俺も見た事がない」
結界を構築する術式が、現代魔術師が知る物とは、まったく別物である事を瞬時に理解する。が、その見解は既に檻の中の達人たちが導き出している。
「無駄よ。これは古代魔道具によるもの。専用機材を使っても解析に一週間は掛かる代物よ。人の、ましてやアナタ達のような子供が太刀打ち出来る代物では無いわ」
現状を打破する為に駆け付けた熾輝たちであるが、それを不可能であると断じたのは五十嵐家当主の五十嵐御代であった。
「おい、どうするよ。この結界が古代魔道具によるものっつぅなら、マジで人の手には余るぜ?」
「物は試し、外から力技で壊せないか?」
「おそらく無理です。アーティファクトを要にしている術というのは、術式を破ろうとしても効果は薄く、アーティファクト自体を何とかしなければ、術は破れないと授業で習いました」
今井司とワン、そして御剣鞘香が揃って難しい表情を浮かべる。
確かに先ほど、鞘香が言った様に術式を力技で破ろうとするのは、一般的に効果が薄いとされている。ただ、結城咲耶のような例外もいる訳で、以前、学園の修練上に設置していた結界を破り、要である魔道具を破壊した前例もある。
しかし、今この場に彼女はいないし、古代魔道具のような宝具級の代物を破壊できるかどうかも定かではない。つまり彼女を呼びに行って、試すようなマネは現実的ではないのだ。
ただ、熾輝の波動を用いれば結界を破る事は可能だろうが、術式の理解をしていない状態では、能力で破る事は出来ない。
「力技に頼れないなら、正規の方法で破るまでだ」
「それしかなさそうね」
「なッ、ちょっ待てよ!それこそ専用機器で解析するのに1週間はかかるって、言われたばかりだろ!」
「とても現実的とは思えませんが?」
専用の機器がないこの状況で、熾輝と朱里は術式の解析を行うと言う。当然、不可能であると誰もが言うし、とてもじゃないが人の頭脳では一週間で解析など出来るハズが無い。
「ふははッ、おい昇雲。お前の弟子は何を言っている?機械で一週間は掛かる作業を人の手で行うと言っているぞ?」
「それの何が可笑しい?」
「これが笑えずにいられるか?こんなのどうやったって、後から持ってきた機械で解析を行った方が早いに決まっている。それこそ、時間を掛けて解析を行ったところで、機械は一瞬で追い抜いてしまうぞ?」
バカげた喜劇でも見ているかのようにバラライカは笑う。しかし…
「舐めんじゃないよ。ウチの弟子は、魔術においては、稀代の天才さね」
「そうです。魔術に関しては、師である私たちを既に超えていると断言します」
「2人に同じく、私も太鼓判を押しましょう」
結界の中に囚われている達人たちでさえ、不可能だと断言する状況において、熾輝の師である昇雲、葵、白影は自慢の弟子だと語る。
――そんなに持ち上げられても困ります…
当の熾輝は、師の言葉に嬉しさ半分に、ハードルが上がった事に対するプレッシャー半分といった様子だ。
「フ、面白い。まぁ、どのみち我々は、此処に閉じ込められている限り、何も出来はしないのだ。暇つぶしにアナタ達ご自慢の弟子の実力を見せてもらいましょうか?」
「言ってな、後で自分の目が節穴だったと吠えずらかけばイイさね」
売り言葉に買い言葉を続ける2人を横目に、結界内にいた五月女重吾は、何やらハラハラとした様子だ。
――か、和馬!孫が!熾輝が目の前におる!
――落ち着いて下さい当主様。ここは、威厳ある姿を見せるのです!
――そ、そうじゃな!ソワソワしていたら、熾輝に頼りないおじいちゃんだと思われてしまうな!
――ところで、当主様
――なんじゃ?
――熾輝様は、魔術を使えないハズでは?
――……あ
――いったい、どうやって結界を解除するつもりなのでしょう?
