闇の胎動~その①~未知との遭遇
世界魔闘競技大会の開催期間中、とある場所の一室で、見るからに不穏な連中が集まり、何かの企みごとを話し合っていた。
『それで?計画は順調に進んでいるのか?』
部屋の壁掛け式ディスプレイには、サウンドオンリーの文字が表示され、音声のみが彼らに伝えられる。
電話会談と言う形式をとっているが、電話の向こう側にいる人物には、こちら側の映像は映し出されているのか、皆が一様に直立していた。
「はっ、滞りなく進んでおります。来賓の中に首が回らなくなっていた者がおりましたので、こちら側に抱き込みました」
『へえ~、そいつぁ上々じゃねえか。上手くいけば、奴ら手も足も出せなくなるな』
「ええ。しかし、油断ならないのは、やはり十二神将でしょうか。この大会期間中、トップの木戸伊織以外の者の姿が確認できていません」
『なら俺たちの企みは、バレていると思っていいかもな』
軽い口調で言い放つ男の言葉を聞いて、男達に緊張が走った。
「そんな!いったい何故!いや、それよりもどうすれば――」
『落ち着けよ』
「ッ……」
電話越しであるのにも関わらず、伝わってくる威圧が男の口を強制的に封じ込める。
『元々、今回の計画は、裏社会の信用を揺るがすのが目的だ。大会で騒ぎさえ起こせれば成功と言ってもいい』
「は、はぁ…」
『それに、バレているってのは、俺の勝手な憶測だ。何の根拠もありゃしねぇよ』
確かに男が言った言葉には、何の確証もありはしない。しないのだが、何か確信めいた自信を感じる。
『まぁ、それはそれとして、一つ頼みてぇ事があるんだが?』
「なんなりとMr.オーガ」
まるで一国の王を前にしたかのように、その場の全員が膝をつき、頭を垂れ、オーガと呼んだ彼の言葉を拝聴する。
『おもちゃが欲しいんだ』
「玩具…ですか?」
『ああ、《俺たち》の間で各人で弟子を育てるっつぅ話が出てきているんだが、探すのも面倒なんで、どうせなら才能あるヤツを適当に1人攫って来てくれねぇか?』
「なるほど、であるならば今回の大会は、うってつけですな」
『性別は問わねぇし、魔術師・能力者の如何も問わねぇ…ただし使徒だけは避けろ』
「御意に…」
男のオーダーに『なぜ?』とは言わず、皆がひれ伏し、ただ受け入れる。
『じゃあ、あとは頼んだぜ』
言って、通信が途切れると、男たちは顔を上げて息を吐いた。
オーガとの会談は、それほどまでに精神的な負担であったのだろう。
「各々、気を引き締めてかかれ。これが成功した暁には、我々は教団の一員になれるのだ」
「「「「はッ!」」」」
男の言葉に威勢の良い応えが返ってくる。
彼等が何者で、教団とは何なのかは依然として判らない。ただ、裏社会において、なお暗い世界に身を置く彼等の様な存在を【闇】と呼ばれている――。
◇ ◇ ◇
武舞台の上で死闘を繰り広げた2人。
勝利を手にしたのは、【選ばれし者】こと五月女凌駕。
そして、敗北して意識を失っていたのは【無才の天才】こと八神熾輝。
本来であれば拍手喝采の中、このまま閉会式へと進行するハズが、会場は異様な空気に包まれていた。
「――おい、何だアレは?」
と、武舞台の中央に突如として発生した黒い靄を指して誰かが言った。そして…
「あ~、やっぱり選ばれし者の優勝かよォ」
「きゃはは!賭けは俺らの勝ちだぜ!」
「お前は、いつも大穴ばかり狙うから勝てねぇんだ」
黒い靄だったものが丸を形作り、まるでトンネルの穴の様に、そこから人が出てきた。
それと同時に、魔術発動時に観測される揺らぎがVIP席の設けられている場所から発生した。
「わ~おッ、本当に成功しちゃったよー!」
「見て見て!ヤツ等、慌てふためいているよ!」
「そりゃそうさ。なんていったって、閉じ込められているんだもん」
この非常事態に警戒態勢をとっていて凌駕は、VIP席へと視線を向けた。
そこには、外部との関係を遮断する結界が敷かれていた。
幸い、中の状況は外から見て取ることができ、VIPたちの無事が確認できた。
だが、彼等の力を持ってしても結界を破ることが叶わない様子に舌打ちをする。
そうこうしている間にも穴の中からは、ゾロゾロと敵意を持った連中が雪崩れ込んできている。
「全員止まれ、少しでも妙な真似をすれば、この場で制圧する!」
強烈な威圧を放って警告をする凌駕に、多くの者が萎縮し、その歩みを止めた。