ヒソヒソと話す勇吾と和馬の会話。しかし、密室状態になったVIPルームの人間には、2人の会話がバッチリ聞こえていたりするのであった。
「さてと、じゃあ始めますか」
「オッケー。…でも思ってもみなかった形で共同作業をする事になったわね」
「確かに。朱里とこうして魔術の解析をするなんて初めてだね」
話ながらも、2人は術式を観察し、あらかじめ用意してあった紙とペンに、何やら摩訶不思議な公式を書き連ねていく。そして、よく見なければ判らないが、2人が書いている内容は、まったく別物。2人して同じ事をやっていれば時間の無駄であり、意味が無い。
前もって打ち合わせをしていた訳ではないのに、まるでお互いが別々のアプローチをするのだと分かり合っているかのような、そんな感覚である。
「くふ、後で2人に初めての共同作業させてもらったって、言ってみようかしら?」
「冗談はやめてくれ」
ニヒっと、意地悪な笑みを浮かべて言う朱里。先程までスラスラと走っていた熾輝のペンが鈍ったのは気のせいではない。
「ぁ、この術式ってヨーロッパの癖があるわね」
「…アーティファクトの形状や細工は、5世紀ころだったな」
お喋りをしている様でやることはしっかりとやる2人。
僅かな時間で、次々とヒントをすくい上げていく。彼らが行っているのは、パズルのピースをハメていく作業というよりは、ピースの製造作業といったところだろう。
しかし、それ故に、製造過程に僅かな誤りがあれば、ピースを作っても当てはめる事は出来ない。
「術式の輪郭は掴めてきた。あとは魔術語の解読だけど…」
「いや、もう視えた」
術の方程式、そして魔術言語を理解したと語る熾輝に、作業を手伝っていた朱里の表情が引き攣る。
「早すぎよ!ちょっと、私の手伝い要らなかったんじゃない!」
「そんなことないよ。それに朱里の理論が大きなヒントになったし」
朱里が書き殴っていた摩訶不思議文字が書かれた紙を持ち上げて語る熾輝。その表情は、どこか余裕を感じる。
「本当にぃ――?」
「さぁ、どうでしょう?」
疑いの目を向ける朱里に対し、熾輝は微苦笑を浮かべて誤魔化す。
「さて、いよいよ術式を解除するんだけど、1つ問題がある」
「あん?解析が終わったんだろう?あとはいったい何が問題なんだよ?」
この数分の間に古代魔道具の解析が終わったと語る熾輝の言葉を信じた様子の今井司。その事に僅かな驚きを覚えた熾輝は、ワンと鞘香へと視線を向けた。
流石に他の2人は、半信半疑といった様子であり、司には人を見る目があるのか、それとも何も考えていない人なのかと、彼に対する評価が判らなくなる。が、今はどうでもいい事だ。
「実は、俺って魔術を使えない」
「なえええええええぇッ!!?」
【萎え】ではなく、【なッ!?ええええッ!!?と驚きを全力で表現している司。
「使えないとは?」
「そのままの意味だ。魔力はあっても術を発動できない」
「…なら、どうするのです?今のところ魔道具が使用している術式を解除できるのは、アナタだけなのですよね?」
「誰かに解き方を教えるのか?」
「いや、流石にそんな事をしている時間はない」
せっかく、魔道具の解除が出来るようになったのかと思ったら、肝心の熾輝は魔術を使えないという。だが、そんな事になるであろうことは、最初から判っていた事であり、その為の策は、既に用意されていたりする。
「そこで、【調律】を使用する」
「「「ちょうりつ?」」」
聞きなれない単語…いや、一般的に調律と言えばピアノなどの楽器等に使われる言葉だが、この場合の調律は音楽とは関係ない。
「調律は、第三者の魔力やオーラといったエネルギーを術者と同調させて使用する技術よ」
「……そんな事が可能なのか?そもそも魔力やオーラの質は人それぞれで、受け渡しは出来ないだろ?」
「その認識は間違っている。エネルギーの受け渡しは出来るけど使えない。が正しい」
「んあ?」
「だから調律っていう技術で使えるようにするんでしょうが!」
ホゲーっと、司のキャパを超えた事により、彼の口から魂が抜け出ていく様を幻視した。
「まぁ、俺には調律が使えないんだけどね」
「「「「使えないんかい!!!」」」」
ケロっと、した表情で語る熾輝に対し、流石の朱里も突っ込まずにはいられなかった。
「まぁまぁ、落ち着いて。俺には無理だけど、君の能力だったら、疑似的に可能なハズだろ?」
そう言った熾輝の視線は、この場に連れてきていた御剣鞘香へと向けられていた――。
「――納得いきません」
「ぎゃはは!いいじゃねぇか!お前の能力で、剣崎の野郎だって助けられんだから!」
「チッ!」
まるでクソ虫を見るような目を司に向ける鞘香。
「そもそも、私の能力である【蓄積】は、こう言った用途のための物では、ありまえんよ?」
現在、熾輝と朱里の魔力を鞘香へと送り込み、彼女の中で蓄積されていく。
そして、蓄積の副次的作用として2つの魔力が自然と1つになっていく。
これは、魔力を受け取る側である鞘香だけが使える様にチューニングされた力では無く、鞘香の許可があれば、熾輝と朱里も自身の物として使用する事が可能なのだ。
ただ、今回みたいな使い方じたい、彼女も初の試みであり、こんな使い方が出来るとは、思ってもみなかったのである。そのことについて、熾輝は勿体ないと心の中で呟くのであった。
「まぁ、今回は、アナタの策に乗ってあげます。その代り、このふざけた茶番を早く終わらせて下さい」
「ご期待に添えるよう、努力します…よっと」
調律された魔力が熾輝へと譲渡され、一瞬にして術式が完成した。そして、熾輝の肩に朱里が手を乗せると…
「準備オッケーだ。頼んだぞ朱里」
「まかせて。…術式発動!」
熾輝が術式を構築し、朱里が発動させた。
すると、結界の要である魔道具に変化が起きた。まるで電子基盤に電流が駆け巡るかの如く、バチバチッと放電したかと思えば、次の瞬間には、ルービックキューブが支えを失ったように魔道具のピースがバラバラと解け、それとシンクロするように結界も解除された―――。
◇ ◇ ◇
「――どーなってンだ!!何で結界が解除されてんダああぁ!!?」
バラライカによって弾き飛ばされた右手を押さえながら宗像は、吠えた。
結界内にいた達人たちが会場の内外に次々と散っていく様子を見ながら、『話が違う!』と怒りを発露させて、自分の右手を弾き飛ばした人物を睨み付ける。
「ふはははは!デタラメだな昇雲、アナタの弟子は!」
良い意味で期待を裏切ってくれた熾輝を眼にしたバラライカは、タガが外れたかのように高らかに笑い、そして……
「ちッ――!!!」
能力によって作り出したライフルから続けざまに打ち出される弾丸。それを見た宗像は両腕をクロスさせて防御姿勢を取った。
「ヅアアアアアアッ!!!」
弾丸は吸い込まれる様にして、宗像の肩、膝、肘へと着弾しては、その部位を弾き飛ばしていく。
多少の怪我では、ヒュドラを使用している宗像にとっては、直ぐに回復できる。しかし、千切れ飛んだ腕や足を生やすような芸当まではできない。
「安心しろ小僧!殺しはしないさ!私の手加減は達人級だ!」
「うごオオオ!ちきしょう!俺の能力の影響を受けて、なんで力をまともに使えるんだああぁ!!?」
「ぬるいんだよ坊や。その程度の殺人衝動、私は常日頃から持ち合わせている。大丈夫、アンタは、きっかり半分だけ殺してあげるわ」
血に飢えた獣の様な笑みを浮かべ、バラライカは再びライフルを構え、躊躇することなく弾丸を発射した。しかし…
「あら?」
「ッ――逃げますよ宗像!」
「千々石ッ!!?」
バラライカが放った弾丸は突如出現した黒い穴に吸い込まれた。そして、意識を取り戻した千々石が手足の千切れ飛んだ宗像を抱えて、黒穴へと飛び込もうとしている。
「逃げられると思っているの?」
葉巻を口に加えたまま、バラライカは逃走する2人に向けて再度弾丸を発射した。
「GYUUUUUッ――!!!?」
「「吸取ッ!?」」
黒穴へと飛び込んだ2人を守る様に立ち塞がったのは、吸取であった。バラライカが放ったオーラ製の弾丸は、吸取の能力によって吸収される。