「はは、やっぱ凄ぇわ。俺たちとは格が違うんだろうなァ。なんていうの?持って生まれた才能?憧れちゃうよなァ、でもムカつくんだよ、なんだも持っているヤツってェ」
そのなかで、パチパチと気の抜けた拍手をしながら人垣をかき分けてくる者が3人。いずれも相当な使い手だと一目で判る。
――何だ、コイツ等は
相対して判る異質性。何がと問われれば、うまく言語化できないが、奴らは普通とは違う何かを持っているとしか言いようがない。
「宗像、お喋りは、そのくらいにして、早く仕事を済ませましょう。≪外の連中≫もいつまで持つか判りません」
「うっさいなァ、そんなことは判っているよ千々石ァ」
「…投降する気は無いんだな!」
彼等の言動から、良からぬ事を企てているのは明らか。
これ以上の問答は不要と判断してからの行動は早かった。
床を蹴り、主犯格と思しき宗像と呼ばれていた男へ向かって凌駕が駆けた。
「ア゛ア゛、問答無用かよ!吸取ィーー!」
宗像の号令に従い、男が凌駕の前に立ち塞がり、殺人的な蹴りをその身に受けた。
本来なら、悶絶すら許さず意識を刈り取るであろおう凌駕の蹴り…しかし、吸取と呼ばれた男は、微動だにせず、凌駕の蹴りを受け切った。
「何ッ――!!?」
予想外の手応えに驚愕するも、素早く意識を切り替えて男から距離をとる。
「うはっ!さすが教団が寄こしてくるだけの事はあるな!」
「…教団?」
「宗像、余計な事を言わないで下さい」
「ちっ、判っているよォ」
「ならば結構。手早く任務を片付けましょう」
言って、辺りをキョロキョロと見回す男たちの様子に、凌駕は『いったい何が目的だ?』と思考する。そして…
「あぁ、ソイツでいいや」
宗像は、武舞台の上で意識を失ったまま倒れている熾輝を指差した。
その途端、先ほど凌駕の蹴りを受けても意に介さなかった男が動き出した。
「チィ――!!」
彼等の狙いが何なのかは、未だに判らない。しかし、今のやりとりから、彼等のターゲットが熾輝に絞り込まれたのは確かだ。
故にそれを阻止しようと動いた凌駕、それに合わせるように吸取が足に力を入れて床を蹴ったのだ。
――させるかよ!
熾輝の前に躍り出た凌駕が男と激突した。互いに手を組み合っての力の押し合い。だが、その均衡が簡単に崩れた。
『URYYYYーーッ!!』
「ッ――!?」
凌駕の膝がまるで力が抜けたように、ガクンと折れたのだ。
――コイツッ、まさか!
ジリジリと押され、床で倒れている熾輝の方へと押し込まれていく。
「無駄だよ天才くん。吸取は、他人のオーラを吸収するんだ。ソイツの身体に触れた瞬間オーラが奪われる。だからオーラを纏って殴りかかっても、即座に吸収されるから、ただの素手で殴っているのと同じだよ」
宗像の言う通り、組み合っている手元から、ぐんぐんオーラが吸収されていくのが判る。だったら…
「ご丁寧な説明ありがとよ!」
凌駕は、男の足を払い、バランスを崩させると、宗像たちのいる方へと投げ飛ばした。
吸取の能力がオーラ吸収であるのなら、これ以上の接触はマズイと判断して、一旦距離を置くことにしたのだ。
「医療班!早くコイツを運び出せ!」
乱入者たちの登場によって、武舞台の外で手をこまねいていた医療スタッフたちに向けて凌駕が叫んだ。
その声にハッとなった医療スタッフたちが慌てて武舞台へと近づこうとした時だ
――キャーーッ!!という悲鳴が観客席から響き渡った。
見れば、先ほどまで武舞台にゾロゾロといた連中が客席に向かって行っているではないか。
「ほらほら、どうした天才くん。アンタ選ばれ|し(-)者なんて呼ばれているんだろう?力を持っているヤツは弱い連中を助けなきゃダメだろう?」
安い挑発だ――。
この大会を観戦に来ている者は、裏社会に属する、いわば力ある者たち。
如何に彼らが数で襲い掛かろうとも、簡単に遅れを取ったりはしない。だが、それは奴らも判っているハズで、判っていて、今回みたいなバカをやらかす以上、それを覆す算段があると見た方が良い。
なにせ方法は判らないが、奴らは達人たちを出し抜き、動きを封じ込めたのだから。
――舐めるなよ……クソ野郎ども!
敢えて、その安い挑発に乗った凌駕のオーラに赤い輝きが灯る、…極意発動だ。
――無限赤色彗星乱舞ッ!!!
数えるのも馬鹿馬鹿しい気功弾の乱射は、まるでマシンガンの連射性、散弾銃の威力と範囲攻撃性能を併せ持っている。
先の試合で熾輝を苦しめた凌駕の必殺技、それが客席へと押し寄せようとする敵意ある者たちへ、同じく敵意をもって殺到した――。