ヒュドラによって、意識を飛ばしていると思い込んでいた吸取であったが、バラライカや他の達人たちだけでなく、仲間であるハズの宗像や千々石も彼が取った行動に驚いている様子だ。
「ニ、g…ロ…」
「ちッ、ゴミが邪魔をするんじゃないわよ!」
射線を塞ぐ吸取に向けて、ライフルをまるでマシンガンの如く連射したバラライカ。
オーラで精製された弾丸であれば、吸取の能力によって吸収されるハズだった。しかし、バラライカが放った弾丸は、吸取の身体を貫通し、風穴を空けていく。
「GGGGGGGGGGGGGYッ―――!!!?」
能力は発動している。しかし、吸取が吸収する速度に対し、バラライカが放つ弾丸の圧縮濃度と弾速が早すぎるのだ。故に、吸取に触れた弾丸が吸収されるオーラ量は、弾丸精製に込められた総量の2割にも満たない。
「トドメ――」
「およし、バラライカ」
「ッ――!」
吸取にトドメを刺そうとしたバラライカのライフルの銃口は、昇雲によって照準をずらされた。
「邪魔をするな昇雲、今いいとこなのよ」
「やれやれ、頭に血が昇り過ぎさね。見てみな、おかげで奴らが逃げおおせたじゃないか」
「………ちッ」
先程までいたハズの宗像や千々石の姿が消えている。その事に気が付いたバラライカはバツが悪そうに…いや、逆ギレ気味に舌打ちをした。
「さて、アタシも動くとするかね。葵、熾輝の事は任せたよ」
「任せて下さい。こんな傷は、ちょちょいのちょいっと、治してみせます」
既に傷口は塞がってはいるが、あくまで応急処置だ。プロの魔術医である葵は、本格的な熾輝の治療に移った。
日本でも五指に入る実力者という肩書に加え、世界トップクラスの魔術医である葵にとっては、造作もないこと。
壁に背中を預けて、彼女の治療を受ける熾輝に、バラライカが不意に近づいてきた。
「坊や、さっきは失礼な事を言って御免なさいね」
「あ、いえ…気にしていません」
なんと、冷血で知られる十字軍のバラライカが、わざわざ謝罪をしたのだ。
あのクリス・エヴァンスが所属する組織の一員とは思えず、流石の熾輝も驚いた。
しかし、彼女の口調が近所のおばちゃん風に聞こえるのは気のせいだろうか?
「それにしても、魔術の知識があっても魔術が使えないなんて、不憫ねぇ?」
「そこは、もう受け入れているので、なんとも思っていません」
「あら、そうなの?まぁでもアナタの二つ名は、的を射ていたのね」
【無才の天才】…それが熾輝を表す呼称として、この大会を通し定着していた事に、彼は気が付いていない。
「無才のアナタが天才を討ち倒す。そして、魔術に関しては天才なのに魔術が使えない無才……アナタにピッタリだわ」
「皮肉が効いた二つ名なんて、ごめん被りたいです」
二つ名にしては、失礼なことこの上ないので、熾輝自身は気に入っていないご様子。
しかし、この二つ名は、今後、裏社会に生きる者にとって畏敬の念を込めて呼ばれる事となる。
「ふふふ、まぁ精進する事ね。今回はウチのクリスが負けたけど、次はどうなるか判らないから」
「もう絶対、戦いたくないです!」
今回は、事情があり、感情の赴くままに戦ったが、あんな戦闘狂との戦い何て二度とゴメンだと語る熾輝に、バラライカは『そうはいかないわ』と何やら気になる言葉を残して去って行った。
「…何ていうか、普通に話すとサバサバした人だったわね」
「良い意味で味方でよかったです」
「おかあちゃんの飯が喰いたくなってきた」
「俺もだ」
バラライカが去ったあと、朱里・鞘香・司・ワンは、そんな事を漏らしていた。
「みんな、騙されちゃダメよ。あの人は【疫病よりも殺す女】と呼ばれているんだから」
「ヒドイ二つ名ですね」
自分よりもイヤな二つ名を付けられている事に同情の念を抱くと同時、そんな人が自分たちの傍にいた事に、後になって震え上がる4人であった。
そして、そんな二つ名に恥じない戦いっぷり……一応は、殺さずに無力化(半殺し)しているバラライカ。と、その力を遺憾なく発揮した達人たちによって、会場内に入り込んだ敵は、あっというまに制圧され、外から進行してきた連中も間もなくして倒されたのだった――。




